二話 悪魔、権限
門を潜ると、そこは鬱蒼とした森だった。
ソラスなりの気遣いが窺える。
森とは言っても、近くに大量の生体反応を感じたから
だ。
「クリフ、近くに街があるみたいだ」
「街...ですか?」
あ、そうだった。
生まれてこの方クリフは冥府から出たことがなかったんだった。
故に"街"という概念がないのも当然だ。
俺は街の概念をクリフに説明しつつ、森を歩いて行く。
すると、突然脇の茂みから豚の頭をしたキメエのが飛び出してきた。
説明の邪魔をされてイラっとする俺。
クリフが動かなければ、辺り一帯を消し飛ばしていただろう。
「邪魔です。始まりの大悪魔たるクレファ様の御前に、いきなり入ってこないでください。『死ね』」
「ブヒャッ!」
短く叫んだかと思うと、地面に倒れ伏す豚。
クリフは一ミリも動かずに、そいつを倒して見せた。
「流石だな、クリフ。お前の言霊魔法は凄いよ」
「あはは、そうですか?褒められるのは気分がいいですね!」
クリフが今使ったのは、『言霊魔法』。
俺も保有する始原魔法のひとつだ。
自分よりも強い相手には簡単に抵抗されてしまうが、弱い相手には抵抗も許さない上に、声を聞いたらもう手遅れという恐ろしい魔法だ。
もちろんクリフは蓄えてきた戦闘経験もあるので、近接戦闘も心得ている。
まさに、悪魔王に相応しい実力の持ち主なのだ。
かと言って俺が負けるわけもないが。
ふと死体に目を遣ると、豚っぽい獣だった。
俺は、ソラスからもらった固有スキル、鑑定を使ってみたかったから、これで試してみることにした。
【名】なし
【種族】オーク
【オリジナル】なし
【固有スキル】悪食 肥満
【スキル】興奮
【耐性】なし
【状態】死亡
【乗っ取り】◯
オークか。
俺が遥か昔にアニメで見たものと全く違う凶悪な見た目だ。
ただ、悪魔の受肉には適しているらしい。
俺は受肉しているから関係ないのだが、クリフはそうもいかない。
クリフも、これに受肉は嫌だ、と顔に滲み出ていた。
俺だってこれに受肉は絶対にお断りしたいものである。
…そうか、受肉だ。
クリフはまだ受肉を果たせていない。
濃い魔力で満たされた冥府ならいざ知らず、実世界では存在の維持が厳しくなってしまうのだった。
すっかり忘れていた。
これは先にクリフの受肉先を探さないといけないな。
俺はそう思い、再び歩を進めた。
=====
「しっかし、なんで上は急に門の警備を厳重にしたのかねえ?」
「へん、下っ端の俺たちの計り知れない思惑があるんだろうさ。腹は立つが、そこに探りを入れるのは野暮ってもんだぜ」
「そうだな」
ここはレドガルド王国の首都、レイシア。
その門兵達は、急な警備強化に当てられた者達だった。
今日が非番だったこともあって、かなり不満が溜まっていた。
そんな警備を厳重にしなくてもいいくらいには平和だ。
陽の光が暖かく、遠くで鳥の囀りが聞こえる。
実に心地のいい日だった。
その時が来るまでは。
街を出ると、すぐそこには広大な森が広がっている。
街道も、そこを避けるように引かれている。
魔物達の巣窟である森には、冒険者でもなければ入ることなどない。
であるからして、鎧もつけない者達が森から出てくるのは異常であった。
「おい、あれ…」
「ああ、分かってる。相当な馬鹿野郎だな」
自分たちが地獄を見る羽目になるとは思わず、門兵達はそう口にしてしまった。
俺は、俺の隣の空気が一変するのを感じる。
それは、地獄の始まりを告げる合図だった。