世相に吹く風
世相に吹く風
高木和久
生温い風が
地下に充満し
発車ベルは乾燥した狂想曲を奏で
聴く者を哀れんだ
夕刊紙は今日という日の残飯であろう
ボロ雑巾似の新聞をわが息子だと哀願する中年が
一編の残飯を喰らおうと
階段を降りている
中年は足を止めた
爆弾を運んだ通函は生きるため分解される
その一辺の角でほつれた軍服は死んだような寝息をかき
断面図の低辺で少年は
正座をしながら
剥き出しの天井を
見上げていた
少年の目は微動だにしない
足音で何気なく目を覚まされてしまい
寝ぼけ眼を天高く上げる
焼け野原と天井一枚隔て
少年はきょとんと見上げていた
その目は世相を捉えているのか
この社会への黙示とも
地下鉄が今発車したといえども
ただ呑気な父親を憎むのか
あらゆる人間の目が
目先の思想で闊歩し
時代の秒針を回す
ただ
あの玉音放送で世相が宙返りした
そのことに子どもや老人さえも
この瞬間という風
漂う風を黙って呑み込もうとしていた
かつて風を味わう時代が訪れたことがあろうか
まるで嵐が去ったあとの
生温い風が世相というものなのか
黴臭くもあり
蛸壺の中のように魑魅魍魎の
昨日までの洗脳人のはざまで
何を寝ぼけているのか、何を目論んでいるのか
乗客の足音で叩き起こされた少年の眼はぼんやり
上を見上げていた
寝ぼけているんじゃないか
眼は時代と融合する
中年はただ深い呼吸をしていた
夕刊紙は無垢な微笑を浮かべ
今日の残飯はまあまあだった
中年の足音は静かに地上へ消えて行った
中年が去った後の風は
焦げた紙の匂いがした