二十五話 魔人、二人目の聖女に出会う
以前にもこんなことがあった、とバリーは思う。
街中でばったりカタリナの知り合いと出会ったあの時。ここにきて、また同じ展開が待っていようとは思いもしなかった。
……いや、あの時とは少し状況が違うか。
少女―――アンジュの名前を口にしたカタリナは、口をポカンと開けている状態である。しかし、そこには嫌悪といったものはなく、ただ単に驚きという一言があるのみ。
そして、驚愕という点においては、アンジェの方も同じようだった。
「お姉さまっ!! ああ、ようやく、ようやくお会いすることができましたっ!! まさか、こんなところでお会いできるなんてっ!! 何という偶然なのでしょうか!! まさに神のお導き!!」
「ちょ、アンジェ、どうしてアンタがここにいるのよっ!!」
困惑しながらも問いただすカタリナ。
その有り様と言動に首を傾げながら、リーゼは口を開く。
「あの……カタリナさんのお知り合いなのですか?」
「えっと……まぁ、知り合いというか、何というか……」
「知り合い? とんでもございません!! わたくしとお姉さまは、生涯を誓い合った相棒ですわっ!!」
「生涯を誓いあった相棒……?」
その言葉にまゆます意味がわからないと言わんばかりに、リーゼはまゆをひそめた。一方でカタリナはすかさず己の手刀をアンジェの頭に直撃させた。
「ぐぎゃっ!?」
「こらっ!! 勝手なこと言わないっ!! それより、さっきの質問に答えなさいっ。アンタ、どうしてこんな街にいるのよ」
「どうしてって、そんなの、お姉さまを探しにここまでやってきたに決まってるじゃないですの!!」
「決まってるじゃないですのって……アンタねえ、自分の立場分かってんの!? アンタは一人でこんなとこぷらぷら出歩いていい身分じゃないでしょ!!」
「あら? どの口でそんなことを仰っているのでしょう? 逃げた男を追いかけて、こんなところにまでやってきた方の台詞とは到底思えませんわ」
「うぐ……っ」
ぐうの音も出ない正論である。そして、その点に関してだけは、バリーもアンジェの言葉に賛同していた。
しかも、聖女であるカタリナは正体不明である魔人を呼び出すことまでしでかしている。そこから考えても、彼女はアンジェにどうこう言える立場にはいない。
とはいえ、だ。アンジェがここにいるということが、非常識であることには変わりないのだが。
「あの、バリーさん。もしかして……あの方も聖女なのでしょうか?」
「何だ。分かるのか……って、そういや、あのロクデナシの時も気づいてたな、オマエ」
言いながら、バリーは初めてリーゼと出会った時のことを思い出す。彼女は自分達が説明する前に、カタリナが聖女であることを知っていた。恐らくは、聖女がどういうものなのか、というのを纏っている空気や雰囲気で理解できる機能があるのだろう。
そして、無論バリーもカタリナの記憶からアンジェが聖女であることは知っていた。
「あいつは、言っちまえばカタリナの後輩にあたる聖女だ」
「あー。だからお姉さまと呼んでいるのですね……けれど、何故カタリナさんは、あれほどまで怒っているのでしょうか? やはり、同じ聖女が一人でいるのがそんなにいけないことなのでしょうか」
「ん? ああ、そりゃまぁそれもあるだろうが……アイツ、王国の第三王女だからな。国の王女が、一人でふらふらしてたら、そりゃ色々と言いたくなるだろ」
「なる程。あの方は、王女様なのですね……王女様っ!?」
目を見開くリーゼ。無表情が基本の彼女のこう言った顔はとても貴重に思える。ましてや、頭に猫がいれば、尚更。
とはいえ、だ。彼女の驚きっぷりも当然といえば当然だろう。何せ、王女がこんな街にいる、というのがそもそもおかしいことであり、信じられない。そもそも、聖女だけでも珍しいというのに、王族でもあるとなれば、希少どころの話ではない。恐らく、今の聖女の中で最も地位が高いのは、アンジェだろう。
故に、カタリナもどうして何故、とつぶやいている。まぁ何度も言うようだが、幼馴染を探しにここまできた聖女が言える立場ではないとは思うが、今はそれは置いておこう。
「確かに、私も私で色々と軽率だったかもしれないけど、アンタは私と違って、王女でもあるのよ? そんなアンタが勝手してたら、国家問題になるでしょうがっ!!」
「その点は心配ありませんわ。というより、先程からお姉さまは何か勘違いをされている様子。わたくし、何も個人的な用事でここまで来たわけではございません。ここにいるのは、聖女としての仕事を果たすためですわ」
「聖女としての仕事? それってどういう……」
「つまり、そこのロクデナシを連れて帰ることが、オマエの仕事ってことでいいのか?」
そこで、バリーが二人の会話に介入する。
唐突に割って入ってきたことに不満を持ったのか、アンジェはムッとした表情でバリーの方を向く。
「……どちら様でしょうか?」
「用心棒みたいなもんだよ。それで? 今の質問には答えてくれねぇのか?」
笑みを浮かべるバリーに対し、アンジェは明らかに不機嫌な顔になりつつも、その問いに答えることにした。
「ええそうです。わたくしがここにいるのは、教会に頼まれてのことです。お姉さまを見つけ出し、連れ戻す。それができるのは、わたくしだけだろうから、という理由で」
「ちょっと待って。私は教会にはちゃんと許可は取ったはずよ?」
そう。そのはずだ。
カタリナは色々とダメな部分があるが、しかし自分が聖女であることは自覚している。故に、そんな自分が何も言わずに勝手に行動することが周りに迷惑をかけることも重々承知している。だから、教会や組合にはちゃんと話はつけてあった。
そして、それはカタリナの記憶を見たバリーも知っていることだった。
しかし、少女の言葉に、アンジェは首を左右に振った。
「どうやら事情が変わったようなのです。内容は聞かされていませんが、教会は早くお姉さまに帰ってきて欲しいようです。まぁ、尤もわたくしもお姉さまを探す気満々でしたので、好都合ではありましたが」
と、そこで言葉を切りつつ、アンジェは目を細める。
「しかし……まさか、お姉さまが殿方を連れているとは思いもしませんでしたわ。しかも、このような野蛮人の塊のような者と一緒だとは……」
「おうおう。野蛮人とは言ってくれるな、チンチクリン。一応言っとくが、オレはそこのロクデナシに頼まれて一緒に行動してるだけだからな。それ以外の他意は一切ないぞ」
野蛮人という点については否定しないが、しかし妙な勘違いをされては困る。そのための言葉だったのだが、どうやらそれは火に油を注いだらしい。
「ロクデナシ……貴方、お姉さまがどんな方なのか、ご存知の上で仰っているのでしょうか?」
「承知の上だよ。その女がどうしようもないロクデナシであることは事実だろうが」
「なっ……わたくしの前で、お姉さまを愚弄するとは、いい度胸ですわね」
言いながら、アンジェはバリーに向かって仁王立ちの形を取る。その身体から発せられるのはある種の覇気。
しかしながら、そんなものはバリーには全く意味がないものだった。
「愚弄してるつもりは毛頭ないがな。自分の行動のせいで幼馴染に絶縁突きつけられて、後悔しながら、それでも諦めきれずにオレみたいなのに頼りながら、こんなところにまで来る奴だぞ? これをロクデナシと言わずに何ていうんだよ」
「いや、それ事実だし、否定できないけど、毎回毎回それ言われるとほんと傷つくから、もうちょっとオブラートに言ってくれない?」
何度目かになるバリーからの指摘に、カタリナは小さくもツッコミを入れる。
けれど、どうやらその点については、アンジェも真っ向から否定するつもりはないらしい。
「くっ……確かに、お姉さまはズボラな性格で、軽率な行動をとりがちですわ。特に、あの男のことになれば周りが見えなくりますし、そのくせ本人に向かっては罵倒を色々浴びせて、後で激しく後悔するような残念な性格をしていますけれど!! それでも聖女として、恥じない方だとわたくしは信じておりますわ!!」
「うんちょっと待とうか。それ、大部分が悪口だよね? これっぽっちもフォローするつもり一切ないよね?」
激しく目線で火花を散らす二人に対し、カタリナは口を挟むものの、当の二人は全く言葉が耳に入っていないらしい。
「それに見てくださいましっ!! この神々しくも美しい容姿と身体をっ!! 靡く黄金の長髪は太陽の如く輝き、鋭くも凛々しい瞳は多くの猛者をも恐怖させるっ!! 加えて、引き締まった腰つきは妖艶であり、その上にある胸元は山をも連想させるような豊満な肉付きっ!! これを聖女と言わず、何といいますでしょうかっ!!」
「ちょ、どこ触ってんのよアンタはっ!!」
いつの間にか背後に回られ、身体をがっしりと触られながら説明されるカタリナは、赤面しながらそんな事を叫ぶ。
しかし、バリーはそんな様子を見ながらも、うんうんと頷くのみだった。
「その点に関してだけは、激しく同意だ。こいつは性格としては色々とあれだが、身体と容姿だけはほんと一級品だしな。顔も胸も腰も太ももも、ありとあらゆるところが完璧な配分だ。正直初めて会った時、マジでエロいと思ってたね。っつか、聖女がこんな肌色多くて大丈夫か今の教会、って心配した程には容姿端麗だと思ってる」
「アンタも一体何言ってんのよ……!!」
見てないで早く助けろと言いたいカタリナだったが、目の前にいる男は魔人。その性格は、人のそれからは外れている。故に、ここで助けるという選択肢は彼にはないのだろうと、少女は悟った。
一方で、バリーの言葉を聞いたアンジェは苦虫をかんだ様子で、言葉を続ける。
「くっ……やはり、お姉さまの美点を理解した上で一緒に行動していましたか。ということは、貴方の目的はお姉さまの身体ですわねっ!? しかし、そうは参りませんっ!! わたくしが来たからには、貴方の思うようにはさせませんわっ!! お姉さまの身体はわたくしがたっぷりじっくり味わう予定なのですから!! さぁ、というわけで、お姉さま。わたくしと一緒に帰りま……」
「何が、というわけでよ、この……馬鹿王女ぉぉぉおおお!!」
叫び。そして激昂。
それらは言葉だけでは示されなかった。もっと視覚的な、そして物理的なものとしてこの世に顕現する。
要するにだ。
次の瞬間、カタリナの鉄拳がアンジェの顔面にぶち込まれ。その一撃をもって、アンジェは完全にノックアウトした。
その一部始終を見ていたリーゼとマックはというと。
「これは……一体何なのでしょうか」
「ヌァー」
そんな、ため息に似たような言葉と鳴き声を出していたのだった。




