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青く奏でる  作者: 3m6ry0
第一章:邂逅
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第2話

次の日の放課後、私立桜ヶ丘高校の廊下は生徒たちの賑やかな声で溢れていた。クラブ活動や部活動の合間に、友達同士が談笑し、笑顔が交わされている。その中で、一人の少女がゆっくりと歩いていた。


彼女の名前は藤原葵。その美しい黒髪は風に揺れ、彼女の透明な瞳には一抹の悩みが宿っているように見えた。彼女は学業でも優秀で、誰からも慕われる存在だった。


葵は決意を胸に秘め、一歩ずつ進んでいく。彼女のクラスの教室に近づくにつれ、生徒たちのざわめきが増していくのを感じた。彼らは何かが起きることを察知し、興味津々の視線を葵に向けた。


教室のドアがゆっくりと開かれると、葵の姿がそこに現れた。生徒たちは驚きの声を上げ、一瞬言葉を失ってしまった。


「なんで葵がここにいるんだ?」「何かあったのかな?」


彼らの囁きが教室内に広がる中、葵は落ち着いた表情を浮かべ、クラスメイトたちに微笑みかけた。彼女の存在は、いつもとは少し違う何かを予感させた。


しかし違う。あれはクラスメイトに微笑んだのでは無い、俺に対する間違いない死刑宣告。


つかつかと俺の席まで迷いなく歩みを進める。俺の目を見てもう一度微笑んだ。


「雄介君、音楽室行こうか?」


クラスメイトたちの驚きの表情と、意図せず目立ってしまったことへの青ざめは、なかなか良い対比になってるじゃないか。そんなことを考えて俺は考えるのをやめた。




音楽室は、廊下の終わりに位置していた。扉を開けると、その奥には静寂と音楽の響きが広がっている様子が感じられた。


部屋の内部は広々としており、音楽活動に適した環境が整っていた。壁は木目調のパネルで覆われ、柔らかな光が天井から降り注いでいる。その光がピアノや楽器の表面を照らし、輝きを与えていた。


音楽室の中央には大きなピアノが置かれ、その周りにはさまざまな楽器が整然と配置されていた。


部屋の隅には、楽譜が整然と並べられた棚があり、多種多様な音楽の世界がそこに詰まっているようだった。そして、響きをより一層引き立てるために、吸音パネルが壁や天井に配置されていた。


音楽室は静寂でありながら、その中には響きの余韻が漂っていた。演奏者たちが集い、音楽に没頭する場所として、心地よい空気が流れているように感じられた。


「なぁ、葵」


「なによ、雄介君」


葵は悪魔がイタズラを成功させた時のように、妖艶な微笑みを浮かべた。その唇からは甘美な魔法のような響きが漏れ、彼女の瞳は深く魅惑的な輝きを宿していた。


その微笑みは、周囲の人々を引き込む魅力を持ちながらも、同時に一瞬にして心を支配するような不思議な力を秘めていた。それはまるで禁断の果実を口にした時のような快楽とも似ていた。


ドキリと跳ねる胸を無意識にかばいながら、ヴァイオリンケースを机に置いた。


「その…葵は自分の影響力をわかってるのか?」


「当たり前じゃない。私は可憐で美しいわ。そうなるように努力したもの。」


そうなるのが当然、それは立ち振る舞いからも見て取れた。


葵の発育は決して悪くない。むしろ、彼女の成長は素晴らしいと言えるだろう。


彼女の姿は女性らしい曲線を描き、しなやかなスタイルを持っている。背中に届くほどの長い髪は、彼女の魅力を一層引き立てている。その髪は健康的で艶やかであり、まるで濡れた羽毛のように軽やかに揺れる。


葵のスタイルはバランスが取れており、程よいボリュームがありながらも引き締まった身体つきをしている。胸元やウエストラインなど、女性らしい曲線が美しく浮かび上がっている。


それは天性のものはあるだろうが、それよりも遥かにストイックに、自分を追い込み、自分が最も美しいと思う立ち振る舞いを絶対的に行う。


葵のこの自信は、類稀なる努力が裏付けとなっているのだ。


「力を持つものが、その力を隠すのはやましいことをして力を手に入れたからよ。それに、自分の努力を誇れないなんて無責任じゃない。」


ピアノを弾く準備をしながらまるで吐き捨てるように葵はそういった。韜晦を許さない。それは、彼女なりの信念に他ならない。


少しの静寂が流れる。が、直ぐに気を取り直して葵に見習いヴァイオリンの準備をする。


ヴァイオリンケースのロックを解き始める。ゆっくりと蓋を開けると、鼻腔にふわりと広がる独特な香りが漂ってくる。それは松脂の香りであり、大好きな香りだった。


深呼吸をして、松脂の香りを存分に楽しむ。それは俺にとって、ヴァイオリンの魂そのものを感じるための儀式のようなものだった。


緊張はない。主人公はむしろ心地よい期待感に包まれている。俺はまだヴァイオリンに触れていないが、ケースの中に眠る楽器が彼の手のひらで息を吹き返すのを待っていることを知っている。


そのヴァイオリンはまるで情熱の宿った美術作品のようだった。赤い色彩が全体を包み込み、まるで炎のような輝きを放っている。光が反射して、ヴァイオリンの表面からは神秘的な輝きが溢れ出ているかのようだった。


肩当をヴァイオリンにはめる。少し高めがベストだ。弓を引き抜き、ケースから松脂を出して3往復。これが自分のヴァイオリンが最もいい音を出せる塗り方というのもよくわかっていた。


「…随分と、様になるのね…」


どうやら葵にはずっと見られていたようだ。


「そんなことない、誠実に接したら、返してくれるだけなんだよ。ヴァイオリンは。」


そう答え定位置にヴァイオリンを構える。


すぐさま葵はピアノに向き合い開放弦のA線の音を出してくれる。静かによどみなく真っ直ぐな「ラ」は、ヴァイオリンのA線を共鳴させていた。


ピタリとあったA線とE線を共鳴させる、震える弦の振動を、鼓膜でしっかりと感じる。ペグを押し込みながら巻き上げるとどこがでピッタリ気持ちがいい音が出るのだ。そこを探す。


これを調弦と言い、その時々でかわるヴァイオリンの音を調整する作業だ。まるで間違い探しの答え合わせのようでピタリと合うと心地が良かった。


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