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スラヴ神話一周物語  作者: ダリア
第一部  メルヘンの島の守り手
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2.鍛冶屋の一家 Part 1

初めての感想をいただきました。ありがとうございます!


「※」が付いている言葉を後書きでは説明しました。

 優奈は熟睡の(ふち)から浮かび上がった。

 寝心地や空気中に漂う針葉樹のスッキリした香りと僅かな埃と焦げの臭いからすると、優奈は家にいるようだ。

 パッと目を覚まし、部屋を凝視した。広々とした薄暗く粗末なLDKに見える部屋。がっしりした大きなドアから見て、左側の壁に二つのベンチが密着している。その真上に妙な護符や神棚もどきが付いている。壁の中部には四角い穴が開いていて、隣に小さな戸が釘付けられている。恐らくその穴は窓代わりのものだろう。ベンチの前に柏のテーブルが峙っていた。テーブルには花模様の白いナプキンと丸い蔓籠(つるかご)が置いてあった。

 反対側には純白で壮大なペチカ※(ロシアの暖炉)の上に優奈が横たわっている。彼女は上半身を起こし、足元に注目した。そこはペチカに登るための梯子(はしご)が置いてあり、その隣に人目を引かないドアがあった。

 少女はぐるぐる回り、注意深く音を聞いた。今はこの家にいるのが彼女だけのようだ。

 家の主の不在を確認してから、自分を見つめた。手は傷だらけで、肘の全面には採血後のように痣ができていた。出血していた箇所には丁寧に包帯が巻いてあった。ブラウスは汚れ、穴も開いていたが、幸いに痛みはなかった。

 どうやらこの家の主は悪い人ではなさそうだ。優奈はほっとした。


「そうだ!さっきは確かに魔法を使った!それじゃ、今もあの光を出せるってことだよね」 


 少女は自分が発した光を思い浮び、ぱっと思い出した簡単な魔法陣を唱えた。


「シヤ―ニエ」


 心の中に暖かい魔力の波が立ち、そして先程と同様に手の平には光玉が生まれた。拳を握ると魔法はマッチが灯す火のように、シューという音を立てて、静かに消える。

 優奈は何故か呪文を知っている。だが彼女の魔法能力は可笑しなものだった。ピアノは弾けるが、楽譜を読めない──そのような感覚がした。魔法を使えるし、魔法陣も知っているが、その論理がわからない。


「まぁ、それに関して後で考えよう」


 優奈は重い頭を勢いよく振り、考えを脇に逸らした。


「それより、ここはどこだろう」


 少女はゆっくり梯子に足を置き、ペチカを降りた。肌足が硬く冷たい土に付いた。この部屋には床が舗装されていないようだ。

 優奈は恐る恐る窓もどきに近づき、ひょいと覗いた。窓が小さいため、くっきり見えなったが、柵を構成している木板の端にかかっている土器と荷馬車を引く鹿毛の馬が目に留まった。

 ここは明白に優奈の知っている世界ではない。


「やっぱり異世界なの?」


 慄然として呟いて、肌に粟が立ったのを覚えた。

 辛うじて気を取り直して彼女は重いドアを押し、別の部屋に移動した。先の部屋より小さく、薪や木製の大きな容器や様々な道具が壁にかかっていた。この部屋にもまた大きなドアが二つと小さめの扉があった。

 優奈は部屋の窓と同じ方向に向いているドアに近づいて押すと、一気に流れ込んできた眩い日光のせいで目が眩んだ。やがて目が光に慣れ、少女は敷居を越えて外へ出たら、辺りを見渡した。ところどころ煙突から鳩羽色(はとばいろ)の煙を吐く丸太小屋が点綴(てんてい)していて、家の間には至る所に太陽に秀でる色鮮やかなヒマワリや穂が出た小麦と緑に生い茂る庭が広がっていた。さらに遠く、囲われた外壁の向こうには森が見えていた。恐らく優奈はその森にいただろう。


「*****?」


 突然、背後から鳥のさえずりのようにやや高く陽気な声音で話しかけられた。驚いた優奈はビクッとして、一気に振り向いた。

 声をかけた少女は優奈より二つ三つ年下に見える。汗が搔いた広い額、そばかすがまき散らされている頬、意地っ張りな性格を表す尖った顎やつんとした鼻先の獅子鼻。

 優奈にとってこの子はどことなく小鳥に似ていた。

 視線は服に滑り落ちた。少女は夏な割に長袖の、麻のように荒い素材から作られたブラウスを着ていた。その上に少女は肩紐の付いたラズベリー色のワンピースドレスを重ねて着込んでいた。ブラウスの前腕やワンピースの胸部に鮮やかな金色でとても不思議な模様が刺繡されていた。布は明白に古いが、綺麗な刺繡が施されていたため、それなりにお洒落に見えた。腰辺りではワンピースが体にぴったり合っていたため、少女の曲線美の体型を窺える。右手には小鳥ちゃんが二つの大きな布バッグをかけていた。買い物していただろう。


「*****?」


 少女が再び何かを問い掛けた。その瞬間、優奈は脳に何かの情報が無理矢理に叩き込まれているような感じがしてきた。その感覚はどんどん募り、そして忽然として一気に鎮静した。

 小鳥ちゃんは黄色がかった茶色の瞳に不安を浮かべて、優奈に近づいて肩に触れ、「大丈夫?」と聞いた。

 突然、言葉がわかったことに優奈は仰天し、思わず二歩後ずさった。


「もしもし」


 優奈は我に返り、慌てて「大丈夫です」と返事をした。


「そんなに怖がらなくていいよ。悪い人じゃないから」


 優奈の混乱を勘違いした少女は安心させようとした。


「それにしてもうさぎみたいにぴょんぴょんして、ずいぶん元気だね。ちょっと前に死にかけていたとは思えないなぁ」

「死に、かけていたんですか?」


 あっさり問い返すと、小鳥ちゃんが待っていたかのように、眼を光らせてすぐさま早口でさえずる。


「私と兄はあなたを森の奥に見つけたのよ。とても酷い状態だったの。あなたは倒れてて、顔はげっそりで、てっきり他界したかと思っちゃって……しかもなかなか起きてこないし。きっとブルード※に迷わされたよ。妖精を追い払うためにニンニクとか持って行かなかったでしょう?」

「ぶるーどとは何ですか?」


 優奈はあの化け物の姿を思い起してみた。


「ブルードだよ。人を惑わして殺す妖精のこと。あの森では精霊とか妖精とか多いの。だから森は危険だよ。女の子は一人で行くのが自殺行為」


 彼女が言いたいことを、優奈は何となく理解できた。彼女は出会った()()が確かに人間ではなかっただろう。

 それにしても、優奈は魔法を使える上に、精霊も存在しているのであれば、地球に帰る方法も見つかりそうだ。


「ちなみに私の名前は鍛冶屋のリュバーヴァ。よろしくね」


 リュバーヴァはにっこりしながら、優奈の考え事を遮った。


 この国の平民は名字を持たず、家主の職業を綽名にして名乗っていると、後日に優奈は知った。小鳥ちゃんの場合は父が家主であり、鍛冶屋として勤めているから鍛冶屋だそうだ。


「私は優奈です。よろしくお願いします」


 間を開けてから早々に自己紹介をした。


「へー、変わった名前だね。まさか、大陸の人?大陸の富豪たちは一風変わったが好むよね」


 少女は言ったが、優奈に返事の時間もくれずに、突然誰かと挨拶した。


「こんにちは」

「リュバーヴァちゃん、こんにちは」


 優奈の背後から老婆らしい掠れ声が聞こえた。


「ここ野次馬が多いから、取り敢えず、家に入ろう」


 声を落としてそう囁き、リュバーヴァと名乗った少女は優奈の手を掴み、家に入った。彼女の果断に圧倒された優奈は静かに従う他なかった。

 二人はペチカのあった部屋を貫き、寝室に入った。

 寝室には居間と同様のタイプの窓は二つ付いていたため、狭い部屋でも大きく、明るく見えた。右側の壁の窓台に可愛らしい青い花が咲いていた。真ん中には三つの大きな(ひつ)が並んでいて、櫃の間には燃え止しの蝋燭(ろうそく)が置いてある小さなナイトテーブルが立っていた。


「あなたの服が可笑しいし、穴が開いてるからこの服に着替えて。ちょっと古いけど、丈夫よ」

「ありがとうございます」

「一体どこでこんな服を手に入れたの?」


 リュバーヴァは優奈のジンズを指した。


「それは……お店です」


 リュバーヴァは疑わしく片眉を上げたが、質問はしなかった。


「まず着替えて。それから話そう。私はペチカの部屋にいるよ」


 そう言って、彼女は服を渡してペチカの部屋に出た。


 優奈は服を取り、着替えを始めた。

 用意された服は小鳥ちゃんとそっくりだった。素朴のブラウスと瑠璃色のサラファン※と呼ばれているワンピースだ。それを纏い、優奈は紐で留める白い靴下と、蔓籠に似た靭皮の靴を履いた。

 着替えを済ませ、ペチカの部屋に出ると、険しい顔をしながらジャガ芋の皮を剥いているリュバーヴァが目につく。


「あ、丁度いいところだね。このバケツに水を汲んでくれない?」


 リュバーヴァはペチカの傍に置いてあったバケツをパッと包丁で指した。


「私ですか?」

「あなたしかいないでしょう。お母さんは友達の家に遊びに行ったから、私に料理を任せた。でも私ったら市場に行ったらつい買い物に夢中になって料理のことを忘れちゃって、あはは。でも一人で料理したら間に合わないから、手伝ってくれない?」


 優奈に顔を向き、『テヘペロ』の絵文字に似た表情を作った。


「……はい。でもどこで汲めばいいですか?」


 狼狽している優奈は聞いた。


「助かる!うちの庭を突っ切って道に出たら、左に曲がって、それからずっと真っすぐに歩く。井戸はでかいから、簡単に見つかるよ。あ、天秤棒を忘れないでね」


 リュバーヴァは嬉しそうな声調で即答した。


「帰ったら、あなたのストーリーを聞かせてね」


 ──それは一番困る質問ですっ!

1.ペチカとはロシアの暖炉兼オーブンです。ペチカ形式の暖房設備は、ロシア以外の近隣地域で広く見られます。日本では、特にロシア式暖炉のことをいいます。ロシアの神話に登場することが多いです。

2.ブルードはウクライナ、ロシアやポーランドなどの神話に登場する妖精のことです。〈迷わす〉という言葉が語源です。ブルードは人が道に迷うようにし、疲れ果てるまで歩き回らせると信じられていました。ブルードには特別な姿はなく、動物にも人間にも変身できます。鉄、ニンニクやパンを持っていくことや、祈禱することによってブルードの魔力から身を守れると信じられていました。

3.サラファン。ロシアの伝統的な衣装のことです。ワンピースです。



今回の話は長めで、2つのpartに分けました。

Part1は説明が多めで、ゆったりした話になりました。この世界はスラヴ神話風(ロシア、ウクライナ、ベラルーシなど)で欧州とは少し異なるので、もっと説明が必要かと思いました。

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