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スラヴ神話一周物語  作者: ダリア
第一部  メルヘンの島の守り手
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6.川の王と遭遇 Part 2

いつも読んでいただき、ありがとうございます。


明日・明後日はお休みします。


よろしくお願いいたします。

「どうだったのか?」


 接近した水車屋は見下ろし、クリムと優奈の顔を交互に覗き込んだ。

 クリムは見上げて、何かを答えようとした。

 その時だった。


「誰が我の川で騒ぎ立て、挙句の果てに忠臣を傷つけたのか?」


 背後から声が聞こえると、水車屋の青ざめていた顔が信号みたいに赤に変色する。


「ネクラスを返せ!!」


 同時にクリムは跳ねるようにがばっと立ち上がり、隣に横たわっていた少女を起こして、水から離れるように促した。


「水に近づくな」


 クリムのスピードに驚かされて言葉が出なかったから、代わりに小さく頷いた。すると青年は砂に沈んだ剣を素早く拾い、刃先を声の方へ向けた。川に大きなヨーロッパオオナマズに乗っている得体の知れない生き物がいた。

 全体的に青緑で魚に似ていて、くぼんだ泥色の目と、長くふさふさした口髭と眉毛を持つ不思議な生き物だ。下半身は尻尾になっているが、上半身には人間と同様に手がついていた。生き物は胸ポケットのある紅色のシャツを着込んでいた。ヴォジャノーイだ。

 彼はヨーロッパオオナマズの口髭を引っ張り、緩やかにユーターンし、何故か優奈を凝視した。


「……人間ではないか?」


 ヴォジャノーイは目を見張ると、彼の目玉は飛び出そうになった。彼がそれほど危険ではなかったら、多分、優奈は彼が滑稽(こっけい)だと思っていただろう。


「水車屋の息子を返せ」


 ヴォジャノーイの戸惑いを利用して、クリムは力の籠った声で訴えた。すると生き物は目を細めた。


「我に命令できると思うな。立場を弁えろ。我は川の王だ!そして汝は我の住まいを荒らし、ルサールカたちを傷つけた。責任を取ってもらう」


 そう言い放ち、川の王は魚から降りて、高速で川辺に移動し、大きな目でクリムと優奈を見やった。優奈はびくっとして、川辺を離れた。心臓が激しく鼓動していた。


「まさか、守護者(フラニーテリ)か?」


 ──彼は確かに『守護者(フラニーテリ)』って言ったよね。彼は何か知ってるのかな?


「彼女から離れろ」


 近くにいたクリムは低い声で言った。彼は片手で優奈を自分の方に引っ張っり、ごつい背中の後ろに隠した。


「お前はネクラスという少年を誘拐した。俺はボガティーリとして、お前を逮捕するぞ、王」


 懐から手錠を取り出し、ヴォジャノーイの目前で揺らした。するとヴォジャノーイは目を眇め、皮肉な笑顔を浮かべた。


「違反などではない。我と水車屋が話し合い、決めた条件だ。証拠として契約を見せよう」

「おや、精霊と人間の契約は法律で定められているけど?それに代金が支払われてない場合、勝手に人間を誘拐して、食おうとするんじゃなくて、(ザスターヴァ)に知らせるべきだぜ」


 ──人間を、食う?


 優奈は震えた。


「法律はなんだ?汝ごときの青二才が我を拘束できるとでも思っているのかね?」


 川の王は嘲笑いながら、爪弾きをした。すると突然吹かれた風によって水はヴォジャノーイの周りに渦を巻き始めて、どんどん舞い上がっていった。優奈は、ヴォジャノーイの魔法のせいで、川が()()されるのではないかと心配になるほど急流だ。

 青年も長い剣を持ち上げて、衝撃を(かわ)す体制を取った。しかし水は剣にぶつかった途端、濃度を変えて、すらりと通過し、クリムの後ろに隠れていた優奈を巻き込み、再び濃度を変えて、石みたいに硬くなった。獲物を捕まえた波は、離岸流(りがんりゅう)のようにあっという間に川へ戻った。


「ズロバ!人間の娘を抑えろ」

「畏まりました」


 川の淵から先ほどの華やかなルサールカが浮かび上がり、川の中心に投げ出されてバタバタしている優奈を片手で押さえた。


「妹にしましょうか?」

「いいえ。彼女を傷つけるな」


 ヴォジャノーイはルサールカに言い放ち、クリムに言いかけた。


「おい、ボガーティリ、ヘタな真似をしたら、この子の命はない」

「彼女を返せ!」


 クリムは食いしばって、低く怒鳴った。

 その間にスロバは皮肉たっぷりの声で話しかけた。


「彼は負けるわよ。人間は怒りに飲まれると、必死になってすぐに負ける。それにヴォジャノーイ様に肩を並べる者はいないのよ」


 ルサールカは冷笑した。


「人間が負けたら、あなたは私の手下のルサールカになるのよ。そしたら私はあなたに存分に仕返しする」


 優奈はルサールカの手の中でビクッとした。彼女はまだ溺死者になっていない理由はヴォジャノーイの命令だった。その命令がなかったら、殺気立っているズロバにとっくに殺されていたのだろう。

 優奈の恐れを悟ったズロバは冷笑した。

 その間にクリムは川に向かって走り出した。彼は腰が水に沈むまで走り続け、やがてヴォジャノーイの目の前に立ち止まった。川の王は藻の眉毛を上げた。この洟垂(はなた)れ小僧は彼と水の中で闘う気か?なんという図太い奴。


 二人の決闘は美しいものだった。クリムの老巧の手によって剣は生き物のように素早く、狙いを定めるがまま的中する。他方は水から作られ、水を治める精霊の様々な形を取る波の打撃。クリムは突き、ヴォジャノーイは水で突き返す。

 そんな決闘は暫く続いた。

 しかし水の中に闘うこともあって、クリムはどんどん萎えていき、精霊の突きをブロックできなくなった。そのせい、青年が幾度か打撃を食らった。その証拠に彼の頬と肩から鮮やかな血が流れていた。

 状況は逆転した。

 優奈はクリムの様子を見て、焦った。そのままだと、彼は負けるに違いない。

 クリムには嘲笑うルサールカにも、心配している優奈にも気を配る余裕がなかった。彼の注目は水の王の打撃に精神統一だった。

 ヴォジャノーイは波を荒立たせ、またしてもクリムを打った。彼は顔を守ろうと、右手を前に突き出した。

 パチッ!

 水の(むち)は丁度手に当たってしまった。青年の額にしわが寄った。それでも痛みに負けず小刻みに痙攣する右手で剣を持ち直し、化け物の首を狙って突きを入れた。しかし川の王が余裕そうに微笑みながら、体を右に曲げた。剣は空気を切り裂いただけで、一ミリメートルたりとも当たっていなかった。


「言ったであろう」


 川の王はせせら笑いながら水の竜巻を立たせ、クリムの方に送った。青年にかかってきた波はシャツを破り、露出した胸に長い切り目を入れた。

 優奈は叫び、ルサールカの手から身を乗り出した。


 ──そのままだと本当に負けちゃう!


「そわそわしないでよ。抑えにくいから」


 ルサールカは舌打ちしながら、より強く抱いた。優奈はルサールカを見入った。

 彼女は間に合えるのだろうか?


「ヴォスタノヴレーニエ」


 少女は一か八か少年に手を向けて、舌を噛みそうな回復呪文を唱えた。

 ルサールカは怒気の顔で唸った。

 優奈は猛然と手を前に出し、回復呪文を叫ぶが早いか、手の平から生まれた魔法は舞い上がり、クリムに向かって飛んだ。太陽に当たるたびに虹色に光る透明な(もや)は青年を囲んだ。

 暫くすると靄は消えた。

 クリムがまた読み取れない表情で優奈を一瞥した。彼の顔色がよくなり、傷も浅くなった。クリムは胸を張って剣を持ち上げ、建てられた水の壁をものともせず、ヴォジャノーイの腹に勢いよく刃を刺した。真っ赤なシャツは泥のような液体に染まった。

 ヴォジャノーイの顔にショックに続いて、痛みが映った。

 クリムは剣を太い首に当てた。


「ま、負けた?」


 ルサールカは涙ぐんだ声で囁いた。


 静かに戦いを眺めていた水車屋も、剣が当てられているヴォジャノーイも、絶望と怒りが交えた顔をしているルサールカも、皆はあっけに取られてクリムを見ていた。


「待ってください!ヴォジャノーイを殺さないでください!」


 優奈は声を上げた。ルサールカ、ヴォジャノーイ、クリムたちは彼女を驚いた顔で見つめた。そんな注目に少女は赤面した。

 しかし彼女は何としてヴォジャノーイに守護者(フラニーテリ)のことを聞きたかった。もしかしたらヴォジャノーイ以外に、誰も謎を解く鍵を持っていないかもしれない。だからこの絶好のチャンスを逃すわけにもいかないのだ。

 クリムは優奈の険しい表情を窺い、案外軽々と剣を下ろした。


「聞いたかい?だから人質を解放して大人しく降伏しろ」


 川の王は一拍を置いて優奈とネクラスを浜辺に送るよう、ルサールカたちに命令した。人質は砂浜に足を踏み入れた途端、どこからともなく現れた十人の兵士が来て、ヴォジャノーイを抑えた。

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