氷洞の奥
-第31説 氷洞の奥-
地面に降りた獣が地面を揺らす大音量で叫ぶと、選也が作った氷道に流れ込むように吹雪が起こった。
その勢いは、両手を地面に着けていなければその場に留まれない程。
「いきなりかよ! 」
選也は目も開けられず、声を漏らす。
智美は地面に四つん這いになっている選也に声をかけた。
「選也くん、私がやるから下がって! 」
「この状態でどう下がれと!? 」
選也は智美の言葉に、吹雪でむせるほどの大口を開けてツッコむ。
しかし、智美はそんな選也の渾身の返しなど気にせず詠唱を始めて、右手を首の左側に持っていき、最後の言葉と共に、向かって右に弧を描くように動かした。
「さぁ、お兄ちゃん、受けて! 」
すると、此方に向かって吹き込んでいた吹雪は向きを反対に変え、更に壁の一部を剥ぎ取って、氷の欠片が混ざった凶器の風となって吹き荒れる。
「ぎゃああ、悪化した! 」
手を持ち上げられない選也は、風の吹いてくる方に魔方陣を張ることも出来ず、とばっちりを受けた。
獣は爪を立てるが、風と飛んでくる氷の勢いに負けてずるずると後退する。
「よし。」
智美は小さな歓喜の声を上げた。
「いや、全然良くないですよ先輩! 」
選也は地面にギリギリまで身体を着けて、暴風とたまにぶつかってくる氷片に耐えながら叫ぶ。
獣も選也と同じ意見なのか、彼の声に弾かれるように元来た道を、風の勢いを利用し、引き返そうと走り出した。
選也はこれを好都合だと思い、智美に声をかける。
「このままじゃアイツに逃げられます! 風を止めて追いかけましょう! 」
「うん、分かった。」
智美は筋の通った言い分に、思惑通りすんなり頷いて、吹雪を止めた。
選也はそれでようやく立ち上がれるようになって安堵の息を漏らすと、獣の後ろ姿を真っ直ぐ見つめ直して、詠唱と共に飛び上がる。
そして浮いた選也の足の間に、後ろに浮かんだ魔方陣から飛び出してきた馬の背が滑り込んだ。
手綱を大きく引いてから、選也は智美に声をかける。
「乗ってください。」
選也は頷いた彼女の手をとって、自分の後ろに引き上げ、
「いけっ! 」
掛け声と共に馬の横腹を蹴った。
※
獣を追いかけていくと、さほどしない内に氷洞を抜けて広い場所に出る。
そこは今まで駆け抜けてきた氷洞と同じく氷の壁に囲まれた空間があった。
しかし、今までとは違い天井は無く、円状に開いた上空の穴からは柔らかい雪がふり続けている。
そして、床は火山で見た石碑と同じく黒光りする石で出来ており、そこにはところ狭しと文字が書き込まれていた。
「ここは………? 」
選也は馬に股がったまま直ぐに周囲を確認するが獣の姿はまるで見えない。
目線を忙しく動かす選也に智美が声をかけた。
「選也くん、下! 」
「え? 」
選也が智美の言葉に反応し、慌てて地面を見ると、地面が軋む音を立てて小刻みに震えている。
「やばいっ! 」
しかし、もう遅かった。
地面から複数の氷の針が飛び出し、選也が呼び出した馬を残酷に串刺しにする。
馬は作られたモノとは言え、氷の針山の中から顔を出す獣とは違い、確かに生き物だ。
小さな声を上げて、血を吹き出す。
「くっ! 」
選也は針が馬の肉を貫く間に智美を抱えて針山の外に逃げたが、その次の瞬間、獣は大口を開けて馬に下から飛びかかり、丸のみにした。
そう、それが出来るほど、獣は巨大になっている。いや、それだけじゃない、今までとは雰囲気からして明らかに違う。広い空間全体に響き始める唄のような声と、見る間に変形していく氷の壁。
外から見た花形の氷の壁が、開花する如く開き、大きなすりばち状の地形を形作った。
「ここが決戦場ってことですかね。」
きっと勝負はここからなのだろう。
選也は打開策が見えない中、腕を前に構えた。
-つづく-




