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俺と幼馴染と彼(1)




基本的に俺はあまり人の好き嫌いがない。


自分で言うのもなんだが、俺はムードメーカー的立場になることが多い。

つまりは強く当たってくる人間が基本的にはいないのだ。

性格的にも、自発的に人を嫌いになるのはなかなか難しい。


そんな俺に世界で唯一と言っても過言ではない、大嫌いな人間が出来た。

性別は男。

二つばかり年上の、上背があって、異様に顔が良くて、妙に余裕ぶった雰囲気の、ツッコミどころがない完璧人間。


なんでも器用貧乏にこなす俺と、なんでも完璧にこなすヤツの相性はそもそもからして最悪だ。


そいつの名を、高柳という。


「リツのは『嫌い』じゃなくて『気に食わない』っていうのよ。もう一つついでに言うなら、それは同族嫌悪ってヤツね」


千紘はそう笑うけど、こればかりは同意できない。


その千紘は高校に入った直後、これまで見たことがないくらいに精神状態が不安定だった。

引きずられて自分まで浮足立たないように堪えるのが精一杯な程だと言えば少しはわかってもらえるだろうか。


それでも俺は毎日、千紘の顔を見に行った。

朝に会えなければ学校から帰ってから。

部活で遅くなれば、電話で呼び出して窓越しに話をした。

隣の家ってのは、こんなときとても助かる。


どんなに朝早かろうが、夜遅かろうが、疲れていようが、俺はその日課を欠かしたことはなかった。

俺を見た時にする千紘の表情、あれを見ればやめられようはずもない。


千紘は案外頑固で、口は堅い。

俺に出来るのはこんなことくらいしかなかったのだ。


そんな千紘は結局問題を自己解決したようで、今ではすっかり元通り。

どころか、以前よりぐっと明るくなった。

身を潜めているような息苦しさは消え、自分を取り戻したかのように、肩の力を抜いて千紘は今を謳歌している。


切欠はちゃんとあった。

あの日の事は忘れない。


俺のことでよく泣いていた千紘が、初めて見せた自分のための涙。

俺に出来たのはその背を撫でてもいいのかと、躊躇しながらおろおろとすることだけだった。


入江に知られでもすれば、「情けない男!」と吐き捨てられることだろう。

簡単に想像がつくところが辛い。


結局明確な何かを口にすることなく、千紘は俺の手を握ったまま、泣き疲れて眠ってしまった。

身動きの取れなくなった俺だけど、中々部屋から出てこない俺たちの様子を見に来た母親に無言で掴まれた手を掲げ、千紘の安らかな寝顔を指さすと、仕方がないとばかりにそっとしておいてくれた。


理解のある母に感謝しかない。

それ以後、誰が訪ねてくることもなかったから、千紘の所にも母が伝えてくれたのだろう。


俺は千紘を自分のベッドに運んで、自分はベッドに寄りかかる様にして座った。

千紘の目の下には隈が出来て、顔色も悪い。

随分と追い詰められていたのだろう。


「なにもしてやれなくてごめんな」


疲れが祟ったのか、千紘は朝まで目覚めることはなく。

俺は飽きることなく長い睫毛と白い肌と薄っすらと色付いた唇が形作る、千紘の繊細な顔を一晩中眺めていた。


「ちぃ、辛いなら目を瞑ればいいんだ。俺みたいに」


できないから、しないから、苦しんで。

真っすぐで、正しいから、乗り越える。


「強いな、ちぃは」


弱いな、俺は。


「届かないな……俺じゃ」


そもそも、手を伸ばす勇気もない。


だが、少なくとも、千紘は俺を泣き場所に選んでくれた。

俺はそれでいい。


いい、と思っていた。


あいつに会うまでは。


ある日の放課後、千紘の隣を歩くソイツを見た瞬間に理解した。

直感だった。


コイツだ!


千紘の心を掻き乱していた原因。


忘れることが出来ない顔だった。

その時去来した感情をなんと表現するべきなのか。

多分、不安が一番強かった。

次には諦めと、運命への不満。


――ああ、やっぱり出会ってしまうのか。


男は記憶にあるよりぐっと背が伸び、線の細さも消えて、かつては儚さを含んでいた美貌はキリリと引き締まった空気を醸し出していた。


「あれ、きみは……」


視線がすいと俺を捕らえた。


対面すれば思わず言葉をなくす美形。

その形容だけは変わっていない。


ヤツの反応に千紘が遅れて俺に気付く。

千紘は他意もなくそいつを紹介してくれた。


「嵐、幼馴染のリツよ、大島律。リツ、学校の先輩で生徒会長の高柳晴久さん」


どこから取ってきたのかわからないニックネームで千紘は奴を呼ぶ。


「はじめまして」


そうヤツに伝えた瞬間に反発心が頭をもたげた。

高柳が値踏みするように俺を見て、口元だけで小さく笑ったのが見えたからだ。

明らかに馬鹿にしたような笑いだった。


「……初めまして、ね。初めまして」


くつくつと、今度こそわかりやすくヤツは含み笑い。


「嵐? どうしたの?」

「いや、なんでもない。こっちの話さ。――な? はじめましての幼馴染くん?」


ち、覚えてやがる。

記憶力もいいとは、隙のない男だ。


「嵐、なにをイラついてるのか知らないけど、リツに当たるのはやめて」

「心外だな、白雪。相応の理由があるとは思ってくれないのか? それに、俺以上にイラついてる御人がいるみたいだし?」


高柳もまた、千紘を知らない名前で呼ぶ。

不快感が増した。

千紘は千紘だ。

それ以外のなにものでもない。


「思わないし、リツがあなたにイラつくのは当然。初対面でそんな態度取られれば誰だってね」

「……俺の信頼度低いなぁ」

「自業自得よ」

「りょーかい、今後は信頼の回復に努めるよ」

「ふふ、期待してるわ」


ぽんぽんと小気味いい会話が交わされて、俺は心臓を握られたような気分になった。

蚊帳の外、とはこのことだ。

こと、千紘との関係において、俺が最優先されなかったことなどない。


無性に間に割って入りたくなって、ぐっと踏みとどまる。

互いの隣があまりに自然だから、そこに俺の居場所はまだあるのだろうかと不安になった。

それを高柳に悟られるのだけは我慢ならない。


「おっと、幼馴染くんが本格的に不貞腐れる前に俺もそろそろ退散しておこうかな。じゃあな、白雪。今回は本当に助かったよ。今度礼でもさせてくれ」


颯爽と去っていく背に別れの挨拶をしたのはもちろん千紘だけ。

二人だけになった帰り路、俺は何気なさを装って、手には汗を握りながら聞いた。


「なあ、高柳だっけ? あいつは千紘のなに?」

「……ん~、古い、知り合い、かな?」


生まれてからずっと、一緒だった。

知らないものなんてないはずなのだ。


ならば、それはきっと――。


「リツ?」

「いや、随分親しげだったから。……俺より仲良かったら妬けるな、とか、ね」


歯切れ悪く答えた俺に、千紘が声に出さず驚いた。

目が点、ってのはこういう表情を言うんだろう。

つまり、千紘は思いもよらぬことを言われた、……と。


千紘は俺を見くびり過ぎだ。

今の俺の心の中を可視化できたなら、千紘は悲鳴を上げて逃げるに違いない。

色でいうなら、(不安)と、(嫉妬)と、(憤り)とを混ぜたような、不気味な混沌。

口から漏れ出そうなそれを無理矢理腹に戻す。


そんなことに気付きやしない千紘は、その驚きをすぐに破顔に変えた。

眩しくて、少しだけ目を細める。


閉じてしまうにはもったいなくて。


「嵐は、リツに似てたから、親しみやすかったの」


千紘が俺の顔を覗き込んで言った。

俺以外の異性に、そんなに近付くんじゃないぞ。


「全部、リツのおかげ。それだけよ?」


だから俺が気にする必要はないんだと千紘は言いたいんだろう。

それに対して、俺は笑みだけを返した。


あいつが俺に似ていた、か。

俺があいつに似ているから、の間違いではないか、とは聞けなかった。


アイデンティティが崩壊の危機を向かえてしまう。

ここはいつも通り目を瞑るのが正しい対処法だ。


とにかく、第一接近遭遇から高柳の印象は最悪だった。


出来れば二度と会いたくない。

心が掻き乱されるからだ。

イライラするからだ。

ヒステリーの女みたいに叫びたくなるからだ。

千紘に近付くなって。

他にいくらでも女はいるじゃないか、と。

こういうのを難癖って言うんだろう。


俺は穏やかに時を過ごしたい。

厄介ごとなんてたくさんだった。


が、そんな望みは当然聞き届けられなかった。

学校でクラスメイト達がざわざわと噂をしている。


「なあなあ、聞いたか? 今年の体育祭のこと」

「聞いた、聞いた! 南校(ナンコウ)と合同でやるって? どうなってんだ?」

「さあ、詳しいことは知らないけど、被ったとかなんとか言ってたかな」


その情報は正しい。

俺は仏頂面をしたまま、そう心の中でクラスメイト達の会話に加わった。


ここいらの高校は大体グラウンドが狭い。

だから学校を上げての体育祭などは、決まって近くにある大型の体育館を借り切って行われる。


それがどうしたことか、件のナンコウとダブルブッキング。

そもそもそれに気づいたのは俺と千紘だ。

つまりナンコウは千紘の通っている学校の通称なんだが。

何とはなしに話していて、同じ日に同じ場所で体育祭が行われる予定になっていたことで発覚した。


慌てて予定をずらそうとしたが、学校側も空けられる日は限られているし、すでに貸出側の予定も埋まっていてにっちもさっちもいかない。

こうなったら仕方がない、日程が変えられないなら場所を変えて、大きなハコで二校合同でやろうと、そういうことになった。

使用料は高くなるがそれを二校で割れば、トントンで押さえられる。


例年通りであればノウハウもあることだし、余裕で構えている時期なのだが、これでにわかに学校中が慌ただしくなった。


あまり交流がなかった二校の生徒が連日忙しそうに互いの学校を行き来している。


とはいえ、参加だけすればいい一般生徒は暢気なものだ。


「合同相手がナンコウってのはラッキーだよな。目の保養だわ~」


にやにやと笑いながら窓を見ているのはクラスメイト。

彼の趣味は近隣高校の美少女データ集めだ。

どこにでも一人はこういうやつがいるもんだな。


「ナンコウはなんて言ったって女子レベルが高い!」


男子のレベルも高いけどな、と付け加えた彼の目には光がなかったが、そっとしておいてやる方がいいだろう。


彼の披露していたデータによると、栄えある美少女堂々の第一位からしてナンコウらしい。


「残念ながら逢坂夕陽は役員になってないらしくてなぁ」


つまり準備期間に間にうちの学校で見かけることはない。

その彼女が見られる本番が楽しみだと、他のクラスメイトもノッているから、それなりに有名なのかもしれない。

二位はお嬢さま校と名高い女子高に通っている誰それ。


そんなランキングに見事ランクインする、俺にも知った名が一つあった。


「ま、それでも十分。入江陽菜乃と、三隅椿なんて毎日見れるし! ツン系美少女と、世話焼き系お姉さまとか、最高じゃないか!」


まあ、予想外でもなんでもない。

三隅なんとかさんは知らないが、入江は順当な評価だろう。


中学からの同級生がちらと俺を見たのがわかった。

気遣うような視線だ。


ワイワイと騒いでる彼らの耳には、その美少女代表の一人が隣に座ってるクラスメイトとすったもんだがあったなんて話は入っていないらしい。

重畳だ。


俺は、気にすんな放っておけと、友人に少しだけ眉を上げて答えの代わりにした。

名乗りを上げて男の勲章とするには情けない話だし、知られて自慢できるほど俺はいい恋人ではなかっただろう。

今となってはこんな風に名が上がるほどの人の隣にいたことを不思議にすら思う。


それよりはずっと、次の台詞の方に動揺した。


「それに、なんてったってナンコウには俺の最近のイチオシ、白雪ちゃんもいるし!」


むっと口を一文字に引き結んだ。

わかりやすい動揺で肩を揺らした俺を、中学時代からの同級生は訝し気に見てくる。


「白雪? それ聞いたことない名前だな。新人発掘か?」

「残念ながら、見つけたのはナンコウの生徒会長。最近のお気に入りらしいよ」

「……ああ、高柳晴久ね」

「ってことは、ハーレム新メンバー?」

「ラノベ主人公かよ」

「良い女囲いまくってるとか、まじギルティ」

「虚しい」

「くそ、顔がいいっていいな!」


特に理由をあげなくても、それで納得してしまうインパクトが高柳晴久にはある。


「お、きたきた。噂をすればってヤツだな」

「おい、田村。お前の白雪ちゃんってどれよ?」


俺の席は窓際だ。

覗き込まなくても外の風景は良く見える。

はしゃいでいるクラスメイト達につられて目線をやった。


大体誰の白雪だって?

冗談にしても腹が立つ。

だがもっとイラつくのは、見えてきた光景だ。


きらびやかにすら見える集団が校門から校舎に向かってきているところだった。

他と変わらないはずなのに、明らかに目を引く一団。

制服からナンコウの連中だとすぐにわかる。


無意識に鼻を鳴らしていた。


「大島?」


常にない俺の様子に友人が眉を寄せていたが、答える気にはなれない。


先頭には見知った男。

見目のいい、十人いたら十一人が振り向きかねないツラだ。


その後ろにはまるでヤツが引き連れているようにすら見える形で、幾人かが姿勢よく歩いている。

それが揃いも揃って平均以上の見た目だから口さがない連中の口の端に上るのだ。

少しは自重しやがれ。


「お~い、白雪ちゃーん!」


クラスメイトのお調子者、美女名鑑を作ることを卒業までの目標と言って憚らない田村が突然窓から身を乗り出してぶんぶんと手を振りながら自己主張をはじめた。


ぎょっとしたが、今さら慌てて顔を引っ込めるのもカッコが悪い。


「へえ、あの子か。いいんじゃない? 天下の高柳様にしたら珍しく落ち着いたカンジの子だね。俺は好きだな」

「悪くはないけど、ちょ~っと華やかさ的に期待外れじゃないか?」

「いやいや、お前の目、腐ってんじゃないか? あれで期待外れとかお前の顔はどんだけいいんだよ」

「だから、顔の話じゃないって!」


まったくもって気に食わない事に、千紘はあの連中に紛れても見劣りなんてしなかった。

中学時代は地味扱いされていたとは思えない。

もちろん俺はそんなこと思ったことはないけども、物静かな雰囲気のせいで損をしているなとは感じていた。


これだけ騒いでいれば下の連中も気付くってもんで、今や公称といって過言ではない自分の愛称に反応して、千紘も例外なく顔を上げた。


その顔にゆるりと微笑みが広がって、粗雑さの見当たらない仕草でそのニックネームの由来となったのであろう、人一倍白い肌の手を振る。


「おい、手を振ったぞ!」

「俺にか!? 目があったし! 俺かも!?」

「ちっげーよ! んなわけねーだろ、冷静に考えろよ。興味本位でのぞいてたから気を遣ってくれただけだろ。だからみんなにだ、みんなに」


不正解。

あれは俺に向けられた笑顔で、俺に振られた手だ。


俺に千紘を無視するという選択肢はない。

ぼんやりと手を振り返したけど、クラスメイト達の声と、興奮して身を乗り出す彼らに隠されてもしかしたら向こうからは見えなかったかもしれない。


「ん? ありゃあ相澤じゃんか。……てか、白雪?」


友人が俺を見る。

千紘を指して首を傾げた。

中学からの付き合いだから、勿論千紘とも話したことくらいはあるだろう。


相変わらず無言を貫く俺に、友人は勝手に自己完結したらしい。


「白雪ねぇ。まあ、違和感はないけど」


違和感はない。

それが一番気に食わなかった。


「千紘だよ」


誰だ、白雪って。

知らねーよ。


「……ま、それは置いておいて。――ハーレムメンバー? 相澤が? 入江と一緒に? 一体どうゆうことよ」

「ちげーから。今回の体育祭の件で生徒会連中と接する機会が増えたとかで、そう見られてるだけだし。ってか、事実と違うこと言いふらされてる千紘がかわいそうだろ」

「はぁん、千紘が、ね? 入江の事は良いわけ?」

「はあ? なんで入江の話がここで出るんだよ」

「気になんねーの? 元カノだろ? 相澤と一緒でラノベ主人公くんの取り巻き扱いされてたじゃん」

「それこそ俺の口を挟む場面じゃねーだろ。そもそも、そんな権利どこにあるってんだ」

「相澤にはあるわけ?」

「は?」

「今自分で言ってたじゃんか。口を挟む権利ってヤツ」

「そりゃあ、まあ、……幼馴染だし」


友人は心底呆れたような目を向けてきた。


「おまえって、時々マジで大馬鹿野郎なんじゃないかと思うことがあるよ」


知ってるよ、ばかやろう。




転生少女~にしては短めですが、時間切れなのでそのまま投稿。

新時代も変わらずよろしくお願いします。


自分の高校は代々木体育館を借り切って体育祭やってましたが、むしろスカスカで寂しかった覚えがありますなぁ。

今は東京オリンピックに向けて改装中のようですが、我が母校は体育祭をどこで執り行っているのやら。

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