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余命僅かな君との最期の日々。短編版

作者: 有原優

 私は呪いを受けている。十八になった瞬間死ぬ呪いだそうだ。私は今十七歳八ヶ月、あと四ヶ月しか生きられない。

 しかも、そんな呪いをかけられたと知ったのはついこの前だ。


 夢で死神が出てきたのだ。


 彼は私に将来的に死ぬと言う予言を残した。そこで嘘だと思えたのならまだ良かった。だが、夢にしては意識がはっきりとしすぎている。夢などどんな壮大な夢でも数日経てば忘れると言うのに。

 他人には言っていない。こんな非科学的なこと誰が信じると言うんだ。


 その夢が本当だと実感したとき、私は仕方がない程に悲しくなった。


 私は大人になれない、私は結婚できない、それどころか、人生の楽しいイベントを迎えられない。そんな悲しいことはない。


 私はこの短い時間の中で何ができるのだろうか、何をなせるのだろうか、私は恩返しとかできているのか、私は大した人間じゃ人じゃないか、そんな思考が脳内で巡る。


 私は大した人間じゃない。だから死ぬんだ。

 私はこの世にいらない人間だから死ぬんだ。

 もうすでに数日学校を休んでしまっている。

 この程度で休んでしまっている私は一体……。

 そう思うと、悲しくなってきた。

 涙が出てきた。

 気が付けば、私は家を飛び出し、公園に向かっていた。


「ああ、懐かしいな」


 そう思って、ブランコに乗った。子どもの時には好きだったが、今やほとんど乗ることがない遊具。楽しい、まさかこんなにも楽しいと思っていなかった。

 だが、それで悲しみを忘れられたのはほんの一瞬だけだった。そんなのが嘘かと思うほどすぐに悲しみは舞い戻ってきた。今度の悲しみは何をしても乗り越えられなかった。ああ、死にたくない。死にたくない。


「ああ、もう涙が止まらないね」


 そう呟いて公園で大号泣した。

 人目もはばからず、子どもみたいに純粋に泣いた。

 もう、全てどうでもいい。そのような気持ちで。

 本当にもうじき死ぬ私にはすべてが関係が無いのだ。

 人にどう思われようと、全てが。














 俺は平凡な高校生だ。だが、二つだけ他と違うことがある。高校生の身で一人暮らししていることと、悲しいことに友達と言える存在がいないけど。だけど、俺は学校を苦とは思わない。


 一つ気になる事と言えば、一週間前から来なくなった隣の席の榊原鈴奈さんのことくらいか。授業料払っているんだから、来ればいいのに……。

 だがそれは俺に関することではない。だって俺は今受験生なんだから自分のことを考えればいい。


 そしてノートを開いて勉強をする。だが、やる気は出ない、受験生だというのに。


 そして学校が終わって、一人で帰る。大体みんな友達と帰っているものだが、一人で帰るのもいいものだ。イヤホンで好きな音楽を聴きながら帰れる。こんなに幸せなことはない。

 今日はいつもより疲れたなと思い、思い切っていつもと違う道で帰ることにした。五分長く時間がかわりに、いつもと違う景色を見られるのだ。だが、この時はこの何気ない気まぐれが俺の人生に転機をもたらすとは思っていなかった。

 それは公園の隣を歩いていた時だった。公園からすすり泣く声が聴こえた。それも女性の声だ。俺はたぶんこの声を知っている、この声の主の存在を知っている。この特徴的な声はもうあの人しかいない。そう、クラスメイトの榊原さんだろう。泣いている理由は分からないが、学校を休んでいることに関係しているのだろうか。



 そして、公園を覗くとその懸念は確定した。

 槇原さんが一人公園のブランコに乗りながら泣いていたのだ。


「なんで泣いているんだ?」


 と、声をかけた。


 これは俺にしては大胆な行動だ。いくらクラスメイトとは言え、友達じゃない女子にかかわろうとするなんて。この行為は彼女にとって迷惑かもしれない。でも、俺には見過ごせなかった。


「……別に泣いててもいいでしょ。私にかかわらないで」


 そう低音ボイスで拒絶された。

まあ、友達ですらない奴が言ったらこうなることは明白だとは思っていたが。


いつもならこう言われたらもう放っておくだろう。

 だけど今日は違った。そんなことを言われた程度で引き下がるような気持ちではなかった。


「泣いてる奴にかかわらないでって言われても、俺には見過ごせねえよ」


 俺の気持ちを単刀直入に答える。

 

「……何かあるんだったら俺に言えよ。何か吐き出せば楽になるかもしれないだろ?」

「……あなたには関係ないから」


 どうやらそう簡単には話してくれないらしい。

 別に俺はこのまま帰ってもいい。だが、もし今帰ったら後悔する。今心が消えかかっている彼女を放っておくようなことは。


「いいから、俺はどんな理由でも馬鹿にしたりはしないから」

「……なんで……?」

「え?」

「なんで……かまってくれるの?」

「クラスメイトだろ」

「……でも、いいの」


涙が一粒彼女の頬を伝った。


「こんなこと言っても何にもならないから」


消えそうな声だ。掠れていて、注意深く聴かないと聞こえない感じだ。


「じゃあね」


 と、たどたどしく歩いていく。けれど、その足取りは到底歩けているとは言えない。

誰から見ても無理して歩いてると思われそうな足取りだ。


「はあ、歩けねえなら無理して歩くなよ。さっきからほぼ移動出来てねえじゃねえか」


 実際、歩き始めてから二〇秒くらい経っているが、五メートル程度しか進めていないように見える。


「とりあえず、これで涙吹けよ」


 ハンカチを貸す。頬にしみついている水分が邪魔そうに見えた。


「……うん」


 そして彼女は観念したのか、ブランコに戻る。


 そして俺は彼女に一言断り、隣に座る。


 無言の時間が流れている。だが、今は彼女のためにただ待っているのがいいだろう。


「……私ね……」


 口を開いた。


「余命もう四か月内の」

「え?」

「私は九月の末に死ぬの」


 その言葉を俺は呑み込めなかった。余命と言う言葉を受け入れられなかった。だって隣にいるのは、いかにも元気そうな女の子だ。なのに余命四か月。

 意味が分からない。

 

「私は、夢で余命宣告を受けたの……君は十八になるタイミングで死ぬって。私の誕生日は九月十八だからもう四か月しかない」

「……」

「非科学的だと思われるかもしれない。でも、事実なの。馬鹿みたいよね。両親も、友達も信じてくれなかったのに。友達でもないあなたに言うなんて」

「……」

「信じなくていいよ。信じるのは私がいなくなってからでいい」

「……信じるよ」

「え?」

「俺は君のいう事を信じるよ」


 確かに夢で余命を伝えられるなんて非科学的で、信じる根拠なんてどこにもない。だが、こんな悲痛な顔をしている彼女が嘘なんて言っているはずがない。少なくとも俺は……信じたい。

 根拠なんて今の彼女の悲痛な顔だけでいいじゃないか。


「いいの?」

「いいのって、信じるしかねえだろ。そんな顔をされたらさ」

「……ありがと」

「どういたしまして」

「……私は死にたくない」

「……」

「まだしたいこともやりたいことも決まってないのに。死にたくない……」

「……」

「私親に何も恩返ししてないのに」


 俺はそれから彼女の心の叫びを十分間聞いた。今の俺にできることは聞く事だけだ。


「……ねえ、嫌じゃなかったらでいいんだけど」

「なんだ?」

「友達になって?」

「……俺でいいのか?」

「なんでそんなこと言うの?」

「だって、俺根暗だし」

 

 俺には友達なんていないし、そもそも俺は人に好かれるタイプだなんて一ミリも思っていない。


 少なくとも彼女のような美人とは釣り合わないはずだ。


「そんなこと言って、謙遜でしょ?」

「いや、違うんだが」


ここで俺が剣損する意味なんてない。だって、彼女みたいなかわいい女子が友達になるというチャンスをみすみす謙遜でのガス馬鹿はいないと思うし。


「まあ、兎に角、友達になってください。あ、彼女でもいいよ?」

「え!?」

「ふふ、それはさすがに冗談よ。でも、友達は本気。お願いします」

「……ああ、分かった」


 流石にそんな真剣な顔で言われたら、俺はそれを断る術を知らない。

 そして、俺は帰ろうとしたが、


「ううーん」


 彼女はブランコから立ち上がれそうになかったみたいだ。


「……手を貸そうか?」

「……ありがとう」


 そしてそのまま、俺が彼女をおんぶする感じになった。ある意味友達になるよりもハードルが高いことをしている気がする。

人生で女子をおんぶするなんて機会があるとは思っていなかった。しかもこんな状況で。


「なんか悪いわね」

「いや、いいさ。友達を助けるのは当たり前の事だろ」

「ふふ、うれしい」


 そして俺は彼女の家の前で彼女を下ろした。


「ねえ、悪いんだけど……」

「どうした?」

「まだ帰りたくない」


そう言って彼女は抱き着いてきた。


「……安心しろ。君は一人じゃない」


そんな臭いセリフを言ってしまった。だが、それでもうれしいようで、


「ありがとう」


と言われた。その後五分くらい抱き着かれたあと、家に帰った。


「迎えに来たわよ」


 翌日、家の前に出ると、彼女がすでに待ち受けていた。


「なんだよ、一緒に登校するとか聞いてないぞ」

「だって、私が一緒に登校したいもん。余命僅かだし」

「それを言うなよ。こっちが弱いだろ」

「ふふふ」


 そして彼女は手を握ってきた。俺が拒否する暇もなく。


「何するんだ」


 今手には彼女のぬくもりが残っている。手の暖かさが。俺史上、女子と手をつないだこともない。今この瞬間にもドキドキが止まらない。


 だめだこんなのでは。相手のペースに巻き込まれてしまう。決してドキドキしてるということはばれないようにしよう。

 そう決めた……瞬間だった。


「へー、ドキドキしないの? 私みたいな美少女に手を繫がれて」


 うぅ、核心を突かれた。だが、


「ドキドキなんかしてない」


 あくまでもそう言い張る。別に疑問形だからばれてはないはずだ。


「私なりのプレゼントなのに。私の余命を大事に使いたいだけなの」

「何だよその考え方」


 変な考え方だ。つまり死ぬまでに俺を喜ばせるようなことをいっぱいしたいってか?


「私はね」


 そう思っていると、彼女が口を開いた。


「こういう異性の友達とかいなかったからさ。死ぬまでにやりたいってね」

「それ自分がやりたいだけじゃねえのか?」

「ばれた?」


 と、言って笑った。そう言えばこの子はクラスでモテてたな。


「そういや、彼氏とかはいなかったのか?」

「うん。いないよ。……そう聞くってことは私に彼女になってほしいってこと? なってほしいならいつでもなるけど」

「いや、いいわ」


 よくわからない質問にはとりあえず否定で答えておいた。まあ、そう言われて「え? いいの?」なんて言ったら負けみたいだ。

 だが、彼女はあくまでもそのスタイルを崩さないみたいで「えー、人の行為はおとなしく受け取ったほうが得だよ?」なんて言われた。

 俺は別に損得勘定で動いているわけではないんだが。


「まあ、でも」


 数歩歩いた先でまた彼女が口に出した。


「余命四ヶ月の彼女なんていらないかあ……」


 そんな自虐的なことを言って悲しそうな顔をした。俺はどうしたらいいんだよ。

 とりあえず慰めればいいのか? と思って、とりあえず「別にそんなんじゃねえ、なんかそう言われてOKするのが嫌なだけだ」とだけ言った。別にこれ本心だしな。


「じゃあ、彼氏になったらいいじゃん」

「友達になっての次は彼氏になってかよ。図々しいな」

「えー。まあいっか。その代わり放課後に付き合ってくれる?」

「まあ、いいけど」


「おはよー!!!!」

 今日も笑顔で皆におはようを告げていた。昨日泣いていたのが嘘みたいに。それに呼応してみんなも「おはよう」などと返していた。

 そんな中、

「なんで、町田君が一緒にいるの?」

 と、榊原さんの友達の相原さんが言った。まあそりゃあ不思議には思うだろう。こんな友達いない奴と、榊原さんが一緒に登校するなんて。

「えへへー、不思議でしょ?」

 とぼけた表情で榊原さんはそう返した。


「とぼけないでよ!!」

 相原さんが語彙を強めに発した。

「昨日友達になったの。ねー浩二君」

 そう言って俺の肩に手をのせてきた。

「なあ」

「何?」

「怪しまれるようなことをすんなよ。俺たちはあくまでも友達なんだから」

 肩に手をのせるなんてことは。しかももう下の名前呼びdし。

「じゃあ、こういうの嫌なの?」

「……嫌ではないが」

「ならいいじゃん!」

「……」

「それに私は男女の友情が通用すると思っている派の人間だしね」

「……お前なあ」

 さっきまで彼女になってもいいなんて言っていた人と同一人物に思えない。これは何かあるのか? 

「まあでも、二人の仲の良さは伝わったわよ」

 相原さんがそう言った。なるほど、この変なやり取りは仲がいいという判定なのか。

「さて、浩二君。授業までお話しよっか」

「ああ」

「私の余命の話だけど、誰にも言ったらだめだからね」

「分かってるよ」

「へー。ならよかった」

 そして、俺の頬を触り、

「これからよろしくね」

 と、小声で言った。まじでなんだ。俺をドキドキさせたいのか?

「さてと、一緒にトイレ行きましょっか」

「なんだよ。普通男女のつれしょんとかないだろ」

「いいじゃない」

 と、半ば強引に連れていかれた。もうホームルームまで三分しかないが、時間的に大丈夫なのだろうか。

「さあて、浩二君。私の話を聴いてくれる?」

「なんだ? 時間ないから手早く頼む」

「私ね、やっぱり怖いの。頭なでてくれる?」

「……俺、いいように使われてないか?」

「まあね。でも、こんなこと頼めるの浩二君だけだし、お願い」

「はいはい、分かったよ」

 そう言って頭をなでる。完全にかわいさとおどけさを使って俺をこき使っている気もするが、まあ俺自身も嫌なわけではないので、まあ許せる範囲だ。

 さて、もう時間がない。

「じゃあ、行くか」

「……うん」

 元気のなさそうな顔だ。これは演技なのか、それとも本当の彼女なのかもうわからなくなってきた。

「おまたせー。時間大丈夫?」

「うん。全然大丈夫だよ」

「だって、良かったね! 浩二君」

「ああ」


 そして授業に入る。俺は数学が得意だからそこまで苦戦はしなかった。と言うか、教科書の問題はほとんど解けるようになっているから授業と言うのはもう思索にふける時間なのだ。

 そんな中、彼女が話しかけてきた。わざわざ後ろの席の俺に。いや、正確には話しかけたというのは違う。彼女が後ろに手紙を渡してきたのだ。どこかの女子同士のやり取りかと言いたい。

 手紙には「浩二君としゃべりたいなー。一緒に喋れないの寂しいよ」と書いてあった。惚れさせようとしているのか? 分からん。彼女の思考が一切わからん。

 とりあえず、「ああ、俺もだ」と書いておいた。しかし、渡すの結構勇気いるぞこれ。どうやって渡そう。

 先生の目を盗むほど度胸があるわけじゃない。仕方ない、先生が向こう向いた時に渡すか……

 しかし、そういう時に限って先生がなかなか向こうを向いてくれない。困ったぞ、これではなかなか渡せない。

「では、大林、この問題を解いてみろ」

 来た。この瞬間だ。と、前の席にいる彼女にそっと手紙を手渡す。すると、一瞬で返事が返ってきた。返事が帰ってくるの早すぎだろ。

 そこには「手紙交換楽しいね」と書いてあった。俺はばれるのが怖いんだが。

 まあ、だが、新鮮であることは事実なため、「ああ、そうだな」と手紙を返しておいた。

「ねえ、どうだった? 手紙?」

「ああ、まあ楽しかったよ」

「そうっかー。楽しいかあ。良かったー」

「でも」

「ん?」

「ばれるリスクがあるのは怖かったけどな」

「それを踏まえて楽しいものなのよ。プレッシャーとかね」

「そう言うものなのか」

 俺がそう言うと、彼女は「あ、でも」と言って、

「これで、浩二君もそういうのデビューしちゃったねえ」

「どういうことだ?」

「だって、友達いなかったじゃん」

「そういうの言わないでくれ。それに俺は友達がいないんじゃなくて、友達を作っていなかったけだ」

「へーそれ言い訳?」

「いいわけじゃない!」

 友達と言う雰囲気が苦手だっただけだ。だって……陽キャうるさいし。あ、そんなこと言ったら榊原さんも陽キャよりか。

「さて、今日ちょっと付き合ってくれる?」

「放課後?」

「うん。デート」

「デートなんて言うな。友達なんだから」

「でも、男女同士で行くんだからデートじゃない?」

「まあ、そうなんだが」

 まずいな、完全にこいつのペースに巻き込まれる。

「じゃあ、よろしくね」


 そして放課後、俺は今ハンバーガー屋さんでハンバーガーを食べている。榊原さんと二人で。

 榊原さんはハンバーガーをむしゃむしゃと食べながら、

「浩二君と一緒に来れてよかったー」と言った。どうやら榊原さんも楽しんでいるようだ。

「それはどうも」

「それでねえ、今日は一緒にお話しできたらいいなって」

 そして俺の方手を取り、

「これからのことをね」

 と、急に真剣な目をして言ってこられた。

「これからのことと言われてもなあ」

「私が決めるだけだから大丈夫」

「つまり……俺は何もしなくてもいいってことか?」

「えー。浩二君も決めてよ」

「なんだよ」

「それでね、今度の土曜、一緒に水族館に行かない?」

「水族館か……」

 なんとなく、デートスポットのような感じがする。俺には見合わない場所だ。

「だめ?」

「だめ……じゃない」

 その美貌からの上目使いできかれて断れる人なんて日本人にはいないだろう。

「やった! じゃあ土曜日覚えといてよ! 絶対だからね」

 そう、指で俺の日や¥体をちょんっと押してきた。

 分かった。あと一つ、いい?」

「何だ?」

「私ね、死神がいるの」

「は?」

「ていうかね、私の横にいるの」

「……」

 死神、また非科学的な存在だ。少なくとも俺には到底理解できない存在だ。

 いや、俺でなくとも死神なんていう存在を軽々しく受け入れられる人間はいないだろう。

 ただ俺は彼女を信用したい。そんな事を考えていると、

「疑ってるんだー」

 と、彼女が言ってきた。あーもう! 今信用しようとしてたところなのに。

「証拠見せようか?」

 そう言い、彼女は「私は死神、この女を十八に殺すために現世にやってきた。私は何も現世には関与しない。その代わりに、私は貴様にも何も求めない」

 そう、真に迫ったような迫力で言った。しかも今の声は到底榊原さんの声には思えない。彼女の口から話されているはずなのに。

「今、私についてる死神に言わせたの」

「なるほど……」

 これは本当に疑い用がない。

「という訳で。私には死神がついてるからもうデートは出来ないね」

「デートとかいう問題じゃない気がするが」

「いいじゃない。それで、土曜日よろしくね」

「ああ」


 土曜日。俺は朝六時に起きた。別に六時に起きたくて起きたわけではない。ただ、なぜか緊張してよく眠れなかっただけだ。今日は二人で水族館に行く、それだけなのに。

 結局家にずっといるのも憚られるので、待ち合わせの二時間前に家を出た。

 俺は緊張なんてしていない。そう心に言い聞かせて。


「あ、浩二君!! こっちこっち」

 着いたら榊原さんにそう言われた。……なんでもうここにいるんだ?


「なんで私がここにいるかって思ってるんでしょ? その答えはーじゃじゃん!!! 楽しみで早めに来ちゃっただけ」

「早めって、まだ開館一時間前だぞ」

「いいじゃない。どこかで朝ごはん食べよ?」

「すまん。朝ごはんもう食べた」

「仕方ないなー。じゃあ、私が朝ごはん食べるさまを見ていてよね」

「なんで一時間前に来て、お前のご飯食べる姿を見なければならないんだ……」

「いいでしょ! 美少女の食べる姿を見れるのよ。最高じゃない?」

「いつも学校で見てるけどな」

 食い下がったが、結局榊原さんの勢いに負け、カフェに行った。どうやらカフェでご飯を食べるらしい。

 そしてカフェについて後、俺は彼女が美味しそうにご飯を頬張る様を見ながら、スマホをいじっていた。「ねえ、私の食べる姿の感想言ってよ」と言われたが、そんなの、「死神にでも聞けばいいだろ」と言って無視した。俺はなぜかこの朝食に付き合わされているだけなんだが。

「さあ、今度こそ行こっか」

「ああ。ようやくか」

 そして水族館へと入って行った。

「ねえ、すごくない? この沢山の魚たち。めっちゃ凄い、やばいやばい!!!」

「テンション高すぎじゃねえか?」

「浩二君もテンション上げようよ!!!」

 そう言って彼女は俺の手をまたしても握った。

「そっちのテンションに合わせるのが、もう大変なんだが」

「これくらいが普通だよ! 普通!」

 相変わらずのはしゃぎようだ。元気すぎる。

「うわあああああ! これよこれ! この迫力よ!!」

 次はサメを見て言った。ガラスに手をつけて、凄い真剣な目で見ている。

「ねえ、浩二君も見てよ、このサメを!」

「ああ、凄いな」

「でしょ! もっとこっちにきてみてよ」

「あのなあ、別にそんな近くに行かなくても見えてるって」

 むしろ、近くで見るよりも、遠くで見る方が俺の性に合っている気がする。

 しかし「来てよー!」と、諦めないでこっちに手を振っている榊原さんの姿を見ていると、こっちが根負けしそうだ。

 仕方ないので、彼女の方向に行く。こうも騒がれては周りの迷惑だしな。

「さて、浩二君、私が考えてることを当ててみて?」

「そんなの決まってるだろ」

 聞くまでもない。

「サメすごいなーだろ?」

「違うよー」

 そう言って俺の背中をパンパンと叩く。

「浩二君がこっちに来てくれて良かったってことだよ」

「なんだよそれ」

 苦笑するしかない。

「まあでも、良いよな。こういうの」

「浩二くんわかってくれた?」

「わかってくれたとか言って、元から分かってるよ」

「そう、なら良いんだけどね」

 そして俺たちは様々な場所に行き、昼ご飯を水族館の中のレストランで食べる。

「ここって、魚が有名なんだ」

「そうなんだ」

「面白いでしょ」

「え?」

「水族館の中で魚を食べるって」

「……何が面白いんだ?」

「ええ? 面白くない? さっきまで見てた魚たちを今食べてるんだよ」

「面白くないって……」

 さっき見た魚とは別の魚だし。

 そんな会話をしていると、注文していた刺身セットが届いた。マグロ、サーモン、タイ、ホタテなどなどの刺身だ。見ているだけでおいしそうだ。

「じゃー食べよー」

「ああ」

 そして俺たちは刺身を食べていく。おいしい。箸が止められないな。

「あと人生でどれくらいこんなおいしい刺身を食べられるんだろうね」

「お前が言うと、シャレにならんからやめてくれ」

「そう言う意味で言ったんだよ? あとこの四か月でどれくらい食べれるんだろうって」

「なあ、」

「ん?」

「そんなこと言ってて辛くならないのか?」

「ならないよ? あの時はそう思ってたけど、悲しむだけ無駄じゃん。死神さんも運命は変えられないって言ってたし。ならさ、楽しんだ方が得だよねっていう」

「本当、その考え方見習いたいわ」

 そして彼女は「おいしいいいいい」と言って刺身をパクパク食べていた。

 そして俺も続けて刺身を食べていく。おいしいいいいいっていうテンションはないが、実際に美味しい。

「じゃあ、次いっくよー!!」

 と言う榊原さんに連れられ、少しずつまた歩いていく。午前中とは違い、今度は外の方を歩いていく。そこにはペンギンがいたり、上から、魚たちが見られるというコーナーがあった。その全てに対して、榊原さんは「かわいいいい」などと、テンションを高くしながら見ていた。

 俺も十分楽しんでいると思うが、彼女の喜びように比べれば大したことはない。

 彼女は、寿命が三か月しかない。だからこそこんなに楽しんでいる。そう考えたら、なんとなく命のことについて考え込んでしまう。

 そして下に戻り、クラゲを見たあと、再び入り口付近に戻ってきた。

 ここは、お土産コーナーだ。お土産とは言っても、魚の形を模したボールペンや、魚のぬいぐるみなどだ。

 それらをキラキラとした目で彼女はしっかりと、一つずつ見ていく。

 そしていつの間にか、彼女の手には沢山のぬいぐるみがあった。これ、金額的にはいくらくらいになるんだろうか。

「なあ」

 見かねた俺は声をかける。

「どんだけ買うつもりなの?」

「えー。思い立ったが吉日だよ。ピンと来たら全部買わなきゃ」

「でも、お前三か月後にはいなくなるぞ」

「だからだよ。お金使わないとねー。あ! 私が死んだあとは、浩二君に管理任せよっかな? 私の遺品として」

「やけに上機嫌だな」

「だってー。癒されるんだもん」

 そう言う彼女の目は本当にまぶしくて、嘘はついてないんだろうなと思う。本当に欲しいんだなとも。

 そして彼女は結局一万六千七百円分のぬいぐるみを買った。「親とかに怒られないのか?」と訊いたが、「そんなの私の勝手じゃん」と帰ってきた。そう言えば、俺は榊原さんの親のことを知らないなと今更ながらに思った。しかし、今の彼女のいい方から察するに、結構自由にさせる家なんだろうなと思う。


 そして翌日、ぬいぐるみを持った鈴奈が元気よく俺の家の前に現れた。

「……何をしに来たんだ?」

 日曜日は特に一緒に遊ぶ約束とかしていなかったはずだが。

「そうだね、お家デートっていう感じかな?」

 俺は無言でドアを閉めた。

「なんでよ! お家デートしようよ」

 そう、鈴奈が大声で叫ぶ。

「だったら連絡してから来てくれ」

「サプライズだと思って喜んでよ!」

「誰も喜ばねえよ」

「いーれーてーよー!!!」

 と彼女が大声で叫び始めたので、仕方なく家に入れる。

「しっかし、大声で叫んでみるもんだねえ」

「……あれは俺の温情だぞ」

「えー、でももしかしたら通報されてたかもよ?」

「うん。通報されるんだとしたら確実にお前だ」

「えー」

「それでぬいぐるみを置いて来た理由を話せ」

「理由なんて会いに来た。それだけでいいでしょ?」

「良くないだろ」

「じゃあ、私が来なかったほうがよかったってこと?」

「いや、そうじゃないけど」

「ツンデレ?」

「ツンデレじゃねえよ」

 そして、彼女は俺の部屋を物色し始めた。

「へー、これが男子の部屋なんだね」

「……変なものはないからな」

「分かってるよー。もしかしてエロ本とかないかなって思っただけ」

「今の時代はスマホだろ」

「え!? 見てるってこと?」

「見てねえよ」

 別にエロ画像とか興味なんてないし、そもそも見てたとしても、そのことを女子に言うような人がいるとは思えねえ。普通大体の女子は嫌うと思うし。

「てかさ、鈴奈はそう言うの読んでないの? なんとなく読んでそうなイメージあるけど」

「っ馬鹿言わないで、そんなの読んでるわけないじゃない。だってああいうのってなんか、あれでしょ?」

「否定しすぎて逆に怪しいんだが」

 必死過ぎてな。

「怪しくないよ。それ言うんだったら殺人否定したら殺人犯になることになるよ」

「確かに。そうだな。俺が悪かった」

「素直だねー」

「うっせえ!!」

 素直で悪かったか。

「さて、なんか遊べるものある?」

 と、俺の部屋を再び探り始める。

「これなんてどう? ゲーム」

「それ俺の何だが。お前の物みたいに言わないでもらえるか?」

「別に言ってないよ? あと、お前なんて言わないでよ!!」


 そう言って、ゲームを勝手に入れて、テレビにつなげだしてる。

「ここはお前の家か」

「うん。そうだよ!!」


 どうやら彼女に遠慮と言う二文字はないようだ。

 そして彼女がいれたゲーム、それは、有名なゲーム、ホワイティプロジェクトと言うゲームだった。内容としては、様々なクエストをクリアしていくというものだ。これに二人協力できるモードがある。それを踏まえたうえで、彼女は提案したのだろう。

「じゃあ、早速やるか」

「うん」

 そして二人でどんどんと様々なクエストをクリアしていく。俺はこのゲームもうクリアしたことがあるので、上手く立ち回れている感じがする。

 そして、やはりこのゲーム自体すごい爽快感だ。敵をスキルで薙ぎ払っていくその感じがたまらない。

「あ、ボス出てきたね」

「そうだな」

 と、鬼のような風貌のボスを相手にする。とはいえ、やることは同じだ。通常攻撃でスキルゲージをため、スキルを放つ。ただ、それだけだ。

 俺との連続攻撃で、ボスが怯み、スキルを放ち勝ちだ! と思ったのだが、そこで、ボスの攻撃スピードが速くなった。


 彼女が「えええ」とわかりやすく戸惑う。俺は、前に見た攻撃モーションなので、なんとか避けれてはいる。しかし、経験者の俺でさえそうなのだ、初見の鈴奈にとっては厳しいだろう。あっさりと彼女のキャラは死んでしまった。

「どうしよう、浩二君」

「大丈夫。すぐに復活させる」

 と、言って、彼女のキャラの近くに行き、蘇生行動をとる。

「うう、ありがとう」

 と、彼女が言ったが、俺も敵の攻撃をよけるので精いっぱいでなかなか蘇生行動に移れない。

「もう私のことはいいから、やっちゃって」

 と、彼女が言った。俺はそれに対して、「いや、二人で倒したほうがいいだろ」と言った。俺はシンプルに言ったつもりだが、彼女にとってはそうではないらしく、

「ありがとう。優しいね」

 と、猛烈に感謝された。いつものあいつのキャラじゃねえ。

 そして、なんとか、瀕死になりつつも、鈴奈のキャラを蘇生する。

「本当にありがとうね。さって、私も恩に報いなきゃ!!」

 そう言って、再び攻撃を加えていく。今度は俺が完全に敵の注意(ヘイト)をもらっているからか、攻めやすそうに見えた。

 そしてそのまま彼女が必殺技の『ラグジュアリブレイク』を放ち、倒した。

「やった!」

「やったー!」

 と、俺たちはハイタッチする。

「いやー楽しかったねえ」

 と、感慨深そうに鈴奈が言った。

「俺はまあまあくらいだったけど」

「えー。絶対楽しんでたでしょ。じゃなかったらこんな清々しい顔なんてしてないよ」

「う」

 どうやら見抜かれていたらしい。なんとなく癪ではあるんだよな、俺が楽しんでたなんて思われること。

「それじゃあ、今度は何しよっか。そうだ!!」

 そして鈴奈は思いついたように、

「男女でしかできないことをしようよ!!」

 そう言ってきた。

「はあ? ふざけるのも大概にしろ」

 すぐにそう返した。冗談でも思春期男子に行っていいことじゃねえ。

「えー冗談じゃないのにな」

「そうか、ならそういうことをしてみるか?」

 と、言って俺はベッドに押し倒した。

「ふええ、やめてよ」

「お前が変なことを言うからだ」

「分かった、分かったごめんって」

 そう彼女が観念したので、俺はそっと手を戻す。

「もう、びっくりしたよ」

「調子に乗るからだ」

 とは言ったものの、俺自身もさっきの行動で心臓の鼓動が高まってしまっている。俺も気を付けなければならんな。

「てかさ、私に対してひどいよね。私寿命後四か月しかないのに」

「そうは言われてもな。俺はそんなことで特別扱いはせんぞ。もし特別扱いされたいんだったら友達にでも泣きつけばいいじゃん」

 例えば相原さんとか。

「またそういうことを言って。私は友達には知られたくないの。特別扱いされたくないから」

「どっちだよ」

 特別扱いされたいのかされたくないのか。

 そして翌日また二人で登校した。流石にもう慣れられたようで俺たちが二人で登校してもいつものことと把握されている。だが、時々、ラブラブだなーなんてことを言われるからその弁明が大変なだけだ。とにかくだ! 俺は席に座りいつもと同じように授業を受ける。いくらあいつと一緒にいたって学校に行けば、それはいつもと同じ日々だ。休み時間以外。


「えーつまり、このXを移行させれば、解が求まるわけですね」

 そんな先生の説明と式を必死でノートに写す。そういえばあいつはノート取ってるんだろうか? と思い、鈴音のノートを見る。すると、真面目では到底なさそうだった。それどころか、ちゃんと授業を聴いているのかすら怪しい。

 とりあえず彼女は余命三ヶ月、ノートを取る理由なんてない。だからこそ俺もとやかく言うつもりはないが……流石に内職に熱中しすぎな気がする。ここまで露骨にやられたらバレるんじゃないか?

「榊原さん、ちゃんと授業を聴いてください」

 ほら怒られた。

 そして休み時間、俺は気になったことがあったから鈴奈に話しかけた。普段は彼女から話しかけてくるが、今日は別だ。

「なんでちゃんと学校は、行ってるんだ?」

 それが俺が感じだ疑問だ。

 どうせ死ぬのが分かっているのに知識を蓄えとく意味がない。俺たちは吉田松陰ではないのだ。

 それに、授業もしっかりとは聴いてはいなさそうなのに。

「それはねー、ふふん! 最期の瞬間まで普通の生活をしたいからです!」

 そう言ってきた。

「それにね、余命があるからって変に生活変えるのって変じゃない? 負けた感じがするし。だから生活スタイルを変えないわけ」

 そしてその後、「まあお母さんとお父さんに心配させないためってのもあるけどね」と笑いながら言ったが。

 確かに一理ある。運命に負けるのが嫌、まるで漫画みたいなセリフだが、今の鈴奈にはまさに当てはまるワードだ。

 俺には本当にわからない。なんでこんなに元気なのか。

 そして、授業が終わったのち、俺たちは、一緒に下校した。その際に、ファミレスに寄ることにした。

「そういやさ」

「ん?」

「もうすぐ中間テストだろ、お前どうするんだ?」

 もうそろそろそんな時期だ。鈴奈にとってはもうテスト勉強をする意味はないが、どうするのか。

「まあ、赤点取らないくらいに頑張るつもりだよ。うーんへいき四十五点くらい狙おっかな」

「四十五点……」

 うちの赤点の点数が四十点であることを考えると、まさにぎりぎりの点数だ。

「うん四十五点。まあ、所詮今の私には遊びだしね。進級出来なくてもいいけど、補講に行くのは面倒くさいからね」

 それから、「あ、でも」と付け足して、

「浩二君はまじめにやってよね。私と違って先があるんだからさ」

「……お前にもあるだろ」

「私にはないよ。だって十八の誕生日に殺されることが確定してるんだから……あ、いま死神さんが人聞きが悪いって言った。だってそうじゃん、殺されるようなもんじゃん。ねえ浩二君」

 俺にはどう返していいかわからない。俺たち高校生は本来死には無関係なはずだ。それが今、現実のものとなってきている。それが俺にはどうも理解はできても納得ができない。

 むしろなんで、笑い話にできるんだろうとも思った。当事者だから出来るのか、それとも、本当は死なんて怖くないという事なのか……。

「ねえ、何でそんなにだんまりしてるの? せっかくのファミレスがもったいない!!」

 そう言って、彼女はスパゲッティをすすった。

 なんで鈴奈の問題に関して、俺の方が深刻になっているんだ。


 そして中間テスト、彼女は有限実行通り、いや、有言実行以上の点数を取った。平均七十七点。クラスの平均点が六十六点とかだったはずだから、それよりも上だ。


「結局勉強したってこと?」

「ううん、ほぼノー勉。どうやら私には才能があるみたいだね、まさかこんなに点数取れると思ってなかったよ」

「俺も、しっかりと勉強したはずなんだけどな」

 俺のテスト平均点は七十二点。平均よりは高いが、鈴奈には負ける。そのことが悔しい。

「じゃあ、私才能あるのかな? ねえ、死神さん、あなた罪深いことしてるよ?」

 そう、俺には見えない何かに話しかける。笑いながら。

「死神さんが悪かったって、じゃあ、私の命を奪わなくていいのにね」

「それ、反応に困る」

「えー。まあでも、定期テストでは学年一位狙ってみようかな? 私の遊びとして。それに最期の定期テストだし」


 そして、俺たちは返った。

 家に帰るとすぐに俺はベッドに寝ころび、そして考えた。

 あいつは、鈴奈は、勉強も俺よりもできる。それどころか、本気を出せばクラス一位も狙えそうなほどだ。

 ただ、そんな鈴奈が後三ヶ月で死ぬ。

 そう考えたら、なんとなくもったいない気がした。もちろんどんな人間も死んだら駄目だ。だが、彼女は、かわいいし、勉強もできる。

 それに一回食べさせてもらったご飯は絶品の味だった。そんな未来に満ち溢れた彼女が後三ヶ月で死ぬ。もうテストも一回しか受けられないし、長期休みも一回しか経験できない。幸い、うちの体育祭には参加できるが、文化祭にはもう彼女はこの世にはいないだろう。

 現実は残酷だなと思う。俺や鈴奈には代えられない世界。

 今となっては鈴奈が全部嘘でーす!!! と言うことを期待してしまう。

 ただ、あの日の涙を見てもそれはないだろうな。

 あれは、嘘で出せるような涙ではない。もしあれが嘘だとしたら今すぐに女優デビューすべきだ。

「はあ」

 死神とは残酷な生き物だな。

『ねえ、今日いつ出れる?』

 そう考えていると、鈴奈からメッセージが届いた。

『なんだよ、今帰った所だぞ』

『そっか、ダメかー。わあつぃ急に自転車乗りたくなったの』

『はあ?』

『だめ?』

『だめでは……ないが』

『じゃあ、決まりね。今から集合!!」

 今の時間はまだ一時。今からだと四時間は遊べるだろう。


「お待たせ」

 俺は自転車で全力で向かった。息を切らしながら。だが、そんな苦労など知らないのか、「おそーい」と言われた。

 うるせえ。

「お前の方が近い位置に家があるから仕方ねえだろ」

 実際待ち合わせ場所に指定されたのは、鈴菜の家から近い場所だった。全速力で来たのだから文句を言われる筋合いなど全く無い。

 そして俺たちは自転車で並びながら海へと向かう。

「いやー悪かったね、急に誘っちゃって」

「本当だよ。前もって計画しとけ!」

「えへへごめんね、でもさ、風気持ち良く無い?」

「まあ確かに気持ちがいいな」

「でしょ、いいよねー、この風の中を突っ切ってる感じがして」

「……」

「浩二君もさ、本当にありがとうね。付き合ってくれて」

「いやいや、俺も気持ちいいし、別にいいよ」

 実際この追い風は気持ちがいい。それに二人で話しながら乗れる自転車というのは最高だ。俺のさっきまでの変な考えもしっかりと吹き飛ぶくらいの気持ちよさだ。

 本当に、さっきまで悩んでいたのが嘘みたいな爽快感を感じる。

 それに、気持ちよさそうなしてる鈴菜の姿を見てると、もう責める気も無くなるし。

「ありがと!」

「それはいいが……調子に乗って飛ばしすぎるなよ」

 すでに彼女の自転車は俺よりもはるかに速く走っている。もはや追いつくのが大変なほどに。

「分かってます!」

 そう言って、鈴奈は少しスピードを落とした。


「あ! そうだ、少し歌いたい!」

 そう言って、彼女は「世界の扉を開いた時、そこにあるのは何なのか、勇気、やる気、それとも力。それは誰にもわからない」

 と言った感じで歌い始めた。これはたしかミュージカルの曲だったはず。とりあえずこれから分かるのは余程の上機嫌であるということだ。

 そしてそのまま自転車で走り続け、海に着いた。

「やったー海だよ!! 見てみてみて!!!」

 すっごく上機嫌。よほど楽しいんだろうか。

「ねえ、自転車から降りて、泳ごうよ!!」

「泳ごう?? お前は泳ぐ気なのか?」

「うん、もちろん!!!」

「どうやって?」

「これで!!!」

 そう言って、カバンをごそごそといじってこた。そして、

「じゃーん!!!」

 そして水着を取り出してきた。

「お前は馬鹿か? どこで着替えるんだよ」

「え? ここじゃないの?」

「周りに人いるぞ。泳ぐのはちゃんとした場所に行かないと」

 もしここで鈴奈が着替えると、多くの人に鈴奈の裸が見られることになってしまう。

「むむむ、じゃあ、足ちゃぷちゃぷする?」

「まあ、それくらいが妥当だな」

「でもなあ、私。次が最後の夏だからなあ」

「じゃあ、夏に行きまくるか」

「えー。浩二君も来るの? そんなに私の水着姿見たいんだー?」

「……帰るか……」

「あー、待ってー。私を置いて行かないでー」

 それを無視して俺は自転車にまたがる。

「分かった、謝るからー」

 俺はそのまま坂を自転車で登りだす。

 そいし、赤の上から、彼女を見下ろす。泣きそうな顔をしている……流石にいじめ過ぎたか。

「……反省したよ……」

 そう、反省した様子を見せて来た。

「まあ、分かってくれたらいいか」

「じゃあ、足ちゃぷちゃぷしよう」

「ああ」

 そして俺たちは靴を脱ぎ、足を入れた。

「ふう、気持ちいいな」

 水の程よい冷たさが体を伝って気もちいい。

 足を動かすと、そのたびにまた水の感覚が来る。

 そんなことをしていると、水が飛んできた。

「なんだ???」

 服がびちゃびちゃになって、体が冷たい。そして飛んできた方向をふと見ると、あいつが水を飛ばしてきていた。

「っ何をするんだ?」

「えへへ、海と言えばこれでしょう!!!」

「はあ、仕方ない」

 そう言って、手を水の中にいれ、上に書き上げる。

「なに? やったなあ」

「そっちのセリフだろ!!」

 そう言って、俺たちは水を飛ばしまくる。

「これ……どうするんだ?」

 十分後、俺たちの服はびちゃびちゃになった。もはや服じゃなくて、ただの濡れた布を着ているみたいな形だ。

「さて、どうしよう?」

「なんか、見られるんじゃないか?」

「まあでもその時はその時じゃない?」

「まあ、でも恥ずかしいよ。男女で服がこんな感じになってたらさ。てか、お前の方が心配なんだが。だって、それ透けてないか?」

「大丈夫!! だって、私羞恥心ないから」

「無いからって……」

 絶対そんな問題じゃない気がする。

「だから、かーえろ。大丈夫。あまり人がいない道行くから」

 そして俺たちは人目に気を付けながら帰った。だが、完全には一目は避けられず、大勢の人に見られて恥ずかしかったが。

 そして家に帰ると、もう六時を回っていた。よほど遊んでいたらしい。まあ仕方がないので、ご飯を食べて、それから寝た。まだ八時半だったが、疲れていたのも相まって、すぐに寝れた。

 そして次の日、俺はまた学校に向かった。

 そして、早速、家の前に来ていた彼女に「おはよう」と告げた。いつもみたいに明るい「おはよう!!」が聞けると思っていたら存外、意外なことに「……おはよう……」と、暗いテンションで帰ってきた。

「どうしたんだよ、いったい」

 昨日の感じだったら元気いっぱいの感じで来ると思っていたのだが。

「私ね、また不安になっちゃって」

「不安?」

「そう、普段通りの笑顔でいたいんだけどね。どうやらそれもきついみたい」

「どうした? いったい」

「死の恐怖がまた襲ってきて、昨日一睡もできなかった。それどころか、今も押しつぶされそうで……」

「……」

「だから、ごめんね。私もう、歩けそうにない」

 そう言って、彼女は、その場に倒れこんだ。

「じゃあ、どうやってここまで来たんだ」

「それは……根性?」

「根性って、おい」

「だからごめん。私學校行けないかも」

「……はあ、仕方ない。さぼるか」

「え? 私のために?」

「……大体、そのために来たんだろうか」

「えへ、ばれた?」

 そして、俺たちはそのまま学校ではなく、別の場所へと向かった。彼女が行きたいといった場所へ。

「で、なんで遊園地なんだよ」

「いいでしょ」

 そう言って鈴奈は俺の手を引っ張ってきた。

「で、ここに乗りましょう!」

 そこにあったのは泣く子も黙るジェットコースターだった。

「ジェットコースターか」

 正直嫌だ。俺はこういう絶叫マシーンが苦手なのだ。

 そんな気分ただ落ちの俺に対して、「文句あるの?」と、鈴奈が言ってきた。

「あるよ。という訳で一人で楽しんでくれ」

 文句なら死ぬほどある。

「いや、浩二君も行くんだよ?」

 そのまま、俺が抵抗する暇なく手をがっしりとホールドされたまま、列に並ばれた。

 しかも最悪なことに今日が本来平日だから人がそこまで並んでない。このままだと順番がすぐに来る。

「ああ、嫌だ」

「だったら私と出会ってしまったことを後悔するんだね」

「なんか、テンション上げてないか?」

「無理やり上げているだけだよ。本当なら今も恐怖で押しつぶされそうだからね。いま、浩二君をいじめてる今だからこそ、全力で楽しめるってわけ」

「いじめてるのかい」

 そしてそのまま、ジェットコースターに乗せられた。

「覚悟はいい?」

「良いわけがあるか。俺は今からでもここから降りたい」

「だめ!!」

 そしてそのままジェットコースターは発射した。

「ん? やけに静かだな」

 意外にそこまでアップダウンがない。これならいけそうだ。

「ふっふっふ。大変なのはここからなの」

「は?」

 少しずつ上に上がっていき、そのまま……急降下した。

「いや、ちょっと待て」

 ものすごいスピードで下る。向かい風がものすごい勢いで遅い、さらにその恐ろしいアップダウンにより、俺の三半規管がおかしくなっていく。そして段々、俺はしんどくなってきた。

 隣では、鈴奈が「いえーい!!!!」と言って、気持ちよさそうな顔をしている。もしかして気持ち悪くなってるの俺だけ?

 しかも別のお客さんも楽しんでいるみたいだし。

「ちょっとたんまたんまたんまたんま!!!」そのまま黙ってもいられず、そのようなことを吐く。黙っていては、ストレスに押しつぶされそうだ。

「いいじゃン、浩二君。その意気だよ」

「その意気って、俺はもう死にそうなんだが、今からでもおろしてもらいたいんだが」

「だめ、それにまだ半分言ってないよ。たぶん」

 え⁉ まだ半分残ってる????????????

 死んだーーーーーーー。

 そして俺の精神が百回ほど死んだところで、ジェットコースターは終わった。

「はあはあ、死ぬかと思った。いや、死んだ。絶対死んだ。一〇回は死んだ」

「えへへ、楽しかったねー」

「あれを楽しいと思えるお前は異常だ」

 本当にあれはおかしかった。もう人間が乗る乗り物じゃなかった。本当にあれはやばい、やばすぎた。

「私ね……」

「ん?」

「あれ、乗ったらさ、人生楽しめてる感じがするのよ。しっかりとね」

「いや、寿命減るわ。あれはさ」

「私は元から寿命ないから大丈夫なの?」

 そう言って笑う。ブラックジョークやめい。

「そういやもう大丈夫なのか?」

 気持ちの落ち込みは。

「いや、でもまあ大分浩二君の叫びで吹き飛んだかな」

「なんだよ、それ」

「まあ、でもありがとうね。一緒に学校さぼってくれて」

「……」

「じゃあ、次は浩二君が死なないようなやつに乗ろう!!!」

「ああ、今度は頼むぞ」

 そして次行ったのは、コーヒーカップだった。

「これだったらいけるでしょ?」

「ああ、いけるな」

「じゃあ、決まりね」

 そして俺たちはコーヒーカップに乗った。

「あはは、回るねえ」

「回るなあ」

「グールグルあははは」

「ははは」

 そして様々なところ(きついやつ以外)乗ったところで、昼ご飯を食べようということになった。

「昼ご飯はここで食べましょう」

「おう……ここって。そういう事か?」

 そこにはかなりの数のカップル割の食べ物があった。

「ほかにも店は色々とあるよなあ」

「そうだねえ」

「で、ここ?」

 このカップルが行くような店に?

「だって、もらえるサービスは使っとかないと」

「……」

「私が諦めると思う?」

 そして諦めてその店に入っていく。根勝負で俺が勝てるわけがない。

「カップルですか?」

「カップルです!!」

 と、俺と恋人つなぎした鈴奈が笑顔で答えた。

(定員さん嘘なんです。俺とこいつはカップルじゃないんです)

 そして俺たちはそのままカップルっぽくイチャイチャして席に座った。一応証明のハグもしっかりとした。

「浩二君、何食べる? このカップル専用のパフェでもいいよ?」

「俺はそんなに甘いものは食べられないな……というかまずはしっかりとご飯食べようぜ」

「はーい。わかりましたー」

 そして俺はとりあえずチャーハンとラーメンを頼んだ。流石にご飯系はカップル何とかがないみたいで良かった。

「ねえ、遊園地らしくなくない?」

「は?」

「チャーハンとラーメンって。もっとオムライスとかにしようよ」

「俺の気分だからだ」

 別に誰にも俺の決めたメニューを変える権利なんてない。と、俺はラーメンを頼んだ。

 食べると美味しかった。ラーメンの麺がしっかりとしていて、スープもちょうどいいあっさりさだった。

 鈴奈は不満そうな顔をしていたが、俺が食べたい奴を選んで良かったと思える味だ。


 そしてご飯を食べた後、またゴーカートのようないろいろな乗り物に乗った後、最後に俺たちは観覧車に乗った。

「ねえ、見てる? 浩二君」

「ああ、見てるよ」

「きれいだよね。なんで上空から見る景色ってこんなにきれいなんだろう」

「広い範囲が見えるからじゃね?」

「もう! そう言う話をしてるわけじゃないのよ! ねえ、浩二君。私たちってこんな景色が見れて幸せだよね」

「まあな」

 この広大な景色、素晴らしいと思う。だが、今は何より、その景色を見てる鈴奈がきれいだ。日の光に当たっていて、いつもよりもかわいい。だめだ、そんなことを考えては、まるで、惚れているみたいじゃないか。

「何顔を赤くしてるの? 浩二君」

「赤くしてねえ」

「へー、まあいいわ。今はこの景色を見るほうが大事だしね」

「それはそうだな」

 そして俺たちはしっかりとこの景色を目に焼き付ける。この景色を。

 そんな中、鈴奈が、俺に抱き着いてきた。

「何をしてるんだよ」

「だって、私にとってここに来れるの最後かもしれないからさ。せめて今はいろいろ楽しもうかなって」

「楽しもうかなって、楽しむことがこのカップルみたいなものかよ」

「うん。そうだよ。だって本来こういうところってカップルで来るところだし」

「俺たちはカップルじゃないぞ」

「分かってるよ。気分だけ」

 鈴奈は今の状況を楽しんでいる……それと同時にこれを人生の宝物にしようとしている。俺はまだここに来るチャンスが何回でもあるが、鈴奈にとってはそうではない。

 どちらの方がこの観覧車を楽しめているかといえば、どう考えても鈴奈の方だろう。

 そんなことを考えながら外の景色を楽しんでいた。

 そしてすぐにまた地上へと戻った。

「あー、本当に楽しかった」

「そうだな」

「本当にありがとうね、私の我儘に付き合ってくれて」

「おう」

「でもさ、わたしってたまに思うんだよね。どうせ大人になれないなら生きてても意味がないかなって」

「っそんなことねえだろ」

「ありがとう、本当にそんなこと言ってくれて。まあ、気を使ってくれたんだろうけど」

「本心だよ」

「私ね、このまま死ぬのもやっぱりムカつくしさ、自殺という逃げの手を打つのも嫌だから、ぎりぎりまで楽しんで死ぬよ。後悔の無いようにさ」

「ああ、それがいい」

「じゃあ、次の計画を立てなくちゃね!!!」

 気が付けば、鈴奈の明るさが戻っている。それを見て本当に良かったと思った。

 そして帰り際に、「じゃあ、明日もよろしくね!」と、明るく鈴奈が言った。

「まあな」

「じゃーね」

 そして俺たちは分かれて、家へと帰った。


 家に帰っても、俺は一人だ。俺は学校をさぼった身ではあるが、家に帰っても誰も声をかけてこなかった。

 俺は所謂、いらない子だ。俺の弟、康生が完璧人間であるが故、俺は居候みたいなものだ。

 俺は、別に勉強ができないわけじゃない。ただ、もはや関心を持たれていない。


 まあ、俺にとってはそれはどうでもいいんだがな、自由にできるし、俺自身両親にはあきらめがついている。

 そんなわけで俺は今日もご飯を自分の部屋に運んでから食べるのだ。



「やっほやっほヤッホー浩二君!!!!」

「おう、良かった。今日は大丈夫そうだな」

「こっちが普通の私です!」

 そして俺たちは学校に向かう。

「どうしてたの? 昨日」

 相原さんが言った。「しかも二人とも休んでて。もしかしてサボってデート?」と、付け加えて。……それを言っていいのか?

「もちろんだよ!」

「あんた大胆ね」

「だってー、学校行く気無くなったんだもん」

「もしかして、町田君も?」

「俺は、そんな鈴奈に付き合っただけだ。本当に死にそうな眼をしてたからさ」

「そんなに行きたくなかったの?」

「やだなー、死にそうな眼って、そんな死にそうだった? 私はただ、気分転換がしたかっただけだよ」

「ま、それならいいんだけど。なんかあるなら親友の私にも言ってよ。てか、私もそれについて行ってもよかったんだよ?」

「大丈夫。私には浩二君がいるから」

「私は眼中になし!?」

「そうだね!」

「ひどい!!」

 相原さん可哀そうだ。


 そして放課後

「ねえ、浩二君。さっきの恵美ちゃん面白かったね」

「半分くらいお前のせいだろ。あいつとも遊んでやれよ」

「だって、あの子には寿命のこと伝えたくないから」

「……とはいえ、さびしがらせるなよ」

「え? 恵美ちゃんのこと好きなの?」

「違うわ」

「えへへ、冗談冗談」


 そして、また日は経ち、テスト前になった。

「今回は、ちゃんとやるって言ってたけど、どれくらいやるんだ?」

「えっとね、一日五時間はやろうかな」

「お、やる気だな」

「だって、これが最後だし」

 と、テスト前に土曜日俺たちは図書館で勉強を始めた。

「じゃあ、浩二君も頑張ってね」

「当たり前だ」

「分からないことがあったら教えるから」

「……俺の方がちゃんとやってる気がするが」

 実際、鈴奈はまともに宿題出してないし。とはいえ、悔しい事にテストでの点数は鈴奈の方が上だ。

 本当何でなんだよ。

「よーしやるぞやるぞやるぞ」

 そして図書館で熱心に勉強をする。そもそも鈴奈はともかく俺は高三の夏休み、大事な時だ。

 別に俺は推薦で行くつもりだが、学校の定期テストの点はちゃんと取っておきたいところだ。

 だが、鈴奈、思ったより真面目にやってるな。もっとふざけながらやっると思っていた。彼女にとっても大事なんだな、次のテストが。

 そして俺たちは集中してやった。だが、一時間後……

「寝てる……」

 鈴奈は爆睡し始めた。

「これは……」

 起こしたほうがいいのか、起こさない方がいいのか。

 いや、これは絶対に起こしたほうがいい。俺のためにも鈴奈のためにも

「おーい、鈴奈?」

「……」

 起きねえな、これは。まだ生きているはずだが。

「おーい、生きてるか?」

 顔をぺちぺちと叩く、するとようやく鈴奈が起きた。

「私……寝てた?」

「ああ、めっちゃ寝てたな」

「いやー面目ない。寝ないように頑張ってるんだけどね、睡魔には勝てなかったか」

「がんばるんだろ?」

「そうだね。そのために携帯も電源切ったんだから」

 そして、鈴奈は再び頬を叩き「よし!!」と言って勉強を再開する。

 俺はそれを見て、教科書を読んで問題を解く。

 そして、三時間たったころにはだいぶ問題は進んでいた。鈴奈の方も、結構調子がいいらしく、もう結構いけそうな感じらしい。

 鈴奈は授業だけでもだいぶ授業を理解できる。そんな彼女が勉強を真面目にすると、もう向かうところ敵なしだ。もうテストでも可なりの高得点が取れるだろう。

 そして数時間後、鈴奈が完全ダウンしたタイミングを見て、俺たちは帰った。

「本当ありがとうね、手伝ってくれて」

「ああ、こっちこそ。テスト勉強はかどったよ」

 そしてその日は帰宅した。そしてその後、家でもビデオ通話を駆使しながら軽く勉強しあった。心なしか、いつもよりも勉強が進んでいる気がする。

「はあ、夜も一緒に勉強できてよかった」

「そうか」

「なんかね、楽しい」

「楽しい?」

「うん。私ね浩二君と一緒の勉強なら結構できそう」

「お前、それ勘違いさせるからやめろよ」

「勘違いしてもいいんだよ?」

「お前なあ……」

「ふふ……じゃあ、明日も図書館で」

「ああ。じゃあな」


 そして俺たちは寝た。


「ねえ、浩二」

 夜にお母さんである谷久知春香が話しかけてきた。俺にどういった要件なんだろうか。お母さんとは五日前から一切話をしていない。原因は明確だ。陣プルに話していないだけ。

「最近いつも外出してるわね」

「ああ、悪かったか?」

「いえ、悪くはないわ。でも、あまり康生に悪影響を与えないでね」

「……ああ」

 康生は俺の優秀な弟だ。わざわざ言われなくても分かっている。俺が康生の邪魔をしたらいけないということは。

 そして翌日も俺は鈴奈に会うために図書館に行った。九時に待ち合わせしてたので、八時五十分に着くように言った。だが、そこに鈴奈の姿はなかった。

 あと十分分待ったが、時間になっても来なかった。もう十分分経っても。

 仕方ないと思い、メッセージを送った。安否確認だ。


 …………来ない。これはさすがに心配だ。模試やまた恐怖に心をむしばまれているのか、それともまさか期限前に死んでしまったのか。どちらにしても心配だ。どうしようか、

 迎えに行きたいが、俺は残念ながら彼女の家は知らないのだ。知らないままどうしたらいいんだ。

 とりあえず、俺はどうしようもないので、その場で勉強を始めた。そのうち来るだろと思って。

 三十分後、彼女はこなかった。しかし、その代わりに一件のメッセージが来た。

 それは……「病気にかかったから今日は来れない。ごめんね」というものだった。

 病気……俺はその可能性を考えていなかった。もしかしてほんとうは寿命というには病気での死ではないかということだ。もしそうであれば最悪だ。最期の時はベッドで苦しみながら過ごすことになる。俺はどうしたらいいんだ? 俺は何ができるんだろうか。

 そして、俺はすぐにメッセージで家の住所を聞いた、もちろん会いに行くためだ。

「いやいや悪いよ。てか、もしかして私の住所が知りたいのって、もしかして変態?」

 実に彼女らしいメッセージだ。これは本当に大丈夫な可能性もあるし、空元気の可能性もある。

 これは住所は教えてくれないだろうなと思った。だが、お見舞いに行きたいし、何より一目見ないと安心が出来ない。

 よし! 根勝負だ。

「……でも心配なんだお前のことが」

「何それ、愛の告白?」

「ふざけなくていいから」

「えー。でもねテスト前の大事な時期を私のために使ってほしくないの。それにただの風邪だし、これで死ぬなんてことはないから安心してよ」

 そして「時期でもないしね」と言った。

「分かった」

 俺は鈴奈の言うことを理解して、納得した。

 そして俺は大人しく一人で勉強することにした。一人で、誰ともかかわらずに。


 そして翌日、テストが始まった。俺の斜め後ろ、そこには誰も来なかった。鈴奈が座っているはずの席だ。

(あいつ、ただの風邪って嘘じゃねえか)

 くそ、これじゃあ彼女の頑張りは無駄ってことになっちまうじゃねえかよ。

 とりあえず、俺は俺の成すことをしなければと。世界史の最終確認をした。

 そして、鈴奈が来ないままテストが始まった。

 勉強をしっかりとした成果が出たのか、すらすらと解いていく。もはや知らない単語が一つもない。こんなに解けるのは初めてだ。

 出来ればあの席に鈴奈がいてくれたらうれしいのだが、いないものは仕方ない。

 そして世界史のテストが終わった時に、彼女にメールを送った。風が長引いているのかというメールを。

 実際帰ってきたメールを見ると、実際にはインフルエンザらしく、今週いっぱいはこれないらしい。

 ということは、彼女は補修テストを受けることになりるという事か。はあ、俺としても結構きついことになるな。

 それにもしプール熱と言う事なら、俺はお見舞いには行けない。テスト期間中に風邪がうつるのは嫌だし、そもそも、鈴奈は俺が会いに行くことをよしとしないだろう。

 俺は自分にできることをするしかない。

 しっかし、あいつ、短い余命をこんな病気で一週間失うことになるのか。

 ……彼女はどっちみち五〇日くらいの余命だ。そのうち六日かあ……。鈴奈にとって重い六日間になりそうだな。

「そろそろ次のテストやるから、席に着け―」

 どうやら考え事をしていたら、次テストが始まるようだ。しまったな……テスト前の最終確認をしてない。

 そして、今日のテスト二つが終わった。結果としては上手くいった、若干心を乱されてしまったが、結果的にそれはテストに悪影響を及ぼすことはなかったようだ。

「どうするかなー」

 会いに行きたいところだが、会いに行けない

 それが正直言って寂しい。

 ……どうやら俺にとって彼女の比重は大分重いものになっているらしい。

 さて、と、家に帰った。

 そして、部屋に行って鈴奈に電話をかけた。

「何?」

「何って要件は分かってるだろ。調子はどうなんだ?」

「調子ね、結構しんどい感じ。はあ、最悪だよ。せっかく勉強したのに。……神様ももう少し考えてほしかったのに、例えば九月十九日以降に風邪にかからせてくれたら良かったのに」

「それ、お前が死んだ後だろ。どうやって遺体に風邪をひかせるんだ?」

「あはは、やっぱりいいね浩二君。冗談にまじめに突っ込んでくれて」

「……俺は、昨日と今日寂しかった。もちろんお前がいなかったからだ」

「それって、テストの点が悪かった時の言い訳?」

「違う……」

「分かってるよ。私も昨日今日と会えなくて寂しかったよ」

「……」

「だから、私は夏休み浩二君を独占したい。覚悟してくれる?」

「それは俺が先に言うべきセリフだ」

「じゃあ、相思相愛ってこと?」

「……認めたくはないが、そう言うことになるな。……認めたくないけど」

「なによ。ムカつく……」


「どうしたんだ?」

「おなか痛い」

「……」

 俺にできることがあればいいが。

「うぅ」

「俺もお見舞いに行きたいところだが……」

「だめ、それは浩二君に移っちゃうから」

「だよな……じゃあ、ここらへんで」

「だめ! もう少し声が聴きたい」

「ああ、勉強しながらだが、いいか?」

「うん」

 そして俺は数学の練習問題を解きながら、勉強に熱を入れていた。どうやら、鈴奈のお母さんはいるのだが、俺と話したいから、部屋から追い出したらしい。

 そして最終的には大分彼女も落ち着いてきたらしく、いつのまにか寝てた。

 そしてあっという間に、テスト期間が終わった。テスト最終日、そこを乗り切った後、すぐさま鈴奈の家へと向かった。  厳密には彼女はもう元気だそうだが、長引いて、昨日の夜まで熱があったらしい。

 緊張しながらピンポンを押す。俺は彼女の家に入るのが初めてだ。つまり鈴奈の親がどんな人なのかも知らない。

 ああ、緊張する。


「はい」

「鈴奈さんのお見舞いに来ました」

「はい、どうぞ」

 そして俺は彼女の部屋へと通された。

「それで、もしかして鈴奈の彼氏だったりする?」

「……違いますよ。ただの友達です」

「そう、まあでもきてくれてよかったわ。あの子も大分暇そうにしてたしね」

「そうですか」

 それを聞いて少しだけ嬉しく思う。

「あ、浩二君。ヤッホー!!」

「ああ、ヤッホー」

「来てくれたんだ」

「まあ、俺も寂しかったしな」

「それ、ツンデレ?」

「いや、ツンの部分がないツンデレだ」

「うれしいこと言っちゃって」

 そう言って鈴奈は楽しそうな顔をした。

「それで、今はどんな感じだ?」

「んー結構大丈夫かな? まあ、精神は大丈夫じゃないけど」

「……」

「だから私、ストレス解消してもいいかな? 浩二君を殴って」

「そんな冗談を言えるんだったら大丈夫という事か」

「全然大丈夫じゃないよ!」

 そう言って鈴奈は俺の背中をパンパン叩いた。理不尽だ。

 そしてしばらく話した後、

「私、ゲームがしたいなあ」

 と、鈴奈が言い出した。

「ゲームって意外だな」

「まあね。こういう状態だから取れる選択肢よ」

「じゃあ、ゲーム用意してくれ」

「えー、病人にやらすの?」

「じゃあ、お前の部屋を荒らしてもいいか?」

「いいよ。宝探しゲームみたいで楽しいから。それで私はその光景をベッドの上から眺めるの。王様みたいにね」

「嫌な王様だな」

「えへへ、探してみよ!」

 そんな彼女の悪乗りを無視して、部屋の中を探る。とはいえ、女子の部屋で探してもいいものなのだろうか。なんとなく怒られそうな気もする。

 そして俺は、近くにあった棚を探る。

「いいセンスだね。そこを探すっていうのは」と、言われた。偉そうな声で。

「てことはそこにあるのか?」

「どうかなあ、ある可能性もあるし、ない可能性もある。その真実は私だけが知ってるんだよ」

「ほう、俺もそれを知りたいところだがな」

「えー、教えたら面白くないよね。自分の力で探すからこそ価値のあるものなんだよ」

「……」

 やばいなそろそろイライラしてきた。

 そして案の定、棚の中にはない。

 続いて、ベッドの下を探す。鈴奈から「えー私がそんなところに隠してると思ってるの?」と、煽り口調で言われたが、俺は無視して探す。ベッドの下、机の上のプリントの中、あらゆるところを探したが、一切見つからない。

「お前、もしかして」

 ある可能性を考えた。鈴奈ならやりそうな手だ。

「何?」

「セクハラとかで訴えてくれんなよ?」

 そして俺は彼女の布団の中を探す。彼女の抵抗を無視して。

「え? ちょっと? 変態!?」

 何と言われようが、先に仕掛けたのはあっちだ。

「会ったじゃねえぁ。お前」

 そう、俺はゲーム機を鈴奈のパジャマのズボンのポケットから見つけた。

「そりゃあ見つからないわけだわ。こんなところにあっちゃな。それでどうしてくれるんだ? お前は俺をもてあそんだことになるが」

「えー。すみませんでした!!!」

 そう、彼女はベッドの上で俺に向かって土下座した。

「本当に悪意しかなかったんです。見つからない浩二君を煽りたかっただけで」

「本当に悪意しかないな。驚くほどに」

「ごめんなさあああいい。という訳でゲームしましょう」

「切り替え速いんだよ。全く」

 そして俺たちはカートレースゲームをすることにした。

「私はこのゲーム好きだから覚悟しといてね」

「ああ」

 そしてゲームが開始された。俺は安定をとって、加速の速いキャラにした。それに対して彼女はスピードの高いキャラだ。

「そのキャラを選ぶなんて、初心者向けだよ?」

「良いんだよ。扱いの難しいキャラを上手くないのに使って自滅するよりは」

「私は自滅しないよ」

「それは……どうかな?」

 そしてレースが始まった。俺のキャラは上手くインコース攻めして、速度を早めていく。それに対して彼女は……うん。カーブを曲がりきれずにぶつかって減速を繰り返している。

「その車辞めた方が良いんじゃねえか?」

「いやいや、まだこれからだよ!」

 と、彼女はアイテムを使い急加速してみせた。

「でも、それで俺に勝てるか?」

「大丈夫だよ。私の真価はここからだよ」

 そう言って、なんとか連続カーブを回り切った。

「さっきは久々だから調子が出なかっただけ」

「ふーん。でも油断するとまたああなるぞ」

「大丈夫もう油断しないから」

 と、猛スピードで猛追してくる。正直言って速いな、そろそろ抜かされそうだ。

「お」

 そんな時に、上から雷が降ってきた。全員に当たる雷だ、くらったらアイテムを使った人以外の全員雷を喰らってしまう。

「お前はその車だから復帰が遅いけど、俺は早いんだよ」

 そう言ってまたスピードを上げていく。そして、いつのまにか俺の独走状態になる。

「これだから俺は加速重視なんだ」

 そしてそのままゴールした。

「あー、悔しい! もう一回!」

「お前病人じゃなかったのか?」

「もうインフルはほとんど治ってるから」

「あー、そうか。じゃあインフルは言い訳にはできんな」

 そして十レースほどやった。俺の六勝四敗だ。

「あー、負け越し悔しいな。またリベンジしたいな。てかして良い?」

「それは良いに決まっているだろ」

「あー、私もこんな感じで浩二くんと一生カードレースゲームだけできたらなあ。本当死神さん。あなたのせいだからね」

「死神さん曰く、それ以上私のせいにしたら寿命短くするからだって。口が上手いね」

「……そういえば補習テストっていつからなんだ?」

「えっと、来週の月曜と火曜にやるんだって。二日で十二個という鬼畜さ。マジでインフルの人の気持ち考えてないよね」

「ってことは鈴菜にとっての夏休みは来週の水曜からか」

「まーねでも、水曜日にもテスト取りに行かなきゃならないからその後かな」

「……勉強ちゃんとしとけよ」

「分かってるって!」

 そして俺は家に帰った。


「本当最近外出多いわね」

 帰ってそうそうお母さんにそう言われた。確かに今日もお母さんに何も告げずに今の時刻……六時まで外にいた。

「そうだけど」

「あまり外出しないでもらえる? あの子に悪影響が出るといけないから」

「……それは俺の勝手だろ」

「勝って? 私たち親はあなたたちの教育費を払ってます。だから、あなたは私の言うことに従わなければなりません。もし、あの子に悪影響が出るのだったら、あなたは打ちの家にいりません」

「……いらないって、それが自分の子どもに言うセリフか?」

「セリフどうこうじゃなくて、あの子に悪影響が出ることはしないでほしいんです。お兄ちゃんまた外出してる!!

 僕も外に遊びに行きたい!! というかもしれないしね」

 ああ、これは何を言っても無駄か。だが、

「俺にとっての高校生活は今しかないんだ。ちゃんと勉強はしてるから許してくれ」

「じゃあ、高校出たら働く? それでもいいの?」

「母さんが俺に期待してないのは分かってるから」

 そう言って俺は部屋にこもった。別に俺はどうでもよかった。家族のことなんて。

 そもそも俺は家族に何も期待していない。

 俺にとっては家にいる余地もあいつと遊んだほうが楽しい。

 そして、ご飯を食べた。

 そして俺は食器を運びに行く。

「……おにいちゃ……」

「……康生」

「食器かたずけに来たの?」

「ああ」

「そっか。じゃあ、早く戻らないとお母さんに怒られるから」

 そう言って康生は戻っていく。康生とまともに会話したのはいつ以来だろうか。

「お兄ちゃん、遊んで?」

「おー何がしたい?」

「そうだなー、カートレースゲームがしたい!!」

「そうか、だったらお兄ちゃんやろうか」

「浩二!! 康生の邪魔しないで? ゲームなんて悪影響極まりない!! そんなもので誘惑しないで?」

「いや、これは恒星がやりたいって言ったから」

「そうだよ、お母さん」

「まったく、ゲームなんて勉強の邪魔にしかならないの!! そんなものやってるから工事あなたはだめなのよ」

「だめ? 俺だってちゃんと勉強はしてる。その秋井z間にゲームをかをしてるだけだ」

「はあ、兎に角、ゲームはもうさせないで? 行くよ! 康生」

「い……いやだ」

「これは、あなたのためなの!! 今にわかるから」

「……助けてお兄ちゃん」

 その、泣きそうな顔で連れていかれる康生の顔は今でも忘れることは出来ない。俺は、それを見て見ぬふりをしてしまった。それ以降、康生とは顔を合わせることは出来なかった。

 康生は今もお母さんに勉強をさせられているのだろうか。俺とは血が半分しかつながっていない。だが、俺は、俺にとって大事な弟だ。

 このままでいいとは思っていない。だが、俺にできることなんて……

「はあ、俺は無力だ」

 鈴奈の寿命に関しても、康生の件に関しても、俺のことに関しても。

「はあ、寝るか」

 この、今考えたことをすべて忘れたい。不安、自己嫌悪感それを忘れたい。その思いでベッドに寝ころんだ。

「おい!! 鈴奈!!!」

 鈴奈が暗闇の中、俺のもとから去っていこうとする。

 心なしかその背中は寂しそうに見えた。俺は鈴奈をこのままいかせてはいけないと、心の底から思った。

「おい! 鈴奈、俺はここにいるぞ」

 その思いで鈴奈に手を伸ばす。

 だが、鈴奈は俺の手をつかむところか、さらに向こうに歩いていく。

「おい! 鈴奈! おい鈴奈!」

 俺は走って走って、全速力で鈴奈の方へと向かう。だが、彼女には全く追いつかない、追いつく気配すらない。

「はあはあ、待ってくれ」

 そして鈴奈が消えた。すると、康生が現れた。康生はただ一目散に机に向かってペンを走らせている。だが、その顔には光がともっていない。今の現状から逃げ出したい、その思いがその背中から伝わってくる。

「おい、康生」

 彼は、涙を流しながら勉強を続ける。どうやら俺の姿は彼には見えていないようだ。

「俺はここにいるぞ!!」

 だが、康生は「もういいよ」その一言しか発さないで、そのまま区Ý¥ら闇に消えていった。

 そして俺は暗闇の中、ただ一人突っ立っている。ただ、その場に突っ立って、呆然と立つしかなかった。


「はあはあ」

 何だったんだ。今の夢は、まるで俺に何かを伝えたいかのような夢だ。

 鈴奈も今苦しんでいる。死の恐怖で。康生も、勉強によって苦しんでいる。

 それを伝えたかったのか? 、

 はあ、分からない。俺には。少しも何もかも。

 ベッドに再び寝転がる。今の時間は一時半。まだ、深夜の時間帯に当たる。

 俺は、彼女にとって何か力になれてるんだろうか、康生に関しては俺は力になれていないのは自明であった。

 あした、鈴奈に会いたい。その思いが強くなった。

 そしてそのまま眠りに落ちた。今度は悪夢を見ることなく、眠ることが出来た。

 そして翌日、俺は朝起きてすぐに鈴奈の家へと走って行った。

「鈴奈」

「なんか今日は朝からだね。どうしたの?」

「いや、なんかな夢を見たんだ。悪夢を」

「それで怖くなったの? 子供だねー浩二君」

「ああ、子どもだな」

「え? 否定しないの?」

「否定しないさ。それで鈴奈に愛くなったんだ」

「えー、うれしいこと言っちゃって。冗談でもうれしいよ」

「冗談じゃないんだがな」

「……じゃあ、どこか行く?」

「ああ」

「どこ行く?」

「そうだな。鈴奈の好きなところでいいよ」

「えー、落ち込んでる浩二君を慰めたいだけなのに、もしかして私に気を使わせてる? 寿命のことで」

「いや、そうではないが」

「じゃあ、浩二君の行きたいところに行ってよ」

「……ああ」

 そして俺たちはカラオケに行った。

「まさか、行きたいところがカラオケとはね。まさかだったわ」

「悪かったな。安易で」

「いや、カラオケよく考えたら行ったことなかったしいいよ」

 そして俺たちは全力で歌った。しかし、鈴奈は予想に反して全く歌が上手くなかった。こういうタイプは歌が上手いと思っていたのだが。

 そのことに触れると、「仕方ないじゃん。人には出来不出来があるんだから」と言い訳をされた。

 そう言われても、イメージと違ったなと言っただけなんだが。

「それでさ」

 歌の途中に彼女が府と言った。

「悪夢って何だったの?」

「……」

 やっぱりツッコまれるか。恥ずかしいからあまり言いたくはないのだが。

「……どうしても言わなきゃだめか?」

「言わなくてもいいけど。言ったら私が喜ぶかな。……まあ、私のところに走ってくることだし内容は大体察せるけど」

「そんなの、俺に友達がいないからお前のところに行ったんだろ」


 図星だが、認めない。


「……ふーん。そうなんだ、でも顔でもうばればれだよ。だって、赤いもん」

「赤くねえよ!」

 だが、もう隠し通せないな。

「今日、お前と康生が遠くに行ってしまう夢を見たんだ」

「康生?」

「ああ、俺の弟だ。まあ腹違いだがな。あいつがいつも親にしたくもない勉強を押し付けられてるんだよ。今日あいつに会ったが、俺は見て見ぬふりをしてしまった」

「……そのことを気に病んでるってことは、私を見たというのは、もしかして私が病気になったことを自分のせいにしてるってこと?」

「いや、違う。違うくはないか……確かに俺はそれについて罪悪感を持っている。確かに病気は仕方ない部分がある。でも、俺にも何かで来たんじゃないかって」

「いやいや、私のために電話かけてきてくれたでしょ。あれで十分よ」

「でも、俺は本当にお前を楽しませられてるのかわからなくなってきて」

「分からなくって。私は楽しいよ!! 死んでも後悔しないくらいには」

 そう言って笑う彼女の顔を見ると、考えるのが馬鹿らしくなってきた。

 そして俺たちはその後気兼ねなく歌いまくった。

「はあ、楽しかった」

 そう清々しい顔で鈴奈がつぶやいた。それに合わせて俺も「すごい楽しかった」と言った。

 カラオケ自体元から俺が提案したものだし、俺自身も思っていた以上に楽しかった。良いなこういうのは。初めての感覚だ。

「良かった。お互い楽しくて」

「そうだな」

「じゃあ、今度は夏休みの計画立てないとね」

「そうだな」


 そして、それからしばらくたった頃。鈴奈のテストも終わったという事なので、海にお出かけに行った。

 今日は水着をちゃんと着てきてという事なので、水着も着てきて。

「どう、私の水着、かわいいでしょ!!」

 着いて早速鈴奈にそう言われた。彼女の水着は水色の水玉模様のある水着で、可愛らしいものだった。

「これで鬼に金棒な気がするよ」

 そう言って鈴奈は笑った。

「俺もそう思うよ」

 と、彼女に告げると、やったという感じでうれしそうな顔をした。

「そう言えば、お前はどれくらい泳げるんだ?」

「えっとね、だいぶ泳げるよ。こう見えて私小学生の時はスイミングスクールに通っていたもんで」

「ほー。てことは得意っていう事か」

「そうだよ。じゃあ、見せてあげるね。私の泳ぎ」

 そう言って、鈴奈は海へと走って行った。

「おい、泳ぐのはいいけど、ちゃんとけがしないようにするんだぞ。てか、準備体操的なことをしろよ」

「大丈夫でしょ? そんなもの」

 そして華麗に泳ぎだした。きれいな泳ぎで、見ている方も思わず見とれてしまうほどの泳ぎだった。そして、海の安全柵のところにタッチしてすぐに戻ってきた。

「結構早いな」

「でしょー。少なくとも余命持ちには見えないよね」

「ああ、すごい泳ぎだ」

「もっと褒めてよ」

「なんだよ、もう十分に褒めていると思うんだが」

「いや、さらにもっとよ」

「はあ、わがまますぎるだろ」

「あ、今ため息したでしょ。てか、早く浩二君も泳いできたら」

「ああ、言われなくとも」

 そして俺は水の中に入っていき、そして軽く水のなかを泳ぎ回る。とはいえ、若干怖いので、陸に足がつくが同課のところで泳いでいるが。

「ねえ、浩二君もあそこまで泳いで来たら?」

 鈴奈が俺の隣に来て、そう言ってきた。

「別にあそこまで行かなくてもいいじゃねえか」

「ええ? 海にせっかく来たのに、あそこに行かないのはもったいないよ!!」

「っわかったよ。じゃあ」

 と、俺も深く泳いで、向こう側へと向かって行く。

「えへへ競争だね!」

 と言って彼女も一歩遅れて、俺を追いかける。別に俺は競争なんてしたくないんだがな。まあ、仕方がないので俺も泳ぐ速度を上げる。

 ちょ、そんな時、後ろから悲鳴が聞こえた。泳ぐのをやめ、後ろを振り返ると、彼女が足をつったみたいで上手く泳げずにいた。

「ああ、くそ!」

 俺はすぐに引き返し、彼女の手をつかみ、抱え込むように持ち、陸の方へと向かう。

「え? 浩二君?」

「じっとしとけ」

 どうやらその状態が彼女にとってかなり恥ずかしい状態だったらしく彼女は顔を赤くしている。俺だってこれ以外に方法があるなら教えてほしいところだ。

 そして、そしてようやく陸に着いた。そして陸におろした。

「ありがとう」

「ばか、競争なんてするからだ」

「……ごめん」

「今度からは気をつけながら泳ごうぜ。お前のただ短い余命がさらに短くなってしまう」

「うん。あと、さっきの浩二君かっこよかった」

「はあ? 何だ急に」

「急だよ。でもさ、それだけ」

「っつ、そんなこと軽々しく言うなよ。勘違いするから」

「あ、そんなこと言うんだー。一ヶ月半限定の彼女になってあげてもいいよ」

「別にそれはいい。結構だ」

「えー。酷い」

「俺は海に戻ってくる」

 俺はそう言ってすたすたと海の方へ戻る。そしてその姿を彼女も追いかけてきていた。

「今度は足つるなよ」

「大丈夫、あれは普通ならないから!」

「その普通はならないようなやつにお前はなったんだけどな」

 そんな事を言いつつ、俺たちは泳ぎに泳ぎまくった。各々の欲望のままに。

 そして疲れたので一旦海の中から出る。


「はあ楽しかった!」

 彼女は満面の笑みをこちらに向けながらそう言った。その顔を見ると、本当に楽しかったんだろうなというのが伝わってくる。

「私これが最後になるかもしれないから存分に楽しみたい」

「最後になんかさせねえよ。また来たらいいじゃねえか、海でもプールでも」

「うん。ありごと、でも、そんなに私の水着姿見たいんだー」

「そんな事を言うんだったらもう一緒に出かけねえぞ」

「冗談だって。ごめん!」

「はあ、ならいいけどよ」

「あ、そうだ! このあとボールで遊ばない?」

 そうボールを鞄の中から取り出しながらいった。

「なんだ? 急に」

「なんだっていいでしょ? やりたくなったの。いい?」

「まあいいが」

「じゃあはい!」

 と、彼女がボールを投げてきた。

「急だろ!!!」

 と言いつつ、俺もきちんと返す。合図を出してから投げて欲しい。

 だが、ボールの行方を見ると、上手く返せてなかったみたいだ。ボールは転々と彼女の右に転がっていった。

「もう、ちゃんと返してよ! ボール取りに行くの面倒くさいんだから」

「そっちが急にやるから」

 そう文句を言う。しかし、俺の文句が終わる前にボールが飛んできた。

「忙しくさせる気かよ」

 と、そのボールを返す。今度は上手く返せていたみたいで、彼女の方面に真っ直ぐに飛んでいく。俺がほっとすると、すぐに真っ直ぐにボールが帰ってきて、リレーが続く。

「浩二君も上手いねー!」

「そっちもだろ。決まったコースにばかり投げてきて」

 実際に、必ず俺に近い場所に投げてくるのだ。そのおかげで俺もミスすることなく返すことが出来る。

「感謝しなさいよ」

「ああ、感謝するわ。ありがとう」

「そんなあっさり感謝されたらこっちが恥ずかしくなってくるんだけど」

「まあ、わざとだしな。そのための戦略だ」

「もう、そんなこと言っちゃって。怒るよ?」

「おう、怒っていいぞ」

「じゃあ、遠慮なく。私のせいにしやがってー!!!」

 そう言って鈴奈は、今度は逆に俺の取りにくい方向にばかり投げてくる。だが、少しいやなところに、俺が取れないレベルの球じゃないのだ。あくまでも、難しいけど、不可能ではない……そう言う場所に。

 だが、それあはそれでスリル性があって楽しかった。少なくとも一つだけ言えることがある。今まで言った海の中で一番楽しいと。

 そもそも俺はまともに海で遊んだことはなかった。あったとしても、それは一人での海だ。楽しくはない。全くと言っていいものだ。

 俺はそもそも家族と触れ合うことなどなかった故、友達を作る方法も分からなくなっていた。

 だから海など一人で行ったことがなかったのだ。

「じゃあ、また今度ね」

「ああ」

 そんな楽しい時間もすぐに終わり、俺たちは帰宅の時間となった。まず、更衣室で水着を脱いで、服に着替える。その瞬間に少し悲しい気持ちがした。楽しい海はこれで終わりなのだと。

 俺はもうこんな楽しい海に行くことなどもうないのかな。そんなことを関あげれば考えるほど、寂しくなってしまう。

 俺はこういう気持ちになったことがなかった。案外今まで気丈にふるまっていたが、本当に彼女が死ぬ未来を悲しく思っているのは俺なのかもしれない。

 そんなことを考えると、目から水がこぼれだしてきた。

「これじゃあ、だめだな」

 まだ、彼女は死んでいない、この更衣室から出たら彼女に会える。そう思っているはずなのに、なのに、なかなか涙が止まらなかった。

「お待たせ」

 俺は泣いていたことを悟らせないように強気をイメージして彼女に話しかけた。

「待ってないけど」

「ひどいな」

「まあ、行こ!」

 そう、彼女が俺の手を引いてくる。

「なあ」

「何?」

「俺、お前のことが好きかもしれない」

「……それって友達として? 異性として?」

「……どっちもかもしれん。今日は今までにない楽しさでお前を失いたくないと思ったんだ」

「へえ」

「ああ、だから、抱きしめていいか?」

「えー。何? 変態?」

「いや、変態ではないけど」

「ふふ、冗談よ。じゃあ」

「ああ」

 そして俺は彼女のハグを受けた。

「じゃあ、会うのもこれで最後ね」

「え?」

 急な言葉にびっくりした。

「会うのが最後?」

 どう意味だ。俺にはまだその言葉の意味を理解できていない。

「だって、私のことを好きになっちゃったんでしょ? だったら私が死んだときに困るじゃん。特にあなたが」

「……そうかもしれないが。でも、俺は……」

「大丈夫よ。私のことを忘れたらいいんだから」

「でもお前だってカップルになってもいいとか言ってたじゃねえか」

「あれはもちろん冗談よ。カップルになんてなったらおかしくなるっていうのは私がよくわかってるから」

 そう言って向こうに去って行く彼女を止めることをできなかった。

 俺は失敗してしまったのだろうか、言葉選びに失敗してしまったのだろうか。そう考えると悔やんでも悔やみきれない。

 そして俺は失意のまま家に帰る。

 言えの扉を開け、ベッドに寝転がる。

 模試も俺が気持ちに気づかなかったら、こんな別れになるはずなどなかった。今考えれば彼女は誰でもよかったのかもしれない。だが、それが俺が彼女のことを好きになり、寿命のことを気にし始めたから、彼女にとって俺は洋ナシになってしまぅたのかもしれない。

 今彼女は何をしているのだろうか、今彼女はどういう気持ちなのか。そんなことを考えてもきりがないとわかりつつ、考え込んでしまう。

「はあ。だめだ」

 そう思い、宿題及び勉強に取り掛かる。いくら推薦狙いとはいえ、勉強はしないとやばい。そうだ、失恋の辛さは、勉強で補えばいいのだ。

 そうすれば何も木津着くことはない。ただ、無心で無心で勉強に取り掛かる。

 それからあっさりと一週間経ってしまった。俺は遊ぶことなく勉強に取り掛かっている。少しでも別のことを考えてしまっては、彼女のことを思い出してしまう。

 あれから彼女にいくら電話しても、無視される。かと言って直接家まで出向くほどの勇気は俺にはなかった。

 そうだ、彼女に偶然出会った風を装えばいい。

 そう思い、俺は外に出た。俺が向かう先は一つ、彼女の家だ。だが、いきなり会いに行くのは恥ずかしい。という訳で、彼女の家の前で張ることにした。これで彼女が出てきたら偶然を偽って会いに行くという訳だ。

 だが、その目論見は思ったよりも早く成功することとなった。彼女が俺が付いた瞬間に家から出てきたのだ。そのせいで俺は隠れる暇すらなかった。

「何?」

「やっぱり俺は君と一緒に夏休みを過ごしたい」

「それはだめ。前言った通り、私は遺恨なく死にたいの。私は私の我儘で悲しむ人を作りたくないのよ」

「俺は、今まで一人だった。誰とも一緒にいることなく、一人きりで過ごしていた。だが、それを偶然変えてくれたのは君だったんだ。お前も今までの俺は見てただろ。常に一人で誰ともかかわることなく暮らしていた、日に喋ることは、ほぼなく、クラスで先生にあてられることでしかなかった。そんな俺を変えたのはお前なんだよ。お前がいるからこそ、お前の友達とも喋れた。お前がいるからこそ、人としゃべるぬくもりをしった。それに俺はお前のことを好きだと言っても、犯したりそう言うことはしない。それに彼女になったくれとも言わない。だから、ただの友達に戻ってくれ」

「……私の理論にはそう言うのは関係ないの。私はただ、自分が死ぬことで悲しむような人を増やしたくないの」

「それはもう悲しむだろ。悲しむからこそ、悲しい思い出じゃなくて、楽しい思い出にしたい。だからお願いだ。俺と友達になってくれ!!!!!」

「はあ、貴方は馬鹿だよね」

「ああ、俺は馬鹿だ。どうせ失うものを今手にしようとしてるからな」

「まあ、いいけど。じゃあ、どこか行く?」

「そうだな。俺としては公園に行きたいところだ」

「まさかの公園?」

「ああ、俺としては公園に行きたい気本なんだ。そこでお前と遊びたい」

「そうだね。行こう」

 そう言った彼女はさっきまでの曇った顔から一転明るい顔へと変化していた。

「じゃあ、何する?」

 そう言って彼女はバトミントンの羽とサッカーボールを指さした。

「俺はサッカーがしたいな」

「オッケー分かった。それにしても浩二君も悪だよね。余命僅かな人間にサッカーさせるなんて」

「お前は病人じゃないだろ」

「そう、わたしねそう言うツッコみが欲しかったんだ。浩二君が私のこと好きになってしまったらそう言う感じのやり取りが出来なくなるのかなって思ってた。でも、違うよね。私たちは友達だもん」

「ああ、俺もさ、これはかなわない鯉だってわかってるんだ。だから、高望みはしないし、この空気感が壊れても欲しくもない」

「うん。じゃあ、やろう!!」

「ああ」


 そして翌週。俺たちは旅行へと旅立った。向かう先はイギリス、決して安くはないお金だが、彼女はお年玉をためていたらしく、別にお金に困るようなことはないらしい。

「じゃあ、シュッパーツ」

 そして俺たちが乗る飛行機は出発した。

「ねえねえ、浩二君。この飛行機って映画見れるんだよね」

「そうだな」

「一緒の映画見ようよ。感想言いあいたいしさ」

「じゃあ、どんな映画を見る?」

「そうだなあ。恋愛ものもいいし、ファンタジー者もいいよね。うーん。迷うなあ」

「早くしないとみる時間ないぞ」

「えー。十時間くらいも乗るんだから何見てもいいでしょ?」

「うん、まあそうだが」

「じゃあさ、これ見ようよ『君の遺影を取りたい』これさあ、余命いくばくな人の物語なんだって」

「お前、お前の立場でそんな話を見るなよ」

「ええ、いいじゃない。それにそんな映画を見たらさ、私にやさしくなると思うし」

「お前、俺に気を遣われたらいやだったんじゃないか?」

「まあそうだけどさ。でも、違うじゃん」

「何が?」

「まあでも、見たい理由の一番はこの作品面白そうだからだけど」

「じゃあ最初からそう言えよ」

 そしてその作品を見た。その映画は主人公の女の子が急にクラス一のイケメンに声をかけられるというシーンから始まった。女の子は動揺して「なんで?」と、訊き返す。その理由は彼が余命僅かで、彼は自分が生きた証を残したいということで、彼女にお金を払って、色々な場所で彼女に写真を散ってもらうというものだった。序盤は普通のラブコメと言った感じで、女の子の動揺が描写されていた。主に、自分とは不釣り合いなイケメンとのラブコメの中で、女の子が自分を卑下したり、なんで私なんだろうと思ったり。だが、後半になるにつれ空気感が変わって行った。男の子がだんだん元気がなくなって行ったのだ。最初の方のシーンで元気そうな感じを出していた男の子が。弱っていくシーンは妙にリアルで、観ているこっちまで悲しくなっていった。そして最終シーン、彼がこの世を去ってから初めて自分の恋心に気づくシーン。そのシーンは涙なしには見れなかった。もう彼女が男の子の姿を見るにはもう写真でしか見ることが出来ない。

 その写真を見て彼女は大号泣したのだった。

「はあ、いい映画だったね」

 そう、映画が終わった後鈴奈がそう言った。泣きそうな顔をしながら。

「確かにな。まさかあんなにいい映画だとは思わなかったよ」

「そうそう。いいよね、あの映画」

「どのシーンが良かった?」

「やっぱり、あの『俺がお前の写真を気に入ったからに決まっているだろ。他の誰でもなく、お前の作品がよかったからこそ、お前に頼んだんだ!!』っていうシーンが良かった」

「あそこ、男の子の良さが詰まっていたな」

「うん」

「あとは俺の好きなシーンだが、俺はやっぱり最終シーンのあのシーンが好きだったな。女の子が写真を抱いて大号泣してたシーン」

「ああ、浩二君が未来で同じことになるあのシーンね」

「俺も同じことやるのか?」

「だって、私が死んだらなくでしょ?」

「まあ、泣くけどよ。そんなブラックジョーク今はいらねえだろ。感想言いあう時間だったんじゃなかったのか?」

「私はこういう逆を言わないといけないからさ」

「そんなことはねえだろ」


 そして、次に将テレビで将棋をすることになった。

「私ね、前にテレビで将棋を指す姿見て、少しだけやったんだよね。ほら」

 それを見たら五級と書いてあった。そこそこはやってるんだな。

「というわけでやろう!」

「いや、ルール分からないし」

「教えるから!!」

 そう言われて、鈴奈にルールを教わる。鈴奈は教えるのが上手かった。おかげですぐにルールを覚えることが出来た。

「じゃあ、やろう」

 そして俺たちは将棋を指していく。まずは角の先の歩を開けていく。これは彼女が手渡してくれた、『羽吉五冠王の序盤の動かし方』と言う本に書いてあった方法だ。

 っ鈴奈からハンデとして貰ったその本を読みながら指していく。そしてうまく本の中に書いてあった矢倉という囲いに囲っていく。

 そのままそれに合わせて攻めていくが、しかし、彼女の囲いは斬新だ。硬い囲いにせずに、どんどんと歩兵と銀将をあげていっている。

「ふふふ、これが私の戦法だよ。恐れ入った?」

「俺は恐れ入ってないけどな。てか、俺は初心者なんだから俺が指しやすい感じでやってくれよ」

「やだよ。私は私がやりたい感じでやるの」

 そう言って悠々と指していく。本の中の方法と違いすぎて、俺はもう混乱してきた。もう何をしていいか、何をしたらいいのかわからなくなってきた。

 結果、俺は負けた。あっさりと。

「浩二君弱いね」

「うるさいなあ」

 初心者なんだから当たり前だろと言いたい。

 そして数局指した後、オセロやテトリス、さらにはチェスといった多種多様なゲームをした。

 途中でイスタンブールに着いて、飛行機の乗り継ぎをした。その際に三時間程度の待ち時間が出来た。その間暇だったので、鈴奈とイギリスでやりたいことや、そこでやることの確認などに時間を使った。

 鈴奈と話していると、いつの間にか三時間経っていたようだ。楽しいと時間は速く過ぎるものだな。

 そして次の飛行機でも映画を観たり、ゲームをしたり楽しんだ。

 そしてあっという間にロンドンに着いた。


「はあ、ここがイギリスかあ」

「だな」

「なんかめっちゃ英語が聴こえるよう」

「そりゃあ当たり前だな」

「だってほれ、周り見て? ほぼ全員金髪だしすごいすごい。異文化だー」

 鈴奈は楽しそうだ。見ているこちらまで楽しくなってきた。

 そしてバスに乗り、マンチェスターに向かう。マンチェスター市庁舎を見るためだ。どうやら様々な映画に使われているらしい。見ると想像よりも壮大だ。大きく、それが町の壮観を雅てる気がする。

 そしてそれを後にしてマンチェスター大聖堂へと向かう。その中に入ると、仲がとても聖堂だという語彙力を失いそうなほどのすごい景色だった。イギリスらしさのあるすごい建物だ。俺はそれを見て、この度は俺の人生観を変えるなと思った。

 そして鈴奈の方を少し見る。すると本当に感激している感じがした。


「私ここに来て良かったよ」

 そう、しみじみとした感じで言った。その声は本当に冗談交じりではない、ちゃんとそう心の中で思っているそうだった。

 鈴奈にとってはこれが最後の旅行なのだ。

 そしてその旅行がイギリスという今まで見たこともない異文化を味わう旅だ。楽しくて当たり前だ。

 その鈴奈の姿が愛しく思えてきて、真面目な顔でしっかりと中の景色を見ている彼女をそっと撫でた。

「浩二君?」

 む? 大胆過ぎたか? 鈴奈が不思議な顔でこちらを見る。

「なんかかわいいと思ってな」

「なによ。もう」

 そう言って、鈴奈は再び景色をじっと見る。

 そして一日目は終わりを告げ、近くに会ったレストランへと向かう。

 そして英語で訊かれたので、英語で返したいところだが、あいにく俺はしゃべることが出来ない、なので鈴奈にお願いすることにした。

 そして鈴奈が見事に華麗な英語力を使って、見事に注文して見せた。

「私に感謝するんだよ。浩二君」

「おい、なんだよ、その勝ち誇ったような顔は」

「だって、浩二君に私の有能さを見せつけたんだから。こういう顔してもいいでしょ」

「まあ、それはそうだが」

「それでさあ」

 鈴奈はテーブルに腕を置いて俺の顔をまっすぐ見る。

「何だよ」

「イギリス料理って不味いって聞くけど、どん何なんだろうね」

「どんなんって……てか不味いの?」

「なんか聞いた話だけどね」

「それはなんとなく怖くなってきたなあ」

 今からそのご飯を食べるというのに。

「でもね、私死ぬまでに一回でもいいからイギリスの料理食べてみたかったんだよね」

「イタリア料理じゃなくて?」

「そう、イギリス料理だからいいの。不味いって評判の料理が美味しかったらそれはいいことだし、不味かったら、残念で終わりの話じゃない? だからさ、楽しみだなって」

「どんな考え方なんだよ……」

『注文の品をお持ちしました』

 そんな中料理が運ばれてきた。

「これが噂のフィッシュアンドチップスかあ。一度は食べてみたかったんだよね」

「なるほどこれが……」

 さっきメニュー表を見た感じではよくはわからなかったが、これがフィッシュアンドチップスかあ。確かにおいしそうである。……というかもしこれが不味かったらイギリスは大丈夫なのかって話になるしな。

「そして一口食べると、かなり行ける味だった。魚の触感とポテトのうまみが上手く合致していた。

 これはおいしい。そう確信できる味だ。

「これ行けるな」

 そう鈴奈に告げると、何も言うことなく、首を縦に振った。肯定と言う意味だろう。そして首を縦に振ると、再び料理をむしゃむしゃと食べ始めた。

 その様子を見ると、もうこれは誰にも渡さない。そう言っているみたいだった。

「おいしかったか?」

「もちろん。最高だったよ。これを最後の晩餐にしてもいいくらい!」

「お前が言うと妙に説得力があるな」

「まーね。こう見えても余命僅かだしね」

 そして俺たちはホテルに着いた。ユースホステル、普通のビジネスホテルだ。今日はここで夜を明かす。

「しかし、明日はどんなものが見られるのか楽しみだよ」

「それは明日の楽しみだな」

「ねー!!」

「ねーって何だよ」

「肯定の意味じゃん。浩二君が求めていたものだよ。ほら感謝して」

「調子に乗るな」

 そう言って俺は彼女の頭を軽くたたく。

「いったー」

「明日に備えてもう寝ろ」

「……」

 何かを言いたげな目で俺を見る。

「浩二くんってさ、親みたいだよね」

「お前が子供っぽいからだろ」

 そう言ってベッドに横になる。すると彼女もあきらめたようにベッドによじ登り、横になる。そして俺が電気を消そうとすると、「そう言えば初めてのお泊りだね」と言ってきた。

「確かに初めてだな」

「そう、だからさ、隣で寝てもいいよ」

 何を言ってるんだこいつは。

「そんなことを言ってないで寝るぞ」

「なんでよ。私のこと好きなんでしょ?」

「手を出す気はないから」

「あ、引っかかったね、私別にそう言う意味で誘ってないよ」

「……寝る」

「あー待ってよ。冗談はやめにする。ここからは真面目モードだ」

 冗談?

「私はさ、せっかく二人でのお泊りだから、君と寝たい。だめかな?」

「……」

 そんなこと言われたらこっちが弱い。こっちだって本当は一緒に寝たいし。

「分かった」

「やった!!」

 そして俺たちは一緒に寝た。

 そして特にイベントなどもなく、すぐに朝になった。

 一緒に寝た感想としては、特に何も無い。鈴奈自体、寝相が良かったのもあり、別に一緒の布団にくるまっただけで、特別感は感じなかった。

 ただ一つ、変わりがあることは彼女を起こすのが楽だったっということだ。体を揺らすだけで素直に起きてくれた。

「じゃあ行こう!!!」

 なんで起こされた方が先導しているの? と言いたいのを胸の中に抑え込み出発する。なんやかんや言っても計画を立てているのは鈴奈なのだ。

 そして鈴奈にコンビニのようなところに連れていかれた。

「ここではね、三ポンドセットみたいなものがあるらしいの。それを買いたいってわけ」

 そして彼女は商品を指さした。

「これは……サンドイッチと水と……ポテチ??」

 ご飯とは似つかわしいものが入っているんだが。

「これ買いたかったの」

「いや待て待て待て、何でポテチなんだよ」

「? 知らないよ。開発者に訊いてよ」

「そうは言われてもだな」

「まあいいじゃん。買おうよ。せっかくだしさ」

「ああ、わかったよ」

 そして俺たちはそれを買って、そのまま進んでいく。

 サンドイッチを食べたが、まあまあの出来だった。おいしくもないが、不味くもない。いたって普通の味だった。ちなみにポテチはとっても美味しかった。やっぱりどこの国でもポテチは美味しいものだな。

 次なる目的地はリバプールだ。バスで一時間半ほど揺られながら進むこと1時間半、リバプールに着いた。リバプールは色々な意味を持つ都市だったはず、いつ目の意味はビートルズの出身地、二つ目の意味は奴隷貿易の都、三つ目はサッカーチームの本拠地だ。

 俺たちは今日一日で全部回りたいと思っている。

 サッカーは午後三時から始まるらしいので、鈴奈によると、それまでにビートルズ記念館と、奴隷博物館に行きたいと思っているらしい。

「私ね、実はビートルズの曲ってほとんど聴いたことないんだよね」

 そう、ビートルズ記念館に入る直前に彼女が言った。

「ならなぜここを選んだんだ?」

「だって、楽しそうじゃん。死ぬ前に一回はそう言うバンドに触れてみたいし。それにね、この前一通り聞いてきたから」

「へー。それは偉いな」

「そう言う浩二君はどうなのよ」

「俺か、うーん。まあ、たくさん聴いてるってわけではないけど、数曲は鼻歌で歌えるぞ」

「え、聞かせて?」

「今ここで? ビートルズファンに怒られるだろ」

 ビートルズはそんなんじゃないとか言って怒られそうだ。ただでさえ俺は英語がしゃべれないのに。

 そしてビートルズの歌を歌わないことを許してもらった後、俺たちは中に入っていく。

 その中にはビートルズの遍歴が書かれており、そのビートルズに関する沢山の物が置かれている。

 ビートルズの初ライブ時の場所を再現した部屋や、ジョンレノンが最後に弾いたピアノ、などの様々な展示があり、俺も鈴奈も満足だった。

 そして次に向かった場所は奴隷博物館。ここはイギリスの負の側面が強い場所だ。人類にとっての負の歴史、奴隷貿易その実態が書いてあるのだ。

 最初は軽い気持ちで入って行った俺たちだが、中にあるのは恐ろしいものだった。奴隷が泣き叫びながら船で運ばれる様子や、その奴隷たちにくわえられた残虐な仕打ちなどが書いてあり、いかにも恐ろしいものだった。それを見ているこちらまで、悲しく辛くなるほどのものだった。

 俺だけでなく鈴奈もそれは感じていたらしく、途中で、俺の手を強く握ってきた。

「何だよ、怖いのかよ」

「怖いとかじゃないよ。ちょっと奴隷の人たちの境遇に同調しちゃってね。つらい」

「ああ、こんな悲惨な目に合っていたのかと考えると、他人事じゃいられないな」

 俺たちの先祖もこんな目にあう可能性もあったと考えればな。

「はあ、わたしさ、私も不幸だと思ってたけど、こういう人たちのことを関あげたら私も不幸じゃないのかもね」

「たしかにな」

「えー、否定してよ。お前が世界で一番不幸だって」

「……どう考えてもこの人たちの方が不幸じゃねえか」

 そして俺たちは奴隷博物館を堪能した後、レストランでご飯を食べて後、サッカースタジアムに着いた。

 そして、席に座った後、

「しかし、お前がサッカー好きなんて思ってなかったよ」

「え? 「全然好きじゃないよ」

「どういうことだ?」

「でもさ」

 彼女は俺の質問などなかったかのように「初めてのサッカー観戦が、こういうところのサッカーって良くない?」と言ってきた。質問の答えになって無くねえか?

「まあ、俺も観るのは初めてだしな。気持ちは分かる」

「えへへ、いいでしょ? 初めて兼最後のサッカー観戦が日本じゃなくてイギリスなんてさ」

「まさかお前、理由ってそう言う……」

「あ、そろそろ始まるよ?」

「あ、そうだな」

 彼女の言葉に従い、スタジアムを見る。すると、選手たちが集まってきて、そして試合が始まった。

 そのサッカーの試合はどんどんと過熱していった。ボールがどんどんと渡っていき、それを奪おうとする人も来て、ボールがぐんぐんと渡り合う。そしていつの間にかこっちのチーム(リバプール側)がシュートを決めようとするが、敵のチームの選手によってそれは受け止められてしまった。

 そして点が入らないままシーソーゲームが始まって行く。先に点を入れたチームがそのまま試合を持っていきそうな緊張感だ。

 そして前半終了間際に試合が動いた。こちら側のチームのPKとなったのだ。これでチャンスが訪れた。

 隣を見ると、鈴奈が手を合わせて祈っている。

 そして彼女の祈りが届いたのであろうか、シュートは見事に決まり、一対〇となった。

「やった!」

 そう、鈴奈がハイタッチしようとしてくるので、俺もそれに合わせて手をやる。

「いや、気持ちいいね」

「そうだな」

「いいよねこういうの。私サッカーファンになろうかなあ」

「お前はサッカーファンになったとしても無駄だろ」

「無駄じゃありません。まだ一ヵ月程度ありますからね」

「それでもたったの一ヶ月だろ」

 サッカーのことはよくわからないが、シーズンは終わらないと思う。

「休憩何分くらいなんだっけ」

「んーと、十分けらいだったかな」

「そんなに短いの!?」

「らしいね」

 そして後半戦、前半最後のゴールで浮かれていた俺たちはすぐに現実を思い知る。

 後半戦開始三分であっさりとゴールを決められ、リードが無くなった。さらに悪いことに、その後またゴールを決められる。前半戦には優勢だったのが、後半九分ですぐに不利な状況となってしまった。

「うぅ、人生最後のサッカーなんだから勝ってほしいのに」

 そう、鈴奈は文句を言う。後半戦になってから勢いというか、主導権を取られている感じがした。防戦一方、なかなか相手の陣地にボールを運ぶことが出来ない。

 何とかして主導権を取り返しに行きたいところだが、こればかりは外野の俺たちには祈ることしかできないのが悔しいところだ。

 そしてしばらくシーソーゲームが続く中、俺は少しずつ焦る。それは鈴奈も同じなようだ。顔に焦りの色が見え始めている。

 そしてそれを俺たちはただ見ながら祈る。すると、俺たちの祈りがとどいたのだろうか、だんだんと流れがこちらに向いてきた。というのも、こちら側のチームの攻めがつながっていくようになったからだ。

 こちらのチームの選手がどんどんとパスをつなぎゴールゲートにボールが運ばれる。

 そして、俺たちはハイタッチした。

 その後は一進一退の攻防が続き、そのまま試合終了5分前になった。俺たちは相変わらず緊張の面持ちで試合を見る。

 今ゴール前でこちらのチームが押している。このままいってくれたらいいのだが……

 そしてアディショナルタイム。俺たち側のチームが敵陣に絡みついた。この機を逃せばもう時間切れになる。

 こちら側の選手たちはパスを回しながらゴールするタイミングを計っているようだ。

 そして、その中にいた選手がボールを蹴った。

「あれ、日本人?」

「みたいだな」

 だが、そのボールはぎりぎりではじかれる。だが、まだ攻めは切れていない。

 零れ球を広tぅた選手が、日本人選手にパスを回し、そして彼が決めた。

「やったー!!」

「よし!」

 俺たちはハイタッチをする。そしてその後、相手チームの攻めを切らして、リバプール側のチームが勝利した。


「楽しかったね」

 そう鈴奈が言った。サッカースタジアムから去っていくのが悲しいくらいだ。いまだにあの興奮が抜けていない。今でも不思議な感じがする。さっきまであの熱気の中にいたということが。

 そして俺たちは他にも様々な場所に行き、日本に戻った。もう、日本に戻ったら鈴奈にとって大きなイベントはない。あとは鈴奈にとっては少しだけ学校に行って、死を待つのみだ。最後まで幸せになってほしいという気持ちは大きいが、流石に学校にいる間は学校のスケジュールに合わせなくてはならない。そんな中では鈴奈とずっと一緒にいることはかなわない。

 悲しいことだ。

 そしてどんどん、どんどんと日々は過ぎていく。そのたびに鈴奈の寿命は二十日、十九日、十八日とどんどんと短くなっていく。そんな数を数えているのが悲しくも思えてきた。


 鈴奈は相も変わらず楽しそうな顔をしているが、流石に悲しみの色を顔に出すことが増えてきた。当たり前だ、悲しくないわけがない。

 俺はそれを慰めたい。だが、その方法を俺は知らない。

 俺はなんて無力なんだと呟く事が増えてきた。

 俺は……俺は……

 そして最後の一週間が来た。この一週間が過ぎれば鈴奈は死ぬ。鈴奈は目に見えて元気だというのに。

 まだ俺も実感と言うものがない。

 まだ、鈴奈の誕生日が終わっても鈴奈が生きているという気がしてしまう。

 死神なんて言うものは鈴奈の狂言で、そのような事実はなかった。そう思いたいところだ。

 ああ、鈴奈を楽しませることは出来ても、俺には鈴奈を助けることは出来ない。鈴奈の死という非科学的な事象に俺が手を出せることはない。

 そしてその最後の一週間も光のようなスピードで進んでいき、最後の日となってしまった。

 最終日。俺たちはまたお泊りをすることになった。市内の安いホテル、所謂ラブホテルと言われるような場所だ。まあ、あれなことをするつもりはないが、

「明日が誕生日だな」

 そう鈴奈に言う。誕生日=鈴奈の死亡予定日だ。今日の二十四時に鈴奈は死んでしまう。俺もちゃんと笑顔でいられているのかもわからない、

「そうだね……」

 そう、消えそうな声で鈴奈が言う。今にも死んでしまいそうな声だ。

「私怖いよ。もう朝を迎えることもないし、もう、死ぬのって」

「鈴奈」

 そう言って俺は鈴奈をそっと抱きしめた。

「俺は鈴奈じゃないからその心の内は分からない。でもさ、俺は今鈴奈が震えていることはわかる。俺にできることは少ないかもしれないけど、こう、優しくさせてくれ」

「……うん」

「俺は悔しいよ。お前が今日死ぬことになってさ。お前の身代わりになってやりたい気持ちだ」

「気持ちだけでうれしいよ。ありがとう」

「……おう」

 そんな気まずい雰囲気になる。俺は鈴奈を慰めたい。だが、空気が悪い。俺にはどうすることもできないのだろうか……

「ねえ」

「ん?」

「私さ、こんな暗い空気嫌だ。ゲームしよう!」

「え?」

「だってさ、私も屋だよ。こんな無垢な一日過ごすんだったら、無いのと同じじゃない。だからやろ?」

「……おう」


 そして俺はゲーム機を取る。そしてバトルゲームをやるが、どうにも落ち着かない。鈴奈がもう少しで死んでしまう、その恐怖感が俺を襲う。失うのが怖い、その気持ちで、ゲームでミスを繰り返してしまっている。

「もう、ミスらないでよ」と、鈴奈が怒る。「ごめんごめん」と謝るが、これも上手く返せているのかわからない。

 俺は鈴奈を楽しませられてない。その事実を痛感する。平常心でやりたい。くそ、これだったら相原さんを呼べばよかったとでも言われそうだ。

 だけど、少し経ったら結構はまってしまって、気分よくやった。まあ、最期のゲームが楽しく無く終わっていいはずがないからな。

 そしてついに死の十分前になった、なってしまった。

「怖いよ」

 そう、鈴奈は俺に抱き着く。しっかりと。俺の顔が紅潮している感じがするが、今はそんな場合じゃない。

「私、浩二君ともっといろんなことをしたかった、浩二君と一緒に並んですごしていたかった。私ね、あんなこと言ったけど、本当は浩二君のこと好きなんだ」

「それは分かってるよ。お前を見ればな」

「そう……とりあえず両思いなの。私ね、子ども欲しかったなあ。子育てをするの。私が必死で子供を育てて、浩二君が働くの。でも、私もせっかくだから働いてみたいし、子どもを育てながらでもできる仕事を探す。本当こんな生活、……してみたかったなあ」

「……鈴奈」

「ねえ、浩二君。キスしていい?」

「キス?」

「うん。死ぬ前にキスがしたい。今まで気恥ずかしくてそんなことしてなかったからさ」

「……そうだな。しよう」

「うん!」

 そして俺たちは唇を互いの唇にくっつける。不思議な感触だ。俺たちがつながっているような不思議な感じがする。

「ありがとうね。キスを受けてくれて」

「それはこっちのセリフだ。ありがとう」

「ふふ、なんか不思議だね」

「不思議?」

「そう。急に恋人みたいになっちゃったな。ただの友達だったのに」

「そうだなあ。友達だったのに」

「……浩二君が悪いんだよ? 好きなんて言うんだから」

「キスを提案したのは鈴奈だろ」

「あはは。そうだね……あ、もう二分もないや。不思議だね、私もう少ししたらこの世からいなくなるんだよ」

「そうだなあ」

「私、死にたくないけど、もう諦めがついてきた気がする。今まで楽しかったよ」

「おう」

「ありがとうね。今まで」

「こちらこそありがとう」

「最後に言い残すことはないか?」

「大丈夫。全てこのノートに書いてあるから」

「なら大丈夫だな」

「そういう事。じゃあ、カウントダウンしよう!!! 十,九,八,」

 鈴奈はそう時計を見ながら言う。

「お、おい」

「六,五,」

 やれやれ。自分の死のカウントダウンなんて、強すぎだろ。


「「四,三、二,一,」」

「〇!」

 その瞬間鈴奈はジャンプし、そして空中で心臓が止まったのか、そのまま地面に倒れこんでしまった。彼女の胸に手をやる。もう心臓は動いていなかった。

「ハッピーバースデーテューユーハッピーバースデーテューユーハッピーバースデーディア鈴奈……ハッピーバースデーテューユー。お誕生日おめでとう」

 そう、鈴奈の死体の前で歌った。歌い終わるとすぐに救急車を呼んだ。

 そして、医者が言うように、心臓マッサージをしていると、

「浩二」


 と言われ、別の空間に意識を持っていかれた。

「浩二。私は件の死神だ。本来死ぬ予定のある人以外に姿を見せることはない。だが、今回私はそのおきてを破ってここに来た。

 鈴奈は、彼女は遺書を書いている。彼女のカバンの中、奥底に入っているらしい。ぜひ読んでほしい。

 鈴奈はお前に感謝している。私も同様にだ。鈴奈の最後の四ヶ月を有意義なものにしてくれてありがとう。私からも感謝する。彼女の出す笑顔、それは素晴らしいものだったし、楽しそうなものだった。本当にありがとう」

 そう死神に言われた。死神も殺したくて殺したわけではないんだな。

 その後救命処置を取ったが、彼女はやはり生き残らなかった。死神が魂を天国に持って行ったんだから仕方がない。

 俺は、死神が言った通り、鈴奈の手紙を取る。

『あなたがこれを読むころには私は生きていないでしょう。


 なんちゃって!! 私これ一度書いてみたかったんだ。夢がかなってよかったよー。これめっちゃ遺書っぽいでしょ? あ、それかなんか暗殺されそうになっている人のメッセージとか? まあ、それも言ったら遺書だよね。

 ……そんな冗談は置いといて、私は浩二君に本当に感謝しています。まずそれを伝えたいです。たぶん私は浩二君がいなければ恐怖でベッドにもぐりながら生活する日々を送っていたでしょう。そんな日々、想像するだけで怖いです。でも、浩二君がいたから、私は全てが楽しかった。水族館に行った時も、遊園地に行った時も、海に行った時も、イギリスに行った時も、ずっと楽しかった。もう私にはあの日々が経ったの四ヶ月の間に起きたこととは思えないくらい!! それにしても浩二君って本当馬鹿だよね、絶対に四ヶ月以内に死ぬ人を愛するなんて。本当、浩二君ってそう言うところあるんだから。まあ、私もそんな状況下で浩二君を愛しちゃったんだけどね。

 そしてここから遺書らしく私の遺志を伝えたいと思います。まず最初に私をあなたの彼女と言ってください。私のことを浩二君は好きで、私も今、浩二君のこと好きなんだから両重いでしょ? だったら付き合っていると言っても過言ではないはず!! 私の葬式の時は絶対に皆に行ってね、恵美ちゃんとかに。その時は照れ隠しでただのクラスメイトとか言わないでよ? あの、『君の遺影を取りたい』の主人公みたいにさ。頼むよ! あ、もしかして私の勘違いで浩二君は私のことを彼女って言いたくはない? だったら諦めるけどさあ。でも言ってほしいです、はい。

 二つ目に、私の遺品として水族館で勝ったお人形たちを受け取ってほしいの。元からそのために買ったやつだし。あとは、私のお母さんに遺品を渡されたら絶対に受け取ってね。絶対だから!

 三つ目は出来るんだったら恵美の友達になってください。私、放ったからぢにしていたからさ、寂しがってると思うんだよね。悪いことしたなーって。これは完全に私のエゴ、でも、優しい浩二君なら受け入れてくれるよね。本当にお願いします。

 そして四つ目、私のことは絶対忘れないでね。こんなことを言ったら重い女だと思われちゃうかもしれないけど、そのことを踏まえて、私の写真見て私の顔を定期的に思い出してほしいし、私の声も時々でいいから思い出してほしい。一緒に撮った動画に入っている私の声を聴いてさ。死ぬまで覚えておいてください。最後に、長生きしてください。私はいつまでも浩二君のことを待っているからさ、絶対悲しくなって自殺したりとかしないでね。

 あ、でも私以外の女と結婚とかはしていいからね。流石にそれを止める権利は私にはないと思うし。

 じゃあバイバイ、絶対幸せになってね。鈴奈より』

 その手紙を読んでいる時に鈴奈の声が実際に聞こえた気がした。たぶんそれは幻聴なんかじゃないんだと思う。鈴奈が実際に俺に語り掛けている。そんな気がした。

 そもそも死神なんているんだ、今の俺にはどんな非科学的な事象も信用できる。

 はあ、鈴奈は本当に死んじゃったんだなと、今この手紙を読んで実感した。まだ今も近くにいて笑いかけているみたいだ。

 ああ、鈴奈鈴奈鈴奈鈴奈鈴奈鈴奈。大好きだ。お前が言ったことは全て守る。お前のことも一生忘れないよ。


 そして、鈴奈の葬式の日となった。

 そして鈴奈の葬式に向かう際。

「ねえ」

 相原さんに話しかけられた。

「鈴奈が死んだときに近くにいたの?」

「ああ。俺がトイレに行ってる間に心臓が止まってた」

「そう。まさかそんな急に心臓が止まるなんて」

「そうだな。俺もまだ現実を受け入れられてない」

 現実を受け止められてないわけじゃない。あの日に鈴奈が死ぬことは分かっていた。

「私ね、一つ町田君に謝らなければならないことがあるの。それはずっと町田君に嫉妬してたという事。最近めっきり鈴奈が私と遊んでくれなくなったの。町田君と一緒にいたいという事なら仕方ない事なんだけど、少し嫉妬してた部分があるから、謝っとく。ごめんね」

「いや、いいよ。こっちこそ鈴奈のことを奪ってごめんな」

 俺も謝っておく。

「それでなんだけど、鈴奈の友達同士、友達にならないか?」

「友達?」

「ああ。異性同士だから難しいけど、俺、鈴奈にこの前お願いされちゃったからさ」

「……分かった。鈴奈の意志なら」

 そして俺たちは友達になった。

 そして、鈴奈のお母さんらしき人に、「こんにちは。俺は鈴奈の彼氏です」と伝えた。彼女は一瞬驚いた顔をしたが、その後すぐに平常の表情を取り戻し「そう。あの日に看病に来てくれた子よね?」

「そうです」

「いつの間にかそう言う関係になってたのね」

「はい」

「あの子は、最近ずっと笑顔で友達と遊んでくるって言ってて、楽しそうだったのよ」と言って、鈴奈の家の楽しそうな様子を聞かせてもらった。

 そして実際に家に寄らせてもらうことになった。

 鈴奈の幼少期の話から、最近の家の様子までたくさんのことを教えてもらった。それを聞いていると、だんだんと涙が出てきた。ああくそ、もう涙は封印したはずなのに。

「あの子のために泣いてくれてありがとう」

「いや、俺はあの子を救えなかった」

「それは仕方がなかったことよ」

「……俺は本当に悲しいです。鈴奈を失って。俺のこの先の人生どうなるんですかね」

「それは何とも言えないわね。でもね、人生にまだそう言う人が現れるわよ。私が言うのもおかしいけど」

「いえ、俺は鈴奈がすべてだったんですよ」

「そう」

 そして気まずい空気のまま俺は家に帰った。鈴奈の遺品をたくさんもらって。


 そして十年後

 俺は小説家になっていた。初めて出した小説が大ヒットしたのだ。

 その小説のタイトルは『余命僅かな彼女との最期の日々』というタイトルだ。鈴奈のことを忘れないように書いていた小説を出したら、売れたという訳だ。

 これは鈴奈の置き土産なのかなと思うと、不思議な感じがした。

 鈴奈、俺は幸せに過ごしているぞ、お前は向こうでどう過ごしているんだ?

 俺はお前に会いたいよ。鈴奈。そう言ってぬいぐるみを抱きしめた。


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