I hated vegetables
チアキは目の前のテーブルいっぱいに並んでいる皿を厳しい顔でじっと見つめていた。ナスのグラタンからシーザーサラダにトマトスープにほうれん草のキッシュ。デザートにはにんじんのゼリーまで。出来たての料理たちからはふわりと食欲をそそるような匂いがしているが、表情からすると彼女は毛ほどもそう思っていないようである。
「チアキ、私を困らせんでくれ」
そんな彼女にマスミは凛々しい眉を八の字に下げて諭すように言いながら顔を覗き込む。後ろでひとつに括られている長い黒髪が揺れて白い首筋にかかった。チアキはその様子を横目で眺めるふりをしてこちらの瞳を見つめているであろう切れ長の目から逃げる。
「食べないと大きくなれんぞ」
しばらく口を噤んでいるとマスミがからかうように言った。無視を決め込んでいたはずのチアキはうっかりムキになってついに顔を上げてしまう。
「だから最終的には食べてるじゃないか。それと、私はこれ以上成長したくはない」
「でも、お腹は空いたろう」
どうやら図星なのかふいと顔を背けたチアキに、マスミは苦笑しながら向かい側の席に着く。二人分のグラスに水を注ぐと両手を合わせてひとこと言った。
「いただきます」
スプーンを手に取り、トマトのスープをひとくち。満足そうに頷くと今度はナスのグラタンに手を付け始めた。
「冷めるぞ」
やはり腹は減っているのかこちらをじっと見ているチアキにそう言うと、彼女は観念したように両手を合わせ、小さな声で呟く。
「いただきます」
チアキは口では嫌と言いながらも次々に食事を平らげてゆく。その様子を見つめていると、マスミはあることに気が付いた。確かに彼女は食事に手を付けるまではかなりごねるのだが、一度食事を始めるととくに文句をつけることはない。マスミにはそれが奇妙に思えたのだ。
一方、刺さるマスミの視線に気付かぬ振りをしながらチアキは箸を進めていた。何か不審に思われているのかと料理の味も分からなくなるほどに緊張する。辛抱ならずにちらりとマスミを窺えば思った通りにこちらをじっと見つめている。
疑うのも当然だ。マスミの作る料理がまずいわけがない、レパートリーが豊富で味付けもちょうどいいというのに。しかし自分の野菜嫌いが治ったと分かればマスミはもう料理を作ってくれないかもしれない。嘘をついていることは心苦しいが、それがチアキにとって最も避けたいことなのだ。
「ごちそうさまでした」
「味はどうだった?」
だから、チアキは今日も顔を顰める。
「……相変わらずさ」