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夜中の邂逅

「おい、芦田! 取引先への提案書、どうなってる!」

「はい、今後輩たちがまとめの段階に入ったようです。もう少しで……」

「くれぐれも5時には間に合うようにしろよ!俺たちだって暇じゃねえんだからな。」

 頭に響く中年部長の大声にも、2年も付き合っていれば慣れてしまった。それでいて何か口答えをすると2倍3倍で返されてしまうので、この職場には彼に抵抗しようとする者は誰一人としていない。

 こんな環境でも仕事を続けられている辺り、人間の適応能力には目を見張る物がある。それでいてある日突然我慢の糸が切れてしまうところからすると、心の奥底に溜め込んでいるだけで、適応というよりそれは子供に苦い薬を無理やり飲み込ませるかのような荒療治に過ぎないのだろう。

 事実、世間一般的に「ブラック」と呼ばれているであろう私が勤めている家電メーカーは、確実に、そして残酷に私の心身共に蝕んできている。残業が当たり前、そして手当は無し、パワハラに近い暴言、正に絵に描いたようなそれだ。神様は残酷なもので、私は入社して2年だというのに、「面倒見がいい」という取ってつけたような部長の推薦で、入社して2年目で商品企画部の課長に昇進させられたのだ。

 大学を卒業して就活を上手く乗り切ったと思った私だったが、世間はそう甘くはなかった。

 確かに私は学生の時から面倒見がいいと言われ、時にお人好しだと言われるほど人助けは人並み以上にするタイプだった。しかし、何も24歳の社会経験も碌に積んでない女にそんな役が務まる訳が無いだろう。

 初めは必死に部長を説得しようと試みたのだが、面倒事には我関せずのスタンスという、これまたウザい上司にありがちな態度で軽くあしらわれ、ついには抵抗をやめてしまった。

「はぁ〜、なんでこんなことに……」

 課長の役割はというと、普通の社員と同じように企画のアイデアを考えることに加え、部の人間全体の総監督的な立場、いわゆるお守り役だ。一応、部長以外にこれといって面倒くさいタイプの人間はいない。というより、同じくこの会社に勤めることになってしまった境遇の仲間として、同情すら覚えてしまう。そのようなことを考えると、ついサポートに回りたくなってしまうのだ。もしかして、こういう考えがもう私を「お守り役」という役割から掴んで離さないのだろうか。

 そんなこんなで部長からの日々の罵詈雑言、それに加えて部下たちの支援、そして勿論自分のノルマもあるので、疲労とストレスによる辛い毎日が続いている。

「センパ〜イ!最後の終わり方、どうすればいいですか〜?」

 無駄によく通る声質、部長にも負けない声量、緊張感が無いような声色。それを聞いた途端、私は思わず小さな溜息を吐いた。踵を返し、ソイツのデスクに向かう。

 先程面倒くさい人間はいないと言ったが、前言撤回。いた。

「何?どこが分かんないって?」

「ここです。『私共は自分たちの製品一つ一つに真心をこめています』で結ぼうと思ったんですけど、なんかしっくりこなくないですか?」

 レポート作成アプリの画面を指差しながら問う。コイツの名は安井。私が高校生の頃からの後輩だ。元々同じテニス部で、男子に絡まれていた所を私が一言いって追い払い、それ以来私を慕うようになったのだ。

『センパイ、一生ついて行きます!』なんて言っちゃって。その時の私は冗談にしか受け止めてなかったけど、まさか大学、勤める会社まで一緒だとは思ってもみなかった。

「ん〜それだけじゃ味気ないから、『ぜひ御社のご協力のほど、よろしくお願いします。』みたいな文章入れたほうがいいんじゃない?」

「あ、なるほど!ありがとうございます!」

 コイツ、元気だけはいいんだけどなあ。それだけに何も考えず口走っちゃうときがあるから、正直人によってかなり好き嫌いが分かれるタイプだと思う。かくいう私も、少しばかり苦手だ。

「やっぱり、センパイは頼りになるなあ〜。私の目に狂いは無かったってことですね!」

 謎の自信に満ちた表情で言い放った。

「え、ええ。ありがとう……?」

 暑苦しい野郎の元はさっさと離れて、自分の仕事をこなさないと。と、その時ふと壁にかかった時計に目をやると、もう既に五時を回っていた。入社して半年はこの時間に帰れていたのに。今日も残業コースか…。

 入社して今年で3年目、そして課長に昇進して2年目の今年、上の人間たちはとっくにこの過酷な環境に気づいているだろうに、一向に改善されない待遇。いい加減うんざりだ。




「はぁ〜。つっかれた……」

 鞄を肩から提げ、午後8時、辺りはすっかり暗くなり、居酒屋の焼き鳥やビールの匂いがそこら中から漂ってきて、すきっ腹を刺激する。しかし、お腹は弱い方だし酒も飲めないので、空腹感を感じると共に気持ち悪さも込み上げてくる。

 大通りから少し離れた高架下、流石にこんな下道までくると人通りもまばらになってくる。電灯も少なくなってきて、どこか不気味さも感じられるほどだ。会社で打ちのめされて心身ボロボロの私の心にも、自販機の明かりに隠された小さな段ボール箱のように暗い影が差す。

「……ん?段ボール箱?」

 思わず二度見した。なんでこんなところに?

 あんまり暗いので気が付かなかったが、確かに自販機の受け取り口の下に60センチ四方位の小さな箱がある。宅配便の人が落とした?いや、表面に伝票のようなものは見当たらないし、この辺りに段ボールが必要な見せなども見当たらない。

 じゃあこれは何だろう?さらによく見てみると表面はガムテープなどで封じられているわけではなく、単に端っこを折って、簡易的な蓋にしてあるだけだった。

 こうなると人間というのは好奇心に駆られるもので、つい手が伸びてしまう。例え捨て犬や捨て猫だとしても、私はアパート暮らしだし、一応見て見ぬ振りは出来る。などと御託を並べつつ、蓋になっている右側を掴み、左側を掴み、同時に外側へ開け放った。


 なに、この生き物は……?

 頭頂部に薄黄色の角が生えていて、首から背中にかけても同じく角が一直線にびっしり連なっている。さらにはそれが腰で途絶えているかと思いきや、そこから先には長い尻尾が丸まっている体全体を包み込むように一周している。

 瞼を閉じているところからして寝ているようだけど、それ以外に私が持っている知識では説明が付かないような不可解な部分が多すぎる。

 この見た目はもしや……ドラゴン?

 いやいやいや、何を言っている芦田茜。

 何故そんな想像上の生き物が目の前に現れたと思っている?ちょっと考えれば分かるでしょう。きっと仕事のストレスか何かで幻覚を見ているだけだ……。

 一旦段ボール箱から目を逸らし、背を向けて深く深呼吸する。心を落ち着けた上で私はキッと目つきを鋭くし、もう一回箱の中身に目をやる。しかしそんなことお構い無しの箱の中の奇妙な存在は、相変わらずスースー寝息を立てている。漫画だったら鼻ちょうちんが出来ていそうな光景だ。


「んん……?」

 その時、ドラゴンが目を覚ました。半開きの目で首をキョロキョロしつつ、何回か往復させると、こちらの存在に気づいたようで、動きを硬直させた。思い切って声をかけてみる。

「お、おはよう……」

「……」

 沈黙が広がる。さっきは目が半開きだと思ったら次は口のほうを半開きにしていて、なんとも間抜けな表情になっている。

「え……」

 人語を発した。しかしそれよりもこの存在を暴きたいという好奇心が勝ってしまい、そんなことはお構い無しだった。

「人間……?」

「う、うん。人間だけど……あなたは?」

 するとその瞬間、

「うわあああああああああ!」

 凄まじい雄叫びを上げつつ、先ほど開けた両蓋を中から掴んで箱ごとガタガタ震え出した。

「なっ、何!?」

「いやだあああああ!食べないでえええ!」

「食べないわよ!ていうかあなた何なの!?犬でも猫でもないし、ドラゴン!?」

「えっ、なんで僕の正体知ってるんですか!?やっぱり襲われるんだああ!」

「違うって!あなたの姿見たら誰でもそう思うから!」

「そ、そんなに僕の正体って人間たちに知られてるんですか!?怖いいいいい!」

「ちょ、とりあえず落ち着いて!あなたを襲うことなんて無いから!ていうか、寧ろあなたが襲う側じゃないの…?」

 そう言うと、ドラゴンはガタガタ震えるのをやめ、恐る恐る蓋を開けて、これまた怖がるような目つきで口を開いた。

「ほ、本当ですか……?あなたは僕を襲わないんですか……?」

「え、何?今まで襲われたことがあるの?というより、あなたは何でここに?いやいや、そもそもあなた、どういう存在?」

 相手が落ち着いたのをいいことに、浮かんだ疑問をそのまま相手にぶつけまくる。

 すると、そのドラゴンは首を少し落とし、暗い面持ちで語り始めた。


 彼は、自身の名前はアルだと言った。ロゴス国の第37代目の王であるバハムート様に仕える兵士……もうこの説明を聞いた時点で私は理解に苦しんだが、そいつは構わず話を続ける。

 ある日の夜中、隣国からの襲撃により、王様が大切にしていた御子息……つまりは王子が亡くなってしまったらしい。それによってアルを始めとした護衛隊は糾弾され、王からも悲しみや憎しみの声を浴びせられたそうだ。それが何よりもこたえたのだろう、それからアルは責任をとって兵士を辞めてしまったと言う。

 そしてある日寝床で、

「はあ〜……いっそ別の世界に生まれ変わることが出来たらなあ……」

と呟いたら、目が覚めた時にはもうこの世界にいた、とアルは不思議そうに言った。元の世界にいた時とは体の大きさも100分の1くらいだったと。

「最初は夢でも見ているんじゃないかと何回も目をパチパチさせたんですが、どれだけ繰り返しても目の前の景色は変わらなかったんです。」

 そりゃあそうだ。人間だってドラゴンだって、目が覚めたら異世界にいた、だなんて信じられる訳無いだろう。すると、アルはいきなり身震いした。話を聞く限り、色々な人間に散々追いかけ回されたようだ。

「ん?まーちゃん、ここに何かいるよー!」

「え?なになに?」

「うわ、あっくん、ドラゴンじゃんこれ!」

「えー?だってドラゴンはくーそーじょーのせいぶつだって、お兄ちゃんが言ってたよ!」

 アルも当然不穏な空気を察知して逃げようと思ったが、人間の子供というものは存外走力も持久力も優れているもので、

「あっ!あいつにげるよ!まーちゃん、おいかけないと!」

「まてー!つかまえてみんなに見せてやるー!」

 アルは必死で逃げた。元の世界とは飛ぶ感覚も違うらしく、慣れない内は木にぶつかったりコンクリートの建物に頭を打ったりして、大変だったらしい。その後は運悪く大通りに出てしまったようで、

「え!?ねえねえ、見てあれ!ドラゴンじゃね?」

「嘘、ほんとじゃん!ちょちょ、これはストーリー上げないと!」

「いやいや、これは全世界配信だって!心拍数やばいんだけど!」

 そんな連中の格好の獲物になり、なんとかこの人通りが少ない裏道に逃げ込んできたという訳だ。


 一通り話を聞き終わり、目の前にいるのが非現実的な存在ながらも深く納得していた。そりゃあ人間がトラウマにもなりますわな……。私はネットで「ドラゴン」と検索して出てきた動画についている「妄想厨乙」「CG技術やばwww」というような類のコメントを眺めながら相手の言葉に耳を傾けていた。

「ってか、異世界から来たんでしょ?なんで日本語喋れるの?ひょっとしてそっちの世界でも日本語が公用語?」

「いいえ、これもドラゴンの力の一つで、声帯を変化させて色んな言語が話せるんです。例えば向こうで使っている言葉は…」

 その瞬間、けたたましい超音波とも言うべき騒音が耳に響き渡った。

「んんんんん!?タンマ、タンマ!耳が死ぬっ!」

「ふふふ…向こうでは、この声で会話してるんですよ。」

「あんた、この世界に迷い込んだっていうのに、結構余裕あるわね…」

 私が両耳を抑えながら冷ややかに言うと、彼は意外にも、

「うーん…だって、特に後悔はしてませんから。」

「え?」

 てっきり、元いた世界に帰りたがって路頭に迷っているのかと思っていた。確かに「生まれ変われたら」とは言っていたけれど。

「王様の御子息を亡くしてしまったことは、護衛として最も恥ずべき結果です。だからこそ、僕は罰として人間の世界に堕ちてしまったんでしょう。僕は、この運命を甘んじて受け入れるつもりです。残った時間は、この世界で自分自身と向き合うこと。それが、一兵士としてのケジメだと思うんです。」

「……」

  話を聞く限り、中々臆病なやつだと思っていたが、殊に他人に対しては謙虚な姿勢を崩さず、兵士としての誇りをしっかり持っている。そこら辺の怒鳴り散らかすおっさんなんかよりよっぽど立派な性格だ。

「ふーん、ドラゴンねぇ……私はそういう方面にはあんま詳しくないけど、やっぱり燃える人はいるのかな。」

「そういうあなたは、どうしてこんな所に?人間の世界で言えば、もう夜中ですよね?スーツ着てるから会社勤めでしょうけど、大体帰るのって夕方では?」

「あーそれはね……私んとこの会社、ブラックなのよ。」

「会社がブラックって?」

 このドラゴン、こっちの世界にやたら詳しいものの、さっき襲われた時のリアクションといい、人間の黒い部分にはあまり精通していないらしい。

「簡単に言えば、働くのに全く適していない環境の会社ってこと。帰る時間が遅いのは、会社側がより稼ぎたいから。そのくせ、それに見合った給料も貰えないのよ。」

「え、そんなことが?なんで人間たちはそんな酷い仕打ちをするんでしょう……ちょっと会社の名前教えてくれませんか?護衛の血が騒いでしまって……悪いやつは許せないんです!」

「やめときなさいそんなちっぽけな体で。返り討ちにされるだけよ。」

「いや、本当はこの100倍はあるんですよ!?人間たちのビルなんか跨げる程なのに……」

「フフフ……あ。」

 笑ったのはいつぶりだろう。目の前のちっこい奴が拳を振り上げて会社を潰しに行くなんて言うもんだから、つい笑みが溢れてしまった。2年前に自分が勤めるのはブラック企業だという現実を突きつけられ、絶望の淵に立たされ続けたまま時間が過ぎ、いつしか頬を上げることなんて全くと言っていいほど無くなっていた。

 同時に、心の中に何か安らかな物が流れてくるのが分かる。久しぶりだ、こんな感情。

「あれ、どうしたんですか?悲しいんですか?」

「え?なんで?」

「だって、あなた泣いてるじゃないですか。」

「え……」

 慌てて目尻に手をやると、確かに濡れていた。なんだか今日は不思議な事ばかり起きる。

「いや、これは…わたしにもよく分かんないけど…多分、悲しいからではないと思う。」

「そうなんですか?じゃあなんでだろう……」

 首を捻ってむむむと考え込んでいる、その光景もなんとも可愛らしい。元が巨大な異形の怪物だということが信じられないほどだ。

 守ってあげたい、そんな衝動に駆られる。その時、ある考えが思い浮かんだ。

「あんた、こっからどうするつもりなの?」

「え、うーん。なんだかんだお腹は空いてるし、でも食べれる物も無いんですよね。」

「だったら……」

 私はヒョイと箱を持ち上げた。思いの外、見た目より軽い。

「え、何してるんですか!?」

「私の所で飼ってあげる。どうせ行く当て無いんでしょ?」

「いやいや、悪いですって!大体、人間って自分達の住処でドラゴンを飼うこと許可されているんですか!?」

「されてる訳ないじゃんそんな事。いーの。あんたは私についてくれば。」

 箱の中でバタバタ暴れるアルを尻目に、私は自分のアパートを目指して歩いていく。

「こら、静かにしなさい!人がいるかもしれないんだから!」

「分かりました、あなたさては頑固な性格ですね!?王国にもそんな方々いっぱいいました!」

「今更気づいたの?まあ、私に出会ったのが運の尽きだと諦めることね。」

「分かりましたよ……そういえば、あなたの名前は?」

「あ、言ってなかったわね。私は芦田茜。まあ、茜でいいわよ。」

「茜さんですか……素敵な名前ですね。」

 どうやらこのドラゴンはお世辞も上手いらしい。その言葉にどこかむず痒くなる。


 高架下から徒歩20分。所々塗装が剥げている青緑色のアパートにある我が家。

「さーて着いた着いた。」

「お、お邪魔しまーす……」

「ドラゴンの癖にやけに他人行儀ね。私達のイメージだとドラゴンって皆誰彼構わず火吹く感じだけど。」

「そんなの間違ってますよ。ドラゴンだって十人十色です。大人しい物もいれば勿論凶暴な奴だっています。」

 そう言うとアルは少し顔を歪ませた。

「どうしたの?」

「いえ、ちょっと悪友を思い出したんで……」

 何かイヤな過去でもあったのだろうか。私の方は人の悩みを聞く機会が多かったこともあり、そういう話題にはつい首を突っ込んでしまいそうになる。

「ま、もう会わないだろうし気にしない方がいいんじゃない?ここがリビングで、あっちがお風呂ね。」

「うーん、やっぱり体が小さい上に人間の家っていうのも初めてなので、慣れないですね……」

 人に言わせてみてもあんまり片付いているとは言えない私の家だけど、段ボール箱一個置くぐらいのスペースなら十分取れる。

「どうする?あなた、その箱のままでいいの?」

「はい、言うなれば、居候させてもらっている身なので。あんまり図々しいのも何だか……」

 こっちからしてみればちょっとぐらい気使わさせてほしいんだけどな。そう思ったその時、1人と1匹の腹の虫が同時に鳴いた。2人揃って間抜けな声をあげる。

「あ、そういえばもう9時じゃん。腹も減るはずだわ。」

「僕も、今日一日何も食べてないんですよね……」

ようやく腕を奮う時が来た、とばかりに私はおもむろに台所へ行き、冷蔵庫を覗く。

「野菜と牛肉が少し……炒め物でも作るか。」

 会社があんなもんだったから、家に帰ってまで自分で料理を作る気が起きない時の方が多かった。1週間コンビニ弁当かカップラーメンなんてザラだ。

「というより、人間の食べ物受け付けるのかな……?ねえ、あんたって普段何食べてたの?」

「えーっと、主に獣の肉とか、あとはトリートーニス湖に住んでいる神秘の魚とか。」

「あー分かんない……まあ、とにかく野菜以外ってことね。」

 私の辞書には無い単語はさておき、20分ほどで野菜炒めが完成した。

「これは……?」

「野菜炒めってやつ。焼肉のタレで炒めただけだけど。」

「い、いただきます…」

 なんでそんな日本独自の言葉まで知ってんの、とツッコミをいれながら、恐る恐る皿に顔を近づけるアルを見つめる。

「……」

キャベツを3切れと牛肉少しを咀嚼しながら、アルは眉をひそめ、左手で皿をこちらへ寄せた。

「だめ?」

「……」

 静かに頷く。やはり向こうとこちらとでは食文化から味覚までまるっきり違うようだ。

「じゃあさ、この中であんたが食べれそうな物って無い?これから何か買うのにも困っちゃうし。」

 そう言って私は冷蔵庫を開け放つ。

「うーん…… なんだか、袋に包まれたものばっかりですね。」

「あーごめん。それは全部私の責任だから。」

「ん、これは……?」

そう言ってアルが手に取ったのは、円形の薄っぺらい箱に入った、小分けにされているチーズだ。

「食べてみる?確かに体の大きさ的にはちょうど良さそうだけど。」

「どうやって開けるんですか?これ。」

さっきのトラウマからか、震える手で口に運ぶ。

「どう……?」

「……!!!」

カッと目を見開き、なんと口から火を吹いた。それも、私の顔の横を掠めるほど凄まじい勢いで。

「あちっ!あっつ!ちょ、なんでいきなり火吹くの!?」

「あ、すいません!あんまり美味しいのでつい……」

「おっそろしい…もう迂闊に物食べさせられないじゃない……ていうかそんなもんでいいの?お腹空かない?」

「元からそんなに大食いではなかったので。これが主食でいいくらいです。」

 そう言いながら、彼は早くも2つ目のチーズに手を伸ばしていた。私は先程火を放たれた左腕を流水で冷やしながら、そいつがハムハムとチーズを頬張っている様を見つめていた。

 にしても、本当にドラゴン拾ったのか私。なんだか実感が湧かないけど……もしこいつを生物学会にでも持ってったら……。

 一瞬そんな思考が頭に浮かんだが、首を左右にぶんぶん回し、頭から追い払う。目の前のヤツを見てたらそんな邪な考えなんかすぐに薄れてしまう。

 それになんだか、私だけ知っている秘密の存在なんて憧れるし。

「どうしたんですか、そんな顔して。」

「なーんでも。」

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