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七話 魔人、決闘する

「何でこうなるのよ……」


 カタリナはあまりにも突拍子もない状況に頭を抱えていた。

 彼女たちは今、宿屋の表にいる。そこには街の人々が集まっており、自分達を囲っている状態だった。それは、まるで今から始まる劇を待ち望む観客そのもの。

 事実、彼らにとってみれば、これから始まるのは、演劇に近いものと言えるだろう。

 当の本人達からしてみれば、頭を悩ます代物ではあるが。


「ちょっと言い争いになったらかって決闘って、どういうことよ……」

「別に驚くことはねぇ。ああいう類は、どこの世界にもいるもんだ。そして、オレはそういう連中とはソリが合わない。だからこうなることは慣れてる」

「そこは慣れてちゃいけないでしょ……」


 至極当然のことを口にするカタリナであったが、しかし目の前にいるのは、生憎と普通の人間ではない。故に、こんな事態になっているのだ。


「それに、相手が騎士団の副団長なら丁度いい。この世界の人間がどう戦うか、見させてもらうとするぜ」

「正確には、いくつかある王国騎士団の、だけどね。というか、そんなこと言って、負けたらどうするつもり?」

「どうもこうもない。オレは負けるつもりはさらさらないからな」


 随分と強気な発言。しかし、それが自信過剰ではないことを、カタリナは知っている。なにせ、たったひと振りでビックボアを倒したのだ。これで逆に謙遜されれば、それはそれで嫌味にしか聞こえない。


「なんでもいいけど、調子に乗って周りに迷惑をかけないでね」

「安心しろって。オレは魔人だが、そこら辺の配慮はするさ。なるべく、関係のない奴に被害が出ないように戦うさ」


 そう言って、バリーはカタリナの傍を離れ、部下を引き連れているフィオルと向き合う。

 既に向こうは戦う気満々であり、先程から殺気がダダ漏れていた。それはフィオルだけではない。部下の全員が、バリーに対し、眉をひそめ、睨んでいた。


「……随分と聖女様と親しいようで」

「そうか? 別にそうでもないだろ。あの程度で親しいって言われてもな。それこそ、もっと親しかった奴だっていただろ」

「あの男のことですか? どうやら貴方も事情は知ってるようで。しかし、聖女様にも困ったものだ。ようやくあの男がいなくなったというのに、それをわざわざ探しにいかれるとは。あの方に汚点があるとすれば、あのような男と幼少期からずっと一緒だったというところでしょう」


 セシルに対しての辛辣な言葉。どうやら、フィオルはとことんセシルのことが気に食わなかったらしい。それは、聖女という、神に選ばれた者の傍にいたことへの嫉妬故か。

 だとするのなら、だ。彼がバリーについても悪感情を持っているのも当然の成り行きだろう。


「そして、今、二つ目の汚点が目の前にいる。ならば、それは排除しなければならない」

「言ってくれるじゃねぇか」


 フィオルの言葉に対し、バリーは笑みを浮かべる。悪意に満ちた表情。それは今まで何度も見てきたものだ。自分を倒そう、殺そう、叩き潰そうとしてくる連中はそれこそ五万といた。

 そして、バリーはそれらに勝ってきたからこそ、今ここにいる。


「それじゃ、早速やるとするか」

「ふん。その余裕、どこまでもつか、見ものですね」


 言いながら、フィオルは剣を抜き、その鋒をバリーに向ける。


「貴方を倒し、私はカタリナ様を連れて帰る。それが、私の使命であり、あの方にとって正しい道だ」

「ぐちゃぐちゃと御託はもういいだろ」


 言いながら、バリーはブラックソードを出現させた。その異様な黒い剣にフィオルの部下達は驚き、フィオル自身も目を丸くさせていた。

 そんな彼に対し、バリーは言う。


「さっさとかかってこいよ―――なぁ、三下」


 あからさまな挑発。

 バリーはあらゆる相手と戦ってきた。真っ直ぐな者、弄れた者、腹黒な者……それこそ、本当に多くの相手とだ。その中でも、フィオルのような手合いも多くいた。

 そして、だ。

 そういう連中は、大抵挑発にはすぐに乗っかってくるのだ。


「―――舐めるなっ!!」


 十メートル前後。その距離を一瞬にしてつめながら、フィオルの刃が襲いかかる。確かに速いし、鋭い。それに迷いが一切ない。通常、人に剣を振るう者は誰でもある程度の躊躇などがある。それがない、というのは、剣士にとっては重要な要素だ。

 それが覚悟からくるものにしろ、ただ相手が憎いからにしろ、だ。

 そういう点で言うのなら、フィオルは間違いなく剣士としての資質はある。

 しかし。

 資質があるということと、強いということはまた別の話。

 フィオルの初撃を、バリーはまるで、虫を払いのけるかのような仕草で弾き飛ばした。


「なっ―――」

「ふんっ!!」


 刹那。

 バリーの左拳が、フィオルの胴体に叩き込まれた。その凄まじい一擊によって、フィオルは十メートル以上も吹っ飛ばされる。

 しかし、流石に今の一擊で勝敗は決まらない。

 腹を抑えながら、フィオルはバリーに向けて、言葉を漏らす。


「がっ……貴様……」

「剣士の戦いの中で拳が飛んでくるとは思わなかったか? 生憎と、オレの剣術はこういうもんでな。使えるモノはなんでも使う主義だ。ましてや、隙だらけの人間がいるんだ。なら、攻撃しないわけにはいかないだろ?」


 剣を持っているから剣で攻撃してくる……確かにそれは常識であり、一般的な考え方だ。しかし、戦いとは殺し合い。殺し合いの中で、常識など存在しない。現に、バリーがであってきた剣士や槍兵も、自らの武器以外に己の拳や蹴りで相手を倒す者だっていた。


「そら、今のでお仕舞い、なんてことはないんだろう? 王国騎士団の副団長様」

「……くっ。一度攻撃を与えたくらいで、いい気になるなっ!!」

「そう思ってんならさっさと立ちな。それとも、本当に今ので終わりってか?」

「調子に乗るな!!」


 刹那、再びフィオルの剣がバリーに襲いかかる。

 そこから先は、フィオルの連撃が続いていった。その一擊一擊は、先程よりも速くなっている。加えて、狙いも正確だ。バリーが反撃できないような場所を、的確に狙ってきている。そして、動きも緩慢ではない。身体の動きに緩急をつけ、単調にならないよう攻撃をしかけている。通常、人は頭に血が上ったり、怒りに取り付かれれば、動きが簡単なものになりがちだ。しかし、フィオルはバリーに対し、怒りを顕にしながら、その動きに淀みはなかった。

 流石に騎士団の副団長と呼ばれているだけはある、ということだろうか。

 とはいえ、だ。

 それでも、フィオルの攻撃は、バリーを捉えることができないでいた。


「クソ……!!」


 苛立ちが募り、口調にも最初の優しげなモノは一切なくなっていた。

 それもそうだろう。なにせ、フィオルの攻撃はバリーにかすり傷一つ与えることができていない状況だ。それだけならば、まだ良かったのだろうが、今回のフィオルの場合は、もう少し理由がある。というのも、彼の攻撃は全て、もう少しで当たりそうなのに当たらない、というモノが原因だった。隙が一切ない完璧な防御、ではなく、もう少し先に相手がいる、もう少し速く攻撃すれば当たっていた、もう少しタイミングを遅らせれば一擊をたたき込めた……そんなものばかりが続いている。

 そんな中で、何も思うなという方が無理がある。

 無論、それもバリーが全て、わざとやっていることではあるが。


「くっ……何故だ。どうして、私の攻撃が……私は、あのような男よりも弱いというのか……!?」

「別に自分を卑下しなくてもいいぜ。オマエの剣は、筋はいいし、狙いも的確。そこまで悪いもんじゃあないと思うぜ」


 ただ。


「単純な話、オレはオマエよりも強い連中と戦ったことがある。これはそれだけの、簡単な話だ」


 バリーは魔人として多くの人間の願いを叶えてきた。そして、そのほとんどの過程には、闘争があった。当然だ。なにせ、バリーはなんでも願いが叶う魔人として召喚される。そんなモノに頼るのだ、何かしらの事情があるのは常であった。

 そして、だからこそ、より多くの強者と戦う機会もあったのだ。その経験が、記憶が、闘争が、今のバリーの糧となっている。

 故に、この程度の相手に遅れを取るようならば、今まで戦ってきた者達に申し訳がない。


「それにあれだ。オレは言い分が気に入らねぇしな」


 そう。バリーが結局、この戦いに臨んでいるのは、つまるところ、目の前にいる男の有り様が認められなかったからだ。


「聖女様、聖女様って言いながら、オマエはあの女のことを一切見ようとしちゃいねぇ。だっていうのに、戦う理由はあの女に依存してやがる。他人のために戦うなとは言わないが、他人のせいにして戦おうとするのは全く違うことだろうが。それに、オマエの言い分だと、アイツの行動は全部正しいってことだが、それも気に食わねぇな」

「何を馬鹿な……聖女様は神の代行者。その行動に一切の間違いなどありはしないのだから」

「それを言うなら、アイツが幼馴染に会いにいくっていうのも、間違いじゃねぇってことだろうが」

「それは……」


 言われて、フィオルは言葉を詰まらせる。

 聖女の行動は神の行動。故にそれらが全て正しいというのなら、何故セシルに会いに行こうとすることを止めるのか。本当に間違っていないというのなら、逆に自分もお供すると言った方がまだ分かる。

 即ち、だ。


「結局のところ、オマエは嫌だったんだろう? 聖女が誰か一人のために行動しようとしていることが。聖女は皆のもの、誰かが独り占めしていいわけがない。だから、あの女が誰か特定の人間と一緒にいるのが気に食わない。それならそうと言えばいいのに、聖女としてどうだの、側にいる資格がないだのと他人を貶してばかり。はっきり言うが―――オマエ、滅茶苦茶恥ずかしいぞ?」


 結局、カタリナがセシルがダメだと言うのも、彼を探しに行くのを止めるのも、全てフィオルの我儘でしかない。

 そして、彼の場合、それを他人を言い訳の理由にしているところがまた問題なのだ。

 聖女なんだから、あんな奴と一緒にいてはいけない。

 聖女なんだから、あんな奴を探しにいく必要はない。

 聖女なんだから、あんな奴に謝罪することなどない。

 その言い分は、全てが自分の願望を相手に押し付けているだけに過ぎない。聖女ならこうするべき、という一方的な考えを、フィオルは抱いていた。

 その考え方、有り様が、バリーが気に食わないといった理由である。


「自分の我儘くらい、他人のせいにすり替えるなよ。あの女ですら、そこまでじゃあなかったぞ?」

「貴様……貴様、貴様、貴様ぁぁぁああああああっ!!」


 何かが切れた。フィオルの雄叫びを聞きなら、バリーは確信する。

 大きく剣を振りかざし、フィオルはそのままバリーとの距離を詰めた。そして、理解する。彼が放とうとしているのは、今までとは比べ物にならない一擊。それこそ、必殺の一太刀だろう。


「それから教えといてやる―――図星をつかれた程度で己を見失うなよ、隙だらけになるぞ」


 振り下ろされたフィオルの剣。

 バリーは、その剣を今度は叩き斬った。


「―――っ!?」


 言葉につまるフィオル。彼は今、渾身の一擊を放とうとしていた。それこそ、地面がえぐれる程の威力がある代物だ。力、速さ、タイミング。どれを取っても申し分のないモノのはず。

 だというのに、だというのに、だ。

 バリーはあろうことか、それを受け止めるでも弾き飛ばすでもなく、真っ向から打ち合い、そして剣を叩き折ったのだ。

 自分の武器が壊れれば、誰だって意表を突かれるというもの。加えて、自分の一擊を真正面から叩き潰されたのだ。驚かない方が無理がある。

 ならば、だ。

 魔人がその隙をつかないわけがなかった。


「取り敢えず、人のことをどうこう言うまえに、自分のことを見直しとけ!!」


 刹那、その言葉と同時に、バリーの拳がフィオルの顔面に叩き込まれる。今度は先程とは段違いの威力。そして、だからこそ止めの一擊となりゆる代物。

 結果、フィオルは本日二回目の空中浮遊を体験した後、そのまま意識を失い、戦いの決着がついたのだった。

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