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星の加護クズおじさん人生最後の最愛の女性を想う

作者: たのすけ


━━寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! 寂しい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! つらい! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! 恐い! ふゆちん、助けて!━━

 タノスケはのたうち回っていた。病院の待合スペースである。周囲は騒然とした。患者用三人掛けベンチの前、ツルツルの床でのたうち回るタノスケを、他の患者達は凶人を見る目で、そして、ふいに汚物を見た時の頬の引きつりと同じ引きつりでもって見つめた。

 色々あり、自分を捨てた妻子に対し、我が愛を伝える手段としてプロレスを選んだタノスケであったが、プロレス道場に入門して程なく激しい痛みに見舞われた。それで精密検査を受け、その結果、先ほどタノスケは医師よりガンを宣告されたのだった。そして、治療のためには数回の手術を数ヶ月の入院を要し、手術の結果起こりうる様々な酷い、実に酷い後遺症の説明を受けたのだった。その衝撃を、我が小さな心では到底受け止めきれず、それで今こうして恥も外聞もなく、床の上で涙鼻水を飛ばしながらのたうち回っているのだった。

 実はタノスケ、〝ミニマリストの星〟の下に生を受けており、性格や振る舞い全般が実に小者であることは当然として、ショックを受け止める心までも小さく小さくミニマムに出来過ぎている男なのである。

━━ふゆちん! ふゆちん!━━

 人生の中で、唯一ただ一人、確かに愛した女性。タノスケにとって命をかけて絶対に最後の女性だと言い切れる冬美の名を何度も心中で叫んだ。助けてほしかった。一人では受け止めきれないこの衝撃を一緒に受け止めてほしかった。冬美に抱きつき、冬美の胸に顔を埋めて、冬美の両の腕で震える背をきつく抱き締められているならば、きっとこの衝撃も受け止めきれるに違いないと思った。

 すべては身から出たサビである。くだらない一時の欲望に事も無く突き抜かれ、赤子の手をひねるよりも容易に欲望の奴隷へと成り下がり、そして嘘にまみれながら誠実さを失っていったのは、全部が全部自分の責任である。冬美には百億分の一%の過失すらない話なのである。だから、今こうして自分一人でガン宣告の苦しみにのたうち回っていることに関して、冬美にはまったく責任がないことは大地が存在するよりもなお自明なことである。しかし、にもかかわらず、さすがは〝責任スルーパスの星〟の直下に生を受けた、他責思考の巨星とでも呼ぶべきタノスケである。

「なんで今ここにいねえんだ!」

 病院中に響き渡るほどの声で叫んだ。もちろん冬美に対してである。自分がこんなにも辛いのに、いかなる理由があろうと傍にいないという、その一事に焦点を当て、むかっ腹を瞬間湯沸かし器方式でもって一瞬で立てながら叫んだのだである。

「ふざけんな! 今すぐ僕を庇護しろい!」

 その時、耳が床に接していたためか、こちらに駆け寄ってくる足音がやけに明瞭に聞こえた。タノスケはほとんど反射で頭を上げ、すがるような目つきもってそちらを見た。マスクをした、若い看護師さんだった。マスクをしているために美人度が八割ほど上がっている可能性があるぞ、なぞという幾多の経験から搭載するに至ったいわば〝マスク割引き思考〟を平時ならば瞬時に巡らすところだが、そんな思考は藁をも摑むモードに突入していたこの時のタノスケの脳内には微塵も生じず、ただ、心中で絶叫した。

━━なんて美人なんだ! なんて可愛いんだ! 理想のタイプだ! 愚息スタンダップ!━━

 タノスケは目を見開き、もう冬美のことは、冬美への愛しさも含め、そんなものは完全に脳内から消失したのだった。

 その看護師は、タノスケの両脇に手を入れ、タノスケが立ち上がるのを助けると、そのまま待合のベンチにゆっくり座らせてくれた。そしてそのまま自身もタノスケの横に座り、膝を揃え、その上に手も揃え、ベンチだから完全にはこちらを向けないが、それでもできるだけ全身をこちらに向け、しかも上半身はやや前傾姿勢でもって実に心配そうにこちら見つめてくれたのだった。

━━なお一層、愚息スタンダップ!━━

 さすがにそういう種のお店ではないので抱きつくわけにはいかぬが、もしもここがそういう店で、オプションで追加料金を払えば、抱きつくことはもちろん、それを超えてあんなことやこんなことが出来るのであれば、その料金がたとえ法外なものであったとしても、たとえ身の破滅を招くほどの額であったとしても、喜色満面のデレデレ顔で狂喜乱舞ムーブ&欣喜雀躍ステップでもって支払うだろうとの信念がタノスケには確と生じたのだった。

 思えば、(今は別居中だが)夏緒と春子を育てた、その子育ての場面において、タノスケは信念を大事にしていた。親たる者、まずは確と信念を掲げ、そこから常に言葉と行動を導き、その言行を一致させていく。そういう誠実さを背中でもって子どもに見せ、もって真の安心というものを子どもたちに与えることが子育ての肝だとタノスケは常に自分に対しストイックに厳命しながら子育てに臨んできたのだった。んで、結果は、言うまでもなく言行を一致させることができず不信を喚起せしめただけだが、その話は置いておいて、つまりここで言いたいのは、タノスケは信念の男だ、ということだけなのである! (どうでもいい話をしてしまった)

 タノスケはこちらを見つめる無垢なる、まさに全身に無垢なる白を纏った天使の瞳の奥を見つめた。そして、そこに吸い込まれながら、あることを思い出した。それはタノスケが所属する消防団でのことだった。タノスケは地域への貢献だとか、そういう精神からではなく、ただただで呑ませてくれる酒だけを目的に地元の消防団に所属しているのだが、その日も念願叶ってとある先輩に呑みに連れていってもらった。いつもは安い居酒屋に行くことが多く、そこでもアル中タノスケは大満足なのだが、その日は気まぐれかなにかだと思うが、先輩が自身行きつけのキャバクラへとタノスケを連れて行ってくれたのだった。

 金のないタノスケである。安い居酒屋にすら自由に出入り出来ぬ身分である。そんなタノスケであるから、キャバクラなぞいう場所は興味はあれどまるで縁はなく、ほとんど行ったことがなかった。だからその時は初体験のようなものであり、期待に胸膨らませ入ってみたが、実際に体験すると、それはタノスケにとって針のむしろのような、苦々しいだけの場所だった。

 当初タノスケは女性達が着る露出度の高いドレスのその際どさにしきりに雄心を刺激されていたが、先輩が、横に座った女性と楽しそうに話しているのを見ると、その刺激された雄心がみるみる萎えていくのを感じた。なぜと言えば、このような金のかかる場所は、自分のような貧乏人にとっては継続的に来られる場所でないとの絶対の見通しが、継続的に来店している先輩との間に漆黒の谷のような隔絶を感じさせたからである。先輩にとって横に座る女性は決して絶対に手の届かぬ果実ではない。継続的な工夫や努力によって手に入れうる、たとえその可能性が低いとはいえ、ゼロではない、食える可能性のある甘い甘い果実である。しかし、自分はどうか、とタノスケは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 そして、その時だった。先輩がチラとタノスケを見たのだった。そして、得も言われぬ優しい顔になったのだった。

「お前も飲めよ」

 酒をすすめる声までも実に優しかった。タノスケは目の前の、名前も分からぬ、やけに細いグラスに入った酒を、今こそいつも行く安居酒屋の一リットルホッピーを一気に飲み干したい気持ちで一気に飲むと、何やら一気に心が殺伐としてきた。

 先輩は、タノスケの苦虫を噛み潰したこの表情が見たくてここに連れて来たのではないかとの邪推すら邪煙のごとく胸にたちこめてきた。普段は人情味厚く、色々と面倒を見てくれる実に人のよい人ではあるが、こういうアクロバティックな幸福を味わい方を趣味としている人なのかと、何の確たる証拠もないのに当て付けにそう勘ぐり決めつけると、もうそこからもう堪らずタノスケはこの先輩が卑しく見えて仕方なかった。

 そも、金を介して異性と話そうとすること自体、自分のモテなさを披瀝するも同じ醜悪なる愚行である。マッチングアプリで嘘つきまくって女性と出会っている身でありながらこんなこと言うのもアレだが、先輩のやっていることは醜悪なる愚行である。また、そもだいたい、先輩のように金を払って女性とコミュニケーションをとっても、相手も金のためにやっている以上、所詮そこには真実はないのである。真実がなければ、そこに愛はないのであり、愛のないことほど愚かなことはないのである。マッチングアプリで嘘つきまくって真実も愛もない行動を繰り返しているくせにこんなこと言うのも何だが、真実がなければ、そこに愛はないのであり、愛のないことほど愚かなことはないのである!

━━この先輩は、つくづく愚かだぜ……━━

 タノスケは全身全霊でさげすんだ。自身全くその資格がないのにも関わらず、自分史上最大最高出力でもってさげすんだ。


 そんなことを、目の前の無垢なる看護師の瞳に吸い込まれながら、タノスケは思い出したのだった。

━━キャバクラ嬢と看護師。どちらも仕事で隣に座し、こちらを見つめているに過ぎないのである。片方に吸い込まれるのは愚行で、片方に吸い込まれるのは純愛であるとなどどうして言えよう━━

 一瞬、そんな考えもタノスケの脳裏に過ったが、そこは〝セルフ棚上げの星〟の下に生を受けたタノスケだけあり、そんな考えを精査することなぞノーサンキュー心地で、自分のことは完全に棚に上げ、

━━やっぱり僕は、あの愚かな先輩とは人間が根本的に違うんだなあ━━

 なぞ、子育てにおいて誠実さを中心に据えていた男とは思えぬ結論に達すると、その温かな自己肯定でみるみる胸が満ち、その効果で幾分ガン宣告のショックも落ち着いたものか、どうやったら今こちらを見つめてくれているこの看護師と長く話し、仲良くなり、そして連絡先を交換する境地にまで至れるだろうかと、バカ面タノスケは無い頭をしきりに回転させるのであった。

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