二十一話 ゴーレム、過去を語る
一撃必殺。
本当に、たった一撃で魔女ミイラを倒した魔人に対し、カタリナはリーゼの治療をしながらも、心の中で、唖然としていた。
(前々から強い奴だとは思っていたけど……)
流石にここまで来ると、言葉がでない。
以前倒した上級の魔獣や騎士団の副団長などとは規模が違う。相手は魔女。しかも、弱っているとはいえ、百年前に存在し、尚且つ今まで魂を保っていた存在だ。そして、その実力は先の戦闘でも尋常ではないのは明らかだった。
完全に復活していない状態で、無数の骨の刃を飛ばしてきたり、霊体化した病の触手を操り、尚且つ骸骨の兵士達を生み出す。たった一人で、それだけのことを可能とするのだ。これがもし、完全な蘇生をしていたら、どうなっていたことか。
そして、だ。
そんな魔女を、バリーはひと振りで倒してしまった。
「ホント、常識外れもいい加減にしてよね」
そんな言葉を呟くものの、しかしこの魔人ならできてもおかしくはない、という気持ちもある。もうそれだけバリーについての評価は、麻痺していると言ってもいいのだろう。
無論、彼の力を初めて見る者からしてみれば、麻痺どころの話ではない。
「……まさか、本当に、母を倒してしまうとは……」
カタリナの腕の中で横たわりながら治療を受けているリーゼは、未だ目を丸くさせていた。無表情という印象が強い彼女が、痛みを忘れながら、驚愕する様は、ある種珍しいこと。
それだけ、彼女によって、目の前で起こった出来事は、信じられないことなのだ。
「強いのですね、貴方は」
「まぁな」
端的な言葉に、これまた短い返答をするバリー。そこにあるのは自惚れではなく、自信という名の真実。そして、彼はそれだけの力をもってして、リーゼの母である魔女を倒した。
その事実が、リーゼの中にあった何かを吹っ飛ばしていった。
「……わたしは、ずっと彼女を殺せずにいました」
その言葉を聞き、カタリナは敢えて問いを投げかける。
「じゃあ、あの魔女が言っていたように、貴方はアイツに反逆してたの?」
「反逆なんて、大層なものではありません。そんな大それたことはわたしにはできないし、実際できなかったのですから」
「それでも、貴方はあいつを目覚めさせないようにしてたのは事実でしょう? それはやっぱり……」
そこから先の言葉をカタリナは口にしない。
けれど、察したリーゼは小さく頷き、代わりに言葉を続ける。
「かつて、わたしはとある実験の中で生み出された失敗作でした」
「実験?」
「ええ……母の新しい身体となる器。その実験の中で生み出されたのが、わたしです」
新しい器。
つまり、リーゼは魔女の新しい身体として作られた存在だと言う。
「なる程。貴方がかなり緻密に人間の姿をしているのは、そういう理由からね。でもちょっと待って。魔女っていうのは、皆悪魔と契約した時に長命になるはずよ。だったら、新しい身体なんて必要ないと思うんだけど」
魔女は元は人間である。しかし、悪魔と契約し、その力を持つことで、人間の何倍もの長い期間生きることが可能とされている。
そんな存在が、新しい身体を欲している。
その理由として考えれるとするのは、様々あるが……。
「理由は単純明快、自分の容姿に飽きたからですよ」
「飽きたからって、そんな……」
「ええ。そんな理由で、です。そういう人だったんです、あの人は」
生まれ持った容姿を飽きたから変える。そんな馬鹿げたことが、しかしできてしまうのが魔女という生き物なのだ。
「母は死体の肉や骨を操る能力の持ち主でした。なので、彼女は集めた人間を灰にして、その灰と特殊な土を混ぜたモノで、ゴーレムを作ったのです。ゴーレムは朽ちず、砕けず、老いることがない。加えて、元の人間の時よりもさらに強い身体となる。そして、何より自分好みの容姿にできる。だから、わたし達を造った」
「わたし、達……?」
「いったはずです。わたしは失敗作だったと。けれど、失敗ではなく、成功した者もいるのです。その者達は皆、母が乗り移り、新しい身体となりましたが。そして、一度母の身体となった者は、母が飽きるまで使われ、捨てられていった」
それはまるで、女が色んな服を着飾るかのように、作っては捨て、作っては捨てを繰り返したのだとリーゼは言う。
一度身体を乗っ取られれば最後。意識は失われ、二度と元には戻らない。魔女の魂が身体から離れても、既に元のゴーレムの魂は消失しており、そうなった身体はすぐに廃棄されていった。中にはたった一日で使い捨てられたゴーレムもいるという。
「わたしが失敗作だと言われる理由は、ただ一つ。あの人の好みの顔ではなかったからです。どうにも、配合やらを間違えたようで」
「そんな……」
何とも傲慢な性格。
あまりの在り方に、カタリナは言葉を失っていた。
確かに、ゴーレムというのは使い魔であり、人間ではない。言ってしまえばモノだ。そこは分かっている。分かっているが、けれどそれでも目の前にいる少女が、そんな無機質なものとは到底思えないのだ。
「わたしは生まれた時から母に失望されていた。何も期待されず、何も与えられず、ただ雑用を請け負い、罵倒を浴びせられ、時には暴力で鬱憤をはらされる。そんな毎日を送っていました」
何の疑問も持たず、ただひたすらにそんな毎日を送る。それを不思議がる者もいるかもしれないが、しかしそれは当然の結果といえる。何せ、彼女は当たり前の日常というモノを知らないのだから。
けれど。
「そんなわたしにも、ある日、友ができんたんです。小さく、幼く、けれどわたしにはないモノを持っていた。そして、わたしに色々と教えてくれた。誰かとともに食事すること。誰かとともに花を摘むこと。誰かとともに話こと……その暖かさを、冷たいただの泥人形であるわたしに、教えてくれたのです」
森の中で出会った小さな子供。自分よりも何とも儚く、弱々しい存在。けれど、そんな子供に、リーゼは人というものを教わったのだ。
ただの人形。けれど、その身体に心というものが、少しずつ芽生えていった。
しかし、それが悲劇のきっかけでもあったのだろう。
「母は彼女に目をつけました。ある日、わたしに彼女を連れてこさせて……そして、目の前で殺し、喰らいました。その時の母は、全盛期であり、それ故生きるため、復活するために誰かの血肉を喰らう必要などなかった。それでも、母があの子を喰らった理由は二つ。一つはその魂が他のよりも魔力を多く帯びていたこと。そして、もう一つは……彼女が死んだ様をわたしに見せつけ、その様子を楽しむため」
心が宿ったゴーレム。
ゴーレムに心が宿ること自体、珍しいこと。だが、魔女にとってはそんなことは些細なこと。重要なのは、そんなゴーレムが大切なモノを失った時どうなるのか、それを見ることだった。
「わたしは呆気にとられて、何もできませんでした。泣くことも、叫ぶことも、何も。そんなわたしを見て、母は一言、つまらない、と。そんな言葉をつぶやいたのです」
「……、」
「わたしに怒りというものが芽生えたのは、あの時なのでしょう。しかし、わたしは母のゴーレム。ゴーレムは主を殺すことも、死なすこともできない。だから、わたしは何もできなかった。母がかつての英雄と聖女たちに殺され、この地で眠りについた時も、彼女にとどめをさすことはできなかった。ただその眠りを覚まさないよう、獣の血を集めることくらいしか、できなかった……」
心が宿ろうとも、彼女はゴーレム。その呪縛からは逃れられない。いいや、心が宿ってしまったからこそ、逆に苦しみや葛藤というものが生まれたのかもしれない。憤怒に燃えながら、しかしそれでも自分は何もできない無力感に苛まれ続ける日々。それは絶望と言って差し支えないだろう。
だが、それも今日までだ。
「わたしにこんな言葉を言う資格がないのは十分承知の上です。けれど、どうか言わせてください……母を倒してくださり、ありがとうございます」
偶然。そうとしか言い様がない状況ではあるが、しかし自らを縛っていた魔女はこの世からいなくなった。殺してやりたいとさえ思っていた相手が、断末魔を上げながら、死んでいったのだ。あまり褒められたことではないが、しかしリーゼの心の中はどこか晴れ晴れとしていたのだ。
そして、だからこそ。
「これで、ようやくわたしも……」
「死ねる、とか言うつもりじゃないでしょうね?」
刹那、治療を続けるカタリナが、リーゼの言葉を遮った。
「冗談じゃあないわ。目の前で死なれるなんて、真っ平ごめん。それじゃあ何のために助けてるのか、わからないじゃない。いや、まぁそりゃあさっきの魔女を倒したのは私じゃないし、大きなことは言えた義理じゃないけど……」
「そうだな。あれ倒したのオレだし。オマエはただそこでぼうっと見てただけだそ」
「確かに事実ではあるけれど、言葉にしないでくれませんかね!? 何かこう、心にぐさっとくるから!!」
魔女を倒したのはバリーであり、カタリナはリーゼの治療をしていながら、それを見ていたに過ぎない。それは分かっているのだが、しかし改めて他人にそれを指摘されると、やはり奇妙な罪悪感を抱いてしまう。
「けどまぁ、オマエが助けなかったら、そいつが死んでたのは間違いないしな。オマエが助けようと一歩前へと踏み出したから、そいつは助かった。それも事実だよ。そして、オレもそこのロクデナシと同じ意見だ。目の前で死なれるのは目覚めが悪い。ここはおとなしく、助けられとけ」
「いえ、でも、そんな……わたしは、主を失いました。これからどうやって生きていけばいいのか……それに、大勢の人に迷惑をかけてしまいましたし……」
「悪いが、それは知らん。オマエさんが決めろ。言っただろ? オレもソイツも、目の前で死なれるのが嫌だから助けるだけだって。要は、自分勝手な我儘だ。諦めな」
その言葉は、何とも一方的なものだった。
目の前で死なれるのが嫌だから助ける。その後の事は知らない。そう言い切った目の前の男に対し、リーゼはよく分からない気分にさせられた。
ある意味冷たい言葉だとは思う。けれど、同情もしてないというのも理解できる。嘘を言っているというのもないのだろう。
この二人は、本当に己のためにリーゼを助けているに過ぎないのだ。
それを一言で表すとするのなら。
「……おかしな人達ですね、貴方達は」
その言葉が、多分この二人に一番しっくりくる言葉だと思った。




