36.幻のシダの花 Part 2
「どうしてズメイがここにいる?]
優奈は喚いた。魔法も効かない化け物と一体どうやって戦えばいいのか?優奈は必死に策戦を練っていた。
「ヤシェル……」
隣に立っていたズミウランは囁いた。彼は瞬きもせずにじっと竜を見つめていた。荒立っている海のような紺色の瞳にはショック、痛み、無理解、否定が映っていた。青年の手は細かく震えていた。
「このズメイに見覚えがあるの?」
優奈は当惑した顔でズミウランの手に触れたその感触のお陰でズミウランは我に返って、小さく頷いた。
「私の弟だ」
「……どうしてズミウランの弟はこんなところにいるの?」
「私だって知りたいさ。でも今は残念ながら考える時間はない」
その時に響いた爆発は町の家にも火を点けた。優奈は黒いバリアに手を向けた。急いでバリアを破壊しないと、火災は広がってしまう。湿度の低い夏に木も、丸太小屋も非常によく燃える。
しかし、優奈に魔エネルギーが足りるのか?
『何かがあったら、貝殻を引き抜いて、私の名前を呼ぶと私は来る』
肌身離さずに付けていたブレスレットを見つめながら、彼女はヴォジャノーイの言葉を蘇らせた。
「そんな貴重なものは今使うのがもったいない」
急にズミウランに言われた。
「でも……」
「私は君の傍にいられない時に、このブレスレットは君を守れる。火くらい私だって消せるさ。弟のしりぬぐいにも慣れてるし」
最後の文はズミウランが小声で呟いた。
「じゃ私はバリアを破壊するわ」
そして返事に時間をくれずに、呪文を唱えた。嫌々ながら、バリアにひびが入るなり、バリアはまるでガラスのように欠片に分かれて土に落下し始めた。しかし、地面に着くが早いか、欠片は消えた。
「何としてでもプロトルチェを守る」
そう約束された。
次の瞬間、大きな青いズメイは空へ翔けた。
「気をつけて」と優奈は囁いた。
ズミウランを見送って、優奈は森の奥に進んだ。走っている間に、森の様子を窺う。どうやら状況は深刻になってしまった。シダの花は予定より早く咲き始めた上に、リュバーヴァとクリムは魔女に捕まえられた。
──どうか、間に合えますように!
優奈は狂ったように我を忘れ、ひたすら前に走っていた。柏、柏、松、白株、また松。一体いつになって付くのか?足よ、速く走れ!
やがて例のシダは見えてきた。老樹にまるで盾のように囲まれたやけに大きくて広々とした凛々しいシダは一瞬にして目につく。花の周りに漂う魔力が明らかに見える。
「あ、やっと来たのか?」
魔女の皮肉たっぷりの言葉を無視しながら、くるくる回って推理した。シダの前にリュバーヴァを抑えている魔女が立っていた。魔女にクリムが剣を向けていた。少し離れた場所に血まみれのバユン猫が倒れていた。
「丁度よかった。貴様は花を摘んで、私に渡すの。貴様は自分の手で自分の森を滅ぼして欲しいの」
魔女はせせら笑った。
「そんなことはするわけないでしょ」
魔女は口を歪めて、一気に伸びた爪でリュバーヴァの心臓を刺した。一瞬的な一撃で、小鳥ちゃんは嗄れた声で泣き、そして、ばたんと倒れる。
「これで余裕はなくなったね。あははは」
魔女が皮肉の言葉を履いている間に、クリムは魔女を刺した。しかし魔女は耐えられることも、喚くこともなかった。ただ驚いた表情でクリムを見入っては、漆黒の魔法の竜巻を起こした。すると優奈も、リュバーヴァも、クリムも遠くに飛ばされた。
ぶつかる寸前の優奈は凄い角度で体を回転させ、リュバーヴァの体を掴み、そして抱き寄せた。
咳をしてから、ふらふらしながら立ち上がって、リュバーヴァに駆けつけた。木に叩きつけられた優奈ははっと叫びんだ。束の間に視界は黒いヴェールに覆われた。
視力が戻ると彼女は口を窄め、リュバーヴァの傍に正座して治癒呪文を使った。
やがてリュバーヴァは眼を覚めた。
「用事が済んだ?」
魔女は優奈を凝視していた。彼女は相変わらずにシダの傍に佇んでいた。
その時、古いシダ葉っぱはザワザワして前後ろにゆらゆら動き初めた。振動は激しく荒くなった途端、揺れている葉の狭間にちゃりんちゃりんという風鈴じみた音が鳴り、小さな蕾が生まれた。
ダメだ、咲かないでと優奈はシダを見つめながら内心叫んだ。しかし蕾は花になって、眩い金色から情熱的な紅色に変色した。ハイビスカスの花に似ていて、魔法的な光を放っている、見惚れる美しい花だ。
「見事に咲いてるわね。こんな綺麗な花をヤシェルに見せないわけにはいかないよね。貴様もそう思わないか?」
魔女はひひひと笑って、口笛を吹いた。だが、待っても誰も来ない。その代わりのどこか遠くに痛みに満ちた竜の喚きが響き渡った。ゆっくりと魔女の方に進んでいたクリムはビクッとして、思わず空を見上げた。優奈は却ってほっとした。それはズミウランオ声ではない。その時、彼女は島はもう炎に包まれていないことに気づいて、小さく微笑んだ。
「ヤシェル」
魔女は驚愕した顔で紺色の空を見つめていた。
その隙を狙って、クリムは静かにシダに接近し、花を摘もうとしたが、その瞬間魔女は一気に振り向いて、呪いをかけようとした。しかし、クリムは剣を振った。魔女は仰け反ったが、刃先は顔に傷をつけた。魔女は咆哮しながら、死の呪文を唱えた。
クリムは見開いた。
魔法の雲は彼に向かった。しかし最後の瞬間に近くに倒れていたバユン猫が突然跳び上がり、青年を庇っって、優奈に手を差し伸べた。
優奈は目まぐるしく舞う精霊の記憶に引き込まれた。
今回の記憶は動画ではなく、何個の画像に似ていた。猫が前にも見た男性と知り合った写真。彼はアンナを紹介した写真。彼は戦死してしまったと知らされたときの写真。アンナは悪い魔女になり、バユン猫を従わせた写真。そしてクリムに刺された写真。
優奈は荒呼吸しながら、記憶から覚めた。
ゾリャナは目の前に立っている魔女だった。そして今は彼女は花を持っていた。
優奈は魔女に魔法の矢を放った。同時にクリムも剣を振ったが、魔女は打撃を躱した。
「やっと手に入れた!」
彼女は歓声を揚げ、笑い出した。
「どうしてこの島をそんなに嫌いなの?どうしてそこまで滅ぼしたいの?」
優奈は叫ぶと、魔女は驚いた顔を向ける。
「島一つ滅ぼすために私自身の魔法で十分だわ。私にはもっと偉大な目的がある」
そう言って、彼女は花を撫でた。
「森にいるすべての精霊、私の命令に従え」
途端に、草場にマフカ、ヴォジャノーイ、ルサールカとルサールたちが現れ、魔女の前に跪いた。
「こいつらを殺せ!」
「は!」
その時クリム、リュバーヴァと優奈が襲われた。クリムは少女たちを守ろうと、前に出て、ヴォジャノーイにかかった。優奈はマフカを抑えようとした。戸惑っているリュバーヴァは人魚たちの方に魔法の草を投げた。
「私はこれで失礼するよ。楽しんでね」
魔女は冷笑して、それからもう一度ヤシェルを呼んだ。すると丁度魔女の真横に血まみれのズメイが着陸した。彼に続いてズミウランは優奈の隣に降りた。
「大丈夫か?」
ズミウランは優奈に聞いた。
「うん。それよりリュバーヴァを助けて」
彼は頷き、人間の姿に変身して、リュバーヴァに駆けつけた。
「花を手に入れたわ」
その間に魔女は花を持っていた手を揺らしながら、火のズメイに見せた。しかしヤシェルはそれを気にしないで、大きな爪で女性を引っ掴み、空へ飛んだ。
「ぐずぐずする時間がない!」
ヤシェルが焦った声で唸った。
ズミウランは弟の方に手を向けたが、もう手遅れだった。魔女は手を振って、テレポートを開けて、二人は暗闇の中へ去った。
遠くに見える川から真赤な太陽が浮かび上がると、空はガーネット色で燃え広がった。恐怖のあまりに黙った鳥たちも、歌を歌い始めた。
やがて優奈、ズミウランとクリムは無事に精霊を抑えた。
「花が取られた。私は負けた」
優奈はずっと悲しい目で空を眺めながら囁いた。
「君は森を守れた。誰一人も死んでいなかった」
ズミウランは優奈に近づいた。やがてリュバーヴァオ抱えているクリムも皆に近寄った。小鳥ちゃんはあまりにも疲れすぎて、そのまま寝てしまったらしい。それはそうと、今日は彼女が殆ど死んだもの。
「あいつらはどこに向かったんだろう」
「……イリイだぞ」
クリムの問いにズミウランは答えた。
「それはヤシェルと何か関係あるのか?」
「手掛かりはあるの?」
優奈も話に割り込んだ。
「ああ。外れるといいが」
ズミウランは悔しそうに気を叩いた。優奈は彼に近づいて、軽く抱きしめた。
「皆で考えれば何とかなるよ」
「優奈はもうそれにかかわるな」
突然ズメイは厳しい声で告げた。
優奈はびっくりした。
「どうして?」
「俺等にも話してくれないか?」
ズミウランは辺りを見回して、会話を続けても安全だと確認した上で、苦笑した。
「何から話せばいいのかね。まず、ヤシェルは私も肉親でない」
クリムは驚愕した。
「それと、ヤシェルは人間とズメイの戦争に生き延びたズメイ王子だ」
今度優奈は驚愕した。
「まさか本当にプラ―ヴィのコネで……」
「私もよく知らないけど、当時の王はとある神と契約をしたらしい」
ズミウランは口を噤んだ。優奈は彼がこれ以上話さないとわかり、自分から問いかけた。
「誰と契約したか知らない?」
ズミウランは口を歪んだ。
「人生を操るのが大好きなモラーナ以外はあり得ないだろう」
クリムと優奈ははっと息を呑んだ。
「だから私の任せて。私は近いうちにイリイに帰る。クリム、できればヤシェルのことをヤリーロに報告しないで欲しい。彼は私たちの友人とはいえ、神だから」
ズミウランは意味ありげにクリムを一瞥した。
「わかったぜ。できる限りのことをする」
「ありがとう」
「おう」
やがて精霊たちは目覚め始めたため、三人は会話を中断し、家に帰る他なかった。
新たな日はやってきた。




