狩り成すとき
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
よーし、よしよしよし。うまくハマった!
ふふん、やっぱ勝手知ったるゲームはいいね。対策練ればきっちり結果が出てくれる。
人をいじめちゃダメならば、機械をいじめるべきだよね、うん。
最近は新しいゲームも、攻略情報が出回るまで手を出さないよ。効率プレイのためにね。
――ゲーマーとして、あまり褒められたもんじゃない姿勢?
おいおいおいおい、なに子供みたいなこと言っちゃってんの?
時間も元気も、無限にあるかのように錯覚しちゃっている子供は、試行錯誤もゲームの楽しみのひとつだろうさ。
でも、いざ大人になって時間も元気も限りあるリソースと気づいちゃった今、ゲームオーバーで、いちいちセーブポイントからやり直しなんて、やってられないのよ。
ある意味で食事に似ているかも。
昔はぼりぼり、むしゃむしゃ食べていた脂身が、年取るとしんどくなってくる。食べやすい、口当たりのよいところだけいただいて、ちょっとでも不快な部分はすぐにポイ。
ユーザーフレンドリーをうたって、僕らオジサンから見たら「ヌルゲー」と切り捨てそうな低難易度も、ここら辺が関わっているのかもね。
ゲームの低年齢化というより、未熟なゲーム脳、ゲーム胃腸のための介護食。大きくなっても離乳食レベルのぬるい食事ばかりで、ちょっとアクがあったり、歯ごたえがあったりしたら、すぐ食あたり。
一度楽なことに流れると、そこから抜け出すのは大変だね、こりゃ。
そして、ゲームは何も現代の発明品じゃない。
古くより娯楽から鍛錬まで、「遊び」とその攻略法は数あった。
けれども、相手は自然や人間。機械とは違う「生」の手合いだ。ときに奇妙なイレギュラーを起こすこともあったらしい。
そのうちのひとつなんだけど、聞いてみないかい?
むかしむかし。とある領地の殿様が、鷹狩りに興じていた。
ややもすると、飼い主ひとりと鷹いっぴきで、獲物を捕らえて楽しむ、とも考えられがち。
しかし実際には多くの犬や家来を引き連れた、大掛かりな行事となる。鷹も獲物を狩って、そのまま主のもとへ戻ってくるなど、器用な真似はできないから、自分たちでその現場へ向かって回収しなければならなかった。
それでも、鷹狩は戦の実地訓練として優れている。大人数がつどうということは、その分、大軍での動きを意識しなくてはならない。
狩りを通じて、各々の隊が持つ役割、ほどこす手順、仕掛ける時機などをはかるうち、連携の取り方が学べるということだ。
そうしてとどめに放たれる鷹が仕留める獲物こそ、狩りの成功を示す何よりの証だったという。
その時期は、川の水もすっかり冷たくなった年の暮れ。
領内の一角にある森林地帯。すでに部隊の分けも完了し、手始めに犬たちが放たれる。
こいつらに追い立てられて、森の中から飛び出してきたキジやウサギを、追い込み要員である勢子たちが、より狩りやすい場へと、いざなっていく寸法だった。
ところが、犬たちがなかなか帰ってこない。
獲物がおらず、奥へ奥へ入り込み続けてしまったことは、今までにもなくはなかった。
しかし今回は、さほど離れていないあたりから、犬たちの鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。
勇んで威嚇するような調子じゃない。
逆におびえて、追い詰められているかのような悲鳴。勢子たちが顔を見合わせていると、ようやく放した一匹が、木立の中から姿を見せる。
自分を育ててくれた主の前さえ素通りし、ひたすら逃げ出していくほどの、犬の様子。一同は尋常ならざる気配を感じる。
よもや熊でも現れたのかと、勢子たちは非常用の武器である、火縄銃の用意をする。
いつでも撃てるような姿勢を整え、彼らは声のみ届かせ、いまだ帰ってこない犬たちを追って、森の中へと分け入っていった。
樹冠にところどころ遮られ、昼でも薄暗い森の中。
固まって動いていた勢子たちは、まだ聞こえる声を頼りに、音の出どころへ。追い立てに慣れていたこともあり、ほどなく一匹の犬のもとへたどり着いていた。
犬は、一本の大樹の枝に乗っかっていた。虚空を仰ぎ、短い悲鳴をあげ続ける犬は、いっこうに降りてくる気配がない。勢子たちがいくら呼び掛けても、聞こえている様子もない。
持ってきた槍の先もぎりぎり届かない、絶妙な高さ。
「こうなれば自分が下ろしてくる」と、樹に飛びつかんとする勢子。
あることに気づき、樹へ登ろうとする者を押しとどめようとする勢子。
この二人の動きは、ほぼ同時だった。
樹に登ろうとした勢子は、抱き込むように幹へ触れ、そのまま動けなくなってしまう。
まるで深い沼を相手しているかのように、彼の両手両足、それぞれの肩と股の付け根までが、黄土色の幹の中へずぶりと、のめり込んでしまったんだ。
浮き出ているのは背中だけ。顔の前面も埋まってしまった彼は、くぐもったうめきを挙げるばかり。そのうなじは、緩むのとこわばるのを繰り返し、彼の抵抗を物語る。
止めようとした勢子たちは、枝に乗る犬の両足と尾が、すっかり枝の中へ埋まっているのに気がついたんだ。触れればその二の舞になるだろうことも。
背後で、別の勢子の叫び声が上がる。
皆が戦慣れしているゆえ、すぐに気づける骨折の音。いち早く振り返れた者は、その勢子が背後の樹から生える一本の枝に、首筋を殴りつけられたのだと分かった。
すでに、彼は声を発することはできない。変な方向に折れた首からは、かすかな息が漏れるばかり。もはや助かるまい。
残りの勢子は、周囲を見回す。
先ほど自分たちが来た道は、すでに寄り添う木立たちに隠されていた。他のすき間も同じで、がっちり肩を組んだ木の幹たちが、自分たちを囲い込んでいる。
小刻みに揺れながら、それぞれの樹が指のように、勢子たちへ伸びていく。その膂力を目の当たりにした勢子たちは、それぞれの刃物で次々と枝を払い出した。
際限なく迫ってくる枝。ラチがあかないと、勢子のひとりは枝を打った勢いに任せ、そのまま幹へ斬りかかった。
だが、その樹皮を裂くことすらかなわず。切っ先ごと、あの沼のような幹に取り込まれ、身動きできなくなってしまったんだ。
その瞬間に、周囲の枝が一気に突き出され、ハチの巣と化した彼はその場に倒れ込んでしまう。
ついに持ってきた火縄銃の一丁も、火を噴く。
幹も砕けよとばかりに飛び出した鉛玉だったが、それもまた幹に隠れてしまう。それどころか、鎧が弾丸をはじくような音が生まれ、何度もなり始める。しかも間隔を早めながら、増していくんだ。
「伏せろ!」
察した勢子のひとりの警告より早く、射手の頭には小さな穴が開いた。遅れて流れ出た血を拭うこともせず、固まったまま彼はうつ伏せに倒れてしまう。
――きゃつらめ。我らの手の内を知っている……!
ごくりと息を呑む、残りの勢子たち。
この森は、殿様が好んで使う狩場のひとつ。この木々も、はたから狩りを見ていて、自分たちが扱う得物の性能を知ったのだろう。
そうして「狩れる」と踏んだからこそ、自分たちを呼び込んだ。こちらの狩りの先鋒たる犬をダシに、ここまでおびき寄せて。
――今度は自分たちが狩られるか。
口に出さずとも不安げな表情を浮かべ出す勢子たちの中、ひとりが火縄銃を持つ者たちに尋ねる。
「火縄の火は点けられるか?」と。
枝たちの攻勢をしのぎながら、どうにか煙を吐き始めた火縄を手に取るや、もう片手に握った小瓶の中身を、包囲を狭める木々たちへ振りまいた。
口薬。火縄銃の火皿へ置く、発火用の火薬だ。彼はそれを存分に迫る幹たちへかけるや、火縄をそれらへ向けて放り投げたんだ。
森の外からも、はっきり聞こえる音。そして幾本もの木々の弾け。
何事かと皆が顔を向けると、やがて入り込んだ勢子たちが、這う這うの体で、森から姿を見せる。
彼らはこれまで見た話をし、口薬の爆発とともにひるんだ木々の間を縫って、ここまで逃げてきたのだとか。
「刃も火縄も知っていても、火薬のことは知らなかったようじゃな。だがそれも知られた。できうるならば狩りの場所、移した方がよい」
生き残った勢子たちの案は採れられ、それ以降、鷹狩の場所はは領内の各所で持ち回りとなったとか。




