追うものの罪
ロイドさん編です
クレハは案内された部屋に入るとどっと疲れを感じる。
(そもそもどうして魔王の城にいるのだろう?)
考えられるのはリリスがここに住んでいたということだ。リリスのホームになるのだろう。
しかし、体はクレハがベースになっているようだしどういう基準になっているのだろうか。
自分の体を改めて観察する、そういえばまだ何も衣類を身につけていない。まあ魔王の城には人間の衣服など探してもないだろうが。結局体にあった異変は頭に生えた角だけだった。
「人の前で裸になるなんて生まれて初めてだな」
クレハは今までそんな経験はないし、人前で大きな声を出すことも記憶にないくらいなのだ。人と話すことを苦手に感じているうちに、どんどん会話を避けるようになってしまっていた。
「この世界でなら私は違う自分になるのかな」
先ほど魔族が自分たちの誤りを認め前に進もうという姿を目にした。人間であれば当たり前なのかもしれないが魔族でも変われるのだなと単純に思ったのだ。
(私もきっと変われる!いや、変わらなくてはいけない。この世界で変われないならば現実の世界でも変われるとは思えない。っていうか、私は家にかえれるのかな)
未だにメニュー画面は開かない。メニューを開かなければログアウトは出来ない。
「それに持っていたアイテムはどこに行ってしまったんだろう。エレールの村で落したことになってるのかな?」
大した荷物は持っていなかったはずだが、チュートリアルでもらった手引きは役に立ちそうだったので折を見て探しに行くべきだろう。
部屋にあったキングサイズのベットに横になるとすぐに眠気が襲ってきた。自分の部屋のベットより気持ちいい。毎日誰かが手入れをしているのだろう。あまりの気持ちよさにクレハの意識はすぐに奪い去られていった。
◇
ロイドはクレハが消える際の笑顔に気づいた。そしてメンテナンスが始まることを思い出し舌打ちする。しかし、強制排除が始まると思っていたのだがしばらく待っても始まらない。仲間に連絡しようと考えメニューを開く。
「開かない?」
メニュー画面は開かないどころか何も反応しない。つい10分前にはフレンドリストを確認していたのに。
「クレハが何かやったのか?」
ありえないとは思いつつも答えは出ない。今までこんなことは聞いたことがない。不安を感じ仲間と合流することを優先する。
村の外に出ようと歩き出したロイドはありえない光景に気がつく、いつの間にか空には大きな星が浮かんでいたのだ月などの衛星ではない。それは落ちてきそうなほどの大きさで、雲や大陸が見える。大気がある星なのだろう。
しかし、いつからそこにあったのかはわからない。あれほど大きければ意識しなくても気づいたはずなのに。ロイドはハッとする。
「あの星が原因か?」
(メニューが開けないのはあの星から何かしらの影響を受けているからだろうか?だとしたらあんなの人がどうにかできるような問題じゃないな)
メニューが開けないのでエリア移動もできないのかと心配したのだが村の外には問題なく移動できた。外には魔物がいつも通りうろついており、ロイドとレベル差がありすぎるためロイドに気づくと逃げていく。いつも通りの反応だ。
「おいおい一体何が起きてるんだ?メンテナンスが始まらないし、ありゃ一体なんだ?」
話しかけてきたのはギルド「ブルーオーシャン」のメンバーのルイーズだ。彼は狩人でアーテクトの街の外に待機させていた、クレハの腕を攻撃した人物だ。
「いや、わからないけど無関係じゃないだろうな。ひとまずアーテクトに戻ろう、メニューが開けないので問い合わせができない。街で直接ゲームマスターを探そう」
ルイーズは頷くと空を見上げる。現代の地球では無さそうだが、昔の地球だろうか。水があり、雲の流れるその星をルイーズは何処かで見たことある気がしたのだ。
◇
アーテクトに戻ったロイドたちはメンバーが良く集まる酒場へ向かう。酒場に向かうまでにもいくつか知っている顔を見つける。メンテナンス前だったので冒険者の人口は平日のピークより少ないが、それなりに多くのプレイヤーがログインしていたようだ。
”黄金のブタ”
ブタはエルドラドの世界では幻の生き物だ。デフォルメされたキャラクターが召喚獣になっていたりする。
ということで神聖な意味でついた名前なのだが、冒険者からすればふざけた名前だなという感じだろう。
だが悔しいことにふざけた名前だが酒と一緒に出てくる料理は驚くほどうまい。店に入るとメンバーがいるであろう2階へ上がる。常時、ギルド、ブルーオーシャンが貸し切り状態の店なのだ。
「やはりそろっているな」
ロイドは周りを見回しながらつぶやく。もともと400人近いギルドだがここにいるのは100人弱、別の町にも分かれているとはいえか、なり少ない人数だ。
「さっき緊急の連絡が入った、他にも何人かここに向かっている、10分後に連絡内容を伝える」
いつもおちゃらけているギルドマスターが真剣に話している。ほかのメンバーもノリのいい奴らばかりだがみんなに緊張がひろがる。
≪ブルーオーシャン≫はエルドラドの世界にあるギルドの中でも10位以内の実力を持つギルドだ。100レベルのプレイヤーも多く、強欲な人間も多い。個人の戦闘力ではブルーオーシャンより上のギルドもあるのだが人数も多いギルドになるため、個人の戦闘力だけでは測れない。
仮にランキング1位の≪紅の不死鳥≫と戦ってもいい勝負ができるだろう。
しかし、いくら野心家の集まりであるブルーオーシャンでもそんなことを言うメンバーはいない。トップギルドは大半が100レベルのPCの集まりだ。1位のギルドが強い力を得れば下位のギルドが同盟を組む、それにつられるようにその下のギルドも自分より強いギルドと同盟を結ぶ、そうすることでギルド同士の戦争はあっという間に抑制されていった。やはり人数のアドバンテージは計り知れないのだ。
仮にどこかの同盟ごとつぶしにかかっても、次に狙われることを恐れる同盟同士が結びつきより巨大な同盟を創ることになるだろう。
個人レベルでも同じような状態だ。PK≪プレイヤーキル≫が日常的に行われるはずの世界なのだが、実際に行動に移すと確実に報復が行われる。100レベルの猛者だとしても、常に誰かと一緒というわけではない、闇討ちされれば死ぬ可能性はある。
ということで全面的な戦争はないし、個人への攻撃もない。意外と平和なのだ。
遅れてやってきたロイドにマスターのローガンが声をかける。
「それにしてもロイドがログインてくれていてよかったよ。盾役≪タンク≫の人数がかなり少ない」
聖戦士のロイドがタンクとして呼ばれるのは高レベルのネームドモンスターと戦う時だ。今回の異変にネームドモンスタでも絡んでいるのだろうか。戦略が必要なほどの強敵と戦うのはかなり久しぶりな気がする。レベル差がある場合、ネームドモンスターであってもごり押しで倒せることが多いからだ。
その時、ちょうど3人のギルドメンバーが入ってくる。先ほど言っていたメンバーだろう。
「それでは説明を始める。まずメンテナンスが行われる予定だったがいまだに始まっていない。そしてメニュー機能の一切が使えないためゲームマスターへの連絡やログアウトができない。」
それは知っている、ほかの者も真っ先に試したはずだ。
「そして、一番の問題が……すべての感覚制限が消えている」
ロイドはローガンの言っていることがよくわからなかった。感覚はもちろん触覚、視覚、聴覚、味覚、嗅覚のことだろうが、現実と同じ刺激を与えることは法律に反する。国内だけでなく国際問題に発展する内容だったはずだ。
「ちょっと待ってくれ、それはありえないだろう?制限をかけているだけだから技術的には可能だが倫理的には不可能だろう!、そんなことしたら本当に死んじまうぞ?」
自分で話ながらロイドは混乱する。エレール村での出来事を思い出して。つい先ほどクレハを殺したばかりだ。今の話が本当だとするとすでに人を殺してしまったかもしれない。他人を陥れてでも強くなりたいとは思っているが、さすがに現実で人を殺す覚悟は持ち合わせていない。まだ誰にも話していないし、ルイーズもエレール村には入ってこなかったため殺したのはみられていない。握りしめた手には自然と汗が浮かぶ。
「その通りだ。私が連絡を受けたのはミミーからだったリリムルと一緒に追加されるであろう合成素材の収集をしていたらしい。しかし時間になっても強制排出が行われなかったため、戻っていた途中で一緒にいたリリムルが負傷したそうだ。幸い格下の名前持ちだったため致命傷までは至らず傷は治った。ただし激しい痛みを受けて精神的に錯乱状態だ」
酒場の中は静まり返る。攻撃を受けた際に受ける、リアルなダメージを想像して。
現実だったら痛いだろうなくらいにしか思っていなかったことが実際になりました、などといっても到底受け入れられない。――しかしながら自分たちの知っている人物が重症を負ったという。
今まで通りの世界ではない。
それはそうだろう、ゲームであれば腕がなくなってもHPが残っていれば戦える。しかし実際に腕を切られて痛みを感じたまま残った手で戦えるだろうか?たとえけがは治せても恐怖は消えない。格下でも無傷で済まないのであれば誰も戦いたいとは思わないだろう。
「肉体的な感覚は現実と同じになってしまったが、ゲームのルール通り戦闘自体はできるようだ。試した結果、戦闘メニューを使わなくても魔法の名前を唱えるだけで扱うことができる、スキルの発動も確認済みだ」
普段であればメニュー操作を無しに魔法が使えるなど最高にうれしい改善情報だ。しかし、全員表情は暗い。
特に、ロイドは人を殺してしまった事実にまったく聞こえていないようだ。安全だと思っていた世界ががいきなり戦場になったのだ。この場にいる誰も命を懸けるような覚悟は無い。
「モンスターとの戦闘は極力避けることができる。近づかなければいい。死んでしまったら何にもならないので救援が来るのを街で待つのが賢明だろう。幸い我々はトップギルドだ。ギルド資金だけでも、ふつうの生活をする分にはお金に困ることはない。運営との連絡がつくまでブルーオーシャンは争いを禁止する。ほかギルドとの交戦も禁止。トップギルドと敵対するとおそらく本当に死人が出るのは間違いないし、トップギルド以外との交戦も禁止だ。たとえギルドに加盟していないようなプレイヤーでも下手に恨みを買うと誰から襲われるかわからないからな」
ロイドは心臓が激しくはねたのを感じる。意を決して口を開く。
「ローガン、今日新人を勧誘してたんだが、ギルドに入るのを嫌がったんで、さっき殺してしまったかもしれない。ちょうど24時だったから強制排出されたと思ってたんだが……」
自分が強制排出されていないのに都合よくクレハだけ強制排出されてるということはないだろう。わかってはいるが認めたくない。
「本当かそれは?ミミーからの報告を受け、神殿に様子を見にいかせたが今のところは復活した報告はきいていないな」
重い沈黙が訪れる。復活がされていない、考えられるのは死んでいない、もしくは本当に死んだということだ。しかし姿が消えたのは確実なので死んでないとは考えにくい。
「……死体の確認はしたのか?蘇生の猶予があるはずだから。まだ間に合うなら戻って蘇生してみたらどうだ?とにかく、ほかの者も絶対にプレイヤーを攻撃するな、全員の命に係わる」
クレハは死んだあとすぐに光に変わり消えていった。蘇生を望むならその場に魂がとどまったはずだ。しかしながらその場にいたくなかったのだろう。ロイドから逃げるように消えたのだ。
ローガンもロイドが攻撃した新人が本当に生きているとは思っていないだろう。ただ、身近な場所で人が死んだ、そのことを認めたくないだけだ。他のギルドメンバーも同じことを考えているのだろうか、だれも話を蒸し返す者はいない。
呆然とするロイドにローガンが肩をたたく。
「念のため神殿に行ってみろ、復活しているかもしれない。それとエレールにもだ。危険がないとは言えないがエレール周辺までならさすがに危険はないだろう。……もし死んでしまったとしたら、もうどうにもできない、お前は本当に殺すつもりじゃなかったはずだ、みんな知らなかったんだ。かわいそうだがそうおもうしかない。それとこのことはもうほかの人間に話すな。メンバーにもだ、理由はわかるな?」
「ああ、いわないよ。いえるわけない。こんなつもりじゃなかったんだ、ゲームのはずだったじゃないか!!」
ロイドは誰にでもなく叫ぶ、しかし誰も答えてはくれなかった。