第二話 監禁
人間に捕らわれた悪魔が連れて行かれたのはとある人間の村にある小屋だった。
元々家畜小屋として使われていたその小屋は酷く汚れており、誰も管理してないのが見て取れる。
「ここがこれからお前の家だ。少し汚いが悪魔にはちょうどいいだろ」
人間たちは連れてきた悪魔を床に倒し押さえつける。
その間に一人の男が棚から何かを取り出し始める。
「てめえに逃げ出す力が残ってるとは思わねえが念には念を入れさせてもらうぜ」
男が棚より取り出したのは鉄で出来た太い杭。
元々は柵に使われてたであろうその杭は全体的に錆びてしまっており、道具としての機能はほとんど残っていない。
「いったい……なにを……」
「こうすんだよ」
男は左手で悪魔の腕をしっかり固定すると、右手に持った太い杭を悪魔の腕にあてがう。
「お、おい。まさか」
「誰か口を押さえてろ」
男の指示で悪魔の口は布でふさがれる。
これから行われる凶行を予感した悪魔は必死に抵抗し体を動かすが、四人がかりで押さえつけられているためビクともしない。
「ったく、静かにしないと手元が狂っちまうぞ……っと!!」
ダン!!
男が無情にも杭に振り下ろすと、杭は悪魔の右腕を歪に引き裂きながら貫通する。
それまでは必死に動かしていた腕も穴が空いては力を入れることが出来なくなり、パタリと地面に横たわる。
「フーーーーッ!! フーーーーっ!!」
腕に穴を開けられた悪魔は絶叫しそうになるが口をふさがれているためそれすら出来ない。
せめて弱みを見せまいと目で人間をにらみつけるが、それは人間の嗜虐心を煽るだけだ。
「そら、二本目だ!」
今度は右の腿にズガン!! と杭が打ち込まれる。
「ンーーーーーーーッ!!」
倉庫には悪魔の声にならない声が響く。
あまりの激痛に体は震え、全身から尋常じゃない汗があふれ出る。
しかし、まだ地獄は始まったばかりだ。
その後、杭は両足と両腕に二本ずつ打ち込まれた。
そして手足を動かせなくなった悪魔は鎖に吊るされて小屋の中央に無理やり立たされるのだった。
「もう……気が済んだだろ……殺してくれ……」
悪魔の目からは既に精気が失われており、自ら死を懇願するようなっていた。
しかし。
「何言ってんだよ。人間が昔悪魔にどれだけ苦しめられたと思ってんだ。これからが本番さ」
男はそう言うと、悪魔の様な笑みを浮かべ去っていった。
◇
それからの日々悪魔にとって『凄惨』という言葉では表しきれないほどの地獄だった。
朝、悪魔はまず夜の内に再生した爪を剥がされる痛みで目覚める。
全ての爪が丁寧に剥がされた後に待っているのは棍棒による殴打だ。
これはその日の担当の人間の気分によって叩かれる時間が変わるが、一時間を下回る事は無かった。
そうして全身の骨を満遍なく砕かれた後は、武器の試し切りという名目の拷問が待っている。
ある時は剣、またある時は斧といった感じで人間たちはあの手この手で悪魔を苦しめることに熱狂した。
勢いあまって殺しかけてしまう事もあったが、村には回復魔法の使い手がいたため悪魔は死ぬことが出来ずにいた。
そして午後には担当の人間だけではなく数人がかりでの拷問が行われた。
肉を削ぎ、骨を砕き、皮を焼き、目を抜き、鼻をもぎ、耳を切り、舌を抜き、指を潰す。
人が思いつく限りの暴力がそこにはあった。
悪魔は痛みに耐えかね、涙を流しながらみっとっもなく命乞いをしたが、それは人間たちの狂気を増長させるだけであった……
◇
(……いったいここに来てからどれだけの時間が経っただろうか)
ある朝、悪魔は人間が来るよりも早く目を覚ます。
既に昨日付けられた傷はふさがっているが、連日繰り返される暴虐の嵐は悪魔の体に醜悪な痕を残している。
最初こそ人間を憎み、恨み、復讐してやるという気持ちがあったが、一週間も過ぎると次第にその気持ちもすり潰されていった。
囚われてから三ヶ月の月日が経った今、悪魔に残る気持ちは『自死』を望む心のみ。
痛みに体は反応するものの、心はほぼ死んでしまい廃人の一歩手前だ。
しかし、皮肉なことに悪魔の反応が悪くなったことで人間はつまらなくなったのか日に日に拷問の時間は減っていった。
(これでいい。このまま静かに死なせてくれ……)
悪魔はいつからか自分を責めるようになっていた。
見つかった自分が、捕まってしまったマヌケな自分が悪いのだと思わなければ心が壊れてしまいそうだったのだ。
そんなことを悪魔が考えているとキイ、と木製の扉が開き人間がいつものように入ってくる。
しかしいつも武器や農具を持っている人間の手には美しい女性の手が握られていた。
その女は悪魔が連れられてきた時のように乱雑に小屋に投げ入れられると「きゃ!!」と高い悲鳴を上げ藁の上に転がる。
「よかったな悪魔。仲間が増えたぞ」
「な……に……?」
悪魔は連れてこられた人物をよく観察する。
サラリとした金髪に豊かな胸とスラリとした肢体を持ち、更に目の覚めるような美貌をも併せ持つ、正に奇跡と言った美しさの女性がそこにいた。
しかし問題はそこではない。
鋭く尖った耳に深い緑色の瞳。
これを持った種族は一つしかいない。
「える……ふ……!?」
「そうさ! 貴様ら悪魔がピンチと聞いて一人で助けに来たらしいぜ! 全く運がいいぜカスを殺しただけでエルフが釣れるなんてよ!!」
エルフの人気は高い。
整った容姿に加え、力が弱いのも人気の一因だ。
強い魔力は子供に受け継がれるため母体にする貴族も多い。
好事家に売れば金貨100枚はくだらない一獲千金の獲物だ。
「さて、仲間が来る前に楽しむとするか……」
男は下卑た笑みを浮かべながらエルフに近づく。
「ひぃっ……!」
エルフはこの後起こる惨劇を理解したのか、顔を青ざめ尻もちをついたまま後退する。
「や、やめて……」
「へへへ、いいねぇスゴくイイ」
男の目は血走り、股間はとどまることなく膨張する。
純潔を奪えば市場価値は下がってしまうがエルフを汚せるという貴重な経験はそれを補って余りある。男の脳内はこの後行われる情事の事で満ち溢れている。
「ま、ま……て」
「あん?」
その毒牙が触れる寸前、存在を忘れられていた悪魔がか細い声で男を呼びとめる。
「俺が……俺が何でもする。だ、だからその娘を離してくれ……! た、頼むよ……」
それは心からの懇願だった。
自分が我慢するだけならいい。
しかし自分が受けた苦痛を他者が受けるなんて考えたくもなかった。
それに悪魔は見惚れてしまった。
エルフの持つ美貌に、他人の為に危険を冒せるその気高さに。
己の体が醜く傷つき、心も死んでしまった今。
悪魔には彼女がとても眩しく見えたのだ。
しかし、彼の願いは実る事は無い。
「馬ッッ鹿じゃねえの!? てめえみてえな死にぞこないに価値があると思ってんのか? それにてめえは今日処分するって昨日決まったんだよ!!」
処分。
待ち焦がれた言葉のはずなのにその言葉は悪魔の心に突き刺さり深く傷をつける。
(……そうか、俺は彼女を救えないのか)
その瞬間、何も感じなくなっていたはずの悪魔の心に小さな火種が灯る。
(ふざけるな……!! こんなことがまかり通る世界が正しいわけがない!! 俺は……俺は……)
「抗うぞ……っ、抗ってみせる……!!」
ちっぽけな悪魔が願ったのは途方もないほど大きな願い。
本来叶えられるはずのない願いだが、その瞬間不思議な現象が起きる。
――――力が、欲しいか?
突如悪魔の頭の中に鳴り響くは、不思議な声。
温かく、安らぎのあるその荘厳な声は悪魔の心に溶けるように染み込んでいく。
「力……? そんなもの、欲しいに決まっている……!!」
――――その為に、そなたは何を捧げる?
ただで得られるものはない。
不思議な声の持ち主は悪魔に力の代償を提示させる。
本来迷うべき場面であるが、悪魔の心は決まっていた。
「全部……全部ぐれてやる! 幸せになんかなれなくてもいい!! ただ、人間達を殺せるなら何でもいい……!!」
すべて失った。
家も家族も友も未来も。
もう幸せになる気もなれる気もしない。
今、悪魔にあるのは渇きによく似た復讐心のみ。
それを満たすなら何でも出来る。
――――よかろう。汝に力を授けよう!
その瞬間、湧き出てくるのは三ヶ月の間押し殺されていた感情の波。
憎しみ、怒り、恨み……そして、悲しみ。
押し寄せる感情の爆弾は巨大な嵐となって悪魔の殻を打ち破る。
「やめて下さい! こんなの間違っています!」
「ははっ!! この世界では人間様が正しいんだよ!! 黙って剥かれやがれ!!」
――――この力は汝の闇を食らい成長する力。決して幸せになれぬ汝にのみ許される力
「ぐぐ……!! うぅっっっ……!!」
その瞬間、悪魔に湧き上がる大いなる力。
目に見えるほどの力の波は悪魔のやせ細った体に活力を漲らせ、その体に魔力を与える。
「ん? なんだこりゃあ!」
悪魔に突如起こった異変に男はようやく気付くがもう遅い。
既に力の継承は終わっている。
そこにはかつて死にかけだった悪魔の姿はない。
そこにいるのは復讐の鬼。
狂ったこの世界へ挑む愚かなる魔の王。
――――その力の名は『負荷抗力』。抗って見せよ愚かな悪魔よ
その言葉を最後に声は聞こえなくなる。
だが悪魔にとってはそんなことどうだってよかった。
力をくれたのが神だろうと魔神だろうと知ったことか。
今はただ、復讐を果たすのみ。
「まずは貴様だ、人間」
物語の幕は、切って落とされた。