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第一話 逃走

 月明かりが木々を照らす夜。

 動物達も眠りにつく中、森の中を興味深い人物が走っていた。


 薄汚れた布をまとったその人物は一見すると人間に見えるが、よく見ると人間にはない特徴がいくつか見受ける。

 死体のような青白い肌に尖った耳。ルビーのように透き通った赤い瞳。

 これは悪魔族に見られる特徴だ。


 元来悪魔族は強大な魔力を持つ者が多いのだが、この悪魔からは魔力が微塵も感じられない。

 そうなると悪魔族が人間より勝ってる点は、高い再生能力しかない。


 そのような存在、魔族が迫害されているこの世界では格好の獲物になる。


「見つけたぞ! 奴だ!」


「はあっ……はあっ……ちくしょう……!!」


 逃げまどう悪魔を3名の人間が追いかける。

 ボロ切れしか身にまとっていない悪魔と異なり、人間達は革鎧に短剣、弓と万全の装備だ。

 脆弱な悪魔では逃げ切れはしないだろう。


「ちょこまかと往生際が悪いんだよ!」


 業を煮やした人間の一人が悪魔に向かい弓を射る。

 シュ! と放たれた矢は正確に悪魔の右足に突き刺る。


「があっ……!!」


 あまりの激痛に思わず足を止めてしまう悪魔。

 刺さった矢は太ももを貫通しており、赤い血が止めどなく溢れ出す。


 しかし、悪魔には立ち止まっている時間はない。

 痛みをこらえ矢の先端を手でへし折ると、矢の後ろを両手で握り思いきり引き抜く。


「い゛ぃっ!!」


 矢が突き刺さった時以上の激痛が悪魔を襲う。

 思わず意識を手放しそうになる程の痛みが襲うが、歯を必死に食いしばり堪える。

 すると数秒で血が止まり出し、傷も塞がっていく。


「ふう……ふう……」


 悪魔は傷口が完全に塞がったのを確認すると再び走り始める。

 しかし先ほどまでの速度は出ず、人間達との距離は縮まる一方になる。


「ちくしょう……ちくしょう……」


 いくら再生能力が高いといっても痛みがなくなるわけではない。

 悪魔の体は一見すると目立った傷は無いが、逃走中にあちこちを切ったりぶつけたりしているため動けるのが不思議なくらいボロボロなのだ。


「助けて……父さん、母さん……!」


「助けは来ねーよ」

「!?」


 ゴン!! と突然悪魔の側頭部を襲う衝撃。


 それが岩石魔法「岩石の弾丸(ロックストライク)」だと気づいたのは、その魔法によって吹き飛ばされ地にふせてからだった。


「ぐぅっ……」

「ようやく追いついたぜクソ悪魔がよ。魔族のくせに手間取らせやがって」


 魔法を放った人間の男は悪態をつきながら頭を抑え苦しむ悪魔に近づくと、無防備になってる腹を思いっきり蹴飛ばす。


「――――っ!!」


 魔法で強化されたその一撃は悪魔に声を出す余裕すら与えない。

 指を動かす体力さえ無くなった悪魔は、虚ろな目で男を見上げる。


「いい事を教えてやるよ。おめーの村の仲間は全員死んだ。生き残りはお前だけさ」

「そ、そんな……」


 再び悪魔の目より一筋の涙が流れ落ちる。

 彼の頭によぎるのは貧しくも楽しかった村での日常。


 悪魔のいた村には様々な亜人と魔獣、つまり魔族が助け合いながら暮らしていた。

 彼らは身を隠し、人間とは一切関わらず自らの力だけで生きてきた。


「なのに……なぜ!! なぜこんな惨い事を!!」

「ああ? 決まってんだろ、おめーら亜人は生きてるだけで罪なんだよ」


 悪魔の必死の訴えも人間には届かない。

 それほどまでに人間と魔族の溝は深く、根深いのだ。


「おっ、ようやく捕まえたか」


 その間にも悪魔を追いかけていた人間が悪魔を取り囲むように集まってくる。


「縛れ、拘束緑蔓グリーンロープ

「!!」


 追いついた人間の一人が魔法を唱えると、地面より太い植物のつるが生え悪魔を縛り上げる。


「ぐぅ、があぁっ!」


 蔓は肉に深く食い込み、骨が軋む程の力で悪魔を縛り上げる。

 拘束目的であればここまでする必要はないだろう。


 つまり、これはただのストレス解消。

 悪魔が苦しむ様を見たいがためだけの行為だ。


「へへ、これで終わりだと思うなよ。手間取らせてくれた礼にお前はたっぷり可愛がってやるよ」


 男は下卑た笑みを浮かべ悪魔に近寄る。


「これから、よろしくな」


 こうして、地獄の日々が幕を開けた。


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