7.新たな展開
いつも読んでいただきありがとうございます。そしてすみません。
予定より一日空いてしまいました。
だから長めに書いてみました。
「※」が付いている言葉を後書きでは説明しました。
ブルブル震えているネクラスという、十がらみの男の子に父に駆けつけると、父が大きく荒い手で息子を抱擁した。
「無事か?」
息子は何か答えたようだが、優奈は聞かなかった。彼女は接近しているクリムに着目した。
「お前、大丈夫か?」
青年は少女に声をかけた。
「は、はい」
「よかった」
小声で言われた。
「すまん、俺はボガティーリたちに報告しなきゃいけならないんだ。お前はここで待ってろ。あ、それとお前の魔法のこと、後で聞かせてもらうぜ」
優奈は離れようとする青年の後姿を見つめた。ボガティーリとはなんだろう。それに彼は優奈の魔法についてどう思っているだろう。
少女はため息をついた。謎が増える一歩だ。
その時、空から重い雫がぽたぽたと落ちて間もなく大雨に振られてしまった。
「水車に入ろう」
突然リュバーヴァの声が聞こえた。青ざめた顔をしている小鳥ちゃんは肩を覆うショールを片手で押さえながら、砂浜に佇んでいた優奈に駆けつけた。
優奈は頷くと、二人は小走りで構内に入った。優奈は小汚い台所系居間の床で正座をして、疲れたように目を瞑った。
「どうしたの?」
リュバーヴァは優奈の前に膝を突き、心配そうに聞いた。
「いろいろね」
優奈は疲れが染み出る声調で答えた。
リュバーヴァはその答えに納得できなかったみたいで、質問を繰り返した。
「一体何が起きたの?」
彼女はびしょ濡れの優奈を一瞥してから、窓代わりの穴から兄の姿と剣と付いたヴォジャノーイの血痕を見て、より青ざめた。
「まさか、ヴォジャノーイに襲われたの?」
「ええ、まぁ」
優奈は曖昧に肩を竦めた。
「ごめんなさい。行かせなきャよかった」
突然リュバーヴァは優奈を抱きしめ、悲しそうに囁いた。
「ううん、遊び半分で行った私が悪い。この世界をまだ大して知らないのに、首を突っ込もうとしたから、そのなりの罰を受けただけだよ」
それを言った少女がしょんぼりと項垂れた。こんなに人を巻き込んでしまったあげく、リュバーヴァを心配させた。
「心配かけてごめんなさい」
慰めの言葉がなかなか見つからなかったリュバーヴァはそわそわしていたが、結局話題を脇に逸することにした。
「そう言えば、優奈の服は濡れてるわ。寒いでしょうから、私のショールを羽織って!」
優奈は茫然と自分の服を見下ろした。恐怖で体温が上がったか、服が気持ちよく肌を冷やしていて、濡れていることがすっかり忘れてしまっていた。
申し訳なさそうな顔をしている小鳥ちゃんに従い、優奈は古びた黒いショールお羽織った。
野次馬がいなかったら、魔法で乾かせたものの──そう思った彼女も窓越しにクリムを見つめた。彼は来た兵士の一人との会話に夢中になっていた。遠くからあの人の金色に輝く髪の毛が見えた。
「ごめん、クリムの様子を見に行っていい?」
「うん」
リュバーヴァは部屋を出て、数秒後玄関のドアが閉まる音が響いた。そして暫くすると、赤毛の少女の姿は窓に映った。彼女は男性陣の会話に割り込んで、何かを兄に話した。
同時に優奈は静かに家を出て、誰にも気づかれていないまま川辺に向かった。そこはクリムと同様の鎧を身に着けている神出鬼没の兵士たちに囲まれて、手錠がかけられたヴォジャノーイが立っていた。彼は優奈に気づくと、突然、旧友を見たかのようににこやかに微笑み、右手で手招いた。そのため、透かさずに兵士に殴られた。
しかしヴォジャノーイは、兵士たちに手の平を向けて何か呟くと、彼たちが固まった。
優奈は川の王に近づいた。
「まったく。このちっぽけなアーティファクトが我を抑えられるとでも思ったのか」
彼は一人の兵士のポケットをあさり、そこから水が固まったような半透明の石を取り出し、軽く投げては掴む動作を繰り返した。
「川の住人を抑えるための石だ」
優奈は混乱した顔を見て、ヴォジャノーイが説明した。
「それじゃ、どうして効かないのですか?」
「我にとっては弱いから」
ヴォジャノーイが微笑んだ。
優奈は何かがあったら誰も助けられないと理解し、数歩後ずさった。
「貴女を傷つけるつもりはない。安心したまえ」
川の王が告げて、一拍を置いて、加えた。
「……救ってくれてありがとう」
「救ったなんて……」
「救ったのだ。彼の剣に斬られたら、我は死んでいたであろう」
「でも刑務所に行くのでは?」
ヴォジャノーイは返答せず、有意義に微笑んだ。
「私のシャツのポケットに手を入れて」
優奈は疑り深い目で精霊を見入ったが、言われた通りにした。
「取り出して」
ポケットに入っていた硬い何かを探り当て、それを取り出した。貝殻から作られた綺麗なブレスレットだ。
「何かがあったら、貝殻を引き抜いて、我の名前を呼ぶと、我は一度だけ助けに来る」
ヴォジャノーイは声を潜めて、そう言った。
次の瞬間、川の王は消えようとした。優奈は焦り、彼のヌルヌルで濃厚なプリンのような手を掴んだ。
「守護者とは何ですか」
迷った末、聞くことにした。
「……よくわからん」
優奈は当惑した。
「でも先、私をそう呼びましたよね?」
「あなたは我らを守る守護者だと感じるのだ」
優奈は当惑した。
「では、魔法の泉は知りませんか」
ヴォジャノーイは眉を上げた。
「魔法の泉か?人間はまだそれを覚えているのか。意外だ。魔法の泉とはこの全てを生んだ力なのだ」
「……全てを生んだ力?」
優奈はオウム返しに囁いた。
「全ての鍵をレーシー※が握っている。彼なら知っているはず」
「レーシーとは誰ですか?」
「森に行けば分かる」
そう言い残し、ヴォジャノーイはまるでチェシャ猫のように薄れていき、最後に『モナ・リザ』並みの謎めいた笑顔だけが残ったが、やがてそれも消えかかった。
その途端に兵士たちが我に返った。
「おい、お前等!ヴォジャノーイは逃げてしまったぞ!」
そのうちに一人が叫ぶと、周りは忙しくなった。
気付かない間に天に昇っていた日は下へ滑り落ちてきた。太陽が優奈と同じく疲れたかのように、せかせかして空を薄い桃色に染め、地平線の下に隠れるのを急いだ。
優奈、リュバーヴァ、クリムは水車屋からお礼と小麦粉をもらい、家に帰った。その時、べセリーナとイワンに酷く叱られた。
***
数日間後、優奈はクリムに川べりに呼び出された。
クリムに勘違いされているのではないか心配で、優奈ははらはらしながら日々を送っていた。だからいち早く彼と会って、自分が悪い人じゃないと伝えたかったのだ。しかし、ヴォジャノーイの件で一日中忙しく働いていたクリムはなかなか時間を割けなかったそうだ。
優奈は庭の手入れを済ませて、家に帰ろうとした時、彼に呼び止められた。
「話をしよう」
優奈は感をすえてクリムが手招いた方向に進んだ。二人は建ち並ぶ丸太小屋を後ろにして、城壁が見えてくるまでずっと言葉を零さずに歩き続けた。
やがて柳の影に隠れていて、空を反映する澄んだ色の川が見えてきた。クリムはその悲しんでいるように垂れている枝の下に立ち止まり、自分の鎧を外した。
「どうしてここに……?」
自分の隣に置かれた鎧を驚いた表情で凝視しながら、クリムに聞いた。
「労働の汗を流したい。お前はここで待ってろ」
彼が柳の広々と生えている大きな根を指した。優奈は従って、大きな根っこに腰を下ろした。すると彼は少し離れ、ぞんざいにシャツを脱ぎ、柳の方に投げた。優奈は急いで指で目を覆った。
クリムは鼻を鳴らした。
青年は川に飛び込み、そして優奈を気にせず、心行くまで泳ぎ回ってから、浜辺に戻って服を着直した。
「目を開けていいぜ」
彼がそう言うと、優奈は手を膝に落とし、素直に白状する様子を示した。
「まず、ありがとう。君が魔法で回復させなかったら、俺が勝てなかった」
「そんなことはありませんよ」
優奈は頬を赤らめた。
「ヴォジャノーイは手強い相手だぜ。この川を統べる王だから」
突然クリムは顔を綻ばせると、頬に可愛らしいえくぼが見えた。
「私をルサールカから助けなかったら、きっと回復呪文なしでも勝てましたよ」
クリムは余程勝利の花冠をもらって嬉しいと、優奈は悟った。
「どっちにしろ、お前は川辺に来てくれてよかったぜ」
心から微笑む青年に、優奈も笑顔を見せた。
「お前のことを素直に話して欲しい」
突然、クリムはまじめな硬い表情で静かな声で頼んだ。
優奈は頷き、緊張の高まった声で事情を話した。何も摘み隠さずに、最初から最後まで。
クリムは時には相槌を打ちつつ、じっくりと聞いた。優奈は魔法の泉のことを話していた時だけ、詳しい説明を求めた。
「何を言ったって?もう一回言って」
クリムは眉を寄せて聞いた。
「あなたはこの世界に必要ですって」
「違う。その後」
「この魔力は、あなたが宿命を全うためのものだ。あなたは守護者だから、いつかその力を使う日が来る」
優奈は魔法の泉に告げられた言葉を言った。
クリムはその言葉の意味がわかったか聞いてみた。
「魔法の泉の正体の検討がついていますか?」
「いや、さっぱりだ」
彼は首を横に振りながら簡潔に答えてから、少しの間に黙り込んだ。
「お前には考えがないか?」
「そう、ですね。私はこの世界の神のことも知りませんし……クリムさんなら知っていると思いましたけど……」
クリムはは少しの間に黙って、あっけらかんと前を眺めた。
「俺は仕事上、神、魔物、精霊たちと関わってるんだ。でも俺がそんな神のことを聞いたことはない。軽々と人を移動させたり、人に化けたりするような神は尚更だ」
「クリムさんの仕事は何ですか?」
クリムはいつものように鼻を鳴らしたが、丁寧に説明してくれた。
この世界は人間の生きる場所だけではなく、神々や死者が存在する三つのところから構成されている。人間の世界はヤーヴィ、神々の世界はプラ―ヴィ、死者の世界はナーヴィ、そしてもう一つの幻の世界──イリイだ。そしてその四つの世界は絡み合う分岐点がある。分岐点には関がある。世界中の治安を守り、不法侵入を防いでいるボガティーリ司令部だそうだ。
誰もがボガティーリになれるわけではない。生まれ付き神々は千人力に恵まれた男の子のみボガティーリになれる。力持ちの子供を百人隊長※自身が向かいに行き、そして他の力持ちの子供と毎日訓練させるそうだ。
「だから本来なら俺が魔法の泉のことを知ってるはずだ」
優奈はぼんやりと頷いた。クリムの言う通りだ。
しかしクリムですら知らないとなれば、何等かの理由で正体を隠しているか、もしくは神というのは化けの皮である。
「もしかしたら彼女は神じゃないかもしれません」
「それはないと思う。どっちにしろお前を召喚した者は強力無比、ということだ」
「そういえば、レーシーは何か知っていると、ヴォジャノーイに言われました。レーシーに聞くのが手じゃないかな」
クリムは緩やかに首を横に振った。
「レーシーはヴォジャノーイを勝る力を持つ上に、精霊をまとめる役を持ってる。お前を守るのに俺の力じゃ足りないよ。お前は魔法を使えるようになるのがベストだ」
「なるほど」
優奈は川の向こうに風に揺らぐガマを見つめながら、お腹が空いたことに気づいた。もう日が天に昇ったから、昼食の時間だろう。優奈は隣に置いていた籠に手を入れて、二つのサンドイッチを取り出した。そのうち一個クリムに渡した。
「腹減ったなぁ。ありがとう」
もちろん、ロウシの地の民はサンドイッチというものを知らなかった。最初はべセリーナがサンドイッチを見て、食べ物の無駄遣いだと怒っていたが、一口かじってみたら、案外気に入った。その後三日間ほど、朝、昼、夜にサンドイッチしかつからなかったほどだ。
「それに魔女が手を加えた可能性もなきにしもあらず、だ」
クリムは顎に手を当てて、放心した顔で説明した。
「魔女?どうしてですか?」
「お前は魔女の話を聞いた?」
クリムの質問に優奈は頷く。
「彼女は呪ったのが町民じゃなくてこの土地自体だから、本来なら君が魔法を使ったら、呪われていたはず。いくら異世界の人でも……」
「怪しいですよね」
少女は相槌を打った。
二人は暫くの間に黙り込んだ。
クリムは優奈を茫然と凝視しながら、何かを考えていた。そして戸惑っているかのように口を開けては閉じて、また開けては閉じた末、どうやら話すことにした。
「関には図書館がある。そこには燃やし損ねた魔法のグリモワールが絶対にあるはず」
優奈はクリムの言葉を聞いて奮起したあまりに跳び上がった。果たして、彼女は自分がこの世界に転移した理由を説けるのだろうか?それがわかれば、きっと地球に帰れる。
家族やボグダンを思い出す優奈も胸は鈍く痛んだ。
「もしかしたら……」
優奈は嗄れた声で問いかけた。
「ああ、もしたら魔法の使い方などがわかるかもしれねー」
クリムが頷いた。
「俺が時間を見計らって、お前を連れて行くから」
優奈は元気よく頷いた。
「でもな、お前の魔法のこと親にもリュバーヴァにも言うなよ。お前の魔法の原因がわかるまでは、誰かに打ち明かすのが危険だ」
「わかっています」
「それと注意しておくけど、水車屋と関わらない方が身のためだ。精霊と契約してる者は、どんどん悪辣になる」
「そうなんですか?」
「善と悪を区別できなくなっちまって、いつか平気で人を殺せるようになってしまう」
そう言い残し、青年はに向かった。
優奈は彼を見送ってから暫く、林と川の光景を眺めつつ、得た情報を反芻していた。
1. レーシーとは森の主です。森や動物を守っていますが、人に対してはいたずらをすることが好きてす。統一した姿がありません。
2.百人隊長とは軍隊の役職です。




