表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/48

2話 プロポーズ

 一歩踏み出せば、草露が弾けた。

 つかの間の小雨の後には、どこまでも澄んだ蒼天が広がっている。青野を漂う空気はまだ少し冬の香りを覚えているようで、光風の凍みにハッとさせられる。

 並んで歩くアリシアの、ハーフアップにした金色の艶やかな髪がふわっと羽ばたいた。


「アリシア、見えてきたぞ」


 どこまで続くのかと思うほど広い草原。

 その草筵にも、ようやっと集落が見えてきた。

 石造りの壁でぐるっと囲われた街だ。


「では、あそこが宿泊の町(リグレット)なのですね!」


 草原にポツンと、たった一つの町。

 昔は交易路の中継点として栄えた時期もあったらしい。しかし、今はここより北にもっとしっかりした道が舗装されたがゆえに、人がやってくることはめっきり減ったという。現に、町の囲いの内から賑わいや喧騒が聞こえると言うわけでもなく、閑散とした様子が窺える。

 のんびりと過ごすには都合がよかった。


「楽しみですね! ウルさん!」

「そうだな」


 勇者パーティを追放された俺たちは、後の事を勇者に任せてスローライフを送ることにした。

 町に着いたらあれをしたい、これをしたいなんて、アリシアと会話に花を咲かせていると、遠くに見えた門はあっという間に目の前にあった。町に入ろうとする人なんて一人もおらず、おかげでスムーズに入国審査に移れた。


「名前は?」

「俺はウルティオラ、こっちはアリシア」

「アリシアです」

「入国の目的は?」

「移住をしようかと」

「右に同じくです」

「ん?」


 門番さんが、不思議そうな声を出した。


「おや、お二人さんは旅のお方ではないのかい?」

「そうですね、移り住もうと考えております」

「ははっ、悪いことは言わねぇ。君らはまだ若いんだから、こんな何もない場所に居を構えようとは思わない方がいい」


 門番さんなりの善意なのだろう。

 だけどそれは俺達の望みでもあったから、やんわりと忠告を断る。


「あはは、まだ若いですからね。後悔なんて100回してもお釣りが来ますよ」

「……そうかい。若いってのは良いなァ」

「門番さんもまだまだ若いでしょう?」

「へっ、ちげぇねぇ」


 門番さんが入国許可証にサインをする。

 ついでに一枚の便箋を取り出し、何かをさらさらと記入している。やがて何かを書き終えた彼は筆を置き、俺達に手渡した。


「この町に住むっつっても、どうせあてもねえだろ。便箋の方に俺の弟が昔使っていた家の場所を記しておいた。好きに使ってくれて構わん」

「弟さんはどうされたんですか?」

「……逝っちまったよ。二年前の冬に、流行り病でぽっくりとな」

「それは……」


 俺やアリシアが冥福を祈るより早く、門番さんは笑って俺たちを送り出した。


「定期的に掃除はしてるんだが、やっぱり家ってのは人が住んでねえとすぐダメになる。お前さんたちが使ってくれたら俺も気を揉まずに済むってこった。だから変な気を使うんじゃねえぞ?」

「それは、その……いえ、ありがとうございます」

「おう! じゃあ改めて。ようこそ、宿泊の町(リグレット)へ!」



 その家屋からは、歴史の香りがした。


「本当に掃除が行き届いていますね、ウルさん」

「ああ、埃の一つ目につかないな」


 俺とアリシアは門番さんに紹介された家にやってきていた。木造建築のそれは隅々まで綺麗にされており、まるで新品同様だ。

 掃除をしたのがつい最近か、頻繁に掃除に来ていたかのどちらかだろう。


「町の人もいい人たちだったな」

「そうですね。こんなに色々頂いて」


 門から、ここに来るまでの間に増えた荷物を置いてみた。両手いっぱいに抱えてきたそれは、ここに来るまでに町の人からもらった果物や野菜などだった。

 外から来た人と忌避するのではなく、受け入れてくれる。この町の人々は心暖かい人ばかりだった。


 それから、私物を片付けようと思い家を調べる。

 こじんまりとした家ではあったが、部屋は居間を除いて二つあるようだ。それぞれが使えばちょうどいいだろう。


「アリシア、二つ部屋があるみたいだけど、どっちを使いたい?」

「……え?」

「え?」


 え?

 何か間違えたこと言った?


「あの、ウルさん。もしかして部屋を分けるつもりではありませんよね?」

「え、そうだけど……」

「ダメです! 一緒に寝ましょう!」

「アリシア……!?」


 ギュッと俺の腕にしがみ付く彼女。


「ウルさん、言ってくれたじゃないですか。私と一緒にいてくれるって。あれは嘘だったんですか?」

「待て待て。確かに一緒にいると言った。それは紛れもない本心だし、今も変わりないよ。だけど結ばれてもいない男女が同じ部屋で寝るのは良くない」

「ウルさんは私以外の女性と結ばれたいのですか?」

「そういう訳じゃないけど……」

「でしたら! 何の問題もないではありませんか!」


 いやあるだろ。

 なんて、率直に伝えると悲しむんだろうな。

 ちなみに、勇者パーティで野宿するときはちゃんと男女で別のテントを使っていた。

 どうにか遠回しに説得できないだろうか。


「アリシア。君の気持ちは嬉しい。でも、こういうのはきちんと順序を踏んでいくべきだと思うんだ。ここは俺の意見にも耳を傾けてくれないかい?」

「……ウルさんはズルいです」

「そうか」

「はい。ズルいです。そんな言い方されたら断れませんもの」


 アリシアが俺の腕から一歩離れ、俺と向き合った。


「では、ウルさん」

「なんでしょうか」


 心なしか、アリシアの顔が赤くなっている。

 それから彼女は口を開いたり、閉じたりして、それからようやく、意を決したように言葉を紡いだ。


「私と、結婚してください」


 ……違う、そうじゃない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 取り敢えず読んでみました。面白くなりそうな予感。 [気になる点] 最後の一文、鈴○雅之。。 [一言] 更新頑張って下さ〜い!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ