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十五話 聖女、傷を抉られる

「これは……」


 唐突に襲ってきたのは暗闇。それは、今まで洞窟内を支配していたそれとは大きく違う。本当に、全く何も見えない状態になったのだ。片手に持っている松明すらも無意味。足がついているはずの地面すら形が分からない。いいや、そもそも自分が立っているのかどうかすら、理解できない。

 まるで、宙に浮かされているような、そんな感覚だ。

 これは自然なモノではない。明らかに誰かの仕業だ。


「って、あれ? バリー?」


 そこにきて、ようやくカタリナは自分の隣に魔人がいないことを理解する。はぐれた……というのは違うだろう。目の前が暗闇になってたった一瞬。そんなわずかな時間ではぐれるなど有り得ない。それこそ、足音やら声やら、そういうのも一切聞こえなかった。

 故に、考えられるのは。


「分断されたってことかしら」


 その結論が、一番しっくりくるものだった。


「やってくれるじゃない……」


 何の前触れもなく訪れた敵襲。

 あれだけ準備がどうだの、情報がどうたのと言っていたくせに、結果はこれだ。敵の領域内に入ったとはいえ、いきなりこんな形で先手を取られるとは。

 もう一度周りを確認する。が、やはりそこにはバリーの姿は無かった。姿だけではない。気配すらもこれっぽっちも感じることができなかった。


(私かバリーが転移させられた、それともどっちも転移させられたか。あるいは、幻の類か……)


 考えられるのはその二つ。つまり、転移か幻術かのどちらか。しかし、今のところ、そのどちらかというのは判断が難しい。相手に気づかせることなくこの妙な空間に転移させたか、そもそも今見ているこの光景そのものが幻なのか。どちらも決めてが足りなさすぎる。

 とはいえ、だ。何にしろ、向こう側がアクションを起こしたというのは間違いない。つまり、罠が発動したと言える。

 ならば、次に来るのはこちらに危害を加えてくる何かしらの攻撃。

 かと思っていたのだが……。


(……何も起きないわね)


 全神経を研ぎ澄ませ、周りを警戒しつつ、相手の出方を待っていたのだが、一向に何かがくる気配はない。あるのは暗闇と静寂ばかりである。いや、もしかすれば、こちらが何かしらの行動をすれば反応する類の罠なのかもしれない。

 しかし、だ。そうだとしてもこのままというわけにはいかないのもまた事実。


「進むしかないってわけね」


 出した結論は、至ってシンプルなものだった。

 迂闊に動けば何をされるか分からない。それは確かにそうだが、しかし何もしないでここでじっとしている方が時間の無駄だし、なによりそれが相手の狙いなのかもしれない。

 それに、何も分からないのなら、まず情報収集をするべきだ。

 一方で、もう一つ気になる事。それはつまり、バリーの安全についてだが。


「まぁ、あいつなら大丈夫でしょ」


 その一言で、カタリナは片付ける。

 勘違いしてはいけない。彼女はバリーのことを心配していないわけではないのだ。ただ、彼は自分の身は自分で守れるタイプの人間。否、魔人だ。そう呼ばれるだけの力量を持っているし、確認もしている。

 ずけずけとカタリナの事を指摘してきたり、からかったりするところはあるが、しかし彼という個人をカタリナは信用していた。


「魔人を信用するとか、ちょっとどうかと思うけど」


 けれど、事実である。それは、自分を聖女とは見ず、ただの一人の人間として見てくれているから、というのが大きいだろう。そして、だからこその指摘は毎度毎度カタリナの心を抉ってくるが、しかしそれは事実であり、当然のものだからこそだ。

 などと思っていると、前方に人の気配を感じた。


(誰かいる……?)


 こんな暗闇の中なのに、誰かがいるのが理解できる。そんな、奇妙な感覚に襲われながら、カタリナは前方へと進んでいく。

 普通に考えるのならばバリーがいる、と考えるものだろう。しかし、そうではないとカタリナの直感が囁いていた。

 それはバリーよりも、もっと彼女に身近なもの。いいや、より正確には、身近であった人物。

 つまりそれは。


「……セシル?」


 短い茶髪、その中で一本だけ伸びている毛、細い高身長の身体にどこかやる気がなさそうな表情。それらは間違いなく、カタリナの幼馴染であり、彼女たちが探している青年・セシルだった。


(落ち着きなさい。これは、幻影。ここにセシルがいるわけない……)


 分かっている。分かってはいるのだ。

 目の前にいるのが嘘で、偽りで、幻だということは。

 だというのに。


「カタリナ。どうしてこんなところにいるだ?」


 その声を聞いた瞬間、身体が動かなくなった。

 久しぶりのセシルの声。かつては、いつもカタリナの側にあり、だからこそ聞きなれていた。だからこそ、長い期間耳にしていなかったせいで、妙な懐かしささえ感じさせる。

 だが、そんな事を考えている暇などなかった。


「君は聖女だろう? そんな君が、何でこんな場所にいるんだ」

「それは……」


 ブラッドウルフを退治しに来たから。それがここに来た目的。そして、目の前にいるのは、その魔獣を操っているであろう人物が見せている幻影。

 だから、耳を貸す必要などない。

 なのに。


「まさか、俺を探しにきたわけじゃないだろうな?」


 幻影が喋る一言一言が、カタリナの思考をかき乱す。

 的外れな事を言っているのならまだしも、その言葉は図星であった。彼女が旅をしている大元は、何を隠そう彼を見つけえるためなのだから。

 セシルは首を横に振って、顔をしかめる。


「君はまだ勘違いしているのか? また俺と一緒になれるとでも? 元通りの状態になれると、本気で思っているのか?」

「違う……そんな、つもりは……」


 いつの間にか幻影に対し、言葉を返してしまっていた。

 これは相手が自分を惑わせるための罠。それはしっかりと理解できている。しかし、理解はできていても、どうしようもならないということはあるもの。

 カタリナにとっては、今がまさにそれだった。


「本当に……本当に、なんて愚かしいんだろうな、君は。あれだけ俺を馬鹿にして、あれだけ俺を傷つけて、それでも自分の下に戻ってくるんだと思っている。自分さえ頭を下げれば、きっと何とかなる。ちょっと癪だけど、まぁ仕方ない。それくらいはしてやろう……そう思っているんだろう?」

「違う……違う……!!」

「いい加減気づいてくれよ。君といるのが、俺にとっては迷惑なんだよ。そもそも、君と幼馴染になったことが俺の人生最大の汚点であり、不幸だ。だから、俺は君の前からいなくなったっていうのに、まだ苦しませたいらしいな」

「だから……違うって!! そんなこと、私は思ってない……!!」

「君が思ってなくても、俺はそう感じてるんだよ。聖女の立場で苦しんでいた? だからどうしたんだ。なら、俺の気持ちはどうでもいいと? 自分が苦しんでいたから、誰かを苦しめてもいいと? 何だよそれ。それが聖女の、いいや人間がしていいことなのか? しかも、自分が一生を添い遂げたいとするような相手だって言うんだから、もう救いようがない」

「ぁ―――」


 声が出ない。何かを言い返そうにも、何もできない。

 身体も、指先一つ動かせない状態だ。

 そんな彼女に追い討ちをかけえるよう、セシルの声は続く。


「認めなよ。君は捨てられたんだ。好きな相手に好きとも言えず、一方的に。でも、それは自業自得のはずだ。当然であり、自然の摂理とも言っていい。だってそうだろう? 君は自分を押し付けてばかりで、彼を見ようとしてこなかった。聖女の自分しか周りが見なかったように、君も俺を見ようとしてくれなかった。ただ自分の思いをぶつけるだけ。それこそ、人形や道具同然だ。結局、君は俺が好きなんじゃない。俺の事を好きな、自分に酔っていただけなんだよ。そんな奴にいつまでも付きまとわれるのは、もう御免なんだ」


 違う、と否定したかった。

 そんなことない、と叫びたかった。

 けれど、できない。どうしても、できない。

 自分はそんなこと思っていないと分かっている。しかし、セシルにはそう思われていたと考えた時点で、ダメなのだ。真実がどうであろうとも、結局のところ、相手がどう思うかが全てなのだから。

 何度も言う。目の前にいるのは、セシル本人ではない。

 だというのに、どうして自分はこうも簡単に傷ついているのか。

 それは恐らく―――セシル本人がきっと思っていると、カタリナが確信しているからだろう。


「だからさぁ―――いい加減、俺に縋り付くのはやめてくれ。気色が悪いんだよ」


 その言葉が決定打だった。

 最早、カタリナには前に進む気力はなく、立っていることすらもできず、その場にへたりこむ。そこに、生気はほとんどなく、顔面は真っ青同然。

 カタリナはもう、完全に打ちひしがれていた。

 虚構だと分かっていても、本当かもしれない、真実かもしれないと思ってしまえばもうそれだけで人の心は折れてしまう。たとえ冒険者でも、たとえ聖女であっても、そこは同じだ。結局のところ、カタリナはこの場においては、ただのどこにでもいる少女なのだから。そして、その少女の傷は大きく開かれ、えぐられてしまった。

 最早、彼女一人では立ち直ることは不可能である。

 そう―――彼女一人なら。


「―――ったく、何やってんだよ。オマエは」


 刹那。

 唐突に現れた拳が、セシルの顔面を貫いたのだった。

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