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魔法でよくね?  作者: 富士見の娘
魔法との出会い編
1/67

魔法でよくね?

―第1説―《魔法でよくね?》


「……こうして《魔道都市》は水害によってその栄華の幕を閉じたのです」


 誰かが遠くでそう言葉を連ねながら黒板にチョークを打ち付けていく小気味良い音で、狭間選也はざませんやの意識は微睡まどろみから浮上した。重い瞼を持ち上げると、そこには規則的に並んだ学生用の机と椅子、それからそこに伏したり船を漕いだりしている高校制服姿の男女学生、すぐ左には青々と茂る木と晴れた空を映す大きな窓、少し離れた右には白い壁と前方・後方についたスライド扉が見える。


ああそうだ、自分は授業中に寝てしまったのだ。


周囲の景色を一巡して彼はようやくその事実にたどり着き、次にはこう思う。それで、これは一体何の授業だっただろう。選也はその疑問を解決するために寝ぼけながらも、教室の前方に意識を向けた。

 そこでは黒カーディガン姿の教師が緑を基調とした教科書を片手に、授業を続けている。だが、どうやら彼も生徒たちの動向に興味はないらしく、その目線は教科書に落ちていた。だから、無関心な教師の代わりに彼の背後に立つ黒板は選也に教える。


《この場合はどちらが悪?》


こんな不毛な問いをする教科なんてひとつだ。

善悪を教えると称し虚構を聞かせるくせに答えを出さず、成績もつけない無意味な科目。

選也の一番嫌いな科目 ――《道徳》。

彼はそれを知ると机に乗せた自分の腕の上に静かに頭を戻して、教師の読み上げを子守歌に再び眠りについた。


そうして何処かに飛んで行った選也の意識を連れ戻したのは、耳元で響いた、


「……ろ……也……」


「起きろ、選也!」


という言葉。選也はその声に驚き、慌てて机に置いた自分の腕から顔を上げる。しかし、そこにいたのは苛立った顔の教師ではなく、手提げ鞄を持った手を肩にかけて悪戯っぽく笑う親友の姿である。


「はは、驚いたか?おはよう」


選也は椅子に座ったまま彼の顔を見上げて、口をへの字に曲げた。


「なんだ、秀真かよ」


すると、ぼさぼさの黒髪とだらしない制服の青年、蒼生秀真あおいしゅうまは身を屈めて選也の机に右腕を置き、益々(ますます)上機嫌になって言う。


「なんだってなんだよ。ほら、授業終わったぞ、さっさと帰ろうぜ」


選也はため息をつくと、秀真をどけて机の横にかかった鞄に手をかけた。


*―――――*


 校門を出た二人は民家の塀に囲まれたいつも通りの通学路を、今日の日中や昨夜の出来事など、他愛のない会話をしながら歩いていく。その中で選也は、


「あーあ、明日のテストどうすっかなぁ。全然勉強してねーよ、赤点だよ」


とわざと秀真に聞こえるように独り言を呟いた。

それを聞いた秀真は歩調を速め選也の前に回り込み、彼を威圧するように顔を近づける。


「はぁ?赤点~?」


選也は驚いて立ち止まり、秀真を両手で前へと押し返した。


「ちょっ、近い!なんなんだよ!」


押された秀真は素直に一歩距離をとると、胸を張って強い口調で言い放つ。


「赤点赤点騒いでいいのはこの学校で最多赤点を持つ俺だけなんだよ!」


選也は思わず口をあんぐりと開けて「へ?」と間抜けな声を上げるが、首を大きく左右に振ってすぐに平静を取り戻し秀真に落ち着けという手話をした。


「いや、逆にお前なら気にしないだろ……。というか、なぜに偉そうなの?」


聞かれた秀真は腰に片手を当て、鼻を鳴らして言う。


「なぜって?当たり前じゃん、俺は単位を犠牲に自由を召喚した勝ち組だぜ?」


なにかと思えばいつも通りの主義主張だ。選也は勝ち誇る秀真を、


「そうだな、召喚した自由を補習に食われるまごうこと無き勝ち組だな」


と軽くあしらってから、さっさと歩き出し、話題を戻す。


「それでテストなんだけど、ヤバイって言ったのはマジだよ。明日の数学は去年と問題傾向も変えてくるみたいだし、問題がブラックボックス」


流石にこれでもう脱線はしないはずだ。


「まじかーやべー。でもあれだ、数学は割と授業聞いてたしいける気がする」


案の定、今度は秀真も素直に選也と並んで歩き出す。

選也は秀真の言葉を聞いて前を向いたまま笑った。


「フラグかな?」


前に同じようなセリフを現文、英語、化学でも聞いた気がするがどれも赤点だったような。

選也は歩き続けながらも笑顔を少し苦いものに変えて進行方向のアスファルトに目線を落とした。


「あーあ、問題さえ分かればなぁ……」


するといつの間にか秀真の足音が聞こえなくなっている。


「あれ、秀真?」


それに横を見ても、先ほどまで隣を歩いていたはずの彼の姿がない。

どこに行ったのかと立ち止まって見渡すと、秀真は選也の10歩ほど後ろに立ち止まってペットボトルの蓋を開き、その中身の透明な液体を地面にこぼして始めているところだった。


「え、なにやってんの!?」


親友の奇行を目にした選也は当然のように目を丸くする。

秀真はペットボトルの水を道路に流しきると、その蓋を閉めて体の横に持ち、選也の目をまっすぐに見て無感情に言った。


「テストの問題が知りたいんだろ?」


そして、彼が一歩下がって右手を水溜まりにかざし、何かを呟くと、水面に不思議な青白い模様が現れる。それは二重の円の間に見知らぬ文字がびっしりと並び、内側の円の中にも壁画にあるような螺旋が描かれ、まるで、《魔法陣》のようだと思った。ただ選也が混乱する頭の中でそんな事を考えている内に更なる不思議な出来事が起こり、そんな曖昧な予想は吹き消える。水面に浮かんだ模様から突風と共に大量の紙が噴き出し、その1枚の端を秀真が掴んだからだ。


「テストとか、対策とかそんなもん……」


秀真は紙を選也に見えるように片手に持ったまま、いつものように自信に満ちた笑みを浮かべる。


「そんなもん、魔法でよくね?」


ただ、彼の手にあったのは来年の現代社会のテスト用紙で、選也は一瞬戸惑ってから言った。


「……なんか、違くね?」


―つづく―

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