二人の乱入、乱れる戦況
―第7説 二人の乱入、乱れる戦況―
(苦しい………。)
身動きの取れない選也は、死を覚悟した。
しかし次の瞬間、
男はなぜか首を絞めていた手を急に離し、選也を地面に突き飛ばして、その場から距離をとるように飛び退いた。
(え? )
意図せず解放された選也は驚いて、尻餅をついた姿勢のまま、周囲を見る。すると直ぐに、自分のいる地面に、大きな影が落ちているのに気が付いた。
(これってヤバくない? )
選也が危機を感じて、咄嗟に影の外へ転がり出ると、直後、影のあった場所には、大きな偶蹄が叩きつけられる。
選也は地面に窪みを作ってしまう程の衝撃に耐えながらも、その全貌を確認するために、目線を上へと動かした。
そこには、高さだけでも4メートルはあるだろう、巨大な豚がいた。
その豚は、白く淀んだ粘液を口から途切れ途切れに垂らしながら、焦点の定まらない虚ろな目で、こちらを見ている。
(え? なにあれ………。)
更に、そんな思考停止しかけた選也に追い討ちをかけるように、
辺りに銃声が響いた。
選也が驚いて、それが聞こえた方に目を移すと、そこには妖艶な雰囲気を纏った、黒いドレスの女が立っていた。女は片手に銃を持ち、その周囲には防御陣が浮かんでいる。
彼女は銃口を向けたまま、大男に、魔性を感じさせる声で、語りかける。
「余所見は駄目でしょ? 」
大男は無傷のようだが、先程まで手に持っていたランタンは火が消え、遥か後方に転がっている。
男はランタンを拾おうとはせず、女を憎らしそうに見つめた。
選也がそうやって大男と銃女の方に意識を向けていると、今度は頭上から声がする。
「そーだよー、余所見は悪い子ー。」
そして、声に少し遅れて、豚の口が選也に覆い被さった。
選也は慌てて火の魔法を豚の舌めがけて放つ。
豚は目を大きく開けて、選也から顔を離した。
するとまた、頭上から声がする。
「あー! 食べるの邪魔したー! チビスケちゃん悪い子! 」
それは幼い少女の声で、豚の背中辺りから聞こえてきた。
選也がよく確認すると、そこには、10歳前後の、可愛らしいピンクの服を着た女の子がのっている。
少女は続けて言った。
「テリヤキ! 悪い子は踏み潰しちゃえ! 」
そして、声に従うように、最初と同じく、豚の足が選也に向かって降り下ろされる。
選也は今度は雷の魔法を放って、その足を退けた。少女は足が当たらなかったのを見ると、頬を膨らませてご立腹の様子。
「もう! なんで邪魔するの! 悪い子! 」
それは、なぜ選也が自分の攻撃を避けるのか、本当に理解できていないようだった。
(リアルな狂人きたー! )
そんな狂人は頭をかきむしる選也を狙って、また攻撃を仕掛けてくる。
選也はそれを迎え撃つように、また呪文を詠唱した。選也の手の前に産み出された魔方陣からは水が噴射される。
豚はまた怯えるように体を揺らして、足を引っ込めた。
(うーん、寄せ付けないことはできるけど、やっぱり効いてないみたいだ、狙うなら上の人間か。)
そう思った選也は今度、腕を上にあげて、少女の方を狙う。だが、射程距離が足りず、彼の攻撃は自身が被ることになった。
(つめたっ! )
狂人はそんな水が滴る選也を無視して、標的を大男に移す。
大男は逃げ回っているが、既に何発もの銃弾を受けて、ボロボロだ。無傷の選也よりも、彼の方が狙いやすいと思ったのかも知れない。
「いっけー! 」
傷ついた男に、容赦なく少女の高らかな声と、豚の足が落とされる。
男はそれを後ろに飛び退いてなんとかしのいだ。選也は男の行動に疑問を持つ。
(なんであの人、さっきから魔法を使わないんだ? )
あの大男の魔法なら、最初に選也と距離を詰める時にやったように移動して、女との距離をとることも、選也がやったように豚を寄せ付けないことも出来る。なのに、男はそれをしない。
だが、仮にも今は戦闘中。それを長く考えてはいられなかった。
引っ掛かりを覚える、選也の思考を引き裂くように、少女は悲しそうな声をあげる。
「えー! こっちも悪い子なの!? ヒドイ! ヒドイよぉ! 」
銃女は少女に怒鳴る。
「ちょっと! アロロ、邪魔しないでよ!」
銃撃を意図せず妨害されて、怒っているようだ。しかし、少女の方はそれを気にする素振りを見せない。
「アロロ、邪魔してない! アロロ、こっちがいい! 」
それに呆れてしまったのか、女の方が折れて、選也の方に銃口を合わせた。
「もう、ワガママなんだから! 」
(え? ちょっ、まっ! )
選也は慌てる。
当然だ。豚の遅い攻撃は避けられても、銃弾なんてとても避けられるものじゃないし、選也が扱う低級の魔方陣では、銃の威力を殺しきれない。
だが、そんな選也を待ってくれる訳もなく、女は引き金を引いた。
選也は頭が真っ白になった。
そこに、後ろから衝撃。
選也は前のめりに地面に倒れこむ。
そのお陰で、銃弾は選也を貫くことなく、選也の頭上を通りすぎた。
衝撃は、豚から逃げる大男の身体が選也にぶつかったもののようだ。
その証拠に、衝撃に遅れて豚が選也と女の間を通る。女は叫ぶように少女に言った。
「邪魔しないでって言ったでしょ! 」
どうやらまた少女に怒っているらしい。
選也は銃撃が止まったその隙に、何か無いかと視線を必死に走らせた。
そうして、選也がなんとか見つけたのは、頭上にあった仕掛けの弓矢。選也は目線を少女に叫ぶ女に向ける。
(矢を撃っても、防御陣に防がれるよな。)
(でも………。)
選也は顔を上げて、女の後ろの騒ぎに目を向けた。そこでは大豚が男を追い回して走っている。
(あれを使えば、なんとかなるか? )
思考を廻らせていられる時間はそんなに無い。女はついに少女に怒鳴るのをやめ、こちらを向く。
(時間がない、やろう。)
選也は魔法で氷の塊を飛ばして、弓矢を打ち落とすと、それを片手でキャッチし、もう片方の手を銃女の方へ向けた。
―つづく―