授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
この国では10歳でスキル鑑定を行う。
産まれた全ての人がスキルを持って生まれるからだ。
その為、どんなスキルを持っているかでその後の人生が決まる。
今のこの国の王配は元平民だったが持っているスキルが【統一者】だった為にあれよあれよという間に貴族の養子となり王女の婚約者となった。そして王女には兄が2人も居たにも関わらず争う事なく3番目の子供である王女が女王へとなった。
女王のスキルは【愛される者】で、上の兄2人のスキルは【剣の刻】と【算術眼】というどちらも人を導くスキルでは無い事から本人たちの意思で妹に王位を譲ったとされている。
この国では王族でもそれなのだ。
その下の者たちが自分の持っているスキルで人生が決まると思っても仕方のない事だろう。
貴族などは特にその傾向が顕著だった。嫡男のスキルが役立たずだと分かると直ぐに爵位継承者から外される。スキルで独り立ち出来る者は喜んでそれを受け入れるが、そこまで悪いスキルでは無いのに弟の方が良いスキルだと分かり次期当主の座を追われた者は不満を募らせ弟を貶めようとする事もあった。
スキルで平和を維持させている世界でもあるが、スキルがあるからこそ争いが起こる世界でもあった。
リファージ男爵家の末っ子グランもそのスキルの所為で人生が変わった者の一人だった。
兄は2人居て、長男ドランのスキルは【器用】、次男ディランのスキルは【根性】という世界的にもよくあるスキルであったが比較的好意的に受け入れられるスキルだった。
だから三男のグランも同じ様なスキルになると誰もが思っていた。
父アランは【遠目】で、母ミラルダは【水滴】という水を生み出せる地味だが有能なスキルを持っていたので母だけはグランだけでも自分のスキルの影響を引き継いでくれればなと密かに期待していた。
しかしグランが10歳になり、スキル鑑定した結果を見て、家族全員が絶句した。
▫グラン・リファージ
▫スキル:【 草 】
今までにたくさんのスキルを見てきたスキル鑑定士でさえも絶句して確認の為に4度ほど鑑定をやり直してくれたが結果は変わらずグランのスキルは【草】だった。
草? くさ?? KUSA???
疑問符で頭の中が満たされたグランにスキル鑑定士が困惑した顔で話しかける。
「……グランくん……スキルを使ってみてくれるかい?」
言われた言葉が理解出来ずにグランは泣きそうな顔でスキル鑑定士を見返した。
「……どうやって……?」
「うーん……使い方は人それぞれなんだけど……大抵は手を前に出して心の中で念じれば、顕在的なスキルならば何かしら変化が起こるはずなんだ」
「…………やってみます」
グランは鑑定士の言葉を聞いて、心配気な家族が見守る中スキルを使ってみた。
ポンッ
グランのかざした手の下の床から草が一本生えた。
「「「「「…………」」」」」
「……」
皆が無言で見守る中、グランは泣きそうな顔で更に手に力を込めた。
ポンッ ポンッ
一本ずつ生えた草が2本増えた。
グランのスキルは正に【草】だった。
◇ ◇ ◇
わぁわぁと泣き出したグランを沈痛な面持ちで連れ帰った家族はその日、お通夜の様な夜を過ごした。
グランはご飯も食べずに泣き続け、泣き疲れて眠ってしまった。
その日からリファージ男爵家から笑顔が消えた。
家族全員がグランを腫れ物の様に扱い、両親は毎日遅くまで話し合っている様だった。
グランはなんとか自分のスキルを活かす道はないかとスキルを使っていたが生えてくる草は毎回一本だけだった。庭が雑草だらけになって両親に怒られてからは部屋でこっそり床に草一本生やしては抜くを繰り返した。それも抜いた草の山を母に見られてからは禁止になった。
優しかった兄たちはグランの役に立たないどころかゴミを産み出すスキルを嫌がり邪険にし始めた。
グランはその度に泣いた。
その事がまた家族に疎まれる原因となった。
グランのスキルが【草】だと判明してから半年、両親は遂に決断した。
「グラン、お前をリファージ男爵家から勘当する」
「え!? そんな!?」
悲痛に歪む10歳の末っ子の顔を見ていられなくて顔を背けた父アランはそれでも考えを改める気はなくグランに酷い言葉を投げかける。
「平民ならまだしも、お前のスキルは貴族としてはそんなスキルを持っている事自体が醜聞だ。
既に私たちは周りから、お前のスキルの所為で馬鹿にされている。これから兄たち2人の将来の事もある。そんな恥しかないスキルを持っているお前がこの家に居れば、家族全員がまともに生きてはいけないんだ。まだ小さいお前にこんな事を言うのは酷だと思うが、まだお前が小さいからこそ、早くから平民となり生きていく方が良いだろうと私たちは考えた。
これはお前の為でもあるんだ。
お前は今日からリファージ男爵家を出て、ただのグランとなる。
私の知り合いの商人に話をつけたからそこで成人までは面倒を見てもらいなさい。
それから、お前のスキルはこれから【努力】とでも言いなさい。決して【草】などと言うんじゃない。リファージ男爵家の三男がそのスキルだと世間に知れ渡っているからな。平民となったお前が元貴族だと知られてもお前が生きづらくなるだけだぞ。
分かるだろう?
これもお前の為だ。
……息子の将来を思う親の気持ちを考えてくれるよな」
グランはただ泣いて言う事を聞くしかなかった。
その日の内にグランは大きな鞄を2つほど持たされて商人の馬車に乗せられた。
見送りは父だけだった。
グランは遠ざかる生家を見えなくなるまでずっと見つめていた。
「……スキルが変わってたってだけで子供を捨てるとか貴族様ってのはなんでこう極端なんだろうなぁ……」
馬車を操縦していた男がグランを慰め様としたのかそんな事を言ったので、グランは悲しくて更に泣いた。
親に捨てられたのだと、その時やっと実感したのだ……。
◇ ◇ ◇
リファージ男爵は領地を持っていないので家は王都にあった。グランは何処に行くのか知らないまま、王都の街中を抜け貧民街を抜け、王都を囲む大きな壁を超えて街の外へと運ばれて行った。
遠ざかる景色を楽しむ気力のないグランを乗せた馬車が次の街に着く前に日が暮れた事で初日は野宿となった。
「貴族の坊っちゃんだったのに悪いな。まぁこれからはこれが通常だと思ってくれや。早く慣れるとそれだけ楽だぜ」
馬車を操縦していた男はウィルと名乗った。父は「知り合い」だと言っていたのにウィルからは「突然話を受けた」と言われた。
子を捨てる為に父は嘘まで吐いたのだと更にグランはショックを受けた。
ウィルのスキルは【風檻】という変わったものだった。風で檻を作れるそのスキルは世界を見て周りたいウィルにはうってつけだったそうだ。檻を自分の周りや守りたいものの周りに作ると風が手を出そうとするものを吹き飛ばしてくれるらしい。だからウィルは護衛を付けていない。
野宿をするからとウィルは馬車を中心に風檻で囲んで安全地帯を作った。
焚き火と携帯食と簡単なスープ。
初めて食べるその食事が、グランはもう貴族では無いのだと現実を突きつける。ずっと悲痛な顔をしたままのグランにウィルは早く寝てしまえと馬車の荷台に簡易マットを敷いてくれた。
グランはすぐにそこに潜り込むと薄い布を頭まで被って丸くなった。
心の中は悲しみでいっばいだった。
それと同時に自分を捨てた家族を恨んだ。
……その原因となった自分のスキルを恨んだ。
──何が草だ! 何が草だ!! 何が草だ!!! 草なんか生やしたって何にもならない!! 雑草だ!! ゴミだ!! 無駄だ!!! いらないんだ!!! 草なんて!! 草なんて!!! 草草草草っ!!!!!──
自分を包んだ布を握りしめてグランは歯を食いしばって泣いた。
全ての気持ちをスキルに向けて、脳の血管が切れるんじゃないかと思うぐらいに、どこにも向けられない恨みや苛立ちや悲しみや苦しみを全部全部スキルに向けてグランは泣いた。
その時、リファージ男爵家のある王都ではおかしな事が起こった。
全ての人が、始めは空耳かと思った。ある者は耳鳴りかとも。
それはどんどん大きくなり、遂には王都全体で響き渡った。
『あははははは!! うふふふふふ!!! アハハハハハハ!! イヒヒヒヒヒヒヒ!! フヒヒヒヒヒヒヒ!! あははははは! あーはっはっはっはっ!!!』
色んな人の、老若男女合わせた笑い声が王都にいる人全ての耳に響いた。
「何?!」「いやっ!?」「怖いっ!!」「何なのよこれ?!」「誰が笑ってるの?!」「どこで笑ってんだよ!?」「うるさい!!」「えーん!こわいよ〜!」「止めてよ!」「誰かこれを止めて!!」「嫌っ!!」「笑うな!!」
王都中の人が突然響き出した笑い声に恐怖した。
リファージ男爵家でもパニックだった。
「何なんだこの笑い声は!?」
「誰か止めてぇ〜!!」
「うるさいうるさいうるさい!!」
「耳を塞いでも聞こえてくるよ?!」
『アヒャヒャヒャヒャヒャ!! はははははははは!! ヒーッヒヒヒヒヒ!! ふふふふふふふ!!!』
笑い笑い笑い笑い笑い笑い。
楽しそうな笑い声から人を馬鹿にした笑い声。感情の抜け落ちた様な笑い声と様々な笑い声が自分に向けられているかの様に聞こえてくる。
王都はパニックになった。
1時間ほど続いたそれは不意にピタリと止まった。だが全ての人がまた聞こえてくるのではないかと怯えて眠れない夜を過ごした。
次の日国王はすぐさま笑い声の元凶を探させた。
まず先に笑いに関するスキルを持った者が取り調べられたが全員が無関係だと立証された。まず王都全体に笑い声を響かせられる事が異常なのだ。そんな特殊な能力であればすぐ分かるはずだった。
しかしその確認中にも王都に謎の笑い声が響いた。
グランはスキルを使っている意思はなかったが、恨みや不満が高まると無意識に自分の身を守る様にその気持ちをスキルという形で排出していた。グランの恨みの先が生家リファージ男爵家だったが為にその家がある王都全体に迷惑が掛かっていたのだ。
『はーっはっはっはっは!! フフフフフフフ! アハハハハハハハハハ! ヒヒヒヒヒヒヒ!!』
楽しい笑い声だけならまだ良かった。
響いてくる笑い声の大半が人の気持ちを不快にする笑い声で、時には完全に馬鹿にした笑い方のものもあった。
突然聴こえてくる驚きと不気味さに合わさってその不愉快さに王都中の人々が不安と不快を感じていた。
◇ ◇ ◇
グランは不満顔のままただ馬車に揺られていた。
街に着いてもグランには何もする事がなく。だたボーッと荷台に座っているかウィルの仕事姿を見ているしかなかった。時々心の中に黒い気持ちが溢れて、それを目を閉じてやり過ごす。ギュッと手を握って目を閉じて、頭に浮かんだ嫌な事を全部スキルにぶつけるとなんだか不思議と楽になれた。グランはその事に気付いて気持ちが不安になった時や寝る前には必ずその気持ちを心の中でスキルにぶつける様になった。
その度に王都では謎の笑い声が響き渡っていたが、どんどん王都から離れて行っていたグランの耳には王都で起こっている事の話など入っては来なかった。
ウィルは手伝いとしてグランを引き取ったはずなのにグランを無理に手伝わせる事はしなかった。
それどころか10歳で親に捨てられた元貴族の令息に平民としての生き方を教えようと常に気にかけてくれた。
グランは最初こそ家族への復讐を考えるほどだったが恨みをスキルにぶつけている内になんだかその気持ちも薄れて、今ではもう家族の元へ帰りたいとは思わなかった。
しかしやはり元貴族の子供が突然平民になった事での不満は毎日感じていて、その都度グランは目を瞑って自分のスキルへと気持ちをぶつけた。
王都では突然響き渡る笑い声に慣れる者も出てきていた。
あぁまたか……、と思える者は良かったが笑い声が自分の事を笑っている様に感じる者は心を病んだ。
リファージ男爵家の夫人、グランの母ミラルダは誰よりもそれが酷かった。ミラルダには笑い声が『5歳くらいの時のグランの笑い声』に聴こえていたのだ。小さな小さなグランが泣きながら笑っている声に。自分の捨てた子供が泣きながら笑っている。その顔がありありと想像出来てしまったミラルダは自分が選んでしまった『子を捨てる』という行為に後悔し、押し寄せた強烈な罪悪感に苛まれて、ある日突然大声で謝りながら泣き叫んで倒れた。
その日からただグランの名を呼びながら謝罪を口にする母に、グランの兄たち2人もショックを受けた。
自分たちが母を呼んでも自分たちを見てくれない。それどころか自分たちをドランやディランだと認識せずに「グラン」と弟の名を呼びながら抱きしめ様としてくる。それを「違う」「俺はグランじゃない」と言っても母ミラルダは「ごめんなさい」と「母を許して」と言って泣くだけだった。
そしてあの笑い声が響くと泣き叫んで手がつけられなくなる。グランが居なくなって馬鹿にしていた兄たちもグランが戻ってくれば母も元に戻るんじゃないかと言い出し、父アランは頭を抱えた。
ただでさえ居なくなった末っ子の事で周りから苦言を言われたりするのだ。「スキルに問題があったから捨てたのか」と、父アランがどれだけ「息子本人が強く希望して家を出た」と周りに伝えても「だとしても10歳の子供を平民に落とすなど」と言われるのだ。
みんな鳴り響く笑い声にストレスが溜まっていて普段なら言わない事でもついつい言ってしまう様になっていた。王都中の全ての人が常に苛立っていた。
グランの父アランも全てを投げ出して暴れたいくらいに苛立っていた。執務机を叩き過ぎて手は常に腫れていた。
「何故上手くいかん!?! なぜ幸せになれん!?! あんな屑スキルを持っていた家の恥を片付けて、これから平和な生活が待っているはずだったのに何故こうなった!? なんなんだあの笑い声は!! 全部あれのせいじゃないか!!! 国は何をしているんだ!! あの笑い声を早く止めろ!!! あれのせいで妻が壊れた!! 子供たちが悲しんでいる!!! なぜ神はこんな酷い仕打ちをするんだ!! 俺たちはただ幸せを望んでいるだけじゃないか!! 何も悪い事をしていないのになぜこんな仕打ちをなさるんだ!! 神は我らを見放したのか!?! あの笑い声が!!! あの笑い声さえなければ皆で変わらず平穏でいられたのに!!! あの笑い声が!!!!」
『あははははははははは!!!!』
「っ!! やめろ!!! 笑うな!!!」
『イーヒッヒッヒッヒッヒッ!!』
「笑うなーーー!!!!」
アランは堪らず窓の外に向かって椅子を投げた。
ガシャンと酷い音がして窓が割れた。しかし響き渡る笑い声は止まる事はなく、むしろリファージ男爵家の周りをグルグルと回る様に響いて邸の中にいる者たちの恐怖を煽った。
「いやーーーっっ!! やめてーーっっっ!!!」
ミラルダが堪らず叫んだ。
「グランっっ!! グラン来てっっ!! お母様を抱きしめてっ!! この笑い声からお母様を守ってっっ!!! グランーーーーっっ!!」
窓を開けて外に叫んだ妻にアランが苛立ちを止められずに叫んだ。
「グランはもういない!!!! お前だって捨てる事に同意しただろうが!! 私の子なのにあんなスキルを持って産まれるなんて呪われているのかしらとお前が言ったんだろうが!!! あんな屑スキルを持った子供を産んだお前が悪いんだ!! お前があんな子供を産むからっっ! あれは本当に俺の子だったんだろうな!? お前が他所から貰った種じゃないのか!!! あんなゴミスキルのガキが俺の子のはずがない!!!」
「なんて事を言うの!?! グランは貴方の子よ!! 貴方が欲しいと言ったから3人も産んだんじゃない!! 私は1人で充分だったのに!! 貴方がグランを望んだ癖にっ!!」
「だから他所から種を貰ってきたのか!? この売女が!!! お前がちゃんとしたスキルの子供を産んでいれば!!!」
「グランは貴方の子よ!!!!」
『アハハハハハハハハハ!!!!』
窓を開け放ったまま大声で続けられたリファージ男爵夫妻の夫婦喧嘩は笑い声と共に王都中に響き渡った。
母が言った『1人で充分だった』という言葉に次男ディランはショックを受け、それを慰めようとした長男の手を振り払った。
男爵の言った『捨てる事に同意した』という言葉に衛兵たちが動き出していた。どんな理由があろうと子供を捨てる事は犯罪だった。それは貴族平民関係なくこの国では禁止されている事だった。
更に男爵が言った『妻の不倫を疑う言葉』は女性たちの不満を買った。自分の種を棚に上げて全ての責任を産んだ妻の所為にするなど許される事ではない。しかも妻の方は望んで産んだ訳ではないときた。自分で産ませておいて責任を全て妻の所為にするなどあり得ない。
響き渡る謎の笑い声に気落ちしていた女性たちの怒りに火をつけたその発言は、色んなところに飛び火して王都中の至る所で別の騒ぎを起こした。
◇ ◇ ◇
子を捨てた罰によりリファージ男爵夫妻には罰金刑が言い渡された。
罰金は夫アランと妻ミラルダの両方に同額請求され、それを払ったリファージ男爵家の財政状態は悪化した。
スキルが悪いからと子を捨てた者がこのまま男爵家の当主でいる事はあまりにも外聞が悪いと考えた寄り親の手によりグランの父であったアランはリファージ男爵家から外される事になった。
元よりアランとミラルダはもう一緒には居られないと離婚を決めていて、醜聞塗れで独り身となるアランを当主の座に置いていても血族の汚点にしかならないと判断されたからだ。
リファージ男爵家は別の親族が継ぐ事になり、長男だけは残される事となった。しかしそれも次のリファージ男爵夫妻の間に男子が産まれるまでの“控え”でしかなく、正式な嫡男が産まれれば前当主の長男はリファージ男爵家の養子から外される事になっていた。
母ミラルダは次男を連れて実家に帰るつもりでいたが、それを次男が嫌がった。
「要らなかった子供の面倒など、もう見たくないでしょう。俺は住み込みでどこかの家の“見習い”になります。身元保証人にだけなって下さい」
そう言った次男ディランの言葉を母ミラルダは泣いて拒否したが、ミラルダの実家は母親ミラルダ本人が長男以降は産みたくて産んだ訳ではないと聞こえる発言をしてしまった事を知っていたので、ディランの希望を聞いて知り合いの貴族の邸に侍従見習いとして奉公に出した。
子供を全て失って実家の領地の別邸に一人で帰ったミラルダはディランの拒絶が理解出来なかったのか……それともしたくなかったのか、別邸に帰った次の日から自分の事を『三男をお腹の中に妊娠している男爵夫人』だと言い始めた。
「アラン様はいつ帰ってくるのかしら?」
「ドランはもう数学が出来るのよ!」
「ディランは怪我をしていないかしら?」
「早くお腹の子に会いたいわ」
と言い出しメイドたちを困らせた。
誰も「三男はお前が捨てたんだぞ」とは言える雰囲気ではなく、万が一事実を教えて更に気が狂ってしまっては大変だと、メイドたちはミラルダの妄想に付き合いながら見守る事となった。
リファージ男爵当主を追われたアランは引退していた父親の元に追いやられそこで肩身の狭い思いをしながら生きるしかなかった。自分は子供を捨てていない! 息子が勝手に出て行ったんだ! と保身の為に言い続けた所為でみんなから嫌われ、いつしか酒に溺れ、体を壊した。
グランが捨てられた事でグランのスキルを鑑定した鑑定士も叱責を受ける事となった。
「何故珍しいスキルが見つかった事を報告しなかった」
「……珍しいと言っても葉っぱを1枚出せるだけのスキルだったので……」
スキル鑑定士のファーズは見た事もない上の階級の上司を目の前にただただ身を小さくして頭を下げ続けるしかなかった。
「葉っぱ1枚? 嘘を言うな。
“草を生やした”のだろう?
それも鑑定室の石の床に」
「え……?」
ファーズは自分を睨みつける上司の言いたい事が掴めずに聞き返してしまった。
「お前はおかしいと思わなかったのか。
草一本であろうと、石の床に草が生えるなど異常な事だと思わなかったのか?」
「あっ?!」
「草を片付けた者が言っていたそうだが、草を抜いた場所には小さな穴が空いていたそうだ。草にはしっかり根も付いていたそうだ。
……お前にこの意味が分かるか?」
「あ…………」
上司の言葉にファーズはやっと自分のしでかした事の重大さに気付き、血の気が失せた。
スキル鑑定士は珍しいスキルを見つけたら上に報告する事が義務付けられている。それは国の役に立つレアスキルを見つけ次第確保し、有益ならば伸ばす教育をする為だった。しかし今回ファーズは自ら勝手に判断して「このスキルは役に立たない」と切り捨てたのだ。その所為でグランは家から捨てられ、国は成長させればどんな利益を生んだかも分からないレアスキルを手に入れ損ねた事になる。
ファーズが『他に類を見ないスキル』だという事をちゃんと親に伝えておき、国に報告する事を親に伝えると共にちゃんと国に報告さえしていれば……。
ファーズはグランが捨てられたと人伝に聞いた時、可哀相な事をする親がいるもんだなぁ、と他人事の様に考えていたが、それが全部自分の責任だったのだとここにきてやっと気付き、絶望した。
「俺は……俺はなんて事を…………」
上に報告する。ただそれだけの事をせず、自己判断で自分が勝手にやってしまった事で一つの家族を崩壊させてしまった事実に直面してファーズはただただ罪悪感に苛まれて絶望するしかなかった。
「お前のスキルは罰を与えて手放すには惜しい物だ。だからこれからもスキル鑑定士は続けてもらう。ただしお前には常に誰かが見張りに付くと思え」
「……はい」
「……お前の言葉で人一人の人生が変わる事を常に忘れるな。
お前は一つの家族を壊したんだ。それを一生忘れるな」
──忘れたくても忘れられない──
ファーズはそう思ったが口に出さずに頭を下げて涙を流した。
◇ ◇ ◇
ファーズとの話を終えた上司は書類を抱えて会議をしている部屋へと入った。
大きなテーブルを挟んで男たちが話をしている。
後から部屋へと入ってきた上司、カッサムは横の席にいた同僚ロンダに小声で話掛けた。
「どうなった?」
「どうやら相当凄えスキルっぽいぜ」
コソコソと言葉を交わす2人の前で数人の男が熱く話し合っていた。
「メイドの話では大量の草の山が出来ていたとか」
「庭師が言っていた“雑草まみれになった”というのは本当か?」
「本当に雑草だけなのか?」
「草一本じゃあ何が生えたのか分からないだろう」
「石に穴が開いて、根の周りには何が在ったんだ?」
「穴が小さ過ぎて分からないそうだ」
「根の周りに土が出来ていたのならばこれはとんでもない事だぞ?」
「草一本でも山になる程生やせるのならば肥料に出来る」
「そのスキルで生やした“草”を調べられないだろうか……」
「雑草といっても種類があるだろう」
「それよりも『床石に穴を開けた』方が重大だ! どんな硬さの石まで穴が開けられるのか調べなければ!」
「少年はまだ見つけられないのか?」
「移動商人がどこの者かまだ分からないのか」
「うちの領地に欲しいなぁ……荒れ地に草が生えるだけで全然違うのに……」
「硬い岩盤にも草を生やせるのだろうか? そうであれば凄いぞ!」
「草の種類によっては“根”も使える」
「だからその“根”の周りに“土”が出来ているならそっちの方が大問題なんだぞ!」
「食べられる草だった場合も考えねば……」
「……絶対に欲しいっっ!!!」
盛り上がる男たちを前にカッサムは自分の管轄の者が引き起こした問題に頭を抱えた。カッサムはファーズの直属の上司ではないが無関係でしたとは終われない気配を感じる……。
──少年よ! 見つかってくれ! 見つかってくれ!!──
顔の前で祈りの形で手を組んで目を瞑るカッサムに横に居たロンダが落ち着かせる様にその背中を優しく叩いた。
『あーはっはっはっはっは!!!』
「あ、笑ってる」
聞こえてきた笑い声にロンダは遠い目をして窓の外に目を向けた。
草を生やす少年の問題もあるが、この謎の笑い声の謎も何も分かっていない。
『ハーッハッハッハッハ!!』
俺もあんな風に笑ってたいなぁと白熱する議論に口出すほどの立場でもないロンダはその場から逃げ出す事も出来ずにそんな現実逃避をするしかなかった……。
そんな彼らの思いも虚しく、王都からの捜索隊が追いつく前にグランは国外へと出て行ってしまうのだったが……。
スキル:【 草 】
スキル【完全鑑定】を持つ者が見ていれば効果も分かったのだが、そのスキルを持つ者は世界で数名しかいない。
その為にスキルの効果に気付く者は居ない。
スキル:【 草 】
効果:【草(w)を生やす】
このスキルが異世界からの影響を受けて出現した事はグランでさえも生涯知る事はない。
グランが自分のスキルにより謎の笑い声が起こる事を知るのは彼が20歳を過ぎてからとなる。その時はグランでさえも怯えて恐怖に震える。そして自分のスキルの所為だと気付いた時には更に疑問が増えて頭を抱える事となる。
この世界で『笑い→笑→wara→w→www→「wwwって草生えてるみたいに見える」→草』の流れを理解する事は不可能だからだ。グランが孫に囲まれる頃になると彼のスキルは「レアスキル」ではなく正式に世界に一つの「謎スキル」として世界に登録される事となる。
世界中の有識者たちが調べてもこのスキルが異世界からの影響を受けている事を知る事は出来無い為にグランは生涯悩まされる事になるのだった……。
そんな謎のスキルでもグランやグランと知り合ったたくさんの人を救う事となる。
グランはスキルの所為で家族から捨てられたとしても腐らずに自分のスキルを練り続けた。最初は草1本だったものもいつしか草が2本になり3本4本と増えわっさりとした草が生やせる様になると同時にそのわっさりとした草を5・6体一気に生やせる様になった。
グランの保護者となったウィルがグランのスキルに気付き、そのスキルを求めている人たちが居るとグランを連れて行ったのはグランの母国から3つ離れた荒れ果てた国だった。グランはそこでスキルを使い荒野を一面の草原へと変えた。その事がきっかけでそこの原住民族の部族の娘と知り合い恋に落ちたグランはウィルとは離れそこに永住する事に決めた。
そこにやっと追いついた母国の捜索隊が来たりもしたが、グランは自分のスキルで金を稼ぐ事を覚えていたので交渉して母国に時々帰ってスキルを使っては大金を稼いで安住の地へと戻って行った。グランが稼いだ金は妻となった女性の部族の街を発展させる為に使い、皆から尊敬される人となった。
グランは生涯色んな国へ行っては荒れ地に草を生やした。謎の笑い声の謎は世界の有識者に丸投げしたがその謎を解明した者は居ない。
草を生やす男が不満を募らせると謎の笑い声が響き渡ると知られる様になる頃には謎の笑い声は殆ど聴こえてくる事はなくなった。
グランは人生が幸せで不満を募らせている暇はなくなったのだ。
自分を捨てた家族を生涯許す事はないが、捨てられたから妻に会えたのだと考えを変え、グランは草を生やすスキルと共に笑いの絶えない家族を作った。
[完]