掃除と生徒会長のお願い
―第14説 掃除と生徒会長のお願い―
眩しさの後、選也はようやく、瞼の向こう側の景色を視認した。
「おお。」
そこには、綺麗に掃除された教室。
感嘆の声を上げる選也に、秀真は得意気に言う。
「ほら、こっちのが早いだろ? 」
「そうだな。」
選也も秀真の考えに同意した。
「凄いな、これ。部屋を一気に掃除する魔法なんてあったのか。」
しかし、それはほんの一瞬のこと。
その同意は、秀真の次の言葉で、疑問へと変わる。
「いや、ないよ? 」
「は? じゃあ、どうやったんだよ。」
そして、それに続く言葉で、ついには反感に変わった。
「隣の教室と内装を入れ換えた。」
「お前、なんて真似を! 」
選也は秀真を怒鳴るが、当の秀真はいけしゃーしゃーと言う。
「ばれへん、ばれへん。」
「バレるわ! 」
叩きつけるようにそう言うと、選也は綺麗になった教室に飛び込んで、屈んで机の中を見て回り、見つけた教材を取り出して、そのクラス名を確認し、秀真に見えるように掲げた。
「ほれみろ! 世の中にはな、置き勉禁止って言われても、こういう風に置いてく奴がいるんだよ。」
秀真は選也が持っている教材を見て、憎らしそうに頷く。
「不届きな奴め。」
「いや、不届きなのお前! 」
選也は秀真を息を切らして注意したが、
そんな必死の訴えも秀真には響かず、彼は、
「そーなると、教材全部入れ換えないと駄目かー。手間かかるなぁ。」
と相変わらずマイペースに、頭を掻いている。
「いや、元に戻せよ! 」
選也は喉が枯れそうな程に叫んだ。
秀真は彼の言葉に露骨に嫌そうな顔をする。
「えー、それだと、教室の床ずぶ濡れなんだけどー。より面倒いじゃん。」
「濡らしたのお前だろ! 」
選也はそう念を押してから、長く息を吐いて、秀真に言った。
「もういいよ、俺が一人でやるから。お前は掃除しようとするな。借りてきた猫のように大人しくしてろ。」
「やっりぃ! 」
秀真はその提案に飛び跳ねて喜ぶ。選也は、隣の教室の前に足早に移動した秀真の舞い上がりぶりを見て、急に不安になって聞く。
「でも、ちゃんと戻せよ? 」
「分かってる分かってる! 」
「分かってないだろ………。」
しかしそのせいで、選也は秀真が最初に魔法を見せてくれた時のことを思いだし、更に不安になったのだった。
そんな不安とは裏腹に、言葉の後に放った秀真の術はあっさり成功する。
「おっしゃ、出来たぞ。」
それから、彼は誇らしそうに言い、選也の元に駆けてきて、その肩を二・三度叩いた。大方、上手く出来たことを誉めてほしいのだろう。だが、選也はその意図を知りながら、今までの仕返しに、それを無視した。
「さて、掃除するか。」
秀真はそうやって軽くあしらわれると、つまらなそうに頬を膨らませる。
選也はそれも続けて無視して、教室の外から、腕を掃除用具箱に伸ばし、呪文をとなえた。
すると、用具箱からひとりでに、紋章の浮かんだ掃除道具が飛び出してきて、掃除をはじめる。
「へー、便利だな。」
秀真はひっくり返した空のバケツの上に座りながら、選也に気の無い言葉をかけた。選也は教室に腕を掲げたまま、それに答える。
「昨日貰った本に載ってたんだよ。」
「もう読んだのか、すげー。」
秀真は今度は本当に感心したように言葉を返した。だが、こんなことでのせられる選也ではない、なにもせず座っている秀真に指示を出す。
「俺のこと待っててくれるつもりなら、大分暇だろ。ゴミ出しくらいしてくれると嬉しいんだけど。」
秀真のそれに対する返答は、さっきとは違い、とてもあっさりしていたし、とれるはずの揚げ足をとることもしなかった。
「おっけー。行ってくるわ。」
秀真は気分屋だ。このくらいのことは、平気で毎日ある。だから選也も、理由を問いただしたりはしない。一言、
「頼んだ。」
とだけ秀真に言う。
秀真は選也の言葉に、軽く、袋を持った左手を上げると、足早に廊下の向こうに消えていった。
選也はそれを確認して、やっと安堵し、笑みを浮かべる。気が変わって、行きたくないとすねだしたらどうしようかと危惧していたからだ。
(全く、面倒なやつ。)
そうして、安堵した選也が、そうやって、教室に意識を戻そうとしたとき、
「あの、選也くん? 」
という女声が、背後からいきなり聞こえた。選也はあまりに突然の事に腰を抜かしてしまうが、直ぐに冷静になって、声が聞こえた方を振り向く。
「今日、掃除の当番なの? 」
そこにいた声の主は、生徒会長の古賀智美だった。彼女は選也に目線を合わせるように少し屈みながら、疑問そうに首をかしげている。
(よ、良かった。魔法は見られてはいないみたいだ。)
その様子に、選也はゆっくりと息を吐いた後、慌てて智美に言葉を返した。
「いえ、違います、俺は友人の手伝いで。それより、智美先輩、なんでいるんですか、今日は会議もないですよね? 」
智美は、自分のことを聞かれるとは思っていなかったのか、選也の言葉にびくりと肩を動かし、
「え、私? 私は、本を読んでたら、こんな時間になっちゃって………。」
そのまま目を泳がせてしまう。それを見た選也は、表情を真剣なものに変えて、智美に言った。
「それ、嘘ですよね。」
「そ、そんなことないよ! 」
生徒会長は困った様子で両手を懸命に振ったが、選也はため息をついて、視線を智美から外し、
「また図書委員会の連中に仕事を押し付けられたんですか? 全く、あいつら、先輩が断らないのをいいことに、すぐそうやって自分の仕事を投げ出すから。」
と言い終わると、智美の方に目線を戻して、口調を強めた。
「あいつらには俺からきつく言っておきますから、もしまた仕事を押し付けられることようながあれば、俺に言って下さい。」
「そんな、悪いよ………。」
智美は本当に申し訳なさそうに縮こまっている。
「言って下さい。」
選也はもう一度、念を押した。
智美は、そうやって言われると、選也の言葉にようやく頷く。
「うん、分かった………。」
そして、それから暫くはそのまま恐縮していたが、選也が教室に入って、掃除道具を持ったのを見て、気づいたように自分も教室に飛び込んで、雑巾を手に取った。
「掃除、私も手伝う。」
「いや、いいですよ、そんな。仕事終わったばっかりなんでしょ? 」
選也は控えめな笑顔を浮かべて、智美の手から雑巾を取り上げる。すると、今度は智美が表情を変えて、雑巾を選也から取り返した。
「ううん、いいの! 帰ってもやることないし、暇だから。」
強い目でこちらを見つめてくる智美に、選也は押し負けて、呟くように言う。
「………早く終わらせましょう。」
そして、手早くモップを動かしはじめた。委員長はそれを見て、自分も雑巾を動かしながら、言う。
「選也くん、あのさ、あの………。」
「なんですか? 」
選也はまだ、ずぶ濡れのままの床に、視線を落としたまま、その言葉に答えた。智美は選也の素っ気ない言葉に驚きつつ、ゆっくりと続きを口にする。
「………なにかあったら、私に言ってね、私、出来る限り力になるから。」
「ええ、ほんとうに必要なときはお願いします。頼りにしてますから。」
選也は少し呆れたようにその言葉に返した。
そうこうしている内に、結構な時間が経ってしまったのか、そこでついに邪魔な奴が帰ってくる。
「おーい、選也ー、終わったー? 」
「いや、そんなすぐ終わらねーよ! お前のせいでな! 」
選也は、だらしない笑みを漏らしながら近づいてきた秀真を怒鳴り付けた。
「そーいうなって。不可抗力じゃんか。」
だが、秀真は表情1つ変えない。
怒った選也は、秀真の手から、彼が新しく持ってきたゴミ袋を奪い取って、ゴミ箱の方に行き、そのまま勢い良く袋を取り替えた。
「不可抗力の意味分かってねーだろ! あれは明らかに不要だから! 」
まあ、そんな選也の言葉が秀真に響くわけもなく、彼は選也の声が聞こえている内に、目線を選也から生徒会長に移す。
「あれ? かいちょー様じゃないっすかー。見回りすか? お疲れーっす。」
そして、明らかにふざけている態度で、智美にぺこりと小さくお辞儀をした。
「え、うん、お疲れーっす………? 」
それに対して智美は、秀真と同じように頭を下げて、おずおずと頷く。選也は慌てて智美に顔を上げさせた。
「いや、智美先輩、こんなやつに合わせなくていいですから! 」
秀真は選也の言葉に直ぐに反応する。
「はぁ? こんなやつってなんだよ! 数学ゼロ点の俺様を馬鹿にするのも大概にしろよ! 」
「いや、なんで、自分から馬鹿をアピールしていくスタイルなの!? 」
そんなこんなで、駄目学生丸出しな話をしていたので、掃除は結局、日が暮れるまで続いた。
そして、そのせいで、選也は宿題と明日の支度だけで手一杯になり、学校からのメールにに気づかず、翌日に起こるちょっとした騒ぎを予想できなかったのだ。
―つづく―




