十三話 魔人、聖女の力を見る
完全に囲まれている。
カタリナが調べた情報では、村を襲っているブラッドウルフは十体以上はいるという話ではあったが。
「何この数……」
「おいおい……こりゃ十や二十なんてレベルの話じゃないぞ……少なく見積もっても百はいるな」
そこら中から感じる気配。その数は、バリーが感じるだけで、百はいる計算だ。その全てが、こちらに牙を向けている。
「……でも、おかしいわね。村の情報からだと、こんな数いるはずなのに……」
「なら、目の前にいる連中は幻か何かか」
二人を囲っている獣の眼光。それは、明らかに本物の殺気が混じっていた。
通常ならば、村人どころか、冒険者ですら全力で逃げ出す状況。
しかし、バリーはというと、面倒事が増えたと言わんばかりな口調で、続けて言う。
「ここでぐだってても仕方ねぇ。手短にさっさと終わらせるぞ」
「ええそうね……でも、この数、どうやってさばくつもり?」
「そんなもん。全部叩っ斬るに決まってんだろ」
「アンタの場合、それができちゃうから困りもんよね……」
冗談ではなく、バリーの力量ならば百体のブラッドウルフを倒すことは可能だろう。
しかし。
「まぁでもここは私に任せなさい」
唐突に、カタリナはそんなことを言い出した。
「大丈夫なのか?」
「平気よ。私だって、一応冒険者としては結構上の方なんだから。この程度で慌てふためくような、やわな性格はしてないわよ。それに、私の能力は、こういう大勢相手だと有効だしね」
そう言って、カタリナは前へと出る。同時にブラッドウルフ達も動き出す。
当然だ。それは例えるなら、目の前に料理が運ばれてきたようなモノ。それこそ、血に飢えた獣が、何もせず、黙って見ているだけなど有り得ない。
一斉に無数の狼の牙が、少女の身体へと襲いかかる。
その刹那。
「―――燃えなさい」
カタリナから放出された白い炎がブラッドウルフ達に、逆にブラッドウルフ達を返り討ちにした。
(なるほど。こいつが、聖女の力ってやつか……)
カタリナの聖女としての力―――【神の火】。
神が操るとされる超高熱の白い炎を自由自在に操る。それが、カタリナが持つ力だった。これの前にはあらゆる魔獣は意味をなさず、また人間でさえ、まともにくらえば即死レベルの代物だ。それこそ、どんなに防具で身を固めても、魔術で強化しようとも関係ない。一切合切、問答無用で燃やし尽くす。
しかも、この炎の特徴はそこだけではない。
「はぁあ!!」
カタリナの両手から炎が噴射し、周りのブラッドウルフを焼き尽くす。そう、ブラッドウルフだけを、だ。
ここは森の中。炎系統の技を考えなしに撃ちまくれば、木々に火が回り、森全体が火の海になってしまう。しかし、実際は木々どころか、木の葉一つにも火は移っていない。
これもまた彼女の【神の火】の能力。彼女の炎は、燃やす対象を任意で選ぶことができるのだ。今、彼女は魔獣であるブラッドウルフのみを燃やすようにしてある。おかげで、森の木々は無論、バリーにでさえ、炎があたっても燃え移ることはない。これもまた、他の炎系の異能力とは大きな違いであり、利点だ。
いや、これはそれだけの話ではないだろう」
「グァァァアアッ!!」
仲間が燃え死んでいる中でも、ブラッドウルフは攻撃をやめようとしない。むしろ、先ほどよりもその殺意は上昇していると言っていい。
そんな凶暴化している魔獣の攻撃を、しかしカタリナはいともたやすく回避していく。攻撃を避けるだけではない。避けたと同時に、手から炎を噴射し、一瞬で相手を燃えかすへと変貌させていく。
ただ炎を放っているだけではない。的確にどの部位をどのタイミングで攻撃すればいいのか、完全に把握している人間の動きだ。そして、それを実現させるだけの運動能力。これは、ただ聖女の力に頼っている人間の動きではない。
(流石は聖女ってところか)
言い方はアレだが、今はその言葉が相応しいだろう。ただ単純な力任せをしている、などというのは、完全なバリーの勘違いでしなかなかった。彼女は自分のやれる範囲を理解していながら、その中で効率的に相手を倒していく。そういうタイプだ。
彼女の戦闘センスは中々のモノだ。しかし、それだけではダメだ。そのセンスをいかにして実戦で使えるか。闘争において重要なのは、そこである。そして、彼女は自分の才能と能力を理解しながら、戦えている。それは、自己分析とそれを実行できるだけの鍛練の賜物と言えるだろう。
(あの女も、努力してきたってことか)
周りから聖女だと言われ続け、その期待に応えるために必死に鍛え続けてきたことは、知っている。自分を抑え、殺し、聖女としてずっと振舞ってきたことも、その力を行使して人々を救ってきたことも理解している。
それがどれだけ大変だったのか。
それにどれだけ苦労したのか。
知っていても、理解していても、彼女がどんな気持ちだったのかは、流石のバリーも想像することしかできない。
無論、だからといって、セシルにキツく当たっていた事実は消えないし、彼女の性格がねじ曲がっていることも消えはしない。
だが、それでも、だ。
カタリナという少女が、強い、というのもまた事実であった。
「ふぅ……こんなものね」
息を吐き、周りを見渡しながら、カタリナは言う。周りにあるのは、ブラッドウルフ達の燃えかすのみ。骨の一本まで燃やし尽くした結果、灰と化した魔獣たちはその痕跡すらなくなっていた。
「お疲れさん。いやはや、まさかここまでやるとは思ってなかったわ」
「そう?」
「ああ。正直見直した」
「それはどうもありがとう」
バリーの言葉に、カタリナは小さな笑みを浮かべて返した。
(何だ。普通に笑えるじゃねぇか)
彼女に会ってからというもの、いつも辛気臭い顔をされていたので、ただの笑みに珍しさを感じてしまった。
しかし、今はそのことに気を取られている場合ではない。
「とはいえ、だ。さっきのアレは確実に異常事態だよな」
「ええ。まさかブラッドウルフがこんな森にあれだけの数いるなんて、まずない。もしもずっと前からあれだけの数がいたとするのなら、あの村はとっくの昔に全滅してるはずよ」
「となると、だ。考えられる原因は」
「魔女の存在ってことになるのかしらね」
先程のブラッドウルフ達はどう考えても、連携した動きだった。しかも規則性があるような、そんなものだ。それこそ、誰かの指示に従っているような動き。
そのことから考えて、魔女が魔獣を操って、こちらを襲撃してきた。その可能性は十分にあり得る。魔女が魔獣を操る、なんてことはどこにでもある話なのだから。
そして、だからこそ、魔女がいるという可能性はまた大きくなったのだった。
「これはまた、面倒なことになってきたな」
そんな言葉をつぶやきながら、二人は森の奥へと進んでいった。




