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六話 魔人、苛立つ

「ようやく見つけました、カタリナ様!!」


 食堂に響き渡る声。それが聞こえた途端、バリーはそちらの方へと振り向いた。そこには、数人の騎士を引き連れた、美形の男が立っっており、長い赤髪に優しげな目つきが特徴的だった。

 そして、その鎧やら剣から考えて、彼もまた騎士であることが察せられる。加えて、カタリナの名前を呼んでいたことから、彼女と知り合いであるようだった。

 ふと、カタリナの顔を見る。

 そこには、どう見ても嫌そうな少女の顔があった。

 どうやら、あまり会いたくない相手だったらしい。


「フィオルさん……どうしてここに?」

「どうして、ではありません。突然、カタリナ様が出奔なされたと聞き、慌てて後を追ってきたのです」


 まるで、カタリナを心配していたと言わんばかりな表情を浮かべながら、男は言葉を口にした。


「突然と言いましたが、それについてはちゃんとギルドの方にも、教会の方にも言ってあったはずですが?」

「はい。しかし、どこに行くのか、その理由は一切誰にも話してないと聞きました。聖女である貴方が、ギルドの仕事を休んでまでどこに行くのか、心配になるのは当然のことだと思います」

「個人的なことです。それを一々話さなければならない、という規約はどこにもないはずです」


 言葉は丁寧ではあるが、しかしその内に込められていたのは、明らかな苛立ちだった。

 カタリナは聖女である。故に、その動向を気にする者がいてもおかしくはない話だ。それは彼女も分かっているはずだ。けれど、理解することと納得することはまた別の話。

 魔人まで呼び出しながら、ようやくセシルへと至る道筋が見えてきたというのに、それを邪魔するかのような者達が現れれば、何も思うなという方が無理がある。


「―――もしや、あの男のことが原因ですか?」


 刹那、フィオルの目が細くなった。


「あの男の件については、部下から聞いています。いやはや、何とも情けない話です。聖女であるカタリナ様のお側にいられるだけでもありがたいというのに、それをわざわざ蹴って、逃げ出したそうですね。しかも、カタリナ様に妙な言いがかりまで言って、立ち去ったとか。本当に腹立たしい限りです」

「……、」

「元々、彼にはカタリナ様の隣にいる資格などなかったのでしょう。それをようやく理解して立ち去ったことだけは認めますが、最後の最後でカタリナ様に反論し、迷惑をかけるなど、全くもって、どうしようもない男です」


 セシルをコケにするフィオル。その言葉に、カタリナは握り拳を作っていたが、フィオルは恐らくそれに気づいていない。

 カタリナ自身、つい先日まで彼のことを罵っていた口だ。故に、真正面からフィオルの言動に反論することはできなかった。というより、自分にはその資格がないと思っているのだろう。

 だがら、彼女は何も言わない。

 ただ怒りを募らせながらも、それを口にすることができない己を恥じるのみだった。


「けれど、ご安心ください。あのような男がいなくとも、聖女であるカタリナ様には我々がいます。いいえ、我々だけではありません。他の多くの、貴方を慕い、信じている者達がいます。その者達のためにも、早くお戻りください」


 まただ。またその言葉だ。

 聖女であるカタリナ様……それはカタリナ個人ではなく、聖女を皆が待ち望んでいると言っているようなものだ。そして、皆のためにも戻るべきだと言い切った。

 まるで、そうすることが当たり前であるかのように。


「―――すみません。それはお断りします」


 けれど、カタリナはそれをきっぱりと拒否した。

 その答えが、あまりにも予想外だったのか、フィオルは目を見開き、言葉を詰まらせながら、口を開く。


「な、一体何を言い出すのですか、カタリナ様。帰らないと、仰るのですか?」

「はい。少なくとも、私はセシルと会うまで、帰るつもりはありません。無論、ずっとというわけでもありません。ちゃんと彼に会って、話をして、ケリをつけたら戻ります」


 ケリをつける、と彼女は言った。

 連れ戻すでも、セシルに付いていくでもなく、彼女はセシルと話にいくと。

 その言葉に、騎士は首を横に振りながら言葉を漏らす。


「そんな必要はありません。あの男がカタリナ様の傍からいなくなったのは当然のことで、カタリナ様が気に病む必要などどこにもないのです。あの男にさく時間など、不必要なのです。何故、そんな無意味なことをなさるのですか?」

「無意味……確かにそうかもしれません。今更セシルに会ったところで、何ができるというわけではない。それは分かっています」

「でしたら……!」

「けれど」


 そう言って、数拍の間をあけながら、少女は強い意思で己の言葉を告げる。


「このまま何もしないというのは、もっとできません。私は今まで、彼を傷つけてきました。そのことに、ようやく気づけたんです。だから、たとえ無意味と言われようが、私は彼に会います。会ってちゃんと謝りたい。それだけなんです」


 そこにあったのは、確かな決意。その確固たるモノを、口を挟まず、バリーはただ耳を傾けていた。

 別に特別なことを言っているわけではない。彼女は、人として当たり前のことをしようとしているだけ。それを凄いとか、流石、などとは無論思わない。何故なら、それは当然のことだから。

 しかし、だ。

 それでも、以前の自分よりも変わろうとしている点に関していえば、バリーはカタリナのことを素直に見直していた。

 だが。


「……何を仰っているのですか?」


 少女の言葉は、決意は、覚悟は、目の前の男には一切響いていなかった。


「謝る? 何故そのようなことを、カタリナ様がしなければならないのです? 貴方は何をあの男に謝罪するというのですか? いいえ、そもそも、聖女である貴方が謝罪などする必要がないじゃないですか」


 何を訳のわからないことを……そんなことを言いたげな口調と言葉。それらは、変わろうとしているカタリナをある意味全力で否定しているようだった。


「カタリナ様。貴方は聖女なのです。聖女であるあなたは神に選ばし者。即ち、代行者なのです。故に、貴方の行動は神の行動そのもの。そんな貴方が、謝罪するなど有り得ない。ましてや、それがあんなロクデナシの男に謝るなど、あってはならないことなのですよ」


 優しげな表情を浮かべながらも、しかし口にしていることは、全くもって馬鹿らしいものだった。少なくとも、バリーにとっては理解不能なものである。

 聖女は神の代行者。だから彼女がやることなすことは、神の意思。故に、そんな彼女が誰かに謝罪する必要性はない。

 何故なら、彼女は神に選ばれた聖女なのだから。

 そして、だからこそ、カタリナがセシルに謝罪することは、してはならないことであると、フィオルは言い放つ。


(何だ、これは……)


 そんなフィオルの言葉を聞きながら、バリーは心の中で疑念を生じさせていた。彼に、ではない。彼の思想や言葉について、だ。

 カタリナは、ただ傷つけた少年に対して、謝りたい。それだけなのだ。だというのに、それが神の代行者だからしなくていい? むしろ、謝ることの方が間違っている?

 そんなはずがないだろうが。

 少なくとも、バリーはカタリナがやろうとしていることは、正しいことだと思っている。当然のことだと考えている。人として、すべきことを彼女はやろうとしているのだから。

 だというのに、それをフィオルは全否定しているのだ。

 そして何より気に入らないのは。


「帰りましょう。皆が、聖女である貴方を待っているのですから」


 まただ。またこれだ。

 聖女、聖女、聖女………さっきからそればかり。フィオルは一切、カタリナ個人を見ようとしていない。いいや、彼だけではない。夢にみた者達。そのほとんどが、カタリナを聖女としてしか必要としていなかった。

 聖女には特別な力があって、特別な役割がある。そこについては否定はしない。理解もできる。

 しかし、だから普通の少女として、人間として、やらなければならないことを否定されてもいいのか?

 特別なことではない。普通のことを禁じる必要性が一体どこにあるという?

 ましてや、自分が間違っていたとようやく理解し、正そうとしているのに、それを意味のない行為、やってはいけないことだと?

 何とも馬鹿げていて、何とも愚かな言葉。

 全くもって、反吐が出る。

 ああ、つまるところ、だ。


「さぁ。表に馬車を待たせてあります。それに乗って―――」

「そろそろ黙れよ、鬱陶しい」


 我慢の限界がやってきた。

 一言。そのたった一言でフィオルの言葉が遮られる。そして、同時に彼の視線がバリーの方へと向けられた。の元に集中する。それは明らかな嫌悪からくるものであったが、しかしバリーは全く臆していない。


「……何ですか。人の言葉を遮るなど、無礼ですよ」

「喧しい。女が覚悟決めて会いに行くって言ってんだ。それを邪魔するとか、野暮な真似してんじゃねぇよ」


 バリーの言葉が勘に触ったのか、フィオルの眼光はさらに鋭いものとなっていた。


「そもそも、貴方は誰ですか? カタリナ様とはどのようなご関係で?」

「傭兵みたいなもんだ。そっちの女とは、依頼人と雇い主。それだけの関係だよ」

「ならば、少々黙っていてもらえますか? こちらは大事な話をしているので」

「そうもいかねぇ。こっちはまだ仕事の途中なんだ。それが終わってないのに、ここでとんずらされたら、こっちが困る。しかし……ああ、なる程。ちょっと納得したわ。なんで、そいつがオレ何かを頼ってきたのか、最初は不思議で不思議でしょうがなかったんだが……こんなのしか周りにいなきゃ、そりゃオレにでも頼るわな」


 周りが自分に対し、肯定の言葉しか言わない状況。いや、それよりももっと質が悪いか。聖女だからこうするべき、などという理屈を突きつけてくる連中しかいないのなら、彼女が魔人などというモノに頼ってしまったのは仕方のないことなのかもしれない。


「……この私を、王国騎士団副団長と知っての発言ですか?」

「はっ。副団長がこんなんじゃあ、その騎士団とやらも程度が知れてるってところだな」

「……我ら騎士団を侮辱する気ですか」


 鋭い眼光。それは普通の人間なら、萎縮せざるを得ないものだ。

 しかし、生憎とここにいるのは、普通の人間ではない。


「そういう態度が程度を知らしめすって言ったんだ。自覚しろよ、三下」

「……私を三下呼ばわりするとは、よほどの世間知らずらしいですね」


 言いながら、フィオルは自らの剣を鞘から抜いた。

 そして。


「いいでしょう。ならば、その身にきっちりと教えてあげます―――表へ出ろ!! 決闘だ!!」


 そう、叫んだのだった。 

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