新しい魔道書、そして居残り
―第13説 新しい魔道書、そして居残り―
「この声、秀真? 」
選也は心底驚いた。しかし、同時に安堵もしていた。
(帰れる。無理にこの人に関わらなくていいんだ。)
選也は村長の方を目だけを動かして見る。悪い人ではないとは思うが、あの容赦のない攻撃には恐怖を禁じ得なかった。正直、あまり関わりたいとは思わない。
村長は選也に見られたことに気づいていないようだったが、声を聞いて訝しそうに選也に尋ねる。
「知り合いか? 」
選也は直ぐに頷き、
「はい、俺の友人です。」
と答えて、村長に頭を下げた。
「あいつが来れたなら、多分、帰れると思います。なので、その。」
村長は言葉に困っている選也の意図を察して、言う。
「よかったな。帰り道には気を付けるんだぞ。」
それから、ポケットの中に入っていた紙を取り出して、そこにペンを走らせると、選也に手渡した。
「それと、なにかあれば連絡してこい。協力に大した礼も出来なかったからな。」
「ありがとうございます。」
選也はそれを奪い取るように受け取って、逃げるように火山の外に駆け出す。
そこから、見慣れた姿を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
「秀真、なんでここにいんだよ! 」
選也はそう怒鳴りながら、秀真に走り寄る。しかし、秀真には選也の質問に答えるよりも、自分のペースが大事なようで、
「おー選也、やっぱここにいたんだ。」
と選也を姿を捉えて、いつものようにいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「《いたんだ》じゃねーよ! ここは近所の公園じゃねーんだぞ! 」
選也もこれに今さら、「話を聞け」なんて野暮なことは言わない、秀真の言葉に合わせる。秀真は嬉しそうに続けた。
「まぁ、いいじゃんか。俺さ、お前にどうしても見せたい物があってさ。」
「見せたいもの? 」
選也は目を細める。秀真は得意気に鼻をならしてから、
「実はな、見つけたんだよ。」
と言って、足元の雑草達の葉に乗っている多量の水滴に魔法陣を浮かばせた。選也は秀真が魔法陣を浮かべた場所を見て、異変に気がつき、首を傾げる。
「あれ、なんか下濡れてる? 雨でも降った? 」
秀真は魔法陣から勢いよく吹き出した本を、慌てて地面に落ちる前にキャッチして、選也の疑問に答えた。
「うん、なんか燃えてたから、俺が降らせた。」
「まじか、すげーな。」
選也は素直に感心する。秀真ならできそうな気がしたからだ。だが、秀真は選也の言葉に「すげーだろ。」と軽く返しただけで、すぐにその話題を、
「それよりさ」
と言って切り上げる。それから、手に持っていた本を差し出して、笑った。
「これこれ、お前が欲しがってた魔道書、なんやら分からない像の下にあったぜ。ほら、やるよ。」
「へーそうなんだー………。」
選也は一旦、秀真の言葉に頷くが、その直後に、
「なんて言うわけ無いだろ! なんやら分からない像って何!? なんでそんな怪しさ抜群のもん家に置いてんだよ! 」
と秀真の手から本を受け取りつつ、ツッこむ。そんな選也に、秀真は笑顔のまま言った。
「やっぱハードカバーは、沈み込みにくくていいよなー。」
「しかもやっぱり高さ調整用かよ! 書物に対して、そういう見方するのやめて! もっと大事にして! 」
選也は受け取って早速開いていたページを閉じて、必死に主張する。
「いや、本を地面に投げつけた奴にだけは言われたくねーよ。 」
秀真は苦笑いを浮かべて、選也にツッコミ返したのだった。
ヒートアップするぐだぐだな会話。
選也はそんなやり取りの中、やっと本題を思い出す。
「あ、そういや、お前どうやって来たんだよ。車? 魔法? 俺も連れてってほしいんだけど。」
これを言うのに随分時間がかかってしまった。聞かれた秀真は首を傾げる。
そして、その後彼の口から出た言葉に選也は唖然とした。
「どうやってって、徒歩だけど。」
「え? 徒歩!? 」
電車とバスで一時間かかる距離を、徒歩で来たらしい。
「なんか、パッて飛べる魔法とかないの? 」
「は? んなもんねーよ。」
「マジかよ。」
魔法も存外、不便かもしれない。
※
そんなこんなで、色々あったものの、二人は無事に翌日、学校に登校する。そして、
「って、秀真! なにサボってんだ! 」
選也は秀真に持っていた雑巾を投げつける。注意された秀真は、顔に張り付いた白い雑巾を剥がしながら文句ありげな顔でこう返した。
「えー、俺怪我人だよ? 掃除とかしなくてよくなくなくなくない? 」
選也は片手のモップを持ち上げて、下ろし、水を含ませた先端を床に叩きつける。
「最後の部分、何ややこしい言い方してんだよ、あと、これお前の居残りだからな! 」
「へーへー、やりますよ。やりゃいいんでしょ? 」
秀真は痛いところを突かれたのか、気だるげにだが、雑巾を持って、水道の方に歩いて行った。
「たくっ、ホントにどうしようも無い奴だな。」
選也はそれを見てため息をつく。
選也が危惧していた例のテストの結果は、悪くなかった。受け取った直後は裏返して結果を見るのが恐ろしかったが、めくってみれば78点、選也の普段の点数に比べれば低いが、赤点続出の数学においては、驚異的な点と言えた。
一方で秀真の点数はいわずもがな、聞かんといて下さい。
そして、テストの合計点が一番低かった人が夏休み前の掃除をすることになっていたため、現在に至る。
「アイツの夏休みが全部つぶれないためにも、アイツを俺の部屋に無理やりにでもねじこんで、追試対策やらせねーと。」
選也はそんなことをぼやきながら、モップを黙々と動かした。
そこに、
「え、水? 」
床を伝って水が足元に流れ込んでくる。
見ると、教室の入り口前の廊下に秀真が立っていて、その手には空のバケツ。
「お前の仕業かよ! サボりの次は妨害か、いい加減にしろよ! 」
選也は秀真の元に走り寄って、掴みかかった。しかし、秀真に反省の色は全く無い。へらへらと笑いながら、選也肩を掴み返して、教室の外に引っ張り出し、言う。
「まぁ、まぁ、そう言うなって。これこそ《魔法》の出番だろ。」
「魔法………。」
選也は言われてやっと思い至った。
「そうか、そうだよな、操作系の魔法で掃除道具を一気に動かせば楽だよな! 」
そして、早速それを試そうとするが、秀真にそれを止められてしまう。
「いやいや、そうじゃねーよ? 」
「は? 他にどうすんだよ。」
選也は不機嫌に聞いた。秀真はそれと殆ど同時に、教室に腕を伸ばして、床一杯に広がる、巨大な魔法陣を呼び出し、
「こうすんだよ。」
と言って笑う。
直後、言葉に反応するように魔法陣は脈打ち、目を開けていられない程の眩しさが選也を襲った。
―つづく―




