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SSSランク勇者パーティを追放された実は最強の不遇職が辺境の地で聖女に求婚される悠々自適ライフ  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
宿泊の町-リグレット-

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15話 首飾り

0時頃にも上げてます

 どこまで続くのかと思うほど広い草原。

 どこからともなくやって来て去り行く花信風。

 リグレットはそんな場所にポツンと立つ宿場町だから、旅立つ人の為に、開門する時間も早かった。

 まだ鳥のさえずりも聞こえない暁闇だというのに、門番のおっちゃんは立っていた。まるで、俺達が出ていくのを予期していたかのように。


「おう、お前さん達か。こんな時間にどうした。夜逃げか?」


 おっちゃんは全てお見通しといった表情で惚けた。

 申し訳なさだとか、そんな役回りを演じさせてしまうことに対する心苦しさだとか、あまり嬉しくない感情ばかりがふつふつと浮かんでくる。


 どう切り出したものか。

 悩んでいるとおっちゃんがニッと口を緩めた。


「なんてな。そんな予感はしてたんだ」

「……おっちゃん?」


 おっちゃんはどかっと腰掛け、頬杖をついて視線を外した。おっちゃんの視線の先には、町の外――どこまでも続く草原が続いている。


「俺はな、これまでいろんな奴らの旅立ちを見送ってきた。ま、門番の定めってやつだな」


 ここから見えるおっちゃんの横顔は穏やかだった。

 まるで遠い過去を眺めるように、追想に耽るように、おっちゃんはどこかを見ている。


「そんなだから、この町に留まるやつ。いずれ外に出ていくやつ。なんでだろうな、分かっちまうんだよ。顔を見たら、そいつがどっちかなんて」


 おっちゃんは、口角を緩めて。

 俺たちに向き直りこう言った。


「町を出ていくことにしたんだろう?」

「それは、その……はい」

「そうだろう、そうだろう。お前たちみたいなのが、このちっぽけな町に収まるわけがねえ。遅かれ早かれ、お前たちは旅立っただろうさ」

「……すみません」

「そいつは何に対する謝罪だ? 俺が移住なんてやめとけって言ったのを無視したことか? 弟の家に住むのをやめちまうことか?」

「どちらも、ですよ」


 そういうと、おっちゃんは鼻で笑った。


「お前たちはまだまだ若いんだ。今のうちに精一杯、大人の厄介になっとけ。お前がお世話になった人たちも、誰かの厄介になって生きてきたんだ」

「おっちゃんも、そうだったんですか?」

「そりゃそうだ。そうやって人の営みは続けられてきた。でもな、一つだけ覚えておけ。いつかお前たちの世話になりてぇってやつが出てくる。生きてりゃ必ずな。その時は助けてやれ。それがお前たちに出来る精一杯だ」


 おっちゃんは、どこまで分かっているんだろう。

 もしかしたら、俺達が聖女と元勇者だということも分かっているのかもしれない。分かった上で、見逃してくれているのかも。


「……覚えておきます」

「そうかい。まあ、今はそれでいいさ」


 今は王国と和解するつもりはない。

 まずないだろうが、たとえ謝られても、きっと過去を清算することなんてできないだろう。それだけの仕打ちを、俺は王国から受けた。


 物心がつく頃には、隠密として育てられていた。


 血の滲む訓練。

 生死をさまよう毒物接種。

 与えられない人としての権利。


 そこからようやく、勇者の影として。ただの隠密がウルティオラという名を与えられて、一握の人間らしさをようやく得て、その結果が「もう必要ない」だ。

 今更、どうして。


「ま、俺から言えることは一つだ。お前たちはまだまだ青い。これから何度も後悔するだろう。だがな、行動を止めるな。生きるっていうのはそういう事だ」

「……はい!」


 おっちゃんは頷いて。


「呼び止めてすまなかったな。お前らは自由だ。どこへでも飛び立つがいい。飛び立って、それで疲れた時は、ここに羽を休めに来ればいいさ。俺達はいつでも歓迎するぞ」


 笑って、旅立とうとした。

 するとおっちゃんは「ああ、それとな」と呼び止めた。なんだかんだ、分かれは寂しい。


「お前さん達、この町をどう思った?」


 ちょうどその時、東の空から曙光が差した。

 黎明と鶏鳴の報せだ。

 その光は心暖かく、俺達の門出を祝うよう。


「いい町ですね。本当に」

「そうだろう、そうだろう。そんな町から、朝日も見ずに出ていこうなんて水臭い真似するんじゃねえ」

「……もしかして、その為に?」

「さてな」


 やけに長いこと、引き留めるなとは思ったのだ。

 俺と同様に、寂しさから来るものかと思っていたけれど、本当は。本当は。

 ただ、俺達が気持ち良く旅立てるように……。


「……お世話になりました!」

「……おう、行ってこい」


 こうして俺たちは、宿泊の町(リグレット)を後にした。

 春の陽気が燦々と降り注ぐ。

 ある、晴れた日の事だった。



 ……。

 …………。


「ウルさん?」

「ん? どうした、アリシア」

「何か、心残りでもおありで?」


 心残り、か。

 そうかもしれない。

 まだ、やり残したことがある。


「アリシア、急ぐ旅なのは分かるけど、少しだけ待っていてくれないか?」

「はい。いつまでもお待ちしておりますよ」

「ありがとうアリシア。ジークも待っててな」

「きゅるる」


 そう残し、俺は草原を駆け抜けた。

 ジークの卵を見つけた、あの東の森に向かって。


 そこには、竜の遺体が日に照らされていた。

 俺はその白骨で出来た白亜の城を登り、その竜の眼前に立った。


「すまない。なんの罪滅ぼしでもないし、俺の自己満足でしかないけど、お前の息子はしっかり育てるよ。だから今は、安らかに眠ってくれ」


 特定の対象だけを焼く魔法«煉獄の儕(デア・ドゥムリング)»。

 放ったそれが、腐りかけたドラゴンの肉を煙に変える。もくもく、黒い煙が天へと昇っていく。


 俺はしばらく、その場で瞑目した。

 その後、目を開いたのは、めらめらとした熱気が収まる頃。その頃には、赤かったドラゴンの亡骸も真白い骨になっていた。


 さようなら。

 心の中でそう告げ、踵を返した時だった。

 コツ、という、何かが落ちる音がした。

 何かと思えば、ドラゴンの牙が抜け落ちて、地面に転がっている。


「……ああ、分かったよ。必ず届ける」


 そういい、俺は今度こそ来た道を帰った。

 来た場所に戻ったとき、アリシアは待ち疲れたように座っていた。

 吹き抜ける暖かい風に、彼女の金色の髪が靡く。


「もう、大丈夫ですか?」


 そう聞かれたから、俺は「大丈夫だよ」と返した。


「東の山稜に、翠煙が立ち込めていました」

「そうか」

「天に昇っていく、形見の雲のようでした」

「……そうか」

「はい。それだけです。では、行きましょうか」


 アリシアが立ち上がりながらそう言った。

 俺は慌てて「ちょっと待って」と言って、«加工スキル»を発動する。ドラゴンの牙と、赤色の頑丈な紐を素材に、首飾りをクラフトする。


「ジーク、首を伸ばして」

「きゅる?」

「そう、いい子だ」


 ジークの首にひもを回し、背中でギュッと固結びにする。決してほぐれることが無いように。


「ウルさん、それはもしかして」

「親の形見……かな。ジークに持っててほしくて」

「……いいと思いますよ。ね、ジーク?」

「きゅるるる!」


 吹き抜ける風はみどりの風。

 だけど、ほんの僅かだけ。

 次の目的地、サウザンポートの潮の香りがする。


 そんな気がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] いってらー
[一言] いいですね旅立ちという感じで。
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