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二十話 魔人、一撃必殺を叩き込む

 脈動が、身体を強く揺さぶる。

 バリーは、身体の内側の血液が激しく脈打っているのを感じていた。無論、それは病による激痛からくるものではない。

 増大していく気。それらが比喩ではなく、空気を震わせ轟く。

 黒い靄が、バリーの身体から流れ出ていった。


『なんだ……それは』


 思わず、魔女ミイラが呟いた。当然だろう。

 漆黒の仮面。模様も何もない、本当にただの黒一色のそれは、目と口があるだけ。特徴と言えるのはそれだけだった。

 しかし、内包されている力が尋常ではないことは、一目で理解できる。


【ブラックマスク】


 バリーが持つ、ブラックシリーズの一つ。

 何とも滑稽でセンスのない名前。だが、そこからは考えられない程の異様な空気は、誰もが近寄りがたいものであった。


『妙な真似を……そんなハッタリが、われに効くとでも思ったか!!』


 刹那、何度目かの骨の刃が、バリーに襲いかかる。その数は優に百は超えており、それらが一斉にとなるとなれば、防ぐことも躱すことも困難。

 だというのに。

 骨の刃達は、バリーが纏う漆黒の靄に触れた瞬間、跡形もなく消滅していった。


『なっ……!?』

「うそ……」


 驚愕の声を上げる魔女ミイラ。そして、カタリナもまた目を丸くさせて、その光景を見ていた。あれほどの刃を、バリーは一切その場から動かず全て消し去ってみせた。いいや、その場から、というのは正しくはない。もっと言うのなら、襲われた直後、バリーは指先一つ、動かしてはいなかったのだ。

 その要因は、やはり彼が纏っている黒い靄だろう。


『何だ……何なんだ、それはっ!? あの数の刃を、禁術で強化された刃を、全く動かず全て消し去っただと……!? 不可能だ!! 叩き落とされるならまだしも、消し炭にすることなど!!』

「おいおい。この程度でぎゃあぎゃあ騒ぐなよ」

『この……!! ならば、これならどうだっ!!』


 刹那、地面から骨という骨が這い出てきた。それらは互いにくっつき合い、人の形をしていく。結果、出来上がったのは、骸骨の群れ。

 しかも、ただの骸骨ではない。それぞれの手には、骨でできた剣やら槍やらが持たされている。武装したそれらは、まるで死者の兵であった。


『さぁ、我が傀儡たちよ!! その愚か者を殺せっ!!』


 言葉と同時、死者の群れがバリーに牙を向ける。

 だが。


「だから……その程度で、オレをどうにかできると、本気で思ってるのか?」


 刹那、仮面を被った瞬間に出現した靄が骸骨兵達を襲う。手足が消え去り、胴体が崩れ落ち、数秒もしないうちに全身が抹消される。その光景は、まるで黒い靄が骸骨兵達を貪っているかのようだった。

 骸骨兵達は、魔女ミイラが操る骨から形成されている。本来なら、どれだけ斬っても壊しても、そこからまた組み合わさり、復活をとげ、何度でも相手に襲いかかるという代物。

 だが、それも元ある骨や死体があれば、の話。黒い靄は塵一つ残さず、徹底して骸骨兵達を次から次へと消失させている。そんな状態で、再生も復活もあるわけがない。

 つまり、バリーの靄は、魔女ミイラにとって最悪の相手だと言えよう。

 十体の骸骨兵が前方からから襲いかかるが、しかし、バリーはやはり動じない。彼の周りで発生している靄が、円を描くように一斉に骸骨達を塵と化す。


『く、き、貴様ァァァァァアアアアア!!』


 怒りの慟哭が洞窟内に響く。恐らく、彼女はここまで相性が悪い相手に初めて出会ったのだろう。死体を操るという能力から骨の刃、病の肉塊、死の兵隊……それらを作り出す魔女ミイラは、確かに強いと言えるのかもしれない。

 だが、今回は相手が悪すぎた。どれだけ骨の刃を飛ばそうとも、どれだけ病の肉塊で襲いかかろうとも、どれだけ死の兵隊を突撃させようとも、それら全ては虚無へと還ってしまうのだから。焼け石に水もいいところだろう。


『われの力を!! われの禁術を!! そのような訳もわからない代物で消すとは!! おのれ、おのれ、おのれぇぇぇえええ!!』


 魔女ミイラにとって、自らの力は己の象徴そのもの。死体を操ることはつまり、死を操るのと同義であり、故にそれを可能とする自分はまさに他を圧倒する存在であると。

 その力そのものを真っ向から消し飛ばされたとなれば、冷静にはいられないのは当然のこと。


「はっ。訳も分からないとは言ってくれる。こいつは、特定の物質で構成されたモノを喰らう靄なだけだよ。オマエの武器やら兵士やらはそれで構成されてる。だから、全部が消え去っちまうってわけだ」

『構成……? まさか、それはつまり……!?』

「そう。この靄は魔を帯びているものを徹底的に消し去るのさ。それがたとえ、悪魔から貰った力であってもな。いっちまえば、退魔の靄ってところか?」


 退魔の靄。

 そんなもの、聞いたことはないし、そもそもそんなものがあるとは信じられない。

 しかし、現にこうして魔女ミイラの攻撃は尽く消し炭になっている。それが、何よりの証拠でもあった。


『お前は、一体……一体、何なんだっ!?』

「言っただろ? 魔人だよ」

『ほざくなっ!! 退魔の力を持ちながら、魔人などと……』


 その言葉を聞いた瞬間、バリーは笑みを浮かべた。


「くくっ。ありがとうよ、思い通りの解釈違いをしてくれて」

『なんだと……?』

「オレの言う魔人っていうのはな、魔を操る人間だの、魔を使う人間だの、そんなんじゃねぇんだよ。魔を殺す人間。そういう意味での魔人だ」

『なっ……!?』

「ま、勘違いするのも無理はない。そういうの、狙って自称しているからな」


 魔人だ、といえば大概の人間は魔術に優れた人間、などという解釈を勝手にする。その逆である、魔を殺す人間、などと誰も思いはしない。

 そして、そういう勘違いをさせることで、相手の意表をつくこともできる。

 まさに、今、この状況のように。


「さて。おしゃべりはここまでにして、そろそろとどめといくか」

『とどめだと……? 馬鹿め!! 貴様は未だにわれに一度も攻撃を当ててはいないではないか!!』

「ああ。そりゃあそうだろ。何せ……一度当てれば終わるんだからな」


 黒い靄は魔を殺すモノ。そして、魔女ミイラは禁術という悪魔の力を使って、己の死体に魂を定着させている。

 ならば、だ。

 黒い靄を纏っている【ブラックソード】の渾身の一撃をその身に叩けばどうなるのか。


『……っ!? させるかぁぁぁあああっ!!』


 刹那、これまでにない程の、刃が空中に出現する。いや、刃だけではない。地面から生え出る病の触手、そして死の兵士達。その数は、今までのものとは比較にならない。もはや、それは軍勢。そして、それこそが、今の魔女ミイラが用いる全力であるのだとバリーは理解した。


『死ね、死ね死ね死ねぇぇぇええええええっ!!』


 最早言葉も単調なものになっており、殺意と憎悪をもってして、刃が、触手が、兵士が、あらゆるものが、バリー目掛けて襲いかかる。

 圧倒的なまでの数の暴力。どれだけの実力があろうとも、どれだけ技量があろうとも、物量で押し切ってしまえば問題はない。言ってしまえば、戦争と同じようなもの。少数が大多数を倒すなど、極めて稀であり、例外だ。

 だが、これは戦争ではない。闘争である。

 そして、だ。

 ここにいる魔人は、例外の存在でもあるのだ。


「それじゃ―――とどめ、行くぞ」


 言いながら、バリーは腰を下ろし、狙いを定める。

 バリーは別段、目の前の魔女ミイラに恨みがあるわけではない。ただ単純に倒さなければならない相手だからこそ、倒す。それだけの理由でここに立っている。

 ならば、今、自分がやるべきことはただ一つ。

 目の前にいる魔女を叩き、潰し、殺す。

 単純で明快な答えだ。


「―――っ」


 声もなく、バリーは動く。

 身体を放つ。駆け抜ける。途中、邪魔が入るが、無意味だ。彼の周りにある靄が介入を許さないまま、全てを消し去る。

 骨の刃も、病の肉も、骸の兵も、何もかも。一切合切、全てを無に還していく。

 まるで、魔女ミイラの全てを無意味だと言わんばかりに。


『ふざけるなぁぁぁああああああああっ!!』


 怒号が洞窟内に響き渡る。同時に、魔女ミイラの殺意はさらに膨れ上がった。


『ようやく復活したのだっ!! ようやくもう少しで生き返れるのだ!! あの忌々しい聖女たちに、あの男に殺されながらも、それでもこうして蘇ることができるというのに!! 何故、どうして、こんなものに……!!』


 魔女ミイラからしてみれば、百年の悲願がやっと叶うというところで、全く関係のない、よく分からない妙な者に全てをぶち壊されるという始末。

 そんなもの、認めてなるものか。

 そんなもの、納得できるものか。

 故に、負けない。死なない。諦めない。

 必ず殺す。必ず潰す。必ず排除する。

 だというのに―――バリーは既に、魔女ミイラの目前にいた。


『ッ!? やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめ―――』

「うるせぇ」


 端的な一言。同時に、バリーは【ブラックソード】を振り下ろした。

 力が爆発に向けて一斉に動く。体内に充足していたものが一点に集中し、圧倒的な衝撃とともに放散される。その後に訪れるのはある種の喪失感。けれど、それは自分の中にあったものを吐き出したかのような達成感や快感に近い。

 まぁ、要するに。

 バリーの一撃は、魔女ミイラを真っ二つにするだけではなく、その衝撃によって、跡形もなく消し飛ばしたのだ。


「黙って、あの世に逝ってろ」


 既に姿形が一切なくなった魔女に対し、淡々とそんな言葉を送るのだった。

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