第五話 結集
「もう大丈夫だぞ」
「はい……」
悪魔が小屋に向かい呼びかけると、おずおずとエルフが小屋より顔を出す。
「死体なら見えない所にやった、そんなに怯えなくても平気だ」
「そ、そうですね……うぷ」
確かに死体こそそこには無いが地面には人間たちの赤黒い血がべっとりと付着している。これでは誰でも顔をしかめるだろう。
しかし悪魔の価値観はぶっ壊れてしまっているので気づかないのだ。
そんな中でもエルフの女は足を奮い立たせ頑張って悪魔に近づく。
「中で話は聞いてました。これからどうするのですか?」
エルフの耳はとても優れている。
彼女の千里眼と併用すれば数km先の動物の足音すら聞き分けることが出来る。
「まずは近辺の村を制圧する。もしかしたら魔族が囚われているかもしれないからな」
悪魔のいた村の者は全て殺されてしまった。
しかし魔族の村は一つではない。もしかしたら人間に捕まったがまだ生きている者、捕まらずに逃げ延びている者もいるかもしれない。
「そして仲間を集めたら……国に攻め入る」
「!!」
この大陸の人間社会は幾多もの村や町、そして三つの国で構成されている。
そしてその三国にはそれぞれ三英雄と呼ばれる桁違いの実力者が一人ずつおり、国の平和を守っているのだ。
「本当に人間を魔族と同じ数まで減らすつもりなのですね……」
「ああ、その為には三国を全部滅ぼすのは必須。出来れば俺の存在が知られる前に三英雄を一人ぐらい倒しておきたい」
今は散り散りになってる三英雄だがもし集結してしまったらいかに今の悪魔であろうと勝ち目は無いだろう。
速やかに仲間を集め、攻め入らなければ状況はどんどん不利になっていくだろう。
「それで……あんたはどうするんだ?」
「え?」
悪魔の問いかけにエルフの女はキョトンとした顔をする。
「これは俺の戦いだ。あんたが無理して付き合う必要はない。この戦いは辛く、過酷なものになるだろう。関係のないあんたはついてこなくてもいい」
悪魔がそう突き放すように言うとエルフの女はうつむき黙り込んでしまう。
(これでいいんだ……流石にこれ以上彼女を巻き込みたくはない……)
悪魔は後ろを向くと下を向いたエルフの女を置いて歩き出そうとする。
しかし。
「待って下さい!!」
「!!」
突然の大声に驚いた悪魔は振り向きエルフの女を見やる。
エルフはキリっとした目で悪魔をにらみつけ、力強い口調で喋り始める
「関係なくはありません!! 私だって魔族を助けにここまで来たのです!!」「だがあんたは捕まった。その程度の実力では俺の戦いにはついてこれない」
悪魔は冷たく言い放つが、エルフの目はまだ諦めていなかった。
「あ、あなたこそどうやって魔族を見つけるんですか? その点私なら特殊能力で簡単に見つけられますよ」
エルフは発育のいい胸を張ると誇らしそうに「ふふん」と鼻を鳴らす。
「し、しかし……」
この先もエルフに力を借りるということは、彼女の千里眼を使い人間の行う凄惨なものを見てもらうことになってしまう。
悪魔はそれが嫌だったのだ。
「それに私が弱いのが不安ならあなたが守ればいいじゃないですか! 私が探してあなたが助ける。あぁ、なんて完璧な作戦なのでしょう!」
エルフは芝居がかった様に喋る。
どうやら勢いで押し切ろうとしているみたいだ。
(この様子だと置いていっても勝手についてきそうだな……)
「わ、わかったわかった。ひとまず魔族を助けるまでは力を合わせよう」
「!! 分かればいいんです!!」
悪魔が観念して同行を許すとエルフは顔を輝かせ、嬉しそうに悪魔の横へ体を寄せる。
「これからよろしくお願いしますね!」
「ああ……」
こうして悪魔とエルフ。
奇妙な二人の世界を巻き込む旅は幕を開けたのだった。
◇
「憤怒の魔刃!!」
悪魔の呼びかけと共に現れた三日月形の巨大な黒い刃は、立ちふさがる人間の体を引き裂きながら前進し屍の山を積み上げる。
「ちくしょう!! なんなんだこいつは!!」
突如現れた正体不明の悪魔に仲間を殺された人間は忌々し気に悪態をつく。
ここは悪魔が監禁されていた村に近いとある村。
エルフの千里眼によりここに多数の魔族が囚われていることを知った悪魔はここを襲撃したのだった。
「リブ!! あそこの小屋に魔族が捕まっているわ!!」
「分かった。悲哀の重槍!!」
悪魔の手に集まる黒い魔力はやがて螺旋状の巨大な槍の形になり、回転を始める。
辺りには槍が回転する際に鳴るけたたましい金属音が鳴り響く。
その音はまるで槍が泣いているかのような、悲しくそして痛たましい音だった。
「うおおおぉっ!!」
槍が小屋の壁に接触すると、まるでバターの様に壁を滑らかに削り取る。
その穴より見える中の状況は悲惨なもので、既に息絶えている者も見られた。
「貴様らは……本当に救えないな……!」
その光景を見た悪魔の心に怒りの火が灯る。
それに呼応するかのように体温も上昇し、やがて湯気が見えるほどになる。
「ひぃっ! 来るなっ!」
その状態のまま悪魔は腰を抜かしていた人間の元へ近づくと頭を片手で鷲掴みにすると、ゆっくりと持ち上げる。
怒りに満ちた悪魔の体温は熱された鉄板のように熱くなっており、握られた男の顔面はジュウジュウと音を鳴らし肉の焦げるにおいを辺りにまき散らす。
「どうやら『負荷抗力』は俺の負の心に反応して様々な力を出すみたいだな」
悪魔が更に怒りを増すと温度も上がり、人間の悲鳴が木霊する。
「これなら俺はまだ強くなれる」
しかしその為には自分が苦しまねばならない。
しかも既に自分の身を苦しめて得られる力は全て得てしまっているため、この先更に力を得るためには大切な人が傷つかねばならないだろう。
他者を救うための力を得るためには、他者が苦しむさまを見なければならない。
何とも難儀で滑稽な話である。
「アイさん。中の人たちの手当てを」
「はい!」
悪魔は小屋に開けた穴を塞ぐように立つと中にエルフの女を入れる。
戦闘能力のないエルフだが、貴重な治癒の魔法を使うことが出来た。
ゆえにわざわざ危険な村の中まで同行したのだ。
「さてあっちは任せるとして……」
悪魔はちらと武器を構える人間たちの方へ顔を向けると、ニヤリと口角を上げ口を開く。
「お前らの相手は俺がしてやるよ」
◇
「この度はお助けいただきありがとうございます」
戦闘を終え、小屋の中に入った悪魔を待ちうけていたのは多数の魔族だった。
悪魔にミノタウロス、ドワーフやラミアなどその種族は多岐に渡ったが、みな一様に疲弊している様子だった。
エルフの施した治癒魔法により傷自体は癒えているが、心と体に深く蓄積した疲労までは取りされなかったのだ。
「私はロスと申します。お見知りおきを」
そう言って悪魔に挨拶するのは眼鏡をかけた悪魔「ロス」。
どうやらこの眼鏡が捕まっていた魔族の代表の様だ。他の魔族を代表して悪魔とエルフに謝辞を述べている。
「無事でよかった。ここにいる者で仲間は全員なのか?」
「いえ。他の村にも売られてしまった仲間がたくさんいます……無事だといいのですが」
「そうか……」
悪魔は眼鏡にそれだけ聞くと立ち上がり荷物をまとめ始める。
「ど、どこへ行かれるのですか!?」
「決まっている、そいつらを助けに行くんだ」
当たり前だろといった顔でそう答える悪魔。
「しかしまだ戦ったばかり! 少し休まれた方が……」
「今も苦しんでいる魔族がいる」
「!!」
「俺はそいつらを助けなくてはいけない。それが力を手に入れた俺の責任だと思うんだ」
「あなたは……いったいどれだけの魔族を救うおつもりなのですか?」
「無論、全員だ」
そう語る悪魔の目は真っすぐであり、嘘偽りのないものだと眼鏡の悪魔は確信する。
(この人なら……託せるかもしれない。魔族の運命を)
眼鏡の悪魔は後ろを振り返り仲間に目配せをすると、皆がそれに答え頷く。どうやら彼らの意思は固まったようだ。
「ならば我らを連れて行ってください」
「お前らを?」
「はい、一度は捨てたこの命。魔族の未来のために使えるなら本望です。それに私はあなたの強さと心に惚れてしまった。どうか仕えさせていただきたい」
眼鏡はそう言うと悪魔の足元に跪く。
するとそれに倣い他の魔族たちも同じ体勢を取り始める。
「……いいのか? 俺の進む道は地獄だぞ?」
「無論です。魔族からしたらこの世はどこも地獄、ならば信頼のおける方の側に」
「……いいだろう。お前らの命、俺が預かった」
こうして総勢50名。
始まりの魔王軍が完成したのだった。