6話 約束
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知識はあっても感情は五歳。あべこべなルナマリア。
マリーナにうながされるままベッドで休み、起きた頃にはもう日も暮れていた。
「マリーナ、もうクロイツお兄様はお勉強の時間は終わられたかしら?もうルナマリアと遊んでくださるかしら?」
「確認して参りましょう。エレナ、お願いね」
「かしこまりました」
マリーナはわたしにつく侍女の筆頭。
基本的にわたしの側を離れることはない為、わたしから離れるような仕事は下の者に任せている。
「お父様は?夕食はご一緒していただける?」
「はい。こちらで皆様と共にと連絡を受けております」
「お父様にお話したいことがたくさんあって困ってしまうわ…なにからお話しようかしら」
とりあえず…ナイゼルお兄様とイザベルお姉様にお会いしたいってことは伝えなきゃ。
お父様は…きっとお二人とあまり交流を持っていらっしゃらない…。
それはよくない…と思う。前世の知識がそういうのだ。
しかし…お母様のことを思うとわからなくなってしまう。
愛人の子との交流として置き換えて考えると…お母様からしてみればあまり良い気持ちにはならないだろう。
前世での常識はこちらでは常識とはいえないとは思うし…。
お父様は王だ。前世での知識でなど計れないだろう。
やはり一度クロイツお兄様にご相談してから…。
考えこんでいたがノックの音で顔をあげる。
「失礼いたします。ルナマリア様、クロイツ殿下がいらっしゃいました」
「まぁ!お時間いただけるようならルナマリアが伺おうと思っていたのに!お通しして」
エレナの後ろから青みがかった銀髪が覗く。
「ルナマリア、一緒にお茶にしよう」
「うれしいわ!クロイツお兄様にお話したいことがあったの」
マリーナにお茶をいれてもらいテーブルにつく。
いいにおい…クロイツお兄様の好きなバレスの茶葉。
マリーナは本当に気が利く。
「あのね…クロイツお兄様…。お兄様は…ナイゼルお兄様とイザベルお姉さまにお会いになったことがあるの?」
「……どうしたんだい?いきなり…。誰かに何かを言われたの?」
目を丸くして驚くクロイツお兄様を見て、やはりなんだか変な感じがする。
なんだかもやもやざわざわするのだ。
「いいえ、だれにもなにも言われてないわ。ただ…クロイツお兄様は第二王子、ルナマリアも第二王女って思ったらルナマリアにはクロイツお兄様の他にお兄様とお姉様がいるんじゃないかって気づいたの」
「そうだね…ルナマリアももう五歳…。そういうことにも気がつくよね…。側室であるアメリア様を母に持つ第一王子ナイゼル兄上とイザベルには…僕は会ったことがあるよ」
複雑そうな顔でカップのふちをくるくると指でなぞる。
クロイツお兄様もなんだか言いづらそうで…やはりこの話題はあまりよくない事なのだろうか…。
「会ったことがあるって言ってもね、兄上はともかくイザベルとは父上の生誕パーティーで顔をあわせる程度なんだ。僕とイザベルは同い年だからね。一緒にお披露目されたんだよ」
クロイツお兄様は五歳でお披露目されたとマリーナが言っていたから…イザベルお姉さまとはいままで二回しかお会いしていないということかな…?
ナイゼルお兄様とはちがうということなのだろうか…。
「ナイゼルお兄様は?ナイゼルお兄様ともお父様のパーティーでだけ?」
「いいや。兄上とは剣の稽古をご一緒しているからね。ほぼ毎日お会いしているよ」
知らなかった…!クロイツお兄様が勉学に励んでいる間は邪魔をしてはいけませんと近寄らせてもらえなかったから…。
でも…いままでクロイツお兄様から剣の稽古でなにがあったというお話も伺っていたのにナイゼルお兄様のことが話題にあがったことはない。
やはり意図的に秘密にされていたのだろう。
「ずるいわクロイツお兄様。ルナマリアに秘密にしていたのね」
「ごめんね…まだルナマリアには難しい話になると思って黙っていたんだ。機嫌をなおしておくれ」
ふくれっ面になっているだろうわたしの頬を優しく撫でながら眉を下げる。
大人の事情というやつをたしかに五歳のこどもには言っても仕方ないとは思う。
でもクロイツお兄様だってまだ七歳だ。そうかわらない。
それでもやはり王太子として教育を受けるお兄様と、いまだマナーの講師しかついていないわたしとは違うということなのだろうか。
「あのね…クロイツお兄様…。ルナマリアもね、ナイゼルお兄様とイザベルお姉様にお会いしたいの」
「それは…」
「今日のご夕食の席でお父様にお願いしたいと思うのだけど…お母様が悲しむかしら…」
不安な気持ちがどんどんこみ上げてきてぎゅっとドレスを握りしめる。
お会いしたい気持ちとお母様が悲しむかもしれないという気持ち。
お父様とお二人の距離を縮めたい気持ちとそれはわたしのわがままではないかという気持ち。
「そう…ルナマリアは…母上がどう思うかと不安なんだね」
「お父様…ずっとルナマリアたちとご一緒に過ごしてくださるわ。でも…でも…だったらナイゼルお兄様とイザベルお姉様とは…?お忙しいお父様は出来る限りの時間をルナマリアたちと過ごしてくださっているわ。ルナマリアが…ルナマリアがお二人からお父様を奪ってしまっているんじゃないかって思ったの…。でも…でも…」
「そうだね…僕達と過ごすほどの時間を父上は二人に使っていないことは確かだ。特にイザベルとはほとんどお会いになっていないだろうね。生誕パーティーぐらいでしか顔をあわせていないはずだ」
やはり…やはりそうなのだ。
お父様はお二人と交流を持っていない。お二人は父親の愛をちゃんと受けていない。
これはわたしのわがままだ。エゴだ。
側室であるルナマリア様との時間を…なんてわたしには言えない。
だってお母様のことが大好きだもの。だからこそ…絶対にお母様が悲しむであろうその事には関われない。
それでも…それでも…子にとって父は父だ。
かまってほしい。愛してほしい。
それは当然の欲求であるし、当然の権利だと思う。
「ルナマリアは…ナイゼルお兄様ともイザベルお姉様とも仲良くしたいわ…。同じお父様の子だもの…」
「…そうだね。でも…ルナマリア?ひとつだけ約束して」
気がつけばクロイツお兄様は席を立ち、わたしの横まで来ていた。
ドレスを握りしめるわたしの手をほどき、両手で包みこむ。
暖かな手。わたしは暖かな優しいものしか知らない。
寂しさも。悔しさも。なにも知らない。
「王太子は僕だ。父上の跡を継いで王となるのは僕だ。王となるのは僕だと…僕がいいのだと…ルナマリアはいつでも言うようにして」
「王太子はクロイツお兄様だわ。ちゃんとルナマリアも知っているわ」
クロイツお兄様はゆっくりと首を横に振る。
「ちがうんだ。ルナマリアがそう望むことが大切なんだ。ルナマリアが、父上の跡を継ぐのは僕がいいと思うこと。それを言うこと。それが大切なんだ」
「よく…わからないわ…お兄様。ルナマリアはクロイツお兄様がお父様の次に王になるってちゃんとわかっているのよ?」
「うん…それをね夕食の席で言ってほしいんだ。それだけで母上の悲しみは…心配がいらなくなる」
クロイツお兄様は…王位継承者第一位…。
それはお父様がお決めになったこと。
「夕食の席でそういえばいいの…?そうすれば…ナイゼルお兄様とイザベルお姉様とお会いしたいっていっても大丈夫?仲良くしたいって言っても大丈夫…?」
わたしの手を包む手に力がこもった。
苦しそうな顔だった。不安そうな顔だった。
クロイツお兄様はなにに苦しんでいらっしゃるのだろう。
「そうだよ。ルナマリア…王太子は僕だと。君がそう言ってくれるだけでそれは叶うんだ。だから…約束しておくれ…」
「うん…約束するわ…。約束するわクロイツお兄様。王太子はクロイツお兄様よ。夕食の席で必ずそう言うわ。だから…だから…」
そんな顔はしないで。
お兄様の手から抜け出し、首に手をまわして抱き寄せる。
抱きしめないとお兄様がどこかに消えてしまいそうで怖かった。
抱きしめ返してくれるお兄様の手が少し震えている気がした……。
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ご覧いただきありがとうございました。
綺麗なものしか知らないものは時に残酷だと思います。