三話 魔人、契約する
カタリナの記憶を見終わった後、魔人は大きなため息を吐いた。
「……見終わったの? 私の記憶」
ふとカタリナの声がした。見てみると、部屋の片隅で座り込み、顔を伏せていた。どうやら他人に自分の記憶を見られたことに、複雑な思いがあるのだろう。ましてや、あんな記憶だ。彼女からしてみれば、本当は見られたくない代物。そんなものを、目の前で堂々と見られたのだ。了承の上とはいえ、ある意味公開処刑に近い代物だ。
「ああ。断片的にだが。それでもまぁ、大事なところは抑えているつもりだ。で、だ。まず言っておきたいんだが……」
全ての記憶を見るには、それこそ時間がかかってしまう。故に要所要所を抑えた記憶を覗き込んだ。
色々とツッコミどころが満載であり、指摘するべき点は山のようにある。
その上で。
「―――お前、聖女だったのか!?」
魔人が口にしたのは、まずそこだった。
「え? そこ?」
カタリナはまるで予想外だと言わんばかりな表情を浮かべていたが、それがまた魔人の声を荒げさせる要因になった。
「そこ? じゃねぇよ!! かなり重要なところだろう!! 何聖女が魔人を呼び出してんだよ!! 普通アウトだろ、アウト!! 神に仕える的な奴が、オレなんかに頼っていいわけあるか!! もっと自分の立場とか、そういうのに気を配れよ!!」
「いや、だって他に方法がなかったし……」
「いやあるだろう!! 人探しなんだから、もうちょっと自分で頑張ってみようとか思わなかったのか!? 魔人に頼ろう、なんて結論にはならないだろ!!」
確かにカタリナは必死にセシルを探していた。それは認める。だが、それで見つからなかったから、聖女である彼女が、魔人を呼び出そう、などという状況に至ることが、信じられなかった。
「だって……別に悪魔を呼び出すわけじゃないし……」
「阿呆!! 悪魔も魔人も似たようなもんだろうが!! いや、確かに違う、違うんだけどな!! それでもそこは超えちゃいけない一線だろう!?」
「な、なによ。アンタが、そこまで怒らなくても……」
その指摘はご尤も。
魔人からしてみれば、カタリナが聖女でも魔女でも、はたまたただの少女でも、何でも構わない。自分を呼び出し、願いを口にし、そして魔人がそれを叶える。それで、自分は自由になれるのだから、彼女が何者でも問題はない。
しかし、しかしだ。
それでもツッコミを入れなくては、気がすまなかった。
「そういう自分勝手な考え方が、オマエの幼馴染を追い詰めたんじゃないのか?」
「うっ……」
「別に常識に縛られろとは言わないが、それがつまり、常識を無視していいってわけじゃねぇだろ」
「ううっ……」
「これくらいならいい。別に問題はない。そういう諸々が、今回の発端なんだろうが。それをまた繰り返してどうするよ」
「うううっ……!!」
涙目になりながら、カタリナはこちらを睨む。が、反論の余地がないためか、彼女は何も言わない。
何だろうか。こうして見ると、本当に頭が悪いように思えて仕方がない。
まぁ、それが今まで幼馴染にしてきたことへの免罪符になるだけではないが。
「というか、だ。オマエ、幼馴染に会ってどうするつもりだ?」
唐突な質問。しかし、この場において、一番の疑問でもあった。
「はっきり言って、今回の件。オマエが悪くない、という見解はゼロに等しい。まぁ、相手の幼馴染ももうちょっと自分の意見を言えば良かったっていうのもあるっちゃあるが、それでも根本に問題があったのはオマエだ。あれだけ罵られて、貶されて、馬鹿にされ続けりゃ、そりゃあ誰だって嫌になるだろ。むしろ、十年以上耐えてきたアイツは、ある意味凄いとは思うがな」
「……、」
「だが、それも限界が来て、決別の時がやってきた。そんでもって、あの別れ方だ。正直言って、あれはもう手遅れどころの話じゃない。決壊というか、崩壊というか、そういう類だろ。あそこから寄りを戻すとか、それこそ不可能だ。それくらいは、オマエも自覚してるとは思うが」
「……うん」
流石のカタリナもそこは理解しているようだった。
今まで、大した反抗やら文句を言ってこなかったセシルが、冒険者を辞めてまでカタリナの傍を離れたのだ。その決意が固いのは言うまでもない。
「それで、だ。もう二度と修復不可能な奴と会って、オマエはどうしたいんだ?」
それは、カタリナが何度も言われいた言葉だった。そして、それはつまり多くの人間が思う疑問だろう。
一方が完全に決別した状態で、しかも非はカタリナにある。それはもう、終わっているとしか言い様がない。ならば、もう二度と会わない方が、お互いのためになるのではないか。そう考えるのが、自然な流れというものだ。
無論、カタリナもそれは分かっている。
しかし、だ。分かった上で、彼女は言う。
「……謝りたい。今まで、ひどいことして、ごめんって。ちゃんと謝りたい。多分、その……許してはもらえないだろうけど……」
「いや、多分じゃなくて、絶対だろ」
「うぐっ……」
揚げ足を取るかのような指摘。しかし、そこは事実なので、やはりカタリナは反論しない。
代わりに、己の本当の言葉を口にする。
「それでも……それでも、ちゃんと言いたいの。話したいの。このままだと、私、どうしていいか、分からなくて……」
聞いて、魔人は思う。やっぱり、この女は自分勝手である、と。
結局のところ、幼馴染に会いたいのも、謝りたいのも、自分のためなのだ。このままだとどうすればいいか、分からない。そんな言葉が出てくる時点で、彼女は何も変わっていない。本当に幼馴染のことを思うのなら、このまま彼を放っておく。それが一番の選択肢だ。
しかし、彼女はその選択をしない。敢えて、自分も相手も辛い道を行こうとしている。
本当に我儘で、どうしようもなく愚か。
そんな少女の願いに対し。
「―――分かった。オマエの願い、叶えてやろう」
魔人は、淡々と了承の言葉を口にした。
「え……ほ、本当?」
信じられないと言いたげな視線を向けてくるカタリナに、魔人は頷く。
「ああ。本当だ。言っとくが、オマエに同情したとか、そういう感情は一切ない。というか、今回の場合、そのオチは有り得ないしな。オマエ、容姿は最高だが、中身が最悪だし。心根がひん曲がっている奴に、お情けかけるほど、オレはお人好しじゃねぇ」
「うぅ……何か、褒められてる要素もあるのに、ほとんどが罵倒だから喜べない」
「罵倒のつもりで言ってるからな。オマエがずっと幼馴染にしてきたことだ。感想は?」
「……最悪」
「それがオマエの幼馴染がいつも感じてたことだ。ちゃんと噛み締めとけ」
などと言いながら、魔人は思う。何で自分はこんなことを口にしているのだろうか。
「んで、それでも尚、オレがオマエの願いを叶えようと思ったのは、単にリスクとリターンの問題だ。人探し程度、魔人のオレならそこまで問題じゃねぇしな。だから叶える」
次の願いを叶えれば、魔人は自由の身となる。故に、叶えやすいこの願いに付き合うのは、別段問題ではないと判断したまでだ。これが、二人の仲を修正したいだの、また昔のようになりたいだのと口にした場合は、速攻で断るつもりだった。
しかし、カタリナの願いは、幼馴染に会って、話したい、というもの。
その程度ならば、構わないだろう。
それに、だ。
(こいつが、その幼馴染とやらに再会してどうなるのか、興味あるしな)
きっとロクでもない結果になるのは目に見えている。それがどんなものになるのか興味がある、などと悪趣味と言われるかもしれない。だが、勘違いしてはいけない。魔人はカタリナの不幸な姿がみたいわけではない。単純にどうなるのか、気になる。それだけだ。
「あ、ありがとう……えっと……」
「ん? ああ。そういえば、名乗ってなかったな」
完全に失念していたと思いつつ、魔人は言い放つ。
「オレはバリー。魔人・バリーだ。よろしくな」
魔人―――バリーは、不敵な笑みを浮かべて、己の名前を口にしたのだった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
ぼちぼちやっていこうと思いますので、よろしくお願いします!