6.川の王と遭遇 Part 2
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「どうだったのか?」
接近した水車屋は見下ろし、クリムと優奈の顔を交互に覗き込んだ。
クリムは見上げて、何かを答えようとした。
その時だった。
「誰が我の川で騒ぎ立て、挙句の果てに忠臣を傷つけたのか?」
背後から声が聞こえると、水車屋の青ざめていた顔が信号みたいに赤に変色する。
「ネクラスを返せ!!」
同時にクリムは跳ねるようにがばっと立ち上がり、隣に横たわっていた少女を起こして、水から離れるように促した。
「水に近づくな」
クリムのスピードに驚かされて言葉が出なかったから、代わりに小さく頷いた。すると青年は砂に沈んだ剣を素早く拾い、刃先を声の方へ向けた。川に大きなヨーロッパオオナマズに乗っている得体の知れない生き物がいた。
全体的に青緑で魚に似ていて、くぼんだ泥色の目と、長くふさふさした口髭と眉毛を持つ不思議な生き物だ。下半身は尻尾になっているが、上半身には人間と同様に手がついていた。生き物は胸ポケットのある紅色のシャツを着込んでいた。ヴォジャノーイだ。
彼はヨーロッパオオナマズの口髭を引っ張り、緩やかにユーターンし、何故か優奈を凝視した。
「……人間ではないか?」
ヴォジャノーイは目を見張ると、彼の目玉は飛び出そうになった。彼がそれほど危険ではなかったら、多分、優奈は彼が滑稽だと思っていただろう。
「水車屋の息子を返せ」
ヴォジャノーイの戸惑いを利用して、クリムは力の籠った声で訴えた。すると生き物は目を細めた。
「我に命令できると思うな。立場を弁えろ。我は川の王だ!そして汝は我の住まいを荒らし、ルサールカたちを傷つけた。責任を取ってもらう」
そう言い放ち、川の王は魚から降りて、高速で川辺に移動し、大きな目でクリムと優奈を見やった。優奈はびくっとして、川辺を離れた。心臓が激しく鼓動していた。
「まさか、守護者か?」
──彼は確かに『守護者』って言ったよね。彼は何か知ってるのかな?
「彼女から離れろ」
近くにいたクリムは低い声で言った。彼は片手で優奈を自分の方に引っ張っり、ごつい背中の後ろに隠した。
「お前はネクラスという少年を誘拐した。俺はボガティーリとして、お前を逮捕するぞ、王」
懐から手錠を取り出し、ヴォジャノーイの目前で揺らした。するとヴォジャノーイは目を眇め、皮肉な笑顔を浮かべた。
「違反などではない。我と水車屋が話し合い、決めた条件だ。証拠として契約を見せよう」
「おや、精霊と人間の契約は法律で定められているけど?それに代金が支払われてない場合、勝手に人間を誘拐して、食おうとするんじゃなくて、関に知らせるべきだぜ」
──人間を、食う?
優奈は震えた。
「法律はなんだ?汝ごときの青二才が我を拘束できるとでも思っているのかね?」
川の王は嘲笑いながら、爪弾きをした。すると突然吹かれた風によって水はヴォジャノーイの周りに渦を巻き始めて、どんどん舞い上がっていった。優奈は、ヴォジャノーイの魔法のせいで、川が掻い乾されるのではないかと心配になるほど急流だ。
青年も長い剣を持ち上げて、衝撃を躱す体制を取った。しかし水は剣にぶつかった途端、濃度を変えて、すらりと通過し、クリムの後ろに隠れていた優奈を巻き込み、再び濃度を変えて、石みたいに硬くなった。獲物を捕まえた波は、離岸流のようにあっという間に川へ戻った。
「ズロバ!人間の娘を抑えろ」
「畏まりました」
川の淵から先ほどの華やかなルサールカが浮かび上がり、川の中心に投げ出されてバタバタしている優奈を片手で押さえた。
「妹にしましょうか?」
「いいえ。彼女を傷つけるな」
ヴォジャノーイはルサールカに言い放ち、クリムに言いかけた。
「おい、ボガーティリ、ヘタな真似をしたら、この子の命はない」
「彼女を返せ!」
クリムは食いしばって、低く怒鳴った。
その間にスロバは皮肉たっぷりの声で話しかけた。
「彼は負けるわよ。人間は怒りに飲まれると、必死になってすぐに負ける。それにヴォジャノーイ様に肩を並べる者はいないのよ」
ルサールカは冷笑した。
「人間が負けたら、あなたは私の手下のルサールカになるのよ。そしたら私はあなたに存分に仕返しする」
優奈はルサールカの手の中でビクッとした。彼女はまだ溺死者になっていない理由はヴォジャノーイの命令だった。その命令がなかったら、殺気立っているズロバにとっくに殺されていたのだろう。
優奈の恐れを悟ったズロバは冷笑した。
その間にクリムは川に向かって走り出した。彼は腰が水に沈むまで走り続け、やがてヴォジャノーイの目の前に立ち止まった。川の王は藻の眉毛を上げた。この洟垂れ小僧は彼と水の中で闘う気か?なんという図太い奴。
二人の決闘は美しいものだった。クリムの老巧の手によって剣は生き物のように素早く、狙いを定めるがまま的中する。他方は水から作られ、水を治める精霊の様々な形を取る波の打撃。クリムは突き、ヴォジャノーイは水で突き返す。
そんな決闘は暫く続いた。
しかし水の中に闘うこともあって、クリムはどんどん萎えていき、精霊の突きをブロックできなくなった。そのせい、青年が幾度か打撃を食らった。その証拠に彼の頬と肩から鮮やかな血が流れていた。
状況は逆転した。
優奈はクリムの様子を見て、焦った。そのままだと、彼は負けるに違いない。
クリムには嘲笑うルサールカにも、心配している優奈にも気を配る余裕がなかった。彼の注目は水の王の打撃に精神統一だった。
ヴォジャノーイは波を荒立たせ、またしてもクリムを打った。彼は顔を守ろうと、右手を前に突き出した。
パチッ!
水の鞭は丁度手に当たってしまった。青年の額にしわが寄った。それでも痛みに負けず小刻みに痙攣する右手で剣を持ち直し、化け物の首を狙って突きを入れた。しかし川の王が余裕そうに微笑みながら、体を右に曲げた。剣は空気を切り裂いただけで、一ミリメートルたりとも当たっていなかった。
「言ったであろう」
川の王はせせら笑いながら水の竜巻を立たせ、クリムの方に送った。青年にかかってきた波はシャツを破り、露出した胸に長い切り目を入れた。
優奈は叫び、ルサールカの手から身を乗り出した。
──そのままだと本当に負けちゃう!
「そわそわしないでよ。抑えにくいから」
ルサールカは舌打ちしながら、より強く抱いた。優奈はルサールカを見入った。
彼女は間に合えるのだろうか?
「ヴォスタノヴレーニエ」
少女は一か八か少年に手を向けて、舌を噛みそうな回復呪文を唱えた。
ルサールカは怒気の顔で唸った。
優奈は猛然と手を前に出し、回復呪文を叫ぶが早いか、手の平から生まれた魔法は舞い上がり、クリムに向かって飛んだ。太陽に当たるたびに虹色に光る透明な靄は青年を囲んだ。
暫くすると靄は消えた。
クリムがまた読み取れない表情で優奈を一瞥した。彼の顔色がよくなり、傷も浅くなった。クリムは胸を張って剣を持ち上げ、建てられた水の壁をものともせず、ヴォジャノーイの腹に勢いよく刃を刺した。真っ赤なシャツは泥のような液体に染まった。
ヴォジャノーイの顔にショックに続いて、痛みが映った。
クリムは剣を太い首に当てた。
「ま、負けた?」
ルサールカは涙ぐんだ声で囁いた。
静かに戦いを眺めていた水車屋も、剣が当てられているヴォジャノーイも、絶望と怒りが交えた顔をしているルサールカも、皆はあっけに取られてクリムを見ていた。
「待ってください!ヴォジャノーイを殺さないでください!」
優奈は声を上げた。ルサールカ、ヴォジャノーイ、クリムたちは彼女を驚いた顔で見つめた。そんな注目に少女は赤面した。
しかし彼女は何としてヴォジャノーイに守護者のことを聞きたかった。もしかしたらヴォジャノーイ以外に、誰も謎を解く鍵を持っていないかもしれない。だからこの絶好のチャンスを逃すわけにもいかないのだ。
クリムは優奈の険しい表情を窺い、案外軽々と剣を下ろした。
「聞いたかい?だから人質を解放して大人しく降伏しろ」
川の王は一拍を置いて優奈とネクラスを浜辺に送るよう、ルサールカたちに命令した。人質は砂浜に足を踏み入れた途端、どこからともなく現れた十人の兵士が来て、ヴォジャノーイを抑えた。




