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十七話 魔人、番人に会う

 洞窟の奥へ奥へと進むバリーとカタリナ。しかし、そんな二人を待ち構えていたのは、単なる静寂だった。

 先程の幻影以降、特に罠らしきものは一切襲ってこない。ブラッドウルフも一体すらも出てこない始末である。

 しかし、油断はできない。何せ、先程の幻影は全く何も前触れがない状態で起こったのだ。次もまた、そういう奇襲を仕掛けてくる可能性は十分にある。

 それを理解した上で、バリーもカタリナもより一層の注意を払いながら、前進していく。

 

 そして、見つける。


「なっ……」

「あれは……」


 そこは、洞窟の中でも広い場所となっていた。天井も高く、軽く十メートルはある。奥行もかなりあり、人が百人、二百人入っても余裕な広さだ。

 だが、二人が注目している点はそこではない。

 巨大な空間。その中心にいる者。

 ……いや、この場合、『ある者』と表現すべきだろうか。


「死体……?」


 そこにあったのは死臭漂う死体だった。しかし、死体は死体でも、ただの死体ではない。養分の全てを吸い取られたかのような、枯れ木の如き身体。肉は全て削げ落ち、あるのは骨と白髪のみ。着ている服もボロボロであり、穴だらけ。

 これを一言で簡潔に言い表すとするのなら、それは一つしかない。


「まさか、こんなところでミイラと出くわすとはな」


 言葉を漏らすバリー。しかし、実際目の前にあるのは、ミイラそのものだ。

 ただし、普通のミイラではない、というのも付け加えるべきだろう。

 通常、ミイラに限らず、人の死体というものからは、何も感じないものだ。死、というイメージはつくが、それ以外には何もない。何もないからこそ、それは死体として扱われるのだから。

 だが、目前にあるそれは違う。

 憎悪と憤怒。それらが入り混じったような気迫が、確かに感じられる。こちらを呪い殺そうと言わんばかりの空気をその身体から発しているのだ。


「おい」

「分かってる。あれ、何か完全にキレてるわよね……」


 俗な言い方ではあるが、しかし的確な言葉でもある。

 死体がキレるも何もあったものじゃないが、けれど実際目の前のミイラはこちらに対し、激怒しているのは確かだ。現に、先程から殺気が肌に嫌という程伝わってくる。

 それは、まるで全てを奪った怨敵を目前にしたかのように。


「どうやら、ここに入ってこられるのが、向こうの逆鱗に触れちまったみたいだな」

「―――当然です。その上、入ってきたのが聖女となれば、尚更でしょう」


 瞬間、バリーとカタリナは声がした方へと視線を向ける。

 そこにいたのは、白髪の少女。年齢は十三、四と言ったところか。前髪を額に垂らし切り下げ、後髪を襟足まで真っ直ぐに切りそろえた髪。半分しか開いていない両目。背丈は低く、フード付きの白い服を着ている。

 唐突に出て来た少女を前にして、カタリナは問いを口にする


「貴女は?」

「リーゼ。ここで番人のようなものをしています。以後お見知りおきを」


 無表情のままリーゼは丁寧な口調で言葉を返した。

 一方、バリーはというと、リーゼの方を眉をひそめながら、観察していた。

 そして、呟く。


「……マジかよ」

「? どうしたのよ」

「いや、ちょっと驚いてよ。まさか、こんな精密なゴーレムがいるとは思わなくてな」

「ゴーレムって……え? この子が?」


 言われて、カタリナは思わず目を見開く。

 ゴーレム。それは、魔術によって作り出される土の使い魔。基本は土が基盤となっているので、そのほとんどが土人形の姿となっている。

 その基本知識を踏まえて、カタリナは、改めて目の前の少女を確認した。

 美しい白髪に、白い肌。顔は小さく、一種の小動物を彷彿とさせる。確かに、人形のようだと言われればそうなのだが、しかしそれでも一見しては、ゴーレムだとは判別がつかない。


「驚きなのはこちらもです。まさか貴方のような方が存在するとは。ちょっとドン引きです」

「え? オレ、何か引かれることしたか?」

「幻術を拳一発で吹き飛ばすなんて荒業、不可能です。そんな不可能を貴方は可能にした。ホント、無茶苦茶です」

「その発言から察するに、あの幻術はオマエの仕業ってことか」

「その通りです。とはいえ、あっさりとぶち壊されてしまいましたが」


 首を横に振りながら、リーゼは大きなため息を吐き、続けて言う。


「はぁ……聖女がここに来たというだけでも問題なのに、貴方のような方が来てしまうとは。おかげで、母が目覚めてしまいそうです」

「母……? それって」

「はい。そこにいるのは、わたしを作った母です」


 はっきりと、リーゼはミイラのことを自分の母と断言した。

 そして、彼女の言葉の節々から感じる奇妙なモノ。それらを察したバリーは一つの答えを出す。


「そいつ、魔女だな?」

「はい。その通りです。母はかつて、それなりに名の通っていた魔女でした。ですが、百年前の戦争の際、致命傷の深手を追ってしまい、命を落としました」

「命を落としましたって……でも……」

「はい。命は失いましたが、母は強力な魔女でしたので。死んだ後、自分の死体に乗り移り、今日まで生き延びてきました。とはいえ、乗り移ったのはあくまでも死体。そのため、この場から動くことも叶わず、傷も癒すこともできず、この場に縛られているというわけです。けれど、何もしなければ身体ごと魂もいずれは朽ちてしまう。だから、彼女はかつて作っていた失敗作であるわたしを使って、血を集めさせていたわけですが」


 つまり、それが村の家畜を襲っていた理由、というわけだ。

 確かに、魂の維持には血は最適な代物だ。魔術や儀式に関して、血というのは媒介としてよく使われているのがその証拠である。


「じゃあ、彼女が怒っているのは……」

「はい。貴女がここに来たからです、聖女殿。貴女がこの地に踏み込んだせいで、母は目覚そうになっている。かつて自分を殺した聖女がやってきたのです。そりゃあ飛び起きるのは当たり前でしょう。加えて、その聖女とは別に正体不明の強力な怪物が来たとなれば、尚更」

「怪物ねぇ。言ってくれる」

「事実だと思いますが? とはいえ、わたし個人としては、このまま帰ってもらえればそれでいいと思っています。というか、そうして貰えれば、こちらとしては助かるのですが」

「何ですって……?」


 思わず、カタリナの口からそんな言葉が出てしまう。当然だろう。彼女からしてみれば、傷を抉られたようなもの。そんな相手に帰ってくれと言われて、はいそうですかと言えるわけがない。


「……あんな趣味の悪い幻覚を見せてきた奴が言う台詞じゃないわね」

「あれが一番効果があると思ったので。しかし、こうして対面してしまえば、わたしは成すすべがない。正面から貴方達と戦って勝てる程、わたしは強くないので。なので、どうかここは何も言わず、帰ってはくださいませんか?」


 巫山戯ている、わけではないのだろう。こちらを挑発している様子もどこにもない。リーゼは本気で、自分達に帰って欲しいと懇願しているのだ。

 しかし、それを素直に聞き入れられるほど、カタリナは物分りは良くはない。


「貴方が操っているブラッドウルフによって困っている人達がいるの。それを解決するために私達はここまで来たのよ。おめおめと何もせずに帰るつもりはないわ」

「ブラッドウルフ……なる程。あの村の方々に頼まれたのですか。あの村にはご迷惑をかけているのは重々承知です。その点については、申し訳なく思っています。ですが、こちらにも事情がありますので」

「事情、ねぇ……それは、オマエの母親に関係することか?」


 ここに来て、バリーは唐突に口を挟んできた。


「……ええ。そうです。母の魂を維持するため。そのために血を集める必要が……」

「本当に?」


 リーゼの言葉を疑問の言葉で遮りながら、魔人は続けて言う。


「妙な話だよな。確かに魂を維持するには血っていうのは最適な材料だ。だが、それが何で家畜の血だけなんだ? 魔女も元は人間だ。なら、魂の維持の材料は、動物の血よりも、人間の血の方がよっぽど効率が良いはずだ。だっていうのに、オマエは一度も人間を襲っていない。敢えて家畜の血ばかりを集めていた。そりゃなんでだ?」


 村人達は言っていた。未だに人への被害だけはない、と。それが本当であるのなら、彼女は家畜の血だけを集めていることになる。それは何とも効率の悪いやり方だ。

 知らなかった? そんなわけがない。血を集めるという行為をしている時点で、魂を維持する方法については知っていたはずだ。

 人を襲えば退治しに来るから? そんなもの、家畜でも同じことだ。現にあの村は、冒険者組合に依頼を出していたのだから。

 あまりに不可解であり、不明瞭。だからこそ、そこには何かがあるとバリーは考えたのだ。


「それは……」

『それは、われを復活させないため。そうだろう? なぁ、不出来で愚かな、我が失敗作よ』


 どこからともなく聞こえてきた奇妙な声。

 それ同時に、リーゼの脇腹を何かが貫いたのだった。

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