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スラヴ神話一周物語  作者: ダリア
第一部  メルヘンの島の守り手
17/39

14. 町の中心で買い物 

「※」が付いている言葉を後書きでは説明しました。

 優奈は素早く採卵し、牛舎の掃除をしながら、牛の寝床にもなる干し草を敷いていた。その間、彼女に付いて来た子牛のゾリカは優奈を小さな角で小突いたり、服をもぐもぐと噛もうとしたりしていた。


「優奈、お母さんはもう行っちゃった。速く用意して」


 突然リュバーヴァのぼさぼさな頭が牛舎の入口に現れた。

 ややあって、優奈はリュバーヴァと一緒に町の中心に行くと約束したことを思い出す。


「本当にいいの?叱られちゃうよ」


 優奈は姿勢を正し、額から川のように流れ落ちていく汗を拭いた。


「はいはい、わかったよ」


 優奈はやれやれと頭を揺すった。するとリュバーヴァ優奈を引っ張り、外へ連れ出した。少女たちは広い砂利道まで出て霧に霞んだ丸太小屋の間を歩いていた。

 今日は寒い日だ。深まった秋の太陽の日光は眩しく照らすが、凍える手足はもう温まらない。凍てつく風がヒューと唸り、身に沁み込む。温かでもふもふの羊毛の上着を着込んでいるのにやはり寒い。もうすぐ冬が来るだろう。

 こんな天気をものともせず、今日は年に二度しかないフェアが町の中心で開催された。

 しかし、勝手にザスターヴァに行ってしまったリュバーヴァ、優奈とクリムにフェアに行くことが禁止された。クリムは朝から晩まで働いていて、両親とも、優奈たちとも顔を合せることはめったになかったから、案の定、フェアなど行かなかった。

 リュバーヴァはまだ見習いだったため、時間はあり余っていたが、両親に自宅軟禁されていた。だからリュバーヴァはこっそり抜け出すつもりでいた。


「プロトルチェ町は島だけど、西と東を繋ぐ交易路の通り道になってるの」

「交易路?」


 優奈は思わずオウム返しをした。


「酒類、武器、宝石、食べ物など運ばれているよ。それを運ぶ商人たちはここで大きな(いち)を開催する。すごく面白いよ」



 優奈はなるほどと、相槌を打った。


「フェアでお母さんもお父さんも参加するから、何かがあったら透明魔法をかけてね」

「リュバーヴァ!」


 優奈は叱責の顔でリュバーヴァを見つめた。


 リュバーヴァ笑い、「冗談だよ」と言い返してから何故か吐息をついた。


「ったくもうー」


 あの日以来、リュバーヴァはテレポートの石をもらい、ザスターヴァに通い始めた。図書館の自由な出入りが許された小鳥ちゃんは魔法に関する興味深い書物を盗んだ……

 ではなく、借用した。

 そのお陰で優奈は二つのことがわかった。その一つは、魔法の呪文とは矢鱈に現れる光ではないということ。呪文を唱えている最中に、必ず呪文の『編み』が現れる。それは蜘蛛の巣に似ていて、穴が小さければ小さいほど、呪文は強力になる。

 残念ながらわかっていても、優奈はまだ魔法を上手く注ぐことはできず、やはり矢鱈に呪文を発していた。

 その二つは、人間や精霊といった生き物にはアウラが付いているということだ。目をリラックスさせ、相手の中をぼんやりと見ようとすると、そのアウラが見える。アウラにはその人にかかっている魔法や呪いを見ることができるらしい。呪いは黒色で、魔法は種類によって赤、青、白、茶色、そして虹色。アウラ自体は白がかった雲に似ていて、ヴェールのように全体的に人を覆う。

 魔法のことを知ったリュバーヴァに優奈は扱き使われていた。直したり、隠したり、作ったり……

 たまにリュバーヴァは人間ではなく、小さな真っ赤な小鬼に見えていた。



 とかくする内に少女たちは門に近づき、ちんまりとした小屋に入った。そこでは鎖帷子(くさりかたびら)を着込んだ二人の門番が長いベンチに座り、楽しそうに会話をしていた。


「名前と通過権をお願いします」


 来客に気が付くと門番たちが立ち上がり、姿勢を正したが、リュバーヴァを見ると、ほんの少し気が緩む。


「リュバーヴァです」


 彼女は名乗り、懐から銅の三角形を取り出し、壁にくっ付いていた膨大なダイヤモンドに似た石に銅の板をかざした。すると石は青々とぴかっと光った。


「クリアです。そこのお嬢さんは?」


 口髭の濃い男性が優奈を指した。


「従妹の優奈です」


 口髭の濃い人はむっくりした男性に一瞥した。そうすると彼はゆさゆさと揺れながら優奈にぴったり近寄った。


「見覚えのないお嬢さんですね」

「来たばっかりの者です。大陸に住んでいた母の姉妹に死なれて、この子を引き取ることになりました」


 優奈は小鳥ちゃんの言葉に合わせて、できるだけ悲しい顔を作った。


「ご愁傷様です」


 太っている男性が口髭の濃い男性をベンチに押し戻し、同情を伝えた。


「通過の許可をしますが、その前に通過権を作りましょう」


 むっくりした中年男性は小屋を出た。


「あの、通過権って何ですか?」

「中心に入るための許しです」


 残った男性が説明してくれた。

 同時に通過権の材料となる鉄を持った門番が戻り、優奈に近づき、ナイフで指を切った。血の一滴がゆっくりと鉄の三角形の板に垂れた。すると三角形が光り輝き、血を吸い込んだ。


「わー!」

「これでこの通過権はあなたの魂を知っている。アーティファクトにかざしてください」


 優奈はかざすと石は再び青々と光った。

 三人は門番に挨拶をし、城壁をくぐった。


「石は光ったんだけどそれはどういう意味?身分証明かな?」

「ふん。ちょっと違うね。その石はあなたの魂に潜んでる意を読み取る。好意なら青色で光る。悪意なら真っ赤になるよ」

「それって誤魔化せないの?」

「うん、魔法だから確実よ」


 とても興味深い仕組みだと、優奈は思った。


 その間に少女たちは中心に出た。まるで別世界に移動したかのように風景が変わった。小さな一階建ての飾りのない丸太小屋に代わって、莫大で真っ白な雨戸の付いたちゃんとした窓があって、縁側も付いていた一軒家が並んでいた。じっと見入ると、窓の下や家の角のところにお洒落な木彫りがあることがわかる。家が大きければ大きいほど、木彫りが凝って些細に見えていく。


「わー、全然違うね」


 優奈は目を見開き、くるくる回りつつ景色を眺めていた。


「綺麗でしょ」


 リュバーヴァはまるで彼女自身がこの家を建設したかのように顔を綻ばせた。


「あっちも見て」


 リュバーヴァは、円を作っている木製の屋台の周りの空前絶後の人だかりを指した。


「フェアかな?」

「そう。早く行こう!」


 彼女はリュバーヴァに引っ張られ人だかりに突っ込んだ。


「すみません、すみません」


 優奈はデジャヴを覚えた。


 ──そういえばウクライナで同じことを体験したんだね。


 フェアは一般的な市場とは全く違った。フェアの広場は屋台の円によって定まっていた。屋台の裏側に的屋たちが並んでいて、一人の客を交渉しつつ素早く別の客に品を渡していた。あまりにも動作が巧妙で速いせい、的屋たちは手が四本くらいついているのではないかと、優奈は思った。

 商品はそれぞれだった。食べ物も売る人もいれば、服や武器など売る人もいた。優奈はたまに見たことのない果物や、プロトルチェらしくない衣装を見かけていた。


「隣国の品だよ。この果物──名前は何だっけ──美味しいよ」


 優奈の袖を引っ掴んだリュバーヴァ丸く紫色の果物を指した。それを売っていた中年の、高い鷲鼻(わしばな)を持つ色黒い男性が真っ黒な口髭を撫で付け、少女たちに声をかけた。


「コレハ、インジーラ。カイマスカ?ヤスイデス」


 男性の言葉に訛りが強すぎて、優奈は言われたことを理解できなかったが、リュバーヴァパッとお金を保存していた小袋を取り出した。男性が浮き立った。


「一五スレブニク」


 彼は言ったら、リュバーヴァは腰に手を当てて、鼻を鳴らした。


「七スレブニクです」

「ジョウチャン、ヤススギマス。一一スレブニク」

「八以上は払いませんよ」


 リュバーヴァは言い、屋台から離れようとした。すると男性が焦り、激しく手を振りながら、リュバーヴァを止めようとした。


「マッテ!ワカリマシタ。十スレブニク!」

「六スレブニク!」


 小鳥ちゃんはひょいと振り向き、冷笑し、早口で値段を言った。


「ワカリマシタ!六スレブニクデス」


 男性は諦め、五つの大きくて、熟したインジーラを袋に包み、リュバーヴァに渡した。リュバーヴァ明らかなドヤ顔で袋を受け取り、お金を払い、そして空いている床に移動した。


「リュバーヴァは隙がないね」

「一五スレブニクもあれば、ブラウスが買えるよ!果物には高すぎる」


 ──なんだかんだ言って、値引き交渉を楽しんでただけでしょ。


 優奈は果物をかじりながらリュバーヴァを聞いていた。果物の味はどことなくイチジクに似ていたが、非常にみずみずしく、噛むと紫色の汁が滴ってしまう。


「美味しい!」

「でしょ?フェアにインジーラが売ってるから、フェアはいつも楽しみだわ」


 リュバーヴァも一個を紫色の実を噛み、顎に垂れた汁を拭いて、話を続けた。


「後ね、良質の服もいっぱい売ってるよ。面白い柄も多いし。この町の人は、本当、赤を好むから、普通は赤しか売ってなくて」

「確かにね。でも私は赤が好きなんだ」

「えー、そうなの?」


 ロウシ大公国では赤の色素はセイヨウアカネという植物の根から作られてたらしく、そのお陰で同じ赤でも、たまにまるで違う色だった。


「ねーねー、一着買わない?」


 突然リュバーヴァは茫然と考え込んでいる優奈の裾を引っ張った。


「何を?」

「ワンピースよ、ワンピース。お金をもらったじゃん」

「そうか。確かにもらってたね。でも私は持って来てないよ」

「私は優奈のお金も持って来たよ。だから行こう!」


 少女たちは服を洋服店に近づいた。優奈はパッと商品を見渡した。若葉色のサラファン、水色のサラファン、黒いサラファン。


「黒は高齢の肩の色だから別の色にしてね」


 隣に、キラキラしている瞳を商品から離さず、リュバーヴァは注意した。

 優奈は肩を竦めて、違う商品を見た時、理想のワンピースが目に付いた。燃えるような赤色の布には、金色の糸で素敵な模様の施された洋服だ。


「これがいいわ」


 優奈はリュバーヴァに見せた。


「優奈に似合いそう。私は青にしたよ」

「見せて」


 優奈はそういうと、リュバーヴァは自慢げに持っていた服を優奈に差し出した。優奈は思わずうふふと笑った。


「何か、リュバーヴァらしい」

「なによ、それ」


 リュバーヴァは顔を膨らませたまま、くるっと回って店員を探した。店員さんは二人いた。一人はリュバーヴァと同い年に見える黒髪の少女。もう一人は小太りでごつい方を持つ男性だった。親子だろうか?


「これをください!」

「かしこまりました。二着で三十スレブニクです」


 少女は優奈たちに接近して、丁寧に服を畳みながらにこやかに答えた。先ほどの男性とは違って彼女の話し方には訛りが一切なかった。


「ロウシ語、上手ですね」


 リュバーヴァはうっとりした顔で店員を褒めた。


「あはは、母はロウシ人でして、小さい時からこの地の言葉を教えてくれました」

「そうなんですか」


 リュバーヴァは服を受け取り、優奈と一緒に外へ出た。

 フェア場は以前より混んできたみたいだ。あちこち町民は群集していて、何かを楽しそうに遊んでいた。


「あそこの皆は何してるの?」


 突然、優奈は屋台の円の待った中を指した。


「あれか?フェアのちょっとした遊びだよ」


 円の真ん中には、テーブルがあり、そのテーブル剣が大量に置いてあった。おして近くに人が群衆していて、二人の男性の闘いを見ていた。集まった野次馬はほとんど男性だった。


 ──危なっかしい遊びだね。


 女性たちは闘い場から離れて場所で、グースリ※を弾いている老人を囲い、手を繋って円を構成し、時には跳躍しつつ楽しそうに笑いながら曲を歌っていた。


「私たちも行こう!」


 優奈は目を輝かせて、女性たちの動く円を指した。


「私はクロスボウの闘技の方が気になる。だって見て!勝ったら、ズラトニク十個ももらえるよ!ああ、クリムがいたらなぁ」


 リュバーヴァ悲しそうに勝負の開催を見つめた。


 ロウシ大公国では銀の硬貨スレブニクと金の硬貨ズラトニクが流行していた。ズラトニク一個はスレブニク百個に等しい。そしてズラトニク十個があれば山羊くらいは買える。要するに代金だ。

 二人は闘技を眺めている間に、突然リュバーヴァはスカートのポケットを叩き、手を中に入れて、青ざめた。


「小袋は盗まれた」

「……本当に!?」


 優奈はキョロキョロ辺りを見回して、小袋を持って逃げている坊主を見かけた。


「あの子が盗んだに違いない!」


 優奈はリュバーヴァに男の子を指した。

 リュバーヴァは立ち上がり、しばしば人にぶつかりながら男を追いかけた。優奈も急いでリュバーヴァに続いた。


「泥棒!お金を返せ!」


 リュバーヴァは叫んだ。

 坊主は追われているとわかり、加速した。リュバーヴァも加速した。二人は闘い場を貫き、フェアの出口に向かった。

 暫くそのまま走ると、突然、リュバーヴァは急停止した。

 優奈は彼女に背中に追突した。


「どうした……?」


 その間に小袋を抱えた坊主は姿を消した。


「二人はどうしてここにいるのかしらね?」


 猫撫で声でリュバーヴァの……母が聞いた。

 リュバーヴァ一気に振り向き、逃亡しようとしたが、べセリーナが早歩きで娘を追い付き、猫が子猫の首を掴むようにリュバーヴァのブラウスの襟を勢いよく掴んでは怒鳴った。


「リュバーヴァ!!」


 それから優奈に顔を向けた。


「優奈ちゃんも!似たり寄ったりわね!」


 少女たちは同時にうつむいた。


「家にいろって言ったじゃない!優奈ちゃん、あなたまで!何でリュバーヴァを説得しての?」

「私……」


 優奈は真っ赤な顔で言い始めたが、優奈に遮られた。


「仕事ばっかりだから、休みに来ただけ!私だって息抜きが必要なの!」


 小鳥ちゃんは涙ぐんだ声で言った。


「結婚したら苦労はなかったのよ!」


 母は断言して、厳しい声で言い足した。

 リュバーヴァは眉をひそめた。どうやら彼女は反対だったらしい。


「お仕置きとして、明日二人で洗濯しなさい!」

「えぇ、嫌よ」

「反対は許さない!ちゃんと洗ってるか私は監視する」


グースリとはロシアに伝わる弦楽器です。

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