廃工場と草の賢者
-第21説 廃工場と草の賢者-
写真の場所は選也の《紋章追跡》で直ぐに探し当てることが出来た。
「ここか。」
そこは、十年ほど前まで白煙を上げていた、自動車部品の工場で、今はすっかり廃墟と化した、夢の跡地。
管理者の居なくなった敷地内には青々と背の高い雑草が生い茂り、その上からは僅かに白い塗料の残った、錆びた金属製の壁が覗いている。
「立ち入り禁止だろ、これ。」
実際、敷地の前には等間隔に金属の棒が立ててあり、その近くに黄色い立ち入り禁止のテープの残骸が落ちていた。
だが、ここにあの魔法陣があることは確かだし、もう誰もそれを意識していないのかもしれない。
「まぁ、いいか。」
選也は多少の罪悪感はあったものの、草を手で掻き分けて、紋章を更に追跡することにした。
紋章追跡に感心しながら周囲を見渡していた秀真も、慌ててそれを追いかける。
二人がそうして敷地を進むと、そう長く歩かない内に、見上げるほどに大きな、工場正面の鉄扉に当たった。
思いの外雑草地帯が短かったことに安堵した選也は早速、中に入ろうと扉を押すが、工場の扉は錆び付いているためか見た目以上に重く、選也の全体重ではびくともせず、仕方なく、後ろをついてきている秀真に声をかける。
「秀真、手伝ってくれ。 」
「え、ああ。」
声を掛けられた秀真はびくりと肩を動かし、戸惑った様子で返事をして、扉を押すのに参加した。
二人が体重を加えると、扉は不快な音を立てて、あっさりと開き、開いた扉の隙間からは、中の溜まった埃が吹き出し、反対にこちらからは線状の光が流れ込む。
選也は光に写し出された景色を目にして、表情をぱっと明るくした。
「やった、間違いない、ここだ! 」
それは写真と瓜二つの景色。
選也は急いでカメラを構える。
だがそれを、
「まて、やっぱ誰かいる。」
と秀真が止めた。
選也は言われて周囲を見渡す。
「は、何処だよ? 」
二人がいる工場の入り口付近には、二階に昇るための手段であっただろう、崩れたパイプ状の手すりと、金網に鉄の縁がついた板、製造ラインの一部だろう仰々しい大型の機械、そして、取り残された多くの段ボール箱があるだけで、やはり人の姿は見えなかった。
選也は苛立ち、やや後ろに立っているはずの秀真を怒鳴ろうと、後ろを振り向く。
「誰も居ないじゃん。イタズラも大概にしろよ………? 」
しかし、そこに秀真の姿はなく、代わりに、足元から這い出るように沸きだしてきた植物の芽があり、それは選也の身体を瞬く間に絡めとった。
「え? 」
選也は危機を感じてすぐにもがいたが、植物は全くほどけず、他の方法はないかと忙しく目線を動かす。
そこに、ゆっくりとした拍手の音。
選也が顔をあげると、積み上がった段ボールの後ろから、落ち着いた足取りで酷く腰の曲がった一人の老人が歩み出てくるのが見えた。
その老人は開口一番、こんなことを言う。
「いやはや、これで捕まらないとは、流石は賢者の一人だっただけはある。」
言葉の対象は、勿論、今雁字絡めにされている選也ではなく、そこから離れた位置に瓶を片手に立っている秀真だ。
老人の言葉に、秀真は何も返答せず、ただ腕を彼の方に向ける。
老人の方も、返答を期待してはいなかったのだろう、構わず続けた。
「だが、《ここ》でわしとやり合えば、ただでは済まさんよ。それに、此方には人質もいる。長く苦しむよりも、大人しく死ぬのが身のためじゃないか。」
秀真は老人に向けていた腕を瞬時に選也の方に向け、ウォーターカッターの原理で、選也に絡み付いた植物を切り裂く。
「わわっ! 」
いきなり解放された選也は床に倒れ込んでしまうが、慌てて腕を構えて、残った植物の蔓を炎魔法で焼いた。
「ほう? 」
老人はそれを見て感心するように、片手を顎に当てて、笑う。
「おぬしも魔法が使えるのか、なのに、そちらにつくと? 」
選也は状況が飲み込めないながらも、確かな意思を持って頷き、腕を老人に向けて、答えた。
「あんたが秀真の敵だっていうなら、俺の敵だろ。」
「ぬし、利口ではないな。」
老人はその答えに悲しそうにそう呟くと、唐突にこんなことを選也に聞いてくる。
「そいつが、都市を滅ぼし、平穏に暮らしていた罪のない多くの人間の命を奪ったことを知っていてのその発言か? 」
選也はすぐに強い口調で、それに返答した。
「秀真は《なにもしてない》って言ってんだ、だから、俺は秀真がそんな事をしたとは思わない。」
それが、老人との最後のやり取りだった。老人は、皺だらけの顔を大きく歪ませるとこちらを睨み付け言う。
「………《なにもしてない》か。ならば、そいつは間違いなく罪人じゃよ。」
そして、彼が大きく手を広げると、コンクリートの地面を突き破り、壁の鉄柱をへし折って人間の腹回りと変わらないほどの太さの植物の蔓が複数現れた。
「ぐっ、やっぱこうなるよな。」
選也は両手に少し上に魔法陣を浮かばせて、そこから落ちてきた二本の剣を掴み、構える。
「正直、メジャー魔法はあんまり使いたくないんだけど。」
選也は先ほど自分が放った術で出来た水溜まりに走ったが、水溜まりからも蔓が伸びてきたため、苦い表情で後ろに飛び退いた。
老人は静かながら、確かな殺意を感じさせる口調で言う。
「冥土の土産物に、わしの名を名乗っておこう。わしは緑溢れる都市の管理者《草の賢者》、名はトラバ。」
「都市を沈めた《水の賢者》よ、永久の眠りに落ちて貰おうか。」
緊迫する雰囲気。
しかし、選也にはその時、恐怖よりも先立つ思いがあった。
(こいつ発言が痛いっ! )
そう、草の賢者は間違いなく、重度の中二病患者だと気づいてしまったのだ。
-つづく-




