運命の赤い糸を辿ったら結ばれてるのが電信柱だった
休日の寒い昼下り。家でのんびりしながら、ふと小指をみると赤いものが巻きついていた。
なに、このゴミ。
よく巻きついたなぁ。
取ろうとしたそこで、蝶結びになっているのに気づいた。
これ、もしかして――
運命の赤い糸!?
どう見てもそうだ、糸の先が部屋の外に続いてる。
辿ってみると、玄関を出て道に続いてる!
わああ!
子供の頃に憧れた運命の赤い糸が、今頃。
すぐ気づかずに、ゴミだと思ってしまう歳になってから、やっと!!
これは辿らずにはいられない。
でも、すぐにはいけない。
辿りついた先には、運命の人がいるんだから。
綺麗にして行かないと。
気合いを入れてメイクと着替えをすませると、笑顔の練習なんかしてから追跡開始。
糸はどこまでも続いてる。
でも、変なところには行かず道を進んでいける。
結構歩いた。
この辺は、来たことないなぁ。
民家やアパートやマンションが乱立する、普通の住宅街の車一台通れる狭い道路。
この辺に住んでるのかなぁ?
ドキドキしてきた。
日曜日の昼間、相手はどうしてるだろう?
家で寝てるかな、どこかに出かけてるかな?
前から、歩いてきたりして!
あれ、急に糸が横に曲がってる。
まだ、曲がり角じゃないんだけど。
「え?」
電信柱?
……に結ばれてる?
しっかり巻きついて綺麗に蝶結びになってる……
「えええ!?」
思わず声が出た。
もう一度、見直す。
「えええ!?」
また出た。
幸い、誰もいない。
口を押さえて、もう一度確認する。
いや、これはあり得ない。
電信柱て!!!
いや、あり得ない。
でも、結ばれてる。
この事態に体は混乱して挙動不審になりながらも、頭はどうにか納得できる理由を探しはじめた。
そうだ、犬のリードを柱に結んで “ちょっと、待ってろ” みたいなあれだ。
ちょっと、この電信柱に結んでどっかに行ってるんだ!
理由は…………
浮気?
運命の赤い糸の相手に出会う前に、ちょっと他の人と恋愛しようとか。
律儀に糸をほどいて、フリーになってるから浮気じゃないよ!
うん、そうに違いない。
きっと、彼は戻ってくる!
早く、戻って来て――!!
怪しまれないように、スマホを出してイジるフリをしながら待つ。
まるで、待ち合わせしてるみたいに。
かなり時間が経った気がするけど、時計を見るとまだ数分しか経ってない。
けど、じっとしてるのはもう限界に近い。
電信柱を見上げる。
そろそろ、現実を受け入れようかぁ……
……この電信柱は、擬人化するんだ。
そうに違いない。
スラッと背が高くて、灰色の作業服着てて、アホ毛がいっぱい、いやこれは静電気立ってて、肩に鳥が止まるタイプで、性格は電波で、普段は地味で誰にも気にされないけど、いないと困る存在で――
うん、陰キャね。好きよ。気が合いそう。
後は顔。なんとかイケメンを想像しようとしてるけど無機質な棒を相手には無理,、と思ったけど意外にイケメンが浮かんできた。
この想像通りに擬人化してくれるのかどうか、楽しみ。
いつ、擬人化してくれるのかな?
今がいいんだけど。
こうして、運命の出会いを果たしたことだし。
早く、早く、人が通るじゃない。
もう、今日は帰ろうかな。
その前に、電信柱からリアクションがほしい。
そうだ、糸をほどこうとしてみよう。
そしたら、
「待ってくれ!」
とか言って、擬人化するかもしれない!
さっそく、蝶結びの先を引っ張ると案外簡単にほどけそうになった。
……ほどいていいの?
誰も止めてくれないんだけど。
……やめとこう。
このまま帰ろう。
そして、これからは、毎日この電信柱に会いに来よう。
この道を通るのをルーティンにしよう。
スマホで写真撮っとこうかな。
待受にするか。
カシャ、カシャ、カシャ、こんなにいらないか。
「あの」
「え!?」
しゃべった!?
違う!
歩道から近づいてくる、この、男の人だ。
同年代の、黒髪に細身でスーツを着た、どこにでもいそうな仕事疲れがにじみ出てる人。
その人はそばに来ると、電信柱を指差した。
「あの、突然話しかけてすみません」
「いえ」
不審者なのは、お互いさまだし。
「あの、その赤い糸、見えるんですか?」
「えっ、はい」
まさか、あなたも?
聞くより先に私達の視線は自然と電信柱から伸びる糸の先、私の小指に移っていき――
そのまま、視線がぶつかった。
「あの」
「あの」
「あ、どうぞ」
あ、じゃあ、私から。
「この電信柱の糸、あなたの、なんですか?」
「はい」
「電信柱に、結んだんですか?」
「はい」
やっぱり、予想は当たってた!
よかった、でも、
「どうして?」
男の人は頭をかいて笑って、言いにくそう。
「いや、あの、糸を辿って来たんですよね? 俺も昨日、糸に気づいて辿ってみたんです。それで、あなたを見たんですけど……タイプじゃなかったんで、ここに結んで帰ったんです」
「は?」
タイプじゃない?
タイプじゃない……タイプじゃない……
なんて失礼な男!!!
タイプじゃない?
運命の人なんですけど!?
ううん、私の運命の人は今、糸が結びついてる電信柱だったんだ。
デンシン•バシラ様!
今こそ超イケメンに擬人化して!!
「私は君が理想の人だよ」
って言って!
この男を、ざまぁしてよ!!!
「はぁっ……」
しないのね。
「あの、すみません。失礼なこと言って」
今さら謝ってももう遅い!!
「いいんですよ、別に。私はこのデンシン•バシラと結ばれたので」
サバサバと小指をかざしてみせる。
「えっ? 電信柱と!?」
笑いたきゃ笑いなさい!
笑ってられるのも今のうちよ!!
……やっぱり、こんなの嫌だ。
うっうっ、涙も出ない。
この電信柱とこの男に出会ってしまってからの、どこかの時点で枯れ果てた!
「すみません、笑ったりして」
男の人は泣きそうな私をさすがに気にして、申し訳なさそうにかしこまった。今さら……
「電信柱と結ばれたなんて言わないでください。一晩考えて、やっぱり気になって見に来たんですよ。こうして会えて嬉しいです」
「え?」
「今日は、なんか凄く綺麗ですね」
「えっ」
わかる人なんだ。
「あの、その、運命の人に会うかもと思って。綺麗にして来ました」
「そうなんですね。僕も一応、スーツ着てきたんですけど」
仕事中じゃなかったんだ。
わざわざ、そう……
「昨日は仕事帰りにそのまま行っちゃって。そこで、あなたが道を歩いてるところを見たんですけど、暗いなか近づけないしドキドキしてたしで、一瞬見てタイプじゃないなと思ってそのまま、帰り道のここに結んで帰ったんです」
「判断早すぎませんか?」
「ですよね。だから、今日来てみてよかったです。こうして見ると……凄くタイプです」
「え」
そうはっきり言われると、笑ってしまう。
私も男の人をもう一度よく眺めてみる。
さっきから思ってたけど、笑顔が素敵な人だなぁ。
「私も、あなたのことタイプですっ」
「本当ですか!? じゃあ、この赤い糸、電信柱から取り戻していいですか?」
「はい」
いそいそと電信柱から赤い糸をほどき、小指にぐるぐる巻きつけるのを見守る。
「あ、片手じゃできないんで、結んでもらえますか?」
「はい!」
喜んで。
ほどけないように、ギュッと蝶結びにする。
私のも、ほどこうとしたから危ないかもしれない。
「あ、あの、私のも結び直してもらっていいですか?」
「はい」
こちらもギュッと結んでくれた。
「これでよし。はぁ、よかった」
「よかった」
私達は、ほっとした笑顔を交わした。
「このまま、少し話しませんか? 寒いんで、どこかに移動して」
「そうしましょう」
やっと、電信柱から離れられる。
私達は、肩を並べて歩き出した。
運命の赤い糸、結ばれてるのが電信柱じゃなくてよかった――