11話 «強奪»
魔族の正体は小さな虫の集合体だった。
その中でも本体を見つけて無力化した。
あとは村人とヒルカを寄生虫の被害から解放させるだけだ。
「テンマ。お前は何のためにここにいる」
「……それは、王様から、夢幻の郷村奪還の命を受けて……」
「だったら、どうして合図無しに飛び出してきた。発案者はアクスだろうが、ヒルカを助けたい、そう思ったからここに来たんじゃないのか?」
テンマがハッとしたように顔を上げた。
それからぎゅっと歯を食い締め、拳を硬く握る。
「……くそ、正論ばかり言いやがって」
「口論が弱くて影武者なんてやってられっかよ」
テンマが歩み寄ってきた。
彼が魔族の正面に立つタイミングに合わせ、俺はその場を離れた。
後は任せよう。
影武者としての役割は、十全に果たした。
「この力は、門外不出なんだけどね。ヒルカは大事な仲間なんだ。返してもらうよ」
『ぴ、ぴぎっ』
テンマの周りに闇が湧く。
迸る雷鳴のように瞬く間に室内に広がる闇。
なんだ?
テンマは一体何を試みようとしている。
じっと目を凝らし、一挙手一投足を見落とさないよう注意する。
すこしして、テンマは声を出した。
「«強奪»!」
「……!」
«強奪»……だと?
俺が驚くより早く、闇が魔族を飲み込んだ。
それから魂が抜け出るように口から闇が飛び出して、それからテンマの手に吸い込まれた。
「……なるほど、ね。使い方は理解したよ」
「おい、テンマ……お前、まさか」
「そうさ。俺は【月蝕の民】さ」
月蝕の民。
それは昔、王国に仕えた一族の総称。
その一族には、共通する特殊能力が備わっていた。
それが«強奪»というスキルだ。
スキルを使用した者は技能の仕組みを読み取り、使用された者は技能の使い方を思い出せなくなる。
この異常性から、王国から闇に葬り去られた一族。
それが彼ら月蝕の民だった。
「ま、当然だけどこの技能は俺には使えそうにないね。でも、一ついいことが分かったよ」
「いい事?」
「ああ。どうやらこの魔族、配下に絶えず魔力を供給しなければ支配を持続できないらしい」
「そうなのか、だったらちょうど封魔の指輪が……」
「必要ないよ。どうやら、集合している虫の数に応じて魔力量が決まるらしいから、バラバラになった今、魔力は雀の涙ほどしかないよ。じきに、みんな意識を取り戻すだろうさ」
ふーん。
これで本当にチェックメイトってことか。
終局まで来てみれば圧勝だったな。
「なるほど、で、お前はこの魔族をどうするつもりなんだ?」
「うーん。どうしたものかなぁ。«強奪»した以上、もう人に寄生することも合体することもないから危険は無いんだけど……」
「奪われた技能を思い出す事は無いのか?」
「«強奪»し返したら思い出せるけど、その心配もないよね」
「ふーん。じゃあ、これで本当に終わりってことか」
言いつつ俺は、空の小瓶に魔族を詰めた。
鉄板で出来た蓋の一部に極細の穴をあける。
空気穴さえあればしばらくは生きながらえるだろ。
「どうするつもりだい?」
「んー? 気にすんな。他の魔族相手に交渉材料になるかもしれねえから連れてくだけだ」
「……君は、どこまでも用意周到だね」
「……おかげ様でな」
勇者の影武者なんてやってるとな。
どうにも、疑り深くなっちまうんだ。
*
こうして、夢幻の郷村に平和が戻った。
今は意識を取り戻した村人たちと宴を開いている。
宴もたけなわを迎えた頃。
俺はこっそり会場を抜け出した。
抜け出そうとした。
「ウルさん? どちらへ?」
「ん、ちょっとトイレ」
「トイレでしたらあちらに……」
「ごめん、ちょっと一人にさせてくれ」
アリシアに振り返ることなく、手だけを上げて村を抜けた。じとじとする空気と静謐に満たされた樹海に踏み入れれば、途端世界に自分しかいないような気がしてくる。
そして、瓶を取り出した。
魔族を入れた、小瓶だ。
それに手を翳し、俺はこう口にした。
「……«強奪»」
途端、世界に闇が広がった。
テンマがしたときと同様に、魔族から何かが流れ込んでくる。
どうやら、本当にテンマは月蝕の民らしい。
「……驚いたな。君も月蝕の民だったのか」
「テンマ、いつからそこに」
「ごめん。村を抜け出すところからずっと」
「……全然気づかなかった」
あるいは、何らかの技能を使ったのだろうか。
テンマが月蝕の民なら無い話ではない。
もっとも、隠密長より上位の隠密技能を持つものと接触したことになり、それはそれで怖いのだが。
「で、この虫から«強奪»するのが君の目的だったわけか。それで小瓶に捕まえたんだね」
「……そういう事だ」
「ふーん。何か気になることでもあったのかな?」
「まあな」
「へぇ、君の考えが知りたいな」
お互い、腹の底に抱えてるものは分かっている。
だが、それをどうするつもりなのかを読み切れず、思い切った行動に出られない。そんな感じだった。
時間稼ぎに、俺は思考をアウトプットする。
「ヒルカと出会った時、彼女には偽りの記憶が埋め込まれていた」
「……へぇ?」
「てっきり、この魔族の技能の一種かと思ったが、お前は口にする様子がない。それで、単純に俺の読み間違いか、お前が隠し事をしているのか、気になっただけだ」
「なるほどね、それで?」
「それで、手詰まりだな」
結論から言えば、やはり記憶操作もこの魔族の技能だった。故に、テンマが意図的に情報を握りつぶしたことは間違いない。問題は、テンマがどうして秘密にしているかだ。
「お前がみんなに不安を覚えさせないように秘密にしたのか、悪用するために隠してるのか。それが分かんねーんだ」
「へー。で、どっちだと思ってる?」
「そうだな……あんまり、関係ないな」
「は……?」
「«記憶改竄»」
「あ……」
先手必勝。
俺は一切の躊躇なくテンマから記憶操作に関する記憶を消去した。ついでに、俺が«強奪»を使ったことに関する記憶も。
テンマの優しさだったとしても、暗黒面だったとしても、俺が握りつぶせば同じことだ。
魔族には記憶を操作する技能なんてなかった。
それでいい。
「て、めぇ……!」
そう言って、テンマはその場に倒れた。
「……悪用するつもりだったのか」
どうやら、記憶を改竄して正解だったらしい。
この能力が悪用されれば、どんなことになるか分からない。
「ああ、それとな。俺は【月蝕の民】じゃないぞ」
«強奪»は使ったが、今回が初めてだ。
それまでは一度たりとも使ったことが無い。
「俺はしがない【影武者】だよ。スキルを『模倣』するしか能の無い――」
俺が生まれ持った才能は魔力でも剣技でもなく、ただの『模倣』スキル。本当の勇者を再現するためだけの才能。
タヌキの獣人が使っていた«幻創»だって、模倣したスキルに過ぎない。
人のまねごとしかできない俺は、きっと。
「――憐れな憐れな不遇職さ」
返す声は、どこにもない。




