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十六話 魔人、聖女を奮い立たせる

 バリーの拳がセシルの顔面を貫いたと同時、奇妙な闇は一瞬にして弾け飛んぶ。

 たった一発。たった一擊。それを入れただけで、魔人と呼ばれる男は、状況を一変させてしまった。


「バリー……」

「何こんなのに手間取ってんだよ」


 呆れたような口調で、バリーは言う。

 だが、それが返って今、目の前にいるのが自分の知る魔人であることを意味していた。


「アンタ、無事だったのね……」

「ったりめぇだろ。あんなのでどうこうなる程、オレはまともにできてねぇんだよ」

「それって胸を張って言うこと? っというか、今のは……」

「ああ。今のは質の悪い幻術だ。そいつの一番見たくないもの、怖がっているもの、聞きたいないもの。そういった類をぶつけて心をへし折りにくるタイプのな。全く、悪趣味な奴だぜ。まぁ、幻術を使う輩なんて、どいつもこいつも心がひん曲がっているっていうのはド定番だが」


 それは幻術を使う者達に対しての風評被害になりかねない言葉だった。……まぁ、カタリナも若干そんな風に思っていた節はあるのだが。


「どうやって、幻術から脱出したの?」

「簡単だ。目の前に現れた奴をぶっ飛ばした」

「……そんなので幻術って解けるんだったっけ」

「そこはオマエ、気の持ち用だろ。特にオレは魔人だぜ? 気合と根性があれば、幻術の一つや二つ、どうってことない」

「アンタねぇ……」


 無茶苦茶である。

 しかし、そんな無茶を可能にしてしまうのが、この魔人なので、最早その点に関してツッコミを入れる気力はなかった。


「でも、私の幻術を……セシルを壊せたのはどうして? アンタの言い分じゃあ、ここの幻術は相手の一番見たくないモノを見せるってことだけど……アンタと私じゃ、それぞれ違うでしょ」

「そこはアレだ。オマエとオレは今、契約状態である種繋がってる状態だからな。だから、オマエの見ているモノをオレは見ることができるってわけだ。あ、言っとくが常にみてるわけじゃないぞ? 緊急事態だったからで、他の時は共有してないから、安心しろ」


 忘れがちになりそうだが、バリーとカタリナは契約をしている。それは口約束、という意味ではなく、バリーが作った魔本と呪文によって、だ。故に彼らは繋がりがあり、だからこそ視界を共有できる、というのは別段何もおかしな話ではない。

 けれど、だからこその疑問も生まれる。


「でも、それなら私にもアンタの視界が見えるはずだけど」

「それはオマエ、主導権の問題だろ。オレとオマエじゃ、実力差は歴然だからな。んでもって、何より視界が共有できるっていう認識をオマエはしてなかった。だからオマエはオレの視界を見ることはできない」

「えっ、何それ。ずるくない? 一方的すぎるでしょ。一応、契約主は私なんだけど……」

「悔しかったら、オマエももう少し力をつけるこった。まっ、あれくらいの幻術で心が壊れそうになるんだったら、そんな日はこないだろうが」


 言われて、カタリナは理解する。


「……見てたの?」

「ああ。見てた。一部始終全部な」


 端的に、そしてはっきりと魔人は言い放った。

 そこには一切の迷いもなく、嘘もない。バリーにとって、それは隠すことではないと判断したからだ。それによって、何か言われるのは分かっている。激昂される、というのも想定済み。

 だから。


「…………ごめん」


 だからこそ、そこで謝罪の言葉が出て来たのは、あまりにも予想外すぎることだった。


「……そこで何でオマエが謝るのか、甚だ疑問だな。そこは何で早く助けなかったんだって怒るところじゃねぇの?」

「だって……私、あれが幻術だって分かってた。分かってたのに、アレの言葉を間に受けてた。もしかしたら、セシルも本当にそう思っているんじゃないかって、考えちゃって……」


 偽物だろうとも、虚構だろうとも関係ない。もしかすれば、本物のセシルも同じようなことを考えているのではないか。そんな疑問を抱いた時点で、カタリナはもう相手の術中に嵌っていたのだ。


「馬鹿だよね。あれくらいのこと、言われてもおかしくないってのに、いざセシルと同じような姿の奴に同じような声で言われただけで、あれだけ動揺して、心まで折れかけて……こんなんで、本人に会ってどうすんのよ、ホント」


 自虐的な言葉を口にしながら、膝を抱え、蹲る。

 覚悟はしていたつもりだった。決意も固くしたはずだった。なのに、こんなに呆気なく壊されてしまうとは思いもしなかった。

 それだけ、彼女の中では、未だにセシルについての想いが強く根付いているということだ。

 そして。


「慰めて欲しい、とでも言うつもりか?」


 そんな彼女に対し、しかしバリーは生暖かい言葉などかけない。

 彼はあくまで契約上の関係でしかない。むしろ、バリーはどちらかというと、カタリナがやってきたことを気に食わないと思っている。

 故に、魔人がカタリナの肩を持つことなど有り得ないのだ。


「何度も言うがな。オマエがそんなになったのは、誰がどう見てもオマエ自身のせいだろうが。それを今更ここまで来て、ぐだぐだと言ってんなよ。オマエが幼馴染と再会しても、ロクなことにならないってのは前々から分かってたことだろうが」

「……、」

「まぁ? オマエの幼馴染はオマエ程じゃないが、実力は持ってるわけだし、新天地でトップクラスの扱いされてるかもな。んでもって、イケメンだし、身体つきもちょっと細いくらいで悪くない。女からすりゃ最良物件だろうよ。性格については、ちょっと暗いところはあるが、まぁそれでも問題はない方だろ。そうなると、だ。他の女が放っておくわけがない」

「…………、」

「となると、美女や美少女と一緒に行動してても何もおかしくはねぇ。今まではオマエがいたおかげで、他の女が遠慮して近づこうとしなかっただろうが、その枷が無くなったんだ。きっとたくさんの女がアイツに寄っていくだろうよ。そんでもって、一種のハーレム完成ってな具合だな」

「……………、」

「そんな中、オマエが登場すればどうなるのか。昔、自分をひどく扱っていた女がやってくれば、そりゃあまともな話はできないわな。無視されればいい方、もしかすれば怒鳴られて喧嘩になるかもしれねぇ。それは本人に限った話じゃない。アイツの周りに新しくできた親しい誰かがいれば、きっとそいつにも罵倒される」


 ああ、想像しただけで、面倒なことこの上ない。

 セシルの性格から考えて、カタリナに暴力を振るったりすることはないだろう。だが、まともな話ができる可能性は低いのは確かだ。向こうからしてみれば、カタリナは悪でしかないのだから。そして、だ。もしも彼に新しい相棒や仲間がいたとするのなら、カタリナへの対応は決してよくないものだと断言できる。

 罵倒、拒絶、あるいは何らかの制裁……正直なところ、バリーにも想定することはできない。面倒事、厄介事があるのだけは明白だ。

 それでも。


「それでも。オマエは、幼馴染に会うって決めてんだろ? んでもって話をつけるんだろ? その覚悟があるから、オレを召喚したんだろうが。そんな奴が、この程度のことで、心を折られてんじゃねぇよ。オマエはロクでもないやつだが、そこまで弱いわけじゃねぇだろ」

「バリー……」


 バリーはカタリナに同情しない。しかし、事実はしっかりと受け止めている。

 彼女が以前とは違うこと。変わろうとしていること。そして、セシルとのことにケリをつけようとしているのが本気であること。

 それらが紛れもない事実だ。だからこそ、彼は彼女の願いを叶えようとしているのだ。

 無論、封印からの解放という点もある。だが、それは別に、彼女の結末がどんなものになるのか、本気で見てみたいと思っているのだ。


「泣くなとは言わない。後悔するなとも言わない。けどな、それでもこんなところで挫けるな。幼馴染に遭って、ボロ雑巾のようになるのは、まだまだ先なんだから」


 それは、あまりにもひどい言葉だった。仮にも先程まで気が滅入っていた少女にかける言葉などではない。

 しかし。


「……ええ、そうね。私が、泣きじゃくるのは、こんな場所じゃあないものね」


 言いながら、カタリナは立ち上がる。

 心の傷が癒えたわけではない。何かが吹っ切れたわけでもない。

 けれども。

 カタリナは、今こうしてもう一度立ち上がる気力を取り戻せた。


「不思議ね。アンタの言葉は、どう考えても私にキツいのに、どうしてやる気が起きるのかしら」

「それは……あれじゃね? オマエがそういうキツイ言葉とか罵倒とか言われると興奮する特殊な趣味があるからとか」

「ちょっと待ちなさい。人がいい感じな雰囲気になってたのに、何でそれを一瞬でぶち壊すような事言うのよっ」

「しょうがないだろ。そもそも、振ってきたのはそっちだろうが」

「何が振ってきたのはそっち、よ!! 全くもう……ほら、先に進むわよ!!」


 言いながら、カタリナは前へと進んでいく。

 その後ろ姿を見ながら、バリーは微笑し、そして続いていくのであった。


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