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二十四話 魔人、デジャヴを感じる

 また自分のものではない記憶だ。

 もうこれで何度めだろうか……そう思っていたのだが、しかし、今日はいつもと違う。

 通常、という言い方はあれだが、いつもならこの記憶の持ち主である少女とその幼馴染である少年の日常がそこにあるのだが、今回は全く別の展開が起こっていた。


『お姉さま!! いつまであのような男と一緒にいるのですか!?』


 怒号のような言葉を吐く少女。青く長い髪を後ろの左右でまとめ、両肩に掛かる垂らしている。その毛先はかなり巻かれており、くせっ毛であるのは一目瞭然。

 年齢は十五、六といったところか。背丈はその年齢の少女からしてみれば、平均的なものであり、高くも低くもない。

 そして、最も特徴的なのは、その口調だろう。


『別に……いいでしょ。私が誰とどうしてようが』

『いいえ、そうは参りません。お姉さまは、聖女なのですよ? その自覚をもっとしたくださいませ』


 丁寧な言葉から考えて、まるでお嬢様のような口調だ。

 事実、彼女はかなり地位のある少女なのだから。それこそ、聖女以上の力を持っている程に。

 無論、二人に血のつながりはない。一方が勝手に「お姉さま」と呼んでいるに過ぎないだけだ。それだけ、相手を尊重し、敬っているということであり、それはまごうことなき事実なのだ。

 それは理解できるのだが……。


『いいですか? 聖女というのは、誰から見ても模範になるべき存在なのです。それこそ、皆を導く光であるような、そんな存在ですわ。お姉さまは確かにお強いですし、聖女たる風格も持っております。けれど、あまりにも自分が聖女であるという自覚が薄すぎますわ』


 それは、ある意味においては、事実なのだろう。そもそも、聖女の自覚があるのなら、冒険者などやらずに、教会にいる方が正しい聖女の在り方というものだろう。

 それに、だ。『彼女』はあまりにも俗っぽいところがある。聖女の風格というものもあるのだろうが、だとしても、もう少し自覚するべきかもしれない。

 そう考えてみれば、少女の言い分も正しいところもある。

 けれど。


『あのような男と一緒にいては、お姉さまはきっとダメになってしまいますわ。だから、一刻も早く、関係を断ち切ってくださいませ。それが、お姉さまのためにもなることなのですから』


 ああ、まただ。またこれか。

 以前にも同じようなものを見た。これはもしかすれば、聖女である『彼女』にとって、一生ついて回るものなのかもしれない。

 それは、もう仕方がないと『彼女』も思っているのだろう。だから、少女に対して何も言わず、否定の言葉も返さない。

 その光景が、忌々しくて、腹立たしくて。

 本当に胸糞悪いと思ってしまうのは、何故なのだろうか?


 *


 その街を一言で表すならば、暗い、というのが適切だろう。

 別段、何かおかしな点があるわけではない。喫茶店や酒場、雑貨店や道具屋といったものは揃っているし、宿屋だってちゃんとある。見かけはあまりよくないが、しかし明らかにボロボロ、というわけでもない。至って普通の建物が並んでいる。

 ただ、他の街と違う点があるとすれば、人の少なさか。あからさまに誰もいない、というわけではないが、街の規模に比べてそんなにいないというのが印象だろう。加えて、そのほとんどが口数が少なく、その表情は、街の雰囲気と同じで暗いものばかりだ。


「何というか、皆さんあまり活気がないように思えますが」

「そりゃそうでしょ。なんたって、ここはあの『常闇の城』の一番近くの街よ。活気がある方がおかしいわよ」


 百年前の戦いで生き残った魔女がいる城。そんな場所に一番近い街となれば、危険であるというのは明らかだ。人が少ないのもそれが原因だろう。


「とはいえ、だ。街の様子から察するに、魔女に襲われてる形跡とかはなさそうだな」

「ええ。基本、『常闇の城』の魔女は正体不明だけれど、自分を襲ってこない連中に対しては何もしないのよ。事実、あそこに魔女がいるのは明らかだけれど、その魔女が城の外に出て、この街やら近くの村に何かをしたってことは聞いたことがないわ」

「つまり、魔女はある意味無害ってわけか」

「まぁね。とはいえ、だから安心ってわけでもないのだろうけど」

「? 襲ってこないのなら別段、危険というわけではないのでは?」


 城へ入った者は誰一人として帰ってこない。けれど、魔女が城の外で殺戮をしたり、生贄を寄越させたりしているわけではない。そのことから考えてみれば、何もしなければ問題はない、というわけだ。触らぬ神に祟りなし、という言葉があるように、ようは放っておけばいいだけの話。

 ……などというのは、あまりにも楽観的だろう。


「正体不明の奴が近くにいる。それも強力な奴が。何もしなければ向こうも何もしてこない。けれど、それが永遠に続く保証はどこにある? もしかすれば、魔女の気が変わって、明日にでも、いいや今日にもでも襲ってきたとしたら……そんなことを考えたら、そりゃあ活気なんてもんは出ないだろうよ」

「でも、実際百年以上も魔女はこの街に攻め込んできたりなんてしてないのですから……」

「ええそうね。でも、実際ここで住んでいる人達にとっては、関係ない。怖くて危ない奴が隣にいる。それだけで、危険視するのは当然でしょ。そこに、正体不明って言葉が加われば、尚更」


 人というのは、自分に危害を与えるかもしれないという存在に敏感だ。

 例えば、一人の連続殺人鬼がいたとしよう。何人も殺してきたその男は、ある日突然改心し、もう二度と人を殺さないと誓った。けれど、それは男の中で決めた事柄であり、他の人間からすれば、知ったことではない。彼が人を殺した事実は消せないし、彼がこれから本当に人を殺さないという保障もどこにもない。故に、大抵の人間は彼を危険だと判断するだろう。それが人という生き物だ。


「何はともあれ、まずは情報収集だな。この街の人間なら、『常闇の城』や魔女について、何か知ってることもあるだろ。加えて、そんな場所へ行ったって奴がいれば、誰かの記憶に残ってるかもしれねぇしな」

「そうですね。となれば、酒場か宿などはどうでしょうか。情報を仕入れるにはそういう場所がいいと、前に聞いたことがあります。それに、もしも本当にカタリナさんの幼馴染さんがこの街に寄ったとなれば、そういった場所にも足を運んだ可能性もありますし」


 セシルが『常闇の城』へ向かったのはほぼ間違いない。ならば、この街にだって寄った可能性は少なからずある。そして、街によったとなれば、どこかで食事をしたり、泊まったりしたはず。故に酒場や宿屋で話を聞くのは、尤もな提案だ。


「確かにね……じゃあ。取り敢えず今晩泊まる宿を探しましょうか。それから―――」

「お姉さま?」


 直後。

 宿を探しに行こうと言い出したカタリナの言葉を、誰かが遮った。

 バリーは、前にもあった展開だと思いながら、声がした方へと視線を寄せた。無論、彼だけではない。カタリナやリーゼも同じ場所へと顔を向けた。

 そして。


「あ、アンジェ……?」


 カタリナは、そこにいた少女の名前を口にする。

 そして、バリーは理解した。

 カタリナをお姉さまと呼んだその少女は、夢で見たあの少女であるということを。

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― 新着の感想 ―
[一言] 聖女より取り巻きの方が厄介ですね。
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