十九話 魔人、魔女の力を知る
まず、襲ってきたのは骨という骨だった。
それは人間のモノだけではない。明らかに獣のものも混じっている。無論、それら全ての先端は尖っており、鋭利な刃と化していた。
宙に浮かびながら、一直線に次々と迫り来る凶器。
それらを前にして、バリーがやっていたことは、単純明快。
「ふんっ!!」
片手に握っている【ブラックソード】で、叩き落とす。それのみだった。
連続して襲いかかる無数の骨は、確かに脅威的ではあるが、しかしそれはあくまで一般的な話。バリーにとってみれば、それらを全て叩き切ることは難しいことではなかった。
「バリーッ!!」
「大声出すなって。それより、オマエはちゃんとそいつを守ってろ!!」
カタリナは自らの周りに炎の壁を出現させており、それによって骨の刃から身を守っていた。聖女が扱う【神の火】であれば、魔女が使う骨の攻撃など、造作もないだろう。
無論、それは防御に徹していればの話。今、彼女は負傷したリーゼを抱えている状態だ。そこから攻撃に転ずるのは難しい、というより不可能だろう。自分一人ならまだしも、この凶器の雨の中、負傷者を守りながら攻撃に転ずるというのは流石に聖女でもできないはずだ。
結論からいえば、今、まともに戦えるのはバリーだけということになる。
しかし、問題はなかった。
この程度の相手を一人で倒せないようでは、バリーは魔人などと呼ばれていないのだから。
「っ!!」
踏み込み、魔女ミイラと距離を詰めていく。たとえ、無数の刃が襲ってきても、そんなものは問題ないのだ。それを全てなぎ払いながら前へと進めばいいだけの話なのだから。
そんなことは物理的に不可能? 確かにそうかも知れない。しかし、何度も言うようだが、それは普通という名の常識内での話だ。そして、魔人はその範疇外の存在である。
そして、黒き刃が魔女ミイラの喉元まで届く。
瞬間。
『―――くくっ』
笑みが見えた。
刹那、バリーの足元から出現したのは、奇怪な形をした肉の塊。それらは全て腐りきっているのは一目瞭然。加えて、キツイ死臭を漂わせ、匂いだけで、こちらの意識をかき乱そうとする。
そして。
そんな肉塊が、次の瞬間、バリーの身体を通り抜けたのだった。
「なっ―――」
まるで、幽霊にでも透り抜けたかのような感覚に襲われたバリー。だがしかし、当然それだけでは終わらない。
むしろ、そこからが始まりだった。
「がぁ……!?」
激痛が、迸る。
殴られた、斬られた、抉られたなどというものではない。これは明らかに内側からのもの。そして、これは痛みを錯覚させられているとか、そういう次元の話ではない。現に、バリーは原因不明の何かによって、口から血を吐き出したのだから。
理解不能な事態に、魔人は跳躍し、魔女ミイラから距離を取った。
激痛は未だ続いている。どこから、と言われれば正確には答えられない。腹や頭、腕や脚、それこそ身体のそこら中から痛みという痛みが襲いかかってくるのだから。
正直、これが普通の人間ならば、痛みに耐え切れず、即座にショック死しているだろう。もしも耐えられたとしても、その場にのたうち回っているのが関の山。それだけ、この痛みは凄まじい。まるで、身体の中に魔獣が入り、そこら中を食い荒らし、破壊しつくしているような、そんな感覚だ。
けれど、いいやだからこそ、魔女ミイラはそこを見逃さない
『そら、どうした? ぼうっとしていると串刺しになるぞ!!』
再び迫り来る骨の刃。どれだけ叩き落としても、なぎ払っても、何度でも襲ってくる脅威の凶器。それらをバリーは、やはり叩き落としていった。
しかし、先程よりも動きは鈍い。当然だ。身体の内側から攻撃をされているのだ。それで、いつも通りの動きができれば、それこそ苦労はしない。
加えて、襲ってくるのは骨の刃だけではない。
地面から生えでた肉片。触手らしきそれらもまた、バリー目掛けて襲いかかってくる。
「くっ……!?」
地面を蹴り、回避するバリー。先程のことから考えて、あれは霊体のようなもの。こちらの身体を透り抜けたのは何よりの証拠だ。そして、物体を透り抜けること、または触れることで、何かしらの術が作動するのだろう。
だとするのなら、迂闊に近づくのは得策ではない。一定の距離を保つ必要がある。それも、骨の刃に対処しながら。
本来ならば、そんなものは不可能に近い所業だ。けれど、バリーはそれをやってみせている。身体を蝕む激痛に耐えながら、骨の刃を叩き切り、そしてその合間に襲いかかってくる触手の群れから距離を保つ。
はっきり言って、尋常ではない。
そして、そんなことができるからこそ、彼は魔人と呼ばれているのだった。
加えて言うのなら、彼はいくつもの修羅場を乗り越えてきた。予想外、想定外、そんなものはいつものこと。そして、そこから巻き返しをするのも、だ。
確かに驚きはしたし、しまった、とも心の中では吐露した。
けれど、それでもこの程度で死んでしまうようなヤワな人生は送っていないのだ。
「……なる程。感染か」
呟いたのは、そんな一言。
しかし、それを聞いた魔女ミイラが、僅かに身体を動かした。それだけで、バリーはある種の確信を得たのだった。
「オマエの能力は死体操作だな? いや、正確には死体の部位を操るってところか。人間や動物の骨も言っちまえば、死体の一部だからな。その触手も死体の肉片を掛け合わせてつくった代物だ」
「……、」
「そんでもって、その触手は病気で死んだ連中の死体から作ってるな? そして、それに触れたものは病気が即座に感染り、身体を蝕んでいく。けど、そのまま使っちまえば、壊されてそれでお仕舞い。だから攻撃が当たらないように霊体化させて、一方的な攻撃を食らわすようにしてある。霊体化しても、透り抜けたり、ぶつけたりすれば、触れたことには変わりないからな。違うか?」
問いを投げかけてはいるものの、最早答えはそれだけバリーは理解していた。
身体の激痛。これらは言ってしまえば、重篤患者の病気そのものだ。しかも、一つや二つなどではない。少なくとも、三十以上の死体から作られているはずだ。
『ほう。この短時間でそれに気づくとはなぁ。お前、中々に頭がキレるらしい』
「ハッ、褒めても何もでねぇぞ?」
『そして、どうにも我慢強い。お前は先程、確実に感染しているはずだ。なのに、少し動きが鈍るようになっただけで、汗一つもかいていない。普通なら、一分も持たずに死ぬというのに。おまけにその軽口……本当に何者だ?』
骨だけの顔ではあるが、魔女ミイラは今、眉をひそめ、不思議な生き物を見るかのような視線を向けているのが分かる。
そんな彼女に対し、バリーは不敵に笑って答えた。
「言っただろ? オレは魔人だよ」
『まだそんな巫山戯た言葉を吐くとは。その弄れた根性だけは認めてやろう。だが、それもここまで。どれだけ我慢しようとも、お前が感染していることには変わりない。そして、お前に感染った病は確実にお前を蝕んでいる。身体中の肉という肉を食い破り、最終的には腐らせる。そして、それはそう時間はかからないだろう。あと十分、といったところか? その時になって、まだ軽口をきけるのか、見ものだな』
十分。それが、魔女ミイラが導き出した、バリーのタイムリミット。どれだけ我慢強かろうとが、それ以上は絶対に耐えられない。死ぬか、死ななくても戦闘不能にはなるはず。だからこそ、魔女ミイラはそれまで時間を稼げばいい。
幸い、この地面の下には大勢の死体が存在する。そこから骨を刃を作るもよし、病の触手を作るもよし。無限、とはいかないものの、それでも際限なく自分の武器は用意できる。
地の利はこちらにあり、相手には制限時間が存在する。
それだけの条件があれば、自分が負ける理由などどこにも……。
「十分? おいおい。笑わせるなよ。オマエを殺すのに、そんなに時間は必要ねぇよ―――一分もありゃ、十分だ」
絶対的な不利。ああ確かにそうかもしれない。
だがしかし、それがどうした?
何度も言うが、バリーにとって、不利はいつものこと。それが無限の刃だろうが、重篤の病だろうが、似たようなものだ。
そして、そんな不利な状況を、不条理な場面を、彼はいつも乗り越えてきたのだから。
バリーは【ブラックソード】を担ぎで構えを取り、そして空いている左手で顔を覆い隠す。
「―――【ブラックマスク】」
告げられたのは、ブラックシリーズ第二の道具。
闇よりも深い、漆黒の仮面がバリーの顔を覆い尽くした。
そして。
「そんじゃまぁ―――さっさと片付けるとするか」
瞬間、暴虐という名の嵐が、魔女ミイラに襲いかかったのだった。




