18.鍵を握るレーシー
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そして一日を休んでしまってすみません。
「きゃあー!!」
優奈は少女なりの甲高い悲鳴に起こされた。
「うん?どうしたの?」
優奈はがばっと起き上がり、悲鳴を辿って頭を左に回した。しかし、暫く寝ぼけ眼はピンボケをしていた。やがて視力が戻ると、優奈は眉を上げた。寝間着のままのリュバーヴァは裾を抑えながら、ベッドに登っていた。
「コイツ私のベッドで寝た上に、私を噛んだんだよ!」
「誰が?」
優奈は混乱した声で聞いた。
「バユン猫だよ!!」
リュバーヴァは証拠として噛まれた腕を差し出したが、案の定、歯の後はなかった。しかし、確かにリュバーヴァのベッドで寝ていたバユン猫がにやにやしながら、猫らしい素振りで背伸びした。
「朝からうるさいね、赤毛ちゃん」
「私の名前はリュバーヴァだよ!」
小鳥ちゃんは怒鳴るとラズベリー色の癖毛は可愛らしく揺れた。
「何だか楽しそうだね」
そう言いながら優奈は笑った。
「笑う場合かよ」
リュバーヴァは膨れた。
黒髪の少女はにやつく顔で身支度に集中した。テキパキ着替えを済ませ、汲まれた水で顔を洗ったら、「行ってくるね」と皆に言い残して、干し草置き場に向かった。今日はリュバーヴァが関に通勤するから、家畜に餌を与えるのが優奈の使命だ。
自然はもう秋の色に染まっていた。木々は深紅色、橙色、金色の衣を纏い、凛々たる様子だった。子供たちは羊毛の上着を着込み、林で茸を採っていた。アンズタケ、ナラタケ、ヤマドリタケ。今こそ一番美味しい茸の季節であるからだ。明日べセリーナ、リュバーヴァと優奈も摘みに行くつもりだ。そしたらべセリーナは美味しいきのこスープを作るらしい。男性たちはそれが待ちきれなかった。
しかし雑草は枯れ、牛を放し飼いできなくなってしまったせいで、干し草をやるのが優奈の仕事になってきた。とはいえ、庭の仕事はもうほとんどなかったため、忙しくはなかった。
そいうわけで優奈は干し草を持ち、牛小屋に向かった。掃除を済ませ、餌をやって小屋を出た時、視線はバユン猫と合った。彼は株に座って膝を組み、優奈を待っていたようだが、優奈に姿が現れると、猫がゆっくり立ち上がって優奈の目を覗き込んだ。
「リュバーヴァを虐めないでくださいね」
「あんな反応をしますから、虐め甲斐がりますよ」
優奈はやれやれと言わんばかりに頭を揺らした。
「今日はあニャたをレーシーにお会わせします」
突然猫が真面目た顔で報告した。
優奈は急な展開に驚いた。ポカンと口を開けて、猫を見つめた。
「どうして私はバユンを信用しなければならないんですか?」
彼女は疑り深い目で猫を見入った。
猫が手を背中で繋ぎ、ゆっくりと優奈に近づいた。
「私以外に誰もレーシーの居場所を知らニャいから」
その時のバユン猫が凄絶だった。奇妙に光る緑色の目は鋭くなり、肉球から鉄製の長い爪が出た。しかし瞬く間に彼は普通の姿に戻った。まるで優奈はたった今見た姿は嘘だったかのように。
「私はクリムと相談してから、レーシーに会いに行くつもりです」
優奈は少し後ずさった。目の前にいる猫は喋れる猫だけではなく、化け物でもあることを忘れてしまっていた。
彼女は魔女と遭遇して、二週間ほどたった。最初は家族が猫に疑義を持って、疑り深い態度で嫌々ながら接していたが、猫がいつも明るく元気で話しかけていて、いつもリュバーヴァを小馬鹿にしていたから、少しずつ皆は心が許したのだ。
だから今はバユン猫が見せた姿が寝耳に水のようなものだった。
どうして彼は家に住み着いたか。優奈をためだと、本人が言っていた。誰から守るのかは、今でも不透明だったが、優奈は恐らく魔女だと思っていた。
「馬鹿馬鹿しい。どんな悪霊がボガティーリを歓迎すると思いますか?クリムにここまで頼ってしまって……守護者としては失格です」
嫌味な言葉を聞き、優奈の顔に血が上った。
「……違います!」
「そうですか?」
猫はにやりと目を細めた。
「だったら、一緒に森においでください」
そう言い放ち、彼は踵を返して外壁を指して走っていた。優奈は仕方がなく後を付けた。
「ネヴィヂームカ」
バユン猫は呟いた途端、彼の姿は透明になった。「同じことを唱えてください」
優奈は相手の手に乗ってしまったと理解しつつも、言われた通りにした。
それから二人はすかさず門を潜と、霧を纏った森に入る。太陽は雲隠れし、暗雲が低迷して木々を暗闇の色に染めた。真っ黒な葉っぱに絡まった風が無鉄砲に吹きながら鳴り響く。神秘に包まれたこの森は怖い生き物に見えた。
今にも邪悪な何かが現れそうな気がしてしまう。
「ちょっと待ってください」
優奈は門番の前に立ち止まった。
「どうなさいましたか?」
「バリアを建てたいです」
猫は無言で立ち止まって、近くの気に寄りかかった。
優奈は深呼吸をして、呪文を唱えた。
「バリエール」
伸ばされた手の平からいつもの虹色の雲が流れ、優奈の前にどんどん膨らみ、やがて本人の身長を越えた。すると優奈は軽く手で雲を小突いて、町の方に送った。虹色の雲はそのジェスチャーに従い、プロトルチェ町を覆い、一度眩しく輝いては、空気に溶け込んだ。
──ざっとこんなもんかな。完全防御じゃないけど、一安心はできるね。
少女は額にできた汗を拭き、猫に終わったと知らせた。
それから一人と一匹は暫く背筋が凍る暗黒の中に進んだ。しかし気が付かない間に闇はどこかへ去っていき、自然は再び生き生きとした姿を見せた。優奈は安心したようにはっと胸を撫で下ろした。
二人は出たカラフルな木々に囲われた空地に出た。風か吹き荒れているその空地の中心には大きな木がそびえ立っていた。それは優奈よりも、イヴァンよりもはるかに古い柏だった。
「着きました」
猫はそう言い放ち、柏に接近して幹に付いていた小さなドアを叩いた。
「誰じゃ?」
中からくぐもった老人の声が響いた。
「バユンだ」
間もなくドアが開き、欧州の物語に登場しそうな身長の低い老人が現れた。彼は不思議な容姿の持ち主だった。どこともなくヤマドリタケに似ていて、濃い髭に、ジャガイモのように長く丸く、不器量に出っ張る鼻をも持っていた。だが意外なことに、彼の衣装はこの世界の男性陣が着るものにそっくりだった。
「イストチニックに選ばれた娘を連れてきた」
「レーシーさんですか?」
優奈の声は恐れとちょっとした興奮のせいで震えていた。
「フヴォ―リ」
レーシは答えもくれず、病気の呪いを唱えた。
──どうして?……
優奈は混乱しているうちに、彼女の足元から大きな根っこがぐんぐん伸びて、優奈の足に巻き付いた。逃げることもできない優奈は顔を覆うように、手の平を表に手を伸ばし、彼女の方に指して飛んでいる呪いの霞に向けた。
「ラスピレーニエ!」
拡散呪文を叫んでから、ほぼ最後の力を振り絞って、もう一度唱えた。
「ストゥ―ポル」
老人は目を見張って笑い出す直後に固まった。
「信じて損した」
優奈はバユン猫に言い放って踵を返そうとした。
「落ち着いてくださいよ」
猫は詫びるようにもふもふの手を上げた。
「ごほん」
別のところからレーシーの声が聞こえた。
「驚かせてすまなかった。わしはただ、君は本当に守護者かどうか確信したかったのじゃ」
「どうしてそれを聞かなかったのですか?」
「嘘をつかない保証なんぞないからじゃ。わしらを従いたいマニアックな人間かもしれん。しかし魔法は確実」
反論しようもない言葉だ。
老人が優奈を頭から足までじっくりと見入った。そして、満足したかのように微笑みながら頷き、挨拶した。
「わしはレーシー。この森を治める精霊じゃ」
その瞬間優奈は強くふらついた。




