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魔法でよくね?  作者: 富士見の娘
魔法との出会い編
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逆転劇ともう一つの術

―第8説 逆転劇ともう一つの術―


選也は左手に弓を構え、右手を矢に添えて弦を引き、素早く矢を放った。それに対して、まだ選也に注意を向けきれていなかった銃女は、驚いたように身構える。


しかし、選也が放った矢は、銃女ではなく、その横を通り抜けて、遥か後方へと飛んでいった。自分が狙われると思っていた女は、それを確認すると強張っていた表情を緩めて、


「どこを狙ってるの? 」


と一転して選也を嘲笑う。

選也の手元に、もう矢はない。追い詰められた末の彼の攻撃が、誰にも当たらなかったのが、彼女にはよほど滑稽に見えたのだろう。

彼女は銃口を再び選也に向けて、体勢をゆったりと整える。


「安心しなさい。楽に逝かせてあげるから。」


しかし、その次の瞬間、女が捉えた選也の表情は、絶望に震えるそれではなかった。


彼は口の端を持ち上げ、嬉々とした目で、女の目を見返している。


その理由は、女にもすぐに分かった。


地面を揺らす衝撃、喉の奥から空気を絞り出すような割れた声、木々をへし折る音。


「は!? 」


女は振り返り、目を見開いて、その口から短い声を漏らす。


それもそのはず、大豚が狂ったように目を回して走り、女の目の前まで来ていたのだ。そして、その目には矢が突き刺さっている。


女は慌てて防御陣を豚の方に全て向けた。


(もらった!! )


選也はその瞬間を逃さなかった。

女に詠唱をしながら一気に接近し、その無防備な背中に渾身の蹴りを入れる。そして更に、詠唱により右拳に展開した魔方陣を迫っていた豚の方へ向け、炎を放射した。


「………っ! 」


もろに選也の蹴りを食らった女は、短い息を吐き、前に膝をついて倒れ、完全に冷静さを失っている豚は、踵を返すように反対方向へと走り出す。


それから、選也は豚がどいた場所に大量に突き刺さっていた罠の矢を一本引き抜くと、それを弓に装填し、構え直した。


(元弓道部の実力を見せてやるよ! )


今度の的は小さい上に、動きも不安定だ。だが、選也にはそれに勝るだけの自信と勝算があった。


(ここだ! )


添えた指先を伝わる、矢が弓を離れる感覚。

理想と寸分違わず描かれる軌道。


矢は狙い通り少女の腹を貫いた。


「いやっ………! 」


微かな悲鳴と、瞳に浮かぶ雫。

その小さな身体は抵抗敵わず、力を失い、豚の背から滑り落ちる。


そして、主人を失った大豚は消滅。


選也は真下まで走り、地面へと投げ出された少女の体を受けとめた。


選也は直ぐに彼女の状態を確認する。


(良かった。殺してはいない。)


選也の腕の中で、少女の腹は小さくだが、確かに浮き沈みを繰り返しているのが分かる。選也は、安堵し、息をはいた。


しかし、目線を持ち上げて女の方を確認したとき、またその心音は早まる。


「なっ! 」


予定外なことに、大男は倒れた女に向けて、罠から取ってきた斧を降り下ろそうとしていたのだ。


「やめろっ! 」


選也は青ざめて、男に叫ぶ。だが、その言葉では男は止まらなかった。


それを止めたのは、辺りに響いた轟音と、耐えがたいほどの熱気。


周りを包み込む、朱色の世界。


「火事!? 」


選也が状況を飲み込めずに、辺りを見渡していると、その身体は、斧を投げ出して駆けてきた大男に、抱えこまれる。


「逃げるぞ。」


男は小声でそう言うと、選也を抱えたまま、火の中へと飛び込んだ。


「ちょっ! まっ! 」


燃える山に取り残される二人の姿。

降り注ぐ火の粉に遮られて、その姿は熱で揺れる景色の中にどんどん遠ざかっていく。


「離せっ! 」


選也は自分の身体から垂れる汗と、苦しくなっていく呼吸を倒れ込む二人の姿に思わず重ねてしまった。


頭の中に浮かぶ、最悪の想定。

選也は焦った。


(助けないと………! )


彼らを助けたい、助けなければいけない。それは決して綺麗な正義感からではなく、ただ自分がした攻撃を正当化するために。自分が、悪になりたくないがために。


しかし、同時に「正義の味方」になることの難しさも実感する。多くの銃弾を受けた大男の腕さえ、自分の力ではほどけない。それに、彼女たちの姿が見えなくなると、冷静さも戻ってきた。振りほどけたところでどうする? 自分が二人を背負ってここから逃げられるのか? いやそれ以前に、俺はどこに逃げればいいんだ?


大男はその間も迷いなく足を動かす。


それに、この男が、少なくとも今は、選也の敵ではないことも彼自身、分かる。彼の行為を無駄にしていいのか?


(俺は………。)


思考を巡らせた選也は力を抜いた。


―――諦めたのだ。


そうすると、身体を包む熱は、その選択を称賛するように、力を急速に失っていった。



「悪かったな。」


大男は選也を地面に下ろすと、呟くように言った。その言葉に、炎を見下ろしていた選也は、はっと顔を上げた。


「え? 」


目を見られると、男は顔を背け、手を握ったり開いたり、忙しく動かす。


「お前は《奴等》の仲間じゃない。攻撃して済まなかった。」


「………。」


選也は暫く男の方を見る。

そして、表情を急に変えて、


「いや! 本当に死ぬかと思いましたよ! 罠も貴方の仕業ですよね! マジ勘弁してくださいよ! 」


と凄い早口に言った。

もう重い空気には耐えられなかったのだ。

男の方は選也の変貌に瞬きを繰り返していたが、少しすると慌てたように言葉を繋いだ。


「悪かった。だが、普通、あそこに一般人は来ないから………。」


選也は男の言葉を遮って、責め立てるように、怒鳴る。


「迷子は一般人じゃないとでも!? 」


男はそれに驚いたように、選也の方を見て、両手で彼をなだめながら、


「いや、そうじゃないが………なぜあんな開けた一本道で迷子になるんだ。」


と渋い表情を浮かべる。

選也は自分の苦労を馬鹿にしているような、男の言葉に更に苛々した。


「一本道!? がっつり山道でしたよ!? 」


しかし、暫し考えた男がその後言った、


「………もしかして、《仄照》のバス停で降りたのか? 」


という次の言葉で、空気は変わる。


「そうですけど。なにか悪いんですか。」


選也は訝しげに男を見つめながら、彼の次の言葉を促す。男は少し溜めた後、続けた。


「あんな秘境駅、地元民でも降りないぞ。降りるなら次の《仄照村前》だ。」


「…………まじすか。」


選也は思わず心中で叫んだ。


(観光案内のバカ野郎ーー!! )


5年以上も更新がないサイトはやっぱり、信用しちゃいけない。恥ずかしさと、サイトへの苛立ちから、選也は黙った。


すると二人の間に沈黙が訪れる。

目の置き所に困った選也は、下でいまだ轟音を立てて燃えている森に再び目を落とした。そして、銃女と豚娘はどうなっただろうと、思い出し、男に聞く。


「あの二人、どうなりますかね。」


男は憎らしそうに顔を歪めて、森の方を睨み付けた。


「《奴等》の仲間が助けるだろうな。あの火事は間違いなく《奴等》の仕業だ。」


選也はそんな男の横顔を見ながら、聞きたかったことを聞く。


「あの、その《奴等》っていうのは、俺が最初に言われた《魔道都市》の人間のことですよね? あの二人は《都市》の人間なんですか? 」


「ああ、そうだ。見覚えがあるし、間違いなく《都市》の人間だ。」


男は選也の問いにすんなり答えてくれた。そして、こうも付け加える。


「それに、奴等は《魔法》を使っていただろう。」


選也はその言葉に疑問を覚えて、「ん? 」と首を傾げた。


「あれ? あなたも《魔法》を使ってましたよね? 」


男はその言葉を聞いて、不快そうに選也の方を見る。


「奴等が使う《魔法》などと一緒にするな。《神術》だ。」


「《神術》………?」


聞き慣れないワードに選也は首をかしげる。

男は森の方に顔を向けて、説明した。


「《神術》は昔から私たちの一族が行ってきた、降霊術の一種で、神が宿るとされている物を媒体にして、そのお力の一部を使わせて頂くというものだ。」


「なるほど………。」


選也は男の説明で全てを理解できたわけでは無かったが、何となくは納得する。


(《神術》は《神が宿る媒体》がないと使えない魔法なのか。ちょっと不便そうだ。)


そこに、今度は男が問いを投げてきた。


「そういうお前はどうなんだ。あれは《魔法》だろう? 奴等と闘っていたし、仲間ではなさそうだが、《都市》の出身者か? 」


選也は首を振る。


「いえ、違います。」


男は選也の顔を、横目で訝しそうに見た。


「なら、あの《魔法》をどこで覚えた? 」


「どこで………。」


選也は男の言葉に戸惑う。真実を語っていいものか迷ったのだ。そして結局、


「ラフな魔道書を道端で拾いまして。」


と嘘をついた。魔道都市の人間である親友を、売るわけにはいかない。


「それで、中に書いてあった呪文を唱えたら、なんか《魔法》が使えたんです。」


その場で考えた話を冗談のように語って、男の疑いの眼差しに、笑顔を返す。


男は選也の言葉を静かに聞いていたが、選也の話が途切れると、また質問を投げ掛ける。


「どうしてここに来た? 」


そうやって経緯の説明を迫られた選也は、目を右上に持ち上げて答えた。


「《魔法》があるなら、《魔道都市》も本当にあったんじゃないかなって思って。で、本当にあるなら、新聞社にでも情報を売ってやろうかと、色々調べて、ここに来たんです。まあ、見つからなかったけど。」


自分でも苦しい言い訳だと分かる。

しかし、これ以上の言葉も見つからなかったのだ。男は相変わらず静かにそれを聞いていたが、選也が言い終わるのを確認すると、息を小さく吸い込んで、言い聞かせるように言う。


「面白半分で奴等に関わるな。奴等に絡むとろくなことがない。」


「何があったんですか? 」


選也は聞いたが、その答えは聞けなかった。

なぜなら、火の手が自分達のいる山の方まで迫ってきたからだ。


「話は後だ。こっちに来い。」


選也は男の後を追いかけた。


―つづく―

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