復活3
クレハ編です
身体中が気怠い。全身の骨が溶けてしまったのではないかと思うほどに体が言うことを聞かない。
自分は眠ってしまったのだろうか。確か休日だったのでゲームをしていたはずだ。いつの間にか寝落ちしてしまったのだろうか。意識が徐々にはっきりし、体に伝わる冷たい感触に気づく。
「 ……ここは……、家じゃない?」
体に伝わる冷たさは倒れこんだ石の冷たさだ。もちろんクレハの部屋はフローリングであり石畳などではない。ゲームではあらゆる刺激は制御される。この冷たさもゲームであることを踏まえれば過剰だ。ゲームの世界でもないのかもしれない。
あたりを見渡すと異形の者たちがクレハを見つめている、隣に人が居る気配を感じ、見上げるとそこにはローブを羽織ったドクロが浮かんでいた。
「あっ……ここは……」
どこ?といいかけて止める。これがゲームの世界じゃなければなんなのだろうと考えて。
確かエレール村でロイドに殺されたはずだ、ホームの変更は出来なかったので本来ならアーテクトで復活するはずだ。場所を確認することを思いつきメニューを開く。
何も出ない。
メニューが出ないため自分のステータスを確認できない。ここがゲームの中ならステータス画面でどこにいるかがわかると思ったのだが……。今度は左手の甲を触ると光が映し出される。
1:28
時間が表示されやはりゲームの世界だと分かり、少し安堵する。そしてあることに気づく。
クレハはまだゲームの世界にいる、ただしメニューが開けない。つまりログアウトできないのだ。それに時間を見る限りまだメンテナンス中のはずだ、なぜ強制ログアウトされていないのかは疑問だが、メンテナンスに問題が起きた可能性がある。だとすればまだしばらくはこの世界からでられないだろう。
そうなると今の最大の問題は魔族に囲まれていることだ。床の冷たさを考えると刺激が現実と同じ可能性がある。目の前にいる魔族たちに殺されたら一体どうなるのか。
想像して固まってしまう。
「実際に死んでしまうかもしれない」
ゲームの世界でも死ぬほどの衝撃を受ければ実体に後遺症が残ることもあると聞いたことがあるのだ。たとえ殺されなくても怪我だけでもただでは済まない。
「私は、今から殺されるのでしょうか?」
震える声で質問する。つぶやいた先はおそらくこの場で一番偉いであろう玉座に座る人物に向けて。
「いや、殺しはしない、お前は客人だ、聞きたいことを話してくれたら安全は保障しよう。ただし、この城の外に出すことはできない」
逃げられない予感はしていたが、安全を保障するとはどういう意味だろうか。自分
が魔族にとって価値がありさらわれたということなのだろうか。
「お前の名はなんという?」
「私の名前はクレハです」
「ではクレハに質問する。私は僕であるリリスからお前に助けられたと聞いている、それはどういうことだ」
そういえば綺麗な女性の魔族を庇った気がする。名前は聞いていなかったがあの魔族がリリスだったのだろう。
「はい、結局死んでしまったので助けたとは言えないかもしれませんが事実だと思います」
「お前はリリスが私に報告した以上のことを知っているはずだ全て話せ、リリスが死してなお救われたと言っていたのだ、どういう意味か心当たりはあるか?」
クレハは考える。
(今から言うことが信じてもらえないかもしれない、ただあの光の中で感じたことは事実だと確信がある。ただし事実を話しても、怒りを買えば約束を破って殺される可能性もある)
「わかりました。ただ、この話は皆様には信じられないでしょう。話すことで怒りを買い、先ほどの安全の保障を破って殺すことはないでしょうか?」
魔王は表情を変えない、おそらく想定内の質問だったのだろう。
「今の状況を考えればお前の質問も最もだろう、だが私が守ると言ったのだ。僕たちにも手出しはさせない。今の質問は聞かなかったことにする、私の言葉を信じないことこそ命を失うと知れ」
「申し訳ありません。寛大な措置に感謝いたします」
魔族は知性が高いという話だったが間違いないようだ、そして誇り高いということも。
「それでは私の知っていることを話させていただきます――――」
◇
「わかった、そこまででいい、驚きが過ぎて理解が追いつかん」
魔王はこの世界の死と復活について聞かされ苦笑いを浮かべる。
「今なら全て嘘です、と言っても笑って許してしまいそうだが、無理なのだろうな」
魔王は楽しそうだ、魔族にはユーモアもあるのだろうか。嘘だと言っても実際に許されるかもしれない、少し試してみたい気もするが、周りの僕たちに殺されそうなのでやめておく。
「はい、事実だと思われます。私の考えでは人間は弱く寿命の短い生き物ですが死してなお成長します。しかしながら魔族は寿命こそありませんが成長することが難しく、死ねば決められた最初の状態に戻るのです……」
クレハの声がだんだん小さくなっていく。
「今考えていることを言ってみろ」
魔王が促す、魔王は言葉の意味をわかってはいるが、しもべたちの中には意味がわかっていないものもいる。
「はい、はっきり申し上げますと徐々に強くなる人間と強くなれない魔族ではいずれ魔族が支配される世界になるでしょう。というよりエレール村で見た男のように一部のものはすでに魔族よりもはるかに強いのです」
ざわめきが聞こえる。動くものがいないのは魔王が牽制しているからだ、それがなければどうなるか想像したくもない。
「皆の者、わかっただろう。殺されるだけでなく我々が支配される世界が来るのだ。残念ながらこの話にはある程度信じるに値する価値があると思う。何か意見のあるものは述べよ」
玉座の一番横にいた大きな影が動く。
「私はその娘の言うことがまだ信用できない。実は今までに何度も死んでるなど嘘に違いない。覚えてないはずですと前置きをすればなんでもありになってしまう、陛下はその娘の話を信じすぎではないですか?」
クレハが声の持ち主がダークドラゴンであることに気づき見上げる。守護者の中で一番玉座に近いということは1、2番目に強いのだろう。
「それに我々ドラゴンは人間よりはるかに強い、いくら人間が強くなろうがそれは変わらない」
「陛下に代わり私がお答えします。」
クレハにもう怖れはない、魔族が自分の言葉を信じ始めているのを感じる。自分はそれに全力で答えるべきだ。
「ダークドラゴン様の言う事は最もです、人間は弱く儚い種族でした、そして魔族はもともと強大だったのです」
「当たり前だ、さっきからそう言っているだろう」
「ではお伺いします、なぜ今まで人間を支配しなかったのですか?人間が力を徐々に強めていることはお認めだと思います。ではなぜ、皆様は圧倒的な力の差があったにも関わらず勝利していないのでしょうか?」
ダークドラゴンは答えられない。考えても答えるべき答えが出て来ない。ダークドラゴンだけではない、口に出さずともクレハの嘘に騙されてたまるかと思っていたものたちも気づいたのだ。唯一魔王だけはその光景を楽しそうに笑っている気がする。クレハは言葉をつづける。
「しなかったのではありません、できなかったのです。支配する前に強力な人間が現れこの城を壊滅させているのです。だから今まで皆さんには人間に侵略した記憶がないのではないですか?なぜなら死ぬことで強さも、記憶もリセットされているのですから!」
クレハはもはや叫んでいた、伝えるためには全力で行動するしかないと信じて。
「そして残念ながらこのままでは今後も続くでしょう。永遠にこの死の螺旋から逃げ出せないのです。寿命のない死を超越した存在の魔族は実は死に囚われていたのです。だから陛下は意見を求めているのです死の螺旋から逃れる方法をみつけるべく」
「その通りだ、信じるに値するといったのは私が何度も侵略を考えた気がするからだ、ただ実際に行ったのかわわからない。記憶について何か意見があるものがいないか?」
王座の間の一番扉側にいた悪魔が声を上げる。
「ナイトデーモンか、言ってみろ」
「陛下、ありがとうございます。まず皆様が思っているその娘の……いえ、クレハ殿の言葉が事実だという確信が私にはあります」
今までで一番でかい動揺が生まれる。魔王やクレハでさえ今までに自信はあったにせよ確信があるかと聞かれれば言い切るのは難しいのだ。
それに魔王はナイトデーモンの発言にクレハに対する敬意があることに驚く。魔族が人間に敬称をつけるとは、もはや何が起きても驚かないだろう。ナイトデーモンはクレハの情報の価値を十分に理解しているようだ。
「続けろ」
ナイトデーモンは早く教えろという王の気配を感じ恭しく答える代わりに軽く頷く
「クレハ殿以外の方はご存知のはずですが、私はこの城の一番入り口に近い部屋を守護しています。そしてこの入り口以外の侵入経路はない。それに間違いありませんね?」
皆が頷く。
「私は陛下にお使えしてから今までずっとあの部屋を守護しています。その私がこの場にいるということは今までの考えでいけば私が死んでいないことになります」
あっ、といくつかの呟きが聞こえた。言いたいことに気付いたのだろう。
「もし私以外の方々に戦った記憶がある方がいるならばその方と私がここにいることが我々が死ぬことで記憶を失っている確かな証拠です。私が侵入したすべての人間を殺したのならば、後ろの方々が戦った記憶があることはおかしいのです。たとえそれが勝った記憶でも、私がここに生きていることが矛盾となります」
魔王が大きく頷く。
「そうだ、その通りだ、私が冒険者と戦って勝った記憶があるだけで皆が一度は死んだことになるな」
「はい、勝った記憶は残っているが負けた際の記憶はすべて消えてるということで間違いなさそうですね。そして解決策もあると考えます。先ほどのリリスは死ぬ瞬間を自分で語りました。クレハ殿からなんらかの影響を受けることで魔族であるリリスの記憶が守られたのです」
初めて魔族にとって有利な話が出たことで守護者は全員ナイトデーモンの評価を上げる。守護者の序列で一番低いはずのものが一番早く理解したことに驚きを感じて。そして気づかなかった自分を恥ずかしく感じるのだろう一様にばつの悪そうな表情を浮かべる。
「そうだな後でもう一度リリスの話を聞くとしよう、クレハへの質問は一旦終わろう。皆記憶が消され、殺されていたことを理解したようだ。クレハを隣にある部屋へ案内しろ、もう私が止めなくてもお前を殺そうとするものはいないだろう」
アークドラゴンが頭を下げながらクレハに語り掛ける。
「クレハ殿、先ほどは失礼した、我らに是非お力をお貸してほしい」
クレハは微笑むとダークドラゴンの頭に抱きつく。
「はい、ダークドラゴン様、私は魔族も人間も救う道を探したいのです。今は魔族の皆様の為に私にできることをいたしましょう」
いつの間にか汗は引いていた。裸のため寒かったはずだが、意識を戻した時よりも暖かくなった気がした。