共闘と機械青年の末路
―第10説 共闘と機械青年の末路―
歯車の上に立ち、余裕の笑みを浮かべる男に怯えた村人達は、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出そうとした。
「おっと、そうはさせないよ。」
だが、勿論そう易々と見逃してはくれないわけで、魔法使いがパソコンをキーを幾つか叩くと、彼の従えた数多の腕は、村人達を瞬く間にその手中に捕らえた。
選也は襲いかかる腕を問題なく避けるが、その表情に余裕の色はない。なぜなら、
(魔法が、打てない………。)
詠唱は終わっているのに、彼の掌には何も浮かばなかったからだ。その理由は、彼自身大体分かっている。
(さっきの《神術》めっちゃ燃費悪い! )
全身の力が根こそぎ持っていかれた感覚と、それに伴う酷い倦怠感。
(暫く休まないと無理だ。)
しかし、目の前には敵意むき出しの相手がいるのだから、おちおち座ってる訳にもいかない。
息を切らしている選也の元には、当然と言うべきか、また機械の腕が襲いかかった。
「屈め! 」
そこに同時に聞こえる大男の声。
選也は咄嗟にそれに従った。
男は選也の直ぐ横に立つと、選也の前で機械の腕を受け止めて、そのままその機械仕掛けの指を掴み、地面に叩きつけた。
(うわー、流石すぎる。)
選也はその人間離れした所業を見て、恐怖を覚えつつ、苦笑いを漏らす。
男は選也のそんな様子を気にすることなく、その地面で潰れる腕を踏み台に、上へと跳躍した。パソコンを持った魔法使いも、流石にそれには予想が追い付かなかったのか、
「はぁ? マジかよ! 」
と驚いた声を上げ、急いでキーを鳴らす。すると、村人を捕まえている腕以外は、吸い込まれるように大男の方に集まっていった。
(俺もなんかしないと………。)
選也は男が一身に攻撃を集めてしまっている現状を見て、我にかえり、使えるものが無いか周囲を見渡す。そして、
(これでいいか。)
手近にあった、拳ほどの石碑の欠片を手に取ると、それを男が乗っている歯車の方へと構えた。
しかし、そのときには、既に大男の手が、魔法使いの元に届かんとしているところで、
(げっ、あの人、どうやってあんなとこまで上ったんだ。)
選也は大男に当たるのを危惧して、投げるのを躊躇った。
代わりに、自分の疑問を解決するために、視線を男から下に滑らせる。大男は下では、幾つかの機械が、へこんだ部分から電気を途切れ途切れに吹き出しながら、いまにも落ちようとしていた。選也はそれを見て合点がいく。
(あれを踏み台にしたのか。)
魔法を使った形跡は無いし、どうやら、大男は呆れるほどに身体能力が高いらしい。
選也はそれを確認し終わると、再び男の方に目を向けた。
すると、選也の目に飛び込んできたのは、男が地面へと落ちていくところだった。
「え? 」
選也は一瞬、自分の目を疑う。
しかし、直ぐ冷静になって、石碑を欠片を握り直して、魔法使いが持っているパソコンに向けて、それを投げつけた。
「なんだ? 」
欠片はあと少しのところで届かなかったが、魔法使いは驚いてパソコンを操っていた手を瞬間的に止める。
すると、落下中の大男を狙っていた腕の動きも、その間ピタリと止まった。
(よっしゃ、ビンゴっぽい。)
選也は笑みを浮かべる。どうやら読みは当たっていた。
(やっぱり、見た目は違っても、アロロって子の魔法と性質は同じ。弱点は無防備な術師だ。)
そうやって喜ぶ選也に、魔法使いは忌々しそうに言葉を投げる。
「君、やってくれるね。」
そして、腕達の標的を男から選也の方に変えた。選也は嫌な予感を覚え、顔をひきつらせる。
(あ、やっぱそうなっちゃう? )
選也が危機を感じて走り出すのと殆ど同時に、選也が先程までいた地面が瞬く間に凍りついた。
(げ! 冷凍ビーム!? )
選也は複数の腕から放たれる光線状の魔法の隙間をくぐって避けながら、青ざめる。
しかし、焦る選也とは対照的に、大男は地面に突き出した石碑を一つを蹴って飛び上がると、光線を放っている機械の腕の一本を捕まえて、その照射口を無理矢理反対側に向けた。
そして、男はそこから放たれる光線を操って、次々と機械を凍らせ、地面に落としていく。
「ちっ、まだだ! 」
魔法使いはまた前と同じように詠唱し、最初に火山の壁に開けた穴から、前よりも多くの機械の腕を呼び出す。
「標的を変えろ! あのおっさんだ! 」
(させるかっ! )
選也は地面に落ちた機械の一つの指を掴んで、同じように地面に落ちている他の機械にぶつけた。
途端に、大きな金属音が辺りを支配する。
「なんだこの音! 」
魔法使いはその五月蝿さに金切り声を上げて、耳を塞いだ。手は勿論、パソコンから離れている。
「こっちだ。」
その機を、大男は逃さず拾ってくれた。
魔法使いの呼んだ腕の一本を、呼び出した本人の背後から、投げつけたのだ。
「があっ!? 」
勢いよくぶつかった腕は魔法使いの乗っている歯車を大きく傾ける。
選也はその間に、自分の手を握って開いて、感覚を確かめてから、
(よし、時間は十分稼いだ。もう使える。)
「村長さん! 」
大男に目配せした。
大男は選也の方を向いて、目を合わせて頷く。
「いけっ! 」
叫んだ選也の魔方陣から出たのは、焚き火程度のか弱い炎だったが、それから更に呼び出された大男の魔方陣からは、それとは比べ物にならないほどの、大出力の火炎が放たれた。
火炎は、周囲を覆い、村人を掴んだ手を溶かし、捕まれていた村人が大男の神術に加わると、その威力は固まってしまった溶岩さえ呼び戻す。
周囲はたちまち、朱一色だ。当然、
「そんなっ、あのガキ、媒体無しで………? 」
という言葉は虚しく、魔法使いの乗った歯車は呆気なく溶け、魔法使いは地面へと落下していく。しかし、そのままでは終わらなかった。そこに大男が割って入って、彼を溶岩の中に叩き落としたのだ。
「えっ! 」
選也は驚いた。
勿論、神術の威力にではない。
「あんなことしたら死にますよ! 」
住人たちが、魔法使いを殺しにかかっていることにだ。誰一人として、魔法使いを助けようとする者はいない。選也は慌てて、見る間に沈んでいく魔法使いの方の元に駆け寄ろうとした。
「助けないと………! 」
しかし、
「待て。」
と後ろから大男に肩を捕まれてしまう。男は、落ち着いた口調で選也に言った。
「こんなやつ助ける必要はない。それに、もう手遅れだ。」
選也は魔法使いの方を見る。
魔法使いは「助けて」「いやだ」と絞り出すような声で繰り返しながら、その腕をこちらに伸ばしていた。
選也はそれを、燃え盛る森の中に残してきた二人と重ねて、
「なんで………。」
と下唇を噛む。
「なんで、殺す必要があるんですか! それに、例え助けようとして助からなくても、それは結果論です。助けるか助けないかとは別でしょう!? 」
じっと目を睨み付けてくる選也の目を、男は悲しそうに見返す。それから、呟くように言った。
「………無知とは恐ろしいな。」
そして、その言葉の後に、大きな気泡が、粘度の高い液体の中で弾ける音が聞こえる。
見ると、魔法使いの姿はもうどこにもなかった。
―つづく―




