二十七話 魔人、城に突入する
【常闇の城】。
そこは、その名の通り、常に闇に支配されている城だった。
上空は常に雲に覆われており、日光が一切ない。しかも、その雲というのもただの雲ではなく、漆黒、否、闇そのものだ。
無論、そんな場所で草木がまとも生えることはなく、城の周りは荒野となっている。大地にはひびが入っており、動物はおろか、魔獣ですら全く生息していない。まさに、死の領地。
そんな場所に、バリー達は到着していた。
「ここが、【常闇の城】ですか」
「名前通り、真っ黒な場所だな」
城を見上げながら、そんなことを呟く。
既に一行は【常闇の城】の城門前までやってきていた。敵が魔女ということもあり、周りに魔獣などがいたり、罠が設置されていたりする可能性も考慮して慎重にやってきたが、それも全て徒労に終わった。
しかし、それも城の外側に関してのみの話だ。
「それにしても……いかにもって雰囲気ね」
「雰囲気だけじゃねーぞ。こりゃ、相当な力の持ち主だな。結界が何重にもしかけてやがる。多分、中は見た目以上に複雑なことになってやがるな」
一目見ただけで十分に分かってしまう。これは、以前戦った魔女ミイラとは比較にならない程の力だ。何せ、ここまで魔力がダダ漏れている。わざとなのか、それとも抑えている上で魔力が漏れているのか……どちらにしろ、厄介な相手であろうことは簡単に予想できる。
しかし、その程度のことは問題ない。どんな相手であれ、自分達は進むのみなのだから。
故に、問題があるとすれば。
「さて……どっから侵入したもんかね」
それが、今のバリー達に課されている難問だった。
目の前にある巨大な城門。これを人の手で外側から開くのは相当骨が折れる。それも、四人でなどというのはあまりにも無謀だ。城壁を登っていく、というのは論外。
ならば、必然的に内部へ入れる出入り口を探すのが妥当か。そこも安全というわけではないだろうが、しかし今から向かうのは魔女が造った巣窟だ。どんな場所から入ろうとも、安全な場所などあるはずがない。
「っつーか、本当にオマエの幼馴染、ここに来たのかよ」
「信じ難いけど、街で集めた情報を整理するのなら、十中八九、アイツはここに来てるわよ」
カタリナ達は、ここに来るまでに街で【常闇の城】へ向かった者がいないのかを調べまわった。そして、案の定、というべきか、それに該当する青年が一人いたのだ。
つい数週間前に街へやってきて、【常闇の城】に行くといったその青年は、外見的特徴が、セシルに酷似しており、一行は間違いなく、セシルがここへやってきたと確信していた。
「全く、あの男、本当にどういうつもりなのでしょうか。こんな場所に一人で来るなどと、自殺行為にも等しいというのに」
「それは確かにそうですね。恐らく『探し物』とやらのために来たのでしょうが、それが一体何なのか、皆目検討がつきませんし……」
「そもそも、あの男がこんな場所に来て、無事でいられるとは思えませんし。もしかしたら、もう既に―――」
「おい」
アンジェの言葉を、バリーは一言で断ち切る。それによって、さすがのアンジェも自分が言ってはならないことを口にしそうになったと気がついたようだった。
その考えを、誰も思いつかなかったわけではない。むしろ、セシルがここに来たという情報が確実になった時点で、皆その予想はしていただろう。
無論、カタリナ本人も。
「……大丈夫よ。その予想も覚悟の上で、ここに来たんだから」
拳を握りながら、カタリナは呟く。それに対し、バリーは何も言わない。大丈夫だ、安心しろ、などという言葉がここでは意味をなさないことは、彼にだって理解している。
などと思っていると、唐突に城門がひとりでに開いていく。錆び付いた音を出しながら開いていく様は、まるで巨大な怪物が口を開いていくような感覚だった。
そして、完全に城門が開いたのを確認した一行は各々に言葉を漏らしていく。
「……どうやら向こう側から誘ってるみたいだな」
「これ。完全に罠よね?」
「ええ。どう見ても罠以外にありえまんわ」
「あからさますぎて、ちょっとどうかと思いますが……」
勝手に開く城門。そこから感じ取れる禍々しい気配。そこから察するに、どうぞ中に入ってくださいと言っているのがよく分かる。
これで罠じゃない、という可能性は皆無に等しいだろう。
「とはいえ、だ。ここでくっちゃべっててもしかたねぇだろ」
「確かにね」
そう。結局のところ、どこから入ろうとも同じこと。バリー達は、ここにセシルに
結局のところ、侵入しようが突入しようが、相手とやりあうことには変わりないのだから。
むしろ、逆に城門を開く手間が省けたと思えばいい。
「それじゃあ、行くわよ、皆」
カタリナのその一言と共に、一同は中へと入っていった。
*
「んで……早速これか」
城門から中に入ったバリー達を待っていたのは、魔獣の群れ。
それらは全て、石像の魔獣であるガーゴイルだった。ただし、姿形は千差万別。虎や狼、鳥やライオン、はたまた三メートルを超える巨人等など。その数は、恐らく五十前後、といったところだろうか。
「定番過ぎて、逆に拍子抜けだな」
「言ってる場合ですか!! 魔獣に囲まれながら、よくもまぁ呑気なものですわね!!」
ガーゴイルの群れは、当然の如く、バリー達に敵意丸出しの状態だった。その瞳も、爪も、牙も、全てが殺気で出来上がっているかのように、こちらを殺そうとしているのが肌に伝わってくる。
しかし、そんな状況下でも、バリーは通常運転であった。
「そう喚くなよ。この程度、ぎゃあぎゃあ騒ぐような場面じゃないだろうが。ほら見てみろ、オマエ以外の女性陣は余裕の態度だぞ」
「いや、別に余裕というわけではないんだけど」
「わたしも。どちらかというと緊張している方なのですが……」
バリーの発言を、しかし他の二人はあっさりと否定する。が、そんなことなど気にもとめていないバリーは周りのガーゴイルに対して、目を向ける。
魔獣に囲まれる、なんてことは日常茶飯事。この程度の危機など、いつも乗り越えてきた。故に、今回もいつも通りに一体残らず叩き潰す。
そのつもりだったのだが。
「あの、すみません。ここは、わたしに任せてもらってもいいでしょうか?」
唐突にリーゼが手を挙げながら、提案を口にする。
「何か、あんのか?」
「一応、あります。この数を一々相手にしていたら、時間がかかってしまいそうですし。それなら、わたしの方法は手っ取り早いと思うので」
リーゼの言い分は尤もだった。いくらバリーやカタリナが実力者だからと言って、この数を相手にしていれば、時間がかかるのは事実だった。
今は時間が少しでも惜しい。それに、今後どんな罠が待っているのかは未知数だ。故に、手っ取り早い方法があるのなら、選択肢はただ一つ。
「そんじゃ、頼むわ」
バリーの言葉に、リーゼは頷く。
そして、一歩前へと出ると、周りのガーゴイルの視線はリーゼに一点集中したかと思うと、次の瞬間、一斉にその牙と、爪と、殺意を、彼女目掛けて解き放つ。
刹那。
「【下がりなさい】」
その言葉と同時、ガーゴイルの動きが全て止まる。まるで、身体を縛られてるような、もっと言うのなら、時間が止まったかのような光景。
それだけではない。あれほどまでも殺意に満ちていたガーゴイル達から、敵意が全くなくなったかと思うと、ゆっくりと後ずさりしながら、リーゼの側から離れていく。
「【道をあけなさい】」
再びリーゼの言葉が放たれる。同時に、ガーゴイル達は、まるで訓練された兵士の如く、整列をするかのように並び、そして奥への道をあけたのだった。
その光景に対し、カタリナやアンジェはおろか、バリーですら驚きを隠せない。
「これは、一体……」
「わたしは、ゴーレムですが、そんなに強く作られたわけではありません。なので、身を守る手段を手に入れる必要がありました。これがその一つ。魔獣に対する絶対命令。わたしの言葉に、魔獣は逆らうことはできません。ただし、下級の魔獣に対してのみ使える程度の代物ですが」
リーゼの言葉で、バリーは思い出す。そういえば、彼女はブラッドウルフを操っていたことがあるが、この能力によるものか。
しかも、下級魔獣に対してのみ使える程度、といったが、それでも一度に五十の魔獣の動きを封じ、あまつさえ操るとなれば、高度な技術だと言える。いや、彼女はバリー達に対して、二百ものブラッドウルフを差し向けてきた。となれば、彼女の実力はこんなものではないのだろう。
「さぁ。先に進みましょうか」
無表情でさらっとそんなことを口にするリーゼに対し、バリー達は苦笑いを浮かべる他なかったのだった。




