蔓の猛攻と最後の一枚
-第22説 蔓の猛攻と最後の一枚-
大きくしなった蔓は、鞭のように選也を襲った。
「うおっ! 」
選也は両手に持った二つの剣を重ねて、それを咄嗟に受け止めるが、長くは持たず、結局は剣で横に攻撃を流しながら、その反対側に転げて蔓を回避する。
選也が避けた後に打ち付けられたその威力は瞬間的に選也から、剣で切るという選択肢を奪った。
床は大きくひび割れ、建物全体を揺らすほどの衝撃と、天井から降り注ぐ埃、そして建物の一部だっただろう残骸。
「ひぃっ、鉄ででも出来てんのか!? 」
植物の強度は先程とは比べ物にならない。
そのせいか、秀真も段ボールなどの障害物を器用に利用しながら、蔓から逃げ回っている状態だ。
正面突破は明らかに分が悪い。
選也は、あの草の賢者という人物が、ただの中二病をこじらせた老人ではなかったことに、嫌が上にも気づかされ、下唇を噛みながらも、必死に頭を回転させた。
(そうだ、上なら。)
そこで目についたのは、大破してしまってはいるが、まだ一部は生き残っている、上の階に行くための階段、選也は足元に跳躍用の魔法陣を呼び出して、即座に跳ね上がる。
そして、金網状の踏み板に降り立つと、脇に二つの魔法陣を呼び出して、その両方から一本ずつ、老人がやったように草の鞭を打ち出した。
「秀真、お前もこっちに来い! 」
そのうちの一本は秀真の目の前に、ロープのように下ろされ、もう一本は床に倒れていた鉄柱の片方の端を持ち上げて、秀真を狙っていた蔓に打ち当て、妨害する。
「分かった。」
秀真は状況を瞬間的に悟ると、選也が用意した植物の茎に掴まった。
それを確認すると、選也は秀真の掴まった植物を片手で制御し、引き上げながら、もう片手では、用済みになったほうの鞭の魔法陣を砕いて、新たな魔法陣を呼び出し、老人の植物に火炎放射をする。
賢者の操る、強靭な植物は焦げたりはしないものの、やはり火が苦手なようで、選也の放った魔法から離れるように、老人の元に退散していく。
すると当然、老人はすぐに異変に気がつき、目線を選也がいる階段へと移して、
「逃避など無駄なことよ。」
全ての蔓を工場の、二人がいる方へと差し向けた。
しかし、選也はそれに怯えるどころか、笑顔を浮かべる。
これを待っていたのだ。
「無駄かどうか、試してみろよ。」
選也は声と共に氷の弓が出現させ、そこから連続して矢を打ち出す。
放たれた矢は、無駄の無い軌道を描いて、工場の二階を支えていた金具を次々に破壊していき、蔓の攻撃が到達する前に全てを破壊し尽くした。
「ま、俺は逃げないけどな。」
支えを失った二階は、耳を塞ぎたくなるような凄まじい音を立てながら、老人と、老人の植物の上に崩れ落ちる。
これで暫くは動けないはずだ。
選也が安堵の息を漏らす横で、子供のように秀真は目を輝かせる。性格上、派手な仕掛けが好きなのだろう。
「いいなぁ、俺がやりたかった。」
と本当に羨ましそうに言った。
選也はそれにやや呆れながらも、カメラを取り出して、浮力上昇の魔法陣を体の周囲に幾つか呼び出し、階段から下へとゆっくり飛び降りて応える。
「奇跡的に同じ状況になったら、次はやらせてやるよ。」
「まじで!? やっりぃ! 」
秀真は音を立てて揺れる踏み板の上で、跳び跳ねて喜んだ。
選也はそんな秀真に、
「今度、な! 今回はとりあえずここから早く出るぞ。」
と下の階から叫ぶように言い聞かせて、とっととシャッターを切る。
不可抗力で、元画像より瓦礫が6割増になってしまったが、まぁ、問題ない。
それに、あまりのんびりもしていられないのだ。あの老人は、死んではいないし、この二階を利用したバインドも長くは続かないだろう。
「よし、急ごう。」
写真を確認した選也は、早々にカメラをポケットに突っ込んで、自分達が入ってきた扉に向かった。
まだ階段に取り残されたままだった秀真は、それを追いかけようと、液体の入った小瓶に魔法陣を浮かばせるが、そこから魔法が放たれることはなく、小瓶は宙を舞い、そのまま一階の床まで落下して、控えめな音とともに割れた。
「ん? 」
選也は音に気がついて後ろを振り向く。
そこにあったのは、人を丸のみに出来るほど大きな三つの頭と、太い蔓を持ったハエトリ草。いや、人間トリ草か。
分からないがとにかく、良いものではなさそうな化け物がいた。
「………あちゃー、お目覚めが早い。」
軽い言葉とは裏腹に、地面から更に沸き上がってくる、口を閉じた二つの頭を見た選也は、青ざめながら鉄扉の方へと後ずさる。
賢者の名はやはり伊達じゃないらしい。
閉じた口の片方が開くと、無傷の老人が姿を現した。
「調子に乗るなよ、小僧。」
そして一言、そう呟くと、静かに手を挙げて自分が操る植物に指示をする。指示に反応して、ハエトリ草の茎は、なにかを吸い上げるような上下運動とともに、地面に近い方から、徐々にその緑色を紫に変えていき、
「これはもしかして………。」
選也の期待通り、毒液を噴射してきた。
「ですよねー! 」
しかし、予想がつく攻撃は、さほど驚異ではない。選也は大きく開けられたハエトリ草の口の奥に、栓をするように防御陣を展開させ、毒液を止めた。
「よし! 」
ただ、液を吐き出せなくなったハエトリ草が激しく左右に首を振ってもがき、そのまま破裂すところまでは読めず、選也は慌てて秀真のいる二階と一階を繋ぐ階段まで蔓を出して飛び上がる。
判断が早かったおかけで、弾けとんだ植物の破片は、わずかに服に当たった程度だったが、それでも、その植物片についていた毒で、布はじわりと溶けた。
「ひっ。」
選也はすぐに、小瓶を叩き落とされ唖然としている秀真の手を取って、自分の目の前と窓の向こう側に通り抜けの魔法陣を浮かばせて、そこから外に飛び出す。
「うん、調子に乗るもんじゃないね、やっぱ逃げるが勝ちだよ! 」
魔法を使った本人である選也は地面に綺麗に着地できたが、いきなり空中に放り出された秀真は抵抗できず、数メートルの高さから落下した。
「ちょっと、毎回俺を巻き込んで行くスタイルやめて! 」
しかし、逃げることに集中している選也が、悲痛な叫びをあげる秀真を気遣うはずもなく、倒れ込んだままの秀真の元にはガラスを破って複数の蔓が向かってくる。
「後、俺も逃げたいの! 置いてくとか酷すぎない!? 」
秀真は慌てて何度か滑りながらも、蔓と毒液をかわし、走りながら携帯を弄っている選也の横に並んで、聞いた。
「そして、何してんのそれ! 」
選也は一瞬携帯から目を離して、秀真の位置を確認し、答える。
「通報。」
「まじかよ! 」
秀真はその答にドン引きして言った。
「やめとけって、異能力モノの警察は無能だぞ。」
しかし、選也の答えはその斜め上を行く、
「大丈夫、肉盾くらいにしか期待してない。」
という外道なもので、秀真は少しの間言葉を失うが、その後、ゆっくりと親友を諭す。
「………選也くん、一回、偉い人に謝りに行こうか。」
まぁ、選也はその時既に、
「あ、もしもし警察ですか? 今、ローブを着た、変な老人に追いかけられてるんです。はい、そうです、見るからに変質者な感じの。場所は………。」
と警察に電話を繋ぎ、話していたので特に効果は無かったのだが。
「話を聞けって! それに、迷惑だから、思い立ったら直ぐ決行する癖やめ! 」
秀真に言われて、通報を終えた選也は呆れたように首を振る。
「俺はただ、彼らを信じてるだけだよ。」
「そんなねじ曲がった信頼はいらねぇ! 」
秀真は、なんだか今日は、自分のツッコミ率が高いような気がした。
そして、そうこうしている内に後ろに、植物の化け物の姿が追い付いてくる。
………根で走って。
「いやぁあ! もうツッコミ切れない! 」
秀真はこの時、ツッコミ急募の広告を町中に張り出したいと切実に思った。
-つづく-




