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否、これは兵器だ。
ラグバート王国の秘密兵器《殺戮人形》。
それを見て無事に帰還したものは存在せず、故に、《殺戮人形》の存在は虚構と化していた。
前線兵士達からの噂によると、醜い姿をした化け物であるという。鋼鉄の皮膚はどんな攻撃も通さず、口から吹いた火で、戦場を焼き尽くすらしい。
どこの神話から引っ張り出してきた設定だ。と思わずツッコミたくなるような話だが、王国は侵略戦争へその秘密兵器を投入。あっという間に東方を手に入れた。
魔法と科学を熱心に研究していた王国だから、そんな化け物もつくれたのかもしれない。
だが、どうだろう。
今見ているのは――あまりに美しい少女だった。
「《殺戮人形》か?」
気づけば、そう口にしていた。
まわりに広がるのは、仲間の死体。死体。死体。
この戦場に立っているのは、目の前の少女と自分だけだ。
「そう呼ばれているのは知っている」
少女と呼ぶには違和感のある声。
「女……? いや、男……?」
つぶやいた言葉に、少女は敏感に反応した。
「……おれは男だ」
男かよ。
どうせなら、勘違いしたまま死にたかった。
こんな美少女と死ねるなら、それも良いと思ったのに。
握っていた擲弾のピンを抜く。
閃光が、二人を飲み込んだ。
敵は皆殺し。
それが《殺戮人形》に下された命令だった。
そして、最後の敵兵が今目の前で自爆した。
《殺戮人形》は傷一つない身体を、その先を見下ろした。
幾億もの死体が、眼下に広がっていた。
どこまで続いているのかわからないそれは、まるで死の海だ。
この海の果てには何が待っているのだろう。
そんなことを考える自分は、やはり兵器としては欠陥品なのだろうか。
『――』
微かに聞こえた声は、海原を飛ぶ鳥のさえずりではない。
ノイズの混じった不愉快な声が、脳髄に直接響く。
『ライル、我々の勝利だ』
遥か遠くの王都では、贅肉まみれの王が玉座に胡座をかいていた。
魔法の力を借り、《殺戮人形》――『ライル』の脳に直接語りかけているのだ。
しかしライルが王に応えることはなかった。
身体に流れる魔力を僅かに乱せば、王都と繋がった魔法回線はいとも簡単に切断される。
戦場に静けさが戻った。
むせかえるような死臭が、ここが自分の居場所なのだと教えてくれる。
ライルは歩く。
全身を真っ赤に染めていた返り血は、すでに渇き、歩くたびにぽろぽろとはがれ落ちる。
戦端が開かれたのは陽の昇る前だったが、死体の山頂へ辿り着いたとき、すでに太陽は頭上で燃えていた。
ライルは空を見上げ、ふと表情を緩めた。
今日は、雲ひとつない晴天である。
東方に続き、南方へ仕掛けた戦争は王国の圧倒的勝利に終わった。
太陽に重なるようにして、一羽の鳥が飛んでいる。眩しさに思わず目をそらすと、地上に転がる死体と目が合った。白く濁った両眼が、ライルを見つめていた。
しかし、それだけだった。
ライルは詩人ではない。
この感情を、語る言葉を持っていなかった。
歩みを再開する。
敵を探して。
前へ、前へ。
そうして歩き続けた先に、何があるのだろう。
『リサ』と『トーイ』がいてくれれば、良いと思う。
長い旅に疲れた旅人たちがたどり着くのは、高い壁に囲まれた都市である。
この広い荒野も例外ではない。
ひとりの旅人が都市へと続く門をくぐろうとしたときだった。門の脇にいた門番が、旅人に槍を突きつけた。鋭い槍の先端がフードの端をかすめたが、旅人が動じる様子はない。
大抵の人間ならば、なにかしら反応があるはずなのだが。
「この都市になんの用だ?」
旅人はフードを目深にかぶっており、その顔をうかがい知ることはできない。
それがまた面白くない。
「魔女を捜しています」
フードの下から聞こえた声は、想像以上に若い。こんな子供がこの危険な荒野をひとりで旅してきたのだろうか。
門番は顔を引き締め、あらためて旅人に向かった。
「お前のような小僧がひとりで旅をできるとは思えないが」
「え……? ぼくは――」
「やはり盗賊か!」
門番は躊躇いなく、槍を突いた。
「……!?」
が、槍は空を突く。
突き出された槍を足場にして、旅人は空高く跳んでいた。
ローブがめくれ、顔があらわになる。
門番が息を呑んだ。
――美少女。
呆気にとられた門番はその場に固まっていたが、軽やかに着地した少女に気がついて槍を下げた。
「……お、女……? いや、男……? ……名はなんだ? なんと呼べば良い?」
なぜか息の荒くなった門番に、旅人は自分の背筋が寒くなるのを感じた。
「ぼくはライル。男だっ」
拳を握りしめたライルは門番を見上げる。
壁の向こうから聞こえる人々の楽しい声が、やけに遠く感じた。