十八話 魔人、魔女と邂逅する
リーゼの脇腹を貫いたモノ。それは、鋭く尖った骨だった。
それがどこからきたものなのか、言うまでもない。
『全く……ああ、使い物にならないとは思っていたが、まさかわれの邪魔までするとは思っていなかったぞ』
その言葉と共に、骨は引き抜かれ、元の場所へと戻る。
元の場所。即ち、ミイラの下へと。
「母、様……」
『お前のような失敗作に母と呼ばれる覚えはない。ああ、全くもって。どうしてお前のようなものが生まれてしまったのか。甚だ疑問だ』
ミイラはゆっくりと立ち上がる。
その姿を見て、リーゼは苦悶の表情を浮かべながら、疑問を口にした。
「何故……血は、足りていないはずなのに……」
『何故? 下らん疑問だな。お前がわれに背き、わざと獣の血しか集めていないと気づいていなかったとでも? 眠りについていたからといって、舐めていたな』
「くっ……」
『まぁ、その点に関してはお前に感謝しているよ、この時代の聖女。お前が来てくれたおかげで、われは復活することができたのだから』
唐突に話を振られたカタリナは、意味が分からないと言いたげな表情を浮かべた。
「……それは、どういう……」
『そのままの意味だ。聖女に対する怒り、憎しみ、嫉妬……それらがわれに再び生きる気力を蘇らせた。眠り続けていたわれを覚醒させてくれたのだ。故に、礼を言うぞ』
礼を言う、などと口にしてはいるものの、その身体から発せられるのはやはり殺気と憎悪。目の前のミイラは確実にこちらを殺そうと考えている。
首の骨を鳴らしながら、魔女ミイラは口を開いた。
『しかし……聖女のおかげで復活することができたとは、何とも、皮肉なものだな。まぁいい。こうして目覚めることができたのだ。後はそこらの村や街を襲って人間の血肉を喰らえば、どうとでもなるだろう。かつての力を取り戻すには、相応の時間がかかるだろうが、それでも問題はあるまい』
平然と今から自分が人間を殺戮すると宣言するところから考えても、やはりまともな性格はしていないようだった。
『とはいえ……その前に、役立たずのゴミを処分しなければな』
刹那、魔女ミイラの周りに、複数の骨が出現したかと思うと、それらは一瞬にして鋭利な刃へと変質する。そして、それらは一点集中してリーゼへと向けられていた。
そして、それらが一斉に射出された次の瞬間。
カタリナの炎が、それらを全て燃やし尽くした。
『……何のつもりだ、聖女。何故、お前がそれを助ける?』
「うるさいわね。知らないわよ、そんなの! この子には、確かにブラッドウルフを差し向けられたし、嫌なもの見せられた。正直良い印象なんてこれっぽっちもないわ」
でもね。
「それ以上に、私はアンタが気に食わない。こんな子を、背中から刺して、道具だって言い放って、挙句ゴミだから処分する? ふざけんじゃないわよ!」
カタリナは聖女だ。しかし、それは聖女の力を持っているというだけで、聖人君子というわけではない。むしろ、自分はそんな性格はしていないし、できないと考えている。何せ、自らの幼馴染に対して、ひどいことを言ってきたし、やってきたのだから。
けれど、それでも、だ。
目の前で、こんなものを見せられて、黙っていられる程、賢い性格もしていないのだ。
『……くくっ。あははっ。何とも、ああこれは一体どういうことだ? 聖女ともあろう者が、ゴーレム如きの扱いに怒りの感情を見せるなどと。どうやら聖女の質とやらも、時代と共に薄らいでいるらしいな』
「余計なお世話よっ。そっちこそ何? 自分が作ったゴーレムにずっと起きないようにさせられていたって。百年前に生きていた魔女だっていうのに、とんだ笑い話ね」
侮蔑の言葉を、軽口で返すカタリナ。
しかし、それはどうやら効果覿面だったらしい。
『よく口が回る聖女だ。ああ、実に実に殺しがいがある……だが、そうだな。その言葉が否定できないというのは、何とも腹立たしい限りだ』
纏う殺気が、さらに膨れ上がる。
どうやら、獅子の尾を踏んだようだった。
『百年前のあの時、致命傷を負ったわれを維持するためとはいえ、失敗作だった此奴を使ったのが、そもそもの間違いだった。まさか、われに敵意を持っているとは、あの時は思ってもみなかったからな』
ゴーレムは使い魔だ。使い魔とは、主人のために行動するために作られた存在。故に、そんな使い魔が主に敵意を向ける、などというのは聞いた有り得ないことである。
「どうして、そんな……」
『さてな。人間に同情でもしたのか、はたまた自分を失敗作だと罵ったわれが許せなかったのか。どちらにしろ、どうでもいいがな……ああ、それともあれか。かつて、お前が気に入っていた子供を目の前で殺して喰らったことが、そんなに気に入らなかったのか?』
「……、」
無言のリーゼ。
しかし、その瞳を見れば、誰だって答えはすぐに理解できる。
『なる程。やはり、お前は失敗作だったな。あの程度のことで、主人に反逆するとは。ゴーレムは自分の主を殺せない。生かし続けなければならない。だから、敢えて復活させないようにしていた。殺さずに動けなくする。ああ、全くもって腹立たしいことこの上ない』
自分が作ったモノ。それも失敗作に、百年以上も眠らされていた。その事実が、魔女ミイラの琴線に触れていた。
『まぁ、いい。こうしてわれは目覚めたのだ。ならば、邪魔者は排除するまで。それだけの事。聖女諸共、一緒に消し炭にしてやろう』
今まで邪魔してきたゴーレム。そして、今こうして邪魔している聖女。その二人を一気に殺すことで、問題は全て解決する。
そう思っていたのだが。
「消し炭にする……そりゃまた大きく出たもんだな」
そんな彼女の前に、またもや邪魔者が登場した。
「バリーッ!!」
「ったく。人のことを無視するのもいい加減にしろよな。いくら魔人でも傷つくぞ」
そんな軽口を叩きながら、魔女ミイラの前へと立つバリー。そこに恐怖はなく、緊張もない。ほんとうに自然なままの状態だった。
これ程の殺気を目の当たりにして、しかしバリーはいつも通りの態度でいたのだ。
『お前も邪魔するのか』
「ああ。邪魔するさ。オレもそこのロクデナシ女と同意見でね。そっちの嬢ちゃんには色々と言いたいことはあるが、その前にオレもオマエが気に食わねぇ。それに、どうやらオマエが元凶みたいだし? なら、叩き潰せば解決ってことだ。シンプルでいいじゃないか」
そう。彼らがここに来たのは、ブラッドウルフを退治すること。それを操っていたのはリーゼだが、その原因は目の前にいる魔女ミイラだ。ならば、これを倒してしてまえば、問題は解決される、というわけだ。
一方、飄々とした態度を取るバリーに対し、魔女ミイラは問いを投げかける。
『お前は……何だ?』
「ただの魔人さ」
『魔人……? 何だそれは。そんなモノは、この世に存在しない。魔術師の類か? いいや、それにしてはお前は歪すぎる。魔女であるわれともあまりにもかけ離れている。一体……』
「ごちゃごちゃとうるせぇ奴だな。オマエの疑問に、一々答えてやるほど、オレは優しい性格してねぇんだよ」
そもそもだ。
「これから死んでいく奴に、説明する必要なんて、あると思うのか?」
圧倒的挑発。
ニヤリと笑みを浮かべるバリーに対し、魔女ミイラは言い放つ。
『……いいだろう。では、お前も一緒に血祭りにしてやる!!』
刹那、死者の憤怒と憎悪。それらが混じった殺意が、バリー達に襲いかかったのだった。




